Blog ©ヒナ ─半径5メートルの毎日から見渡す世界

ラテンアメリカでの日々(1999〜)、さいたま市(2014〜北浦和:2021〜緑区)での日記を書いています。

グリマーさん

2007年09月02日 | 2005年からの過去のブログ(旧名:「グァテマラから」)

 浦沢直樹の漫画『モンスター』にグリマーさんという人が出てくる。知らなくてもどうでもいいのだが、華奢で物腰が柔らかく本当に敵の少なそうな優しいオジさん、とでも言っておこう(よってシュタイナーさんではない)。

 さて、まさにそんな感じの日本人が、ある日この宿にやってきた。名乗られ、丁寧に挨拶をされた彼はとても疲れてそうだった。当たり前のように「上(メキシコ)からですか?下(南米)からですか?」、とまずは聞いてみる。ヘトヘトだったに違いないが、深く呼吸をひとつとり、彼はボソボソとしかし止まることなく言葉を発しはじめた。

 

 彼は中米を南(コスタリカ)から北(グァテマラ)まで抜けようと旅行していた。会社の盆休みをスライドさせたわずかな休暇をおもいっきり楽しもうということだ。10日しかない。なので彼は国際バスで一気に抜けようとしていた。

 ニカラグアからエルサルバドルに入ったとき、バスの車掌は集めた乗客のパスポートをイミグレに持って行ったが、イミグレはグリマーさんのそれにだけ、入国スタンプを押し忘れた。彼は当然、その少し先のパスポート検問にて不法入国で捕まることとなる。誤認逮捕なので大使館に伝われば即刻釈放だったのだが、運悪くそれは金曜日の夜。かくして彼は、エルサルバドルの刑務所で、たった10泊しかない3泊を費やすこととなる。

 

 とはいっても刑事犯ではないので彼は20人位の大部屋に入れられた。一日に与えられる食事はトルティージャ3枚。もちろん足りるワケがなく、売店で各自購入することが許されている。しかし本当に不法入国したニカラグアなどからの貧困移動労働者たちはそんなお金を持っていない。大部屋にはデッかいキューバ人がボスになっていて、お金はそこそこ持っているが国籍のために釈放されずにいた。その「親分」が、無一文のガキとかにもっとトルティージャを買ってこい、とお金を恵んでいるらしい。

 

 グリマーさんはそのキューバ人ボスに気に入られ、よくしてもらったらしい。何よりもの証拠は、彼のスペイン語である。たった10日のおそらくは最初で最後のラテンアメリカの旅である。ほとんどスペイン語はゼロのまま彼は旅を始めた。誰が刑務所にブチ込まれるなどと予想しようか。「クアンド・ジョー・サリール」(イツ、ワタシ、デルネ)。「ケレール・コメール」(タベルノ、シタイネ)──限りなく稚拙だが確実にポイントを伝えるその彼のスペイン語には、「セルベーサ」(ビール)や「ポジョ・フリート」(フライド・チキン)などという語彙はなく、ただひたすら生存に必要な単語のみを確実にとらえていた。「ナカタさん、日本と石鹸は同じ単語なのですか?」──国籍の日本(ハポン)と洗うための石鹸(ハボン)というように。

 

 かくして何とか彼は週末を(なんて刺激的な週末なんだ!)刑務所で過ごし、月曜の朝イチで釈放されヘロヘロになってナカタに語ったのだった。

 なんとも運が悪いというか御愁傷様というか。しかし終わってみれば土産話。だいいちたった10泊の旅行で、世界のどこ探してもないはず。

 

──「そのうち週末の3泊はエルサルバドルの実際の刑務所に泊まってもらって、ホンモノの囚人生活を体験してもらいます」



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