1980年前半渋谷、原宿、表参道、青山を舞台に若者たちが繰り広げる青春小説がありました。
それが、『なんとなくクリスタル』です。
小説家から長野県知事、政治家へとマスコミを賑わした田中康夫氏が一ツ橋大学在学中に書き下ろした『なんとなくクリスタル』[1]は爆発的ヒットで100万部を超すベストセラーとなりました。
ストーリーの設定は1980年代はじめの頃のことです。渋谷4丁目の大学[2]に在学し、神宮前4丁目のマンション[3]に暮らす主人公由利[4]と、女子会館[5]に住む友人の江美子を含む由利の友人たちが登場し、恵まれた環境で育った学生たちが東京で繰り広げるハイソなカレッジライフが描かれています。この作品では、登場する地名、流行りの店やブランド、音楽などに註釈[6]が付けられていて、その時代のファッション、食文化、ショップ名にいたるまでわかりやすくなっています。この画期的手法が人気を得た理由の一つであった。
当時地方の女子大生の私もこの「なんとなくクリスタル」の影響を受けた一人であります。流通やネットワークが発達した今は、流行のファッション、ブランド、飲食など、どんなものでも地方都市に店舗があり、なんでも買えます。私が学生の頃は、そこに行かなければ見ることも感じることもできなかった時代です。東京に行くこと、東京で見てくること、そして東京のお店でなにか買うということが、ステータスでした。流行を発信する街、日本の最先端の街、それは東京、そしてその街が、・・・渋谷、原宿だったのです。
さてここで、この小説の中で由利が紹介しているスポットを地図上にマークしてみました。青色のマークが紹介された場所やお店。赤のマークが由利のライフスタイルとして登場している場所です。
[1] 文藝賞受賞、1981年芥川賞候補にもなりました。かとうかずこ主演の映画化でも話題でした。
[2] 青山学院大学だと思われます。
[3] 表参道ヒルズの裏あたりに住まいがあったと推測されます。
[4] 千駄ヶ谷の鳩森神社近くモデル事務所に所属。学生の傍らモデルのバイトをしている。
[5] 現在セコム本社ビルの場所に「東郷女子学生会館」があった。東京の大学に通う地方の子女を預かる有名な女子寮だった。
[6] 442個もの註釈がつけられていた!
当時地方の女子大生の私もこの「なんとなくクリスタル」の影響を受けた一人であります。流通やネットワークが発達した今は、流行のファッション、ブランド、飲食など、どんなものでも地方都市に店舗があり、なんでも買えます。私が学生の頃は、そこに行かなければ見ることも感じることもできなかった時代です。東京に行くこと、東京で見てくること、そして東京のお店でなにか買うということが、ステータスでした。流行を発信する街、日本の最先端の街、それは東京、そしてその街が、・・・渋谷、原宿だったのです。
さてここで、この小説の中で由利が紹介しているスポットを地図上にマークしてみました。青色のマークが紹介された場所やお店。赤のマークが由利のライフスタイルとして登場している場所です。
このふたつのマップから由利の生活圏が、渋谷、原宿あたりに集中していることがよくわかります。
野菜を買うなら青山の紀ノ国屋、魚だったら広尾の明治屋か築地。パンなら代官山のシェ・ルイ、ケーキは六本木のルコントか銀座のエルドール。学校の仲間とは六本木エストや乃木坂のカプッチョで。彼と一緒の時には少し上品に高樹町のルポゼでパイにトライ。夜中にケーキを食べるなら青山3丁目のキャンティーで。キラー通りのスウェッセンスではサンフランシスコフレーバーの大きなアイス。特別な日には天現寺のプティポワンでフランス料理。聖心や女学館から散歩しながら帰ると丁度いい。特別な手料理は舌平目のワインソース添えにデザートは竹下通りの昔ながらのケーキ屋ローリエ[1]で買っておく。 テニスの練習がある時には朝からテニスウエアを着て、普段の日にはボートハウス[1]やブルックスブラザーズのトレーナーを着る。スカートはそれに合わせて原宿のバークレー[1]のものがいい。でも着ていて気分がいいのは飽きのこないオーソドックスなサンローランやアルファキュービック。六本木に遊びに行く時にはクレージュのスカートかパンタロン。 輸入レコードを買うなら青山のパイドパイパー・ハウス。フュージョンに強いのは原宿メロディーハウス[1]。渋谷シスコはロック系、高田馬場のオーパスワンではマイナーレーベルのものを。カット版なら吉祥寺芽瑠璃堂。 服を選ぶのはデパートやファッションビルではなく、青山のフロムファースト[1]で。千代紙を買うのは千代田線に乗って千駄木のいせ辰まで行く。カードを買うなら青山のオン・サンデーズ。
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当時私は特に、主人公由利のライフスタイルに憧れました。由利が発信するその東京、華やかな東京の街並み、ファッション、そこに流れるBGM、東京の空気。そこに描かれるすべてが素敵でした。東京で暮らして数年がたち、私もここに描かれているお店のもつブランド、ステータスの意味が理解できるようになりましたが、当時は東京を知りたいという好奇心で、地理もブランドも解らずこの本を繰り返し読んでいた自分を思い出しました。この『なんとなくクリスタル』は、まさしく私の東京の最高のガイドブックでした。
なんとなく気分のよいものを、買ったり、着たり、食べたりする。なんとなく気分のよい音楽を聴いて、なんとなく気分のよいところへ散歩し、遊びに行く。
それが由利が提案する、クリスタルな生き方だったのです。
学校を出て表参道を一気に駆け抜け、原宿駅前へ出る。そこから、代々木公園を横に見ながら、代々木深町の交差点まで走る。NHK放送センターのまわりを、ぐるぐるとまわる感じで、渋谷公会堂のところへ出る。そうして、渋谷消防署の前の、通称、ファイアー通りを通って帰る。
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一時代の渋谷を駆け抜けた由利。由利を育んだ渋谷の街は、それからもますますきらめき、国内、世界へと情報を発信する成熟した街へと発展てきました。当時大学2年生だった由利は今ではアラウンドフィフティー・・・・・。この街のその後の発展をどのように見ているのでしょうか。そしてその後由利はどんな人生を歩み、どこでどんな風に暮らしているのだろうか・・・・。 今を生きている由利のその後の続編を期待することにしましょう。
引用 (参考資料)
『なんとなくクリスタル』 田中康夫/新潮文庫Xタナ(中央所蔵)
『原宿 1983 』 原宿シャンゼリゼ会発行S13(中央所蔵)
『しぶやNo46~No55』(1980)渋谷区企画室S02(中央所蔵)
『新渋谷の文学』 渋谷区教育委員会発行S33(中央所蔵)
『東郷神社誌』東郷神社/東郷神社S13(中央所蔵)
『表参道のヤッコさん』高橋 靖子/アスペクトS34禁(中央所蔵)
『散歩の達人80年代地図で原宿を歩く』(2005年11月号)S02(中央所蔵)
『アンアン』(1982年3月26日号)(都立多摩マガジンバンク)
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