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樹の時間

樹木のように ゆっくりと しっかりと 日々を過ごしていきたい

クマの親子

2007年01月31日 | ひと・言葉
長野県は山に囲まれているからというわけではないけれど、どの地域にも猟銃を持ち、猟をする人がいる。
地元にも猟が好きで狩猟期間になると仲間と出かけていたおじいさんがいる。
そんなおじいさんから聞いた話。

去年のある日、山でクマの親子に出くわした。
子連れで気が立っていたのか、おじいさんの方へ突進してくる親グマ。
当然、おじいさんは身の危険を感じて親グマを撃つ。
親グマは倒れる瞬間に後ろに向きかえって子グマを抱きかかえるようにして倒れ、崖下に落ちていった。
おじいさんと仲間が崖下へ行くと、子グマの姿はなく、親グマは息絶えていたという。

撃つことそのものには慣れていても、こういう場面に出くわすと気持ちがぜんぜん違うのだろう。
おじいさんはこのこと以来、猟をする気をなくしてしまったようだ。
そして、この冬で猟をやめると話していた。
動物の親が子を守る話って、ときどき耳にするけれど。
経験した人の話ってよけいに心に迫る。

その子グマは、今、同じ山にいるのだろうか。
人間をどう思っているのだろう。

土づくり

2007年01月24日 | ひと・言葉
異動で仕事の内容が大きく変わったとき、仕事のおもしろさを教えてくれた係長がいた。
その係長は仕事はものすごくできるし、人の気持ちを酌むのが上手で、普通の人が難儀することでも、さらっとこなしてしまう。
それでいて、ぜんぜん偉ぶらない。
会う人会う人、みんな味方にしてしまう不思議な人。
一緒にいるだけで勉強になった。
水戸黄門が大好きで、ちょっと人情味に欠ける人には「あの人は、きっと水戸黄門をみたことがないな。」なんて自論を持っていて、放送日は残業せずに帰宅していたのが微笑ましかった。
ずっと一緒に仕事をしたかったけれど、定年にはまだ早かったのに、子供さんが社会人になったのを機に仕事を辞めてしまった。
「今まで仕事中心でやってきたから、これからは妻との時間を大切にしたい。」と。
仕事が大好きな人だったから葛藤もあったのだろうけれど、それ以上に家族との時間を大切にしたかったのだろう。
中途半端な気持ちで決めたことではないことは確かだった。
私はもちろん同僚も他の上司も、係長が職場を去ることが悲しかったけれど、係長が選んだ道だからこそ何も言うことができなかった。

仕事を離れた今はマイペースな毎日をお過ごしのようだ。
その翌年、私は異動をした。
少し落ち着いた頃、異動の挨拶状を送ると近況を書いた手紙をくださった。
『仕事を辞めてから畑を始めた。いくら種を蒔いても、苗を植えても、土づくりがしっかりしてないと、ぜんぜん育たない。今までやっていた仕事と一緒だと感じている。』
そんなことが書かれていた。
本当にそう思う。
係長のことばは、すんなり心に入ってくる。
ちょうどその年に私も菜園を始めたので、係長の言葉と菜園の経験や普段の自分がリンクした。
最初に土台となるものをしっかりさせておかないと、物事はうまくいかない。

菜園を3年、そしてバラを育てるようになった今、当時感じたことに少しプラスして思う。
1回やったから大丈夫というものではないこと、植物によって必要な土の状態には違いがあるし、足りないといけない、でもやりすぎてもいけない、ちょうどいい加減を見極めること。
そんなふうに様子を見て変化を感じて必要な手を加える、そんな毎日の積み重ねが次への土づくりで、土づくりは自分そのものだと。
そんな当たり前のことを最近しみじみ感じた。
頭でわかっていても、実感としてわかっていないことがまだたくさんあるんだろうな。
これから何度、そういうことに気づかされるんだろう。

段取り八分

2007年01月06日 | ひと・言葉
山に生きたSさん。Sさんはヘリコプターと共に現れる。「あと5分で着くから。」というSさんからの連絡が入ると「Sさんが5分てことは、あと3分で来るぞ!急げ!」と、現場は一気に慌しくなる。ヘリが来たらすぐに収容できる体勢をとり、ヘリが起こす風に何かが巻き上げられないように現場を整えておく必要がある。案の定、Sさんは5分も経たないうちに現れ、現場は慌てふためく。現場が終わり、ひと息着く時「もお~。Sさんいつも早いんだから。」「ははは。お前ら段取りが悪いんだ。」救助現場に行った男たちが何度も口にした会話だ。

Sさんの口癖は「段取り八分」。見ため的には救助をする瞬間が一番絵になるけれど、それを成功させるためには準備や段取りがものをいう。準備段階がいかに大切かを端的に表した言葉だ。現場に長くいることは、それだけ危険と隣り合わせの時間も長くなるということ。現場を見極め要領よくことを運ぶことが望ましい。現場の足場、遭難者の状況、天候、現場によって状況はすべて違う。その場での判断力はもとより、それに対応する技術の習得、ひとつのことをみんなで成功させるのに必要な仲間との連携。すべて日ごろの積み重ねだろう。

ハードな現場のあとの極度の疲労で「今日はとりあえずすぐ休もう。」という人の中にあっても、誰よりもハードに働いて、どんなに疲れているときでも、Sさんは救助に行った後は必ず装備品の手入れをした。決して人に任せず、自分の手で。いつ起こるかわからない事故にいつでも対応するために。もし、眠って30分でたたき起こされても準備に手間取ることはないし、現場に行って、装備品を忘れたとか、前の現場で傷めて使えなくなったものがあったとか、そんなことは絶対にない。

段取り八分。何にでも当てはまるように思う。
自分を振り返ると反省することが多い。

木の香り

2006年11月01日 | ひと・言葉
近くに個人経営の建築屋さんがある。帰りに通りかかったとき、いつもは閉まっているシャッターが開いていた。その前を通った瞬間、ふわっと木の香りがした。木の香りってなんだか落ち着く。

ふと、前に住んでいた場所で、ときどきチェロの練習に使わせてもらっていたペンションのことを思い出した。そこには工房があって、焼き物や木彫りなどが体験できるようになっていた。当時いた女性スタッフが、まず自分で始めて、人に教えるというスタイルだった。とても明るく爽やかで素敵な女性だった。
ある日、私が工房を訪ねると、その方がちょうど木彫りの仕上げをやっていた。作品を手に取ると、木の優しいぬくもりが伝わってきた。そして、自然の木の香りがした。私が「すごくいい香り」と言うと、彼女は「そうでしょう。木が本来持つ香りを大切にしたかったからニスとか塗っていないの。」と答えた。「民芸品のお店で、木彫りって高いなって思っていたけれど、自分でやってみてすごく手間がかかることだってわかって、あの価格に納得した。」とも。そして、木に触るようになってから感じたことを話してくれた。彼女は木目や香りといった、それぞれの木が持つ個性を大切にしていた。木の香りと自然体の彼女は、私の中で結びついている。
しばらくして訪ねると、彼女はそこを辞めていた。すごく寂しかった。こんなことなら、もっと話をしておけばよかったって後悔した。
いまどうしているだろう。

ことば

2006年09月17日 | ひと・言葉
先日TBをしてくださったブログ、PWな日々の記事の中に、内田光子さんがインタビューで語った言葉が載せられていた。


 私にとって日本語とは、『源氏物語』が読めること以外に意味はありません


インタビューのテーマとか前後の話がわからないから、どんな経緯でこの言葉が出たのかわからないけれど、私は日本に生まれ育っているから、最初は少なからず寂しいような感じがした。
でも海外で生活していればその国の言葉が話せれば生活はできるし、大事なのは言語ではなく、その言葉の中にある意味なのだから特に日本語にこだわっていないということなのかなと思えた。

外国語に日本にはない発想の粋な言葉があると、それがきっかけでその国に興味を持ったりもすることもある。
どの国の言葉も、その国の文化や国民性が強く影響して今の言葉になっているのだろう。
私は日本語は美しいと感じているけれど、それは例えば色、季節の変化、強さが違う雨や風などを表現する言葉があり、その風情が素敵だと感じているからだろう。
もし日本が昔から英語を話す国だとしたら、日本の文化の中で英語は今にはない単語が生まれ、また違う変化をし、それを美しいと感じたのだろうか。
もしそうなら言語にこだわる必要はないようにも思う。

でもやっぱり日本語は好き。
まだ知らない言葉や表現があると思う。
そんな言葉に触れながら、まだ知らない日本を感じたい。
この国に生まれたのだから、この国の言葉を大切にしたいと思った。
時代の流れとともに日本語も少しずつ変化をしているけれど、遠い未来、今の時代の日本語はどのようにとらえられるのだろう。

ゆうれい

2006年08月25日 | ひと・言葉

夏には怖い話がよく出てくる。
最近は怖い話を聴く機会も少なくなくなったけれど、子供のころは怖い怖いと言いながら、怖い話を聞きたがったものだ。
今まで幽霊の類は見たことがないけれど、どこかで信じているところがある。
だから「見た」という人の話は、けっこう真に受ける。

以前、私の上司だった人が霊感が強いらしく、何回か幽霊を見たことがあると聞いた。
でも、その上司、何が起きても生き抜くという感じのたくましさを持ち合わせている人で、その人から話を聞いても、なぜかあまり怖くない。
ある夏の日、「俺、幽霊をひき逃げしたことあるよ」と体験談を始めた。

昔、その係長はバイクで山道を通勤していたらしい。
ある日、残業で遅くなり、夜中にその道を通ったときのこと。
途中、山道の脇に東屋があり、その手前に差し掛かったとき、係長はその東屋の中に、白っぽい女性の姿があるのに気づいた。
しかし、その白い姿をとおして奥の柱が透けて見えていたので、係長は「ああ。あれは実体のない人なんだ。」とすぐに思ったという。
そう思う瞬間もバイクは前に進んでいる。
すると、係長がその東屋に近づくタイミングで、白い姿はスーッと道の中央へ出てきた。
慌ててハンドルを切って崖下へ…とか、ありがちな気もするけれど、係長は違う。
その白い影と自分の距離、走行速度から「いまさらハンドルを切っても避けられないし、ブレーキをかけても止まらない。どうせ実体のない人なんだから、このまま行っちゃえ」と瞬時に判断し、避けもせず、そのまま走り続けたという。
その白い影の中を通り抜ける瞬間は、もわぁ~っと生温かく、影を抜けたときは背すじがスーッと冷たくなったそうな。
でも、無事帰宅。
翌朝。
そんなことも忘れて、朝普通に出勤。
すると、その東屋の前、幽霊をひき逃げしたまさにその場所を通った瞬間、ブレーキの線が突然ぷつんと切れたそうだ。
さすがの係長も怖くなって、そこで止まりたくなくて、切れた線を指で引っ張ってブレーキをかけて、麓の町の修理屋さんまで行ったそうだ。
指で引っ張ってブレーキがかかるのかわからないけれど、たくましい係長のことだからきっとやるんだと素直に信じた。

よく言う「呼ばれた」のだと思うけれど、動じない係長には無意味だったらしい。
呼ぶにも人選しないとだめだなんだな。
係長のように生きられれば、幽霊なんて怖くないんだろうなって感心した。

 

営業中?

オケの練習に行く途中にある居酒屋。
暖簾がぼろぼろで雰囲気が出ている。
暖簾が出ているからには、営業中?
ときどき看板に電気がついていて、ろうそく明かりのような光がすりガラス越しに見える。
ちょっと気になる。


心の風景

2006年07月30日 | ひと・言葉
上高地から歩いて3時間ほどのところに横尾という場所がある。
そのまま真直ぐ進めば槍ヶ岳。
左に進路を変え、川を渡って道を進めば涸沢。
多くの登山者が通る分岐点だ。

数年前のある夏の日、横尾で休んでいるときに、ある親子に出会った。その親子は、槍沢から下山してきた。母親と中学生くらいの男の子。2人はロープを輪にした中に入り、母親が前を歩いていた。きしゃぽっぽのようなスタイルで歩いてきた2人は横尾で足を休めた。一緒に行った仲間が、不思議に思って母親に声をかけた。街中ではあまりしないけれど、山では初めて出会った人に対しても普通に挨拶や言葉を交わす。

「普通に人生を送れば、自分の方が早くこの世を去る。それまでに息子と多くの思い出を作りたい。」
母親はそう話していた。
男の子は目が不自由だった。
男の子はロープを通して母親の動きを感じ、その先に段差があるとか、なだらかだとか判断して足を進めているようだ。

この母親は素敵な人だと思った。
何もない平らなところを歩くのと違って大変だと思うけれど、目が見えないからといって最初から諦めようとせず、できる範囲でいろいろな経験をさせるってすごいと思う。
目で風景を楽しむことだできないけれど、登山の楽しみはそればかりではない。
自然の中の空気や風を感じられる。
風に揺れる葉の音や川のせせらぎが聞こえる。
木や岩の感触を肌で感じる。
実際に歩く感覚。
心地よい疲労感。
気持ちのいい空気の中での食事。
そして、母親とともに過ごす時間。
すべてが登山の要素だ。

男の子の中で、山はどのような風景に写っているのだろう。
視覚に頼ることの多い生活では考えられないくらいの想像力が男の子の中にはあるのだろうな。
同じ場所でも、思い出とともに心におさまった風景は人それぞれに違うだろうけれど、
彼の心の中の風景は、きっと素敵だと思う。
心に宝物がある人は、強くなれると信じている。

地産地消

2006年05月09日 | ひと・言葉
仕事でお世話になっている人の中に、大規模に米を作っている人がいる。
食にこだわるから、作るのにもこだわりがある人だ。
もともとの土壌がいいらしく、その地域の米はとても味がよくて、炊きたてはもちろん冷めてもおいしい。
そういったおいしさはもちろん安全性にも気を配っていて、無農薬栽培をし、肥料もいつ、何を、どれくらい与えたかきちんと控え、購入者に示せるようにしているという。

その人の持論は、子育ての基本は食。
子供には野菜を育てているところを見せ、その食材を使った手作りの食事を食べさせて、野菜を育てること、料理を作ることは時間がかかることをわからせた方がいい。コンビニで簡単に食べるものが買え、レンジでチンすればすぐに食べられる物ばかり食べているから、食べ物のありがたみや、手作りの温かみもわからない子供が育つ。それが人や物に対する心にもつながる。
そんなことを言っていた。

その人の住む地域は農村で、自分で食べる野菜は自分で作る家が多い地域。学校で作っている給食にも地元で採れた旬の野菜が使われ、「今日の給食は、○○さんの家の馬鈴薯が使われています。」と、校内放送が流れると言う。いいなぁ、そういうの。

木曜の練習

2006年03月09日 | ひと・言葉
前半はクラリネット協奏曲の第1楽章と第3楽章。
お茶をはさんで、グレートの第4楽章を合わせた。

圧倒的に練習量が足りないので、少し前にコツをつかんだと思っていたポジションチェンジも、また第九の練習前位の感じに戻ってしまっている。反省しなければ。
でも3月は何かと慌しいし、満足に練習できるとは思えない。弾きたい時に弾きたいだけ弾ける環境に行きたい。

チェロの腕前は一進一退という感じだけれど、まだ弾き込めばそれなりの技術は身につくだろう。
もし、弾いてもそれ以上の技術が身につかず、それどころか日に日に弾けなくなったら。
最近そんなことを考えてしまう。

メンバーに80歳を越える方がいる。以前はヴァイオリンの先生をしていた方で、オケの中にも何人か先生の教え子がいる。穏やかな人柄で、ゆっくり流れる時間の中に誘い込む感じの方だ。今も「おばあちゃん先生」と慕われている。その方が年々、速いところは指が回らなくなっているという。思うままに奏でることができたのができなくなっていくというのは、どんなに切ないことだろう。

少しでも弾く時間を作りたいと、木曜の練習にも参加されている。弾いている時の先生は、とても楽しそうだ。楽しそうに弾く姿を見ると、加齢に伴ってだんだんと弾けなくなることを、先生はきちんと受け止めているような印象を受ける。私にもいつか訪れる時。その時、私は自分の変化を受け止められるだろうか。
以前、unaさんのブログで「ホルモンの話」という話があった。声というのも様々な影響を受けやすいものだろうと、改めて思った。
その記事に、Maria Theresiaさんが
  神さまからいただいたもの、おかげでたくさんのことができた。
  一つ、またひとつ、感謝をもってお返ししたいです。
というコメントを寄せていた。
 このような考えで、自分に起こることを自然に受け入れられるようになりたい。

今の私は、弾けば身につくであろう技術は身につけていきたいと思う。
たとえゆっくりでも。

先生にはいつまでもお元気で、ヴァイオリンを弾き続けて欲しい。

一隅を照らすもの

2006年03月04日 | ひと・言葉
『一隅を照らすもの これ国の宝なり』

母が好きだという言葉。
直接聞いたわけではないけれど、ちょっとした機会に知った。


太陽のように力強く全体を照らす光。
優しく照らす月の光。
灯台のように遠くの者を導く光。
そっと足元を照らす光。
いろいろな光に照らされている。

この言葉が好きという母。
目立つことを好まず、人を思い、地道に生きている。
私はどんな光になれるだろう。