エルミタージュ美術館の小さな番人たち

サンクト・ペテルブルグ市にある世界三大美術館のひとつ『エルミタージュ美術館』で暮らすネコたちの様子をお届けします。

ネコが消えた日々 - レニングラード900日包囲戦

2009年01月28日 | Weblog


1941年12月28日午後0時30分 ジェーニャが死んだ。

1942年1月25日午後3時 おばあちゃんが死んだ。

1942年3月17日午前5時 リョーカが死んだ。

1942年4月13日午前2時 ワーシャ叔父さんが死んだ。

1942年5月10日午後4時 リョーシャ叔父さんが死んだ。

1942年5月13日午前7時30分 お母さんが死んだ。

サビチェフ家は死んだ、

みんな死んでしまった。

残ったのはターニャ一人だけ・・・


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今日は1月27日。この日は、サンクト・ペテルブルグ(旧レニングラード)にとって、決して忘れることの出来ない特別な日になっている。

1941年9月8日、ヒトラー率いるナチス・ドイツによって、モスクワに次ぐ第二の大都市レニングラードの街が完全に包囲された。食料はもちろんのこと、レニングラードに通ずる全ての物資の供給路が遮断された。当時のレニングラードの人口は、約300万人。その300万人の市民が、その日から約900日間に渡って、地獄の日々を送ることになったのである。

厳しいロシアの冬は、容赦なく人々の体力を奪い、1日125グラム程度のパンの配給も滞り、備蓄食料は尽き、ついには人が人を食べるという最悪の状況に陥った。今、一緒に働いている運転手の親戚の叔母さんも、夜中に徒歩で街を移動中に、捕まって食べられそうになったという。女・子供の肉は食べ易いという噂が広まり、常に命の危険を感じながら生きていたそうである。
 ところで、人が人を食べる極限状態の心理状況を表したもので、『ひかりごけ』という三国連太郎が主人公の邦画がある。確か、高校生くらいの時に見たのだと思うが、あまりにも衝撃が強く、映画のタイトルや内容を今でも忘れられないでいる。

街中のありとあらゆる食べられるものが食べ尽くされる。歴代ロシア皇帝たちに仕えてきた、エルミタージュのネコたちの子孫の血が絶えたのもこの時期とされている。人肉を売る闇市場があったくらいの状況下である。その前に食べられる肉として、当然、飼い犬や猫なども次々に捕まえられ、食べられていった。ネコ一匹が、その当時の守衛の1ヶ月分の給料で売られていたという記録が残っている。病気になり、極度の栄養失調に陥った隣人を助けるために、自分の大事なネコをあげた女性の記録もある。そのネコは、病人に食べられる前に、泥棒によって強奪され、その泥棒も通りで撲殺され、ネコを奪われている。そして、病人は床で息を引き取る。そんなことになるくらいなら、大事なネコを他人にあげたりするのではなかったと、60年以上経った今でもおばあちゃんは後悔している。

他にも当時の凄惨な記録は、山のようにある。300万人が900日もの長い間包囲され、兵糧攻めを負った結果、実に3分の一にあたる約100万人が命を落としている。
1944年の今日が、包囲するナチス・ドイツを完全に蹴散らした日なのである。冒頭の悲しい記録は、当時若干12歳だったターニャという少女が、親戚家族が次々と亡くなっていく様子を記したもので、こちらでは『ターニャの日記』と呼ばれているものである。日付を見ると分かるが、たった半年の間に近しい人が6名も亡くなっていく。最後に頼りにしていたお母さんをも亡くし、「残ったのはターニャひとりだけ」と日記に記した時の少女の心中を推し量ることは容易ではない。そして、ターニャ自身も、包囲網が解かれた後の1944年5月に悲しく病死している。

彼女の日記は、現在の『レニングラード歴史博物館』に、戦争の悲惨さを後世に渡って忘れない記憶とするために展示されている。一見、煌びやかな文化と芸術の街サンクト・ペテルブルグを語るときに、実は一番忘れてはいけない歴史事実のひとつである。

さて、このブログはエルミタージュのネコたちに捧ぐブログであるから、話はここで終わらない。包囲網が解かれた後の傷ついたレニングラードの街には、ネズミが大量発生した。天敵のいないネズミたちは、ありとあらゆる齧れるものを齧った。ネズミという生き物は、食べるためにだけにものを齧るのではないそうで。一生伸び続ける歯を研ぐためにもガジガジとものを齧るのだそうだ。美術館でいえば、貴重な絵画や彫刻、木工細工など様々なものがその対象となる。
街にネコはいない。ところで、このネコがいなくなったはずの街で、解放後に白いネコを見た女性の話が記事になっていた。神々しいまでに白く輝くネコを見て「どうか、誰もあのネコに手をかけるようなことはしないで欲しい」と祈ったという。

ネズミは次々に増え、その勢力を伸ばした。文化遺産や貴重な食料が被害に遭う。
業を煮やした、行政府がモスクワ郊外のヤロスラブリという古都から、数両の貨車に煙色のネコたちを満載して、レニングラードに送らせた。ネズミ捕りの名手とされる煙色(あえて煙色と訳しているが恐らくは薄い灰色のことで、ロシア語ではдымчатый)ネコたちは、大活躍を見せ、街のネズミたちを殲滅する。(殲滅は、ちょっと言いすぎかもしれない。てっちゃん感情的になってますので、その辺、割り引いて読んでくだされ)

現在でも、エルミタージュのネコの話になると、必ず、このヤロスラブリの煙色のネコたちのことが引き合いに出される。だから、このネコたちの活躍がなければ、現在のエルミタージュ美術館やロシア美術館の展示品が無事であった保証はないのである。そういう意味では、ネコたちが『エルミタージュの小さな番人』であったことには、全く疑いの余地がない。比喩的な表現でもなんでもなく、誠に事実なのである。



話はもう少し続く。

やがて、平和を取り戻したレニングラード。エルミタージュには、煙色の勇敢な血を継ぐ自然繁殖したネコたちが勢力を拡大していた。増えすぎたのである。
そこで、当時のネコたちを次々と捕獲して、その大半をレニングラード郊外へトラックで連れて行ってしまう。再び、人間の都合でネコたちが消えたエルミタージュを襲ったのは、もちろんネズミたちであった。人間たちは、毒薬を使い、ネズミ退治を行った。しかし、ネズミは何回も毒薬を食べるほど同じ過ちを犯さない。ネズミ捕りにかかるよりも、繁殖スピードのほうが速い。

三度、ネコたちがエルミタージュに導入されたのは、言うまでもない。そして、それ以来、エルミタージュではネコたちが大切にされ、現在に至っているのである。
恐らく、こういうことは洋の東西の違いはあれ、全世界で経験があることなのだ。人間の都合によって、ネコの運命が翻弄される歴史は、世界全般に渡って、もう何千年も前から繰り返されているに違いないのである。ただし、ネコたちが不当に間引かれた後に起こることは概して不幸なことばかりのようである。

私はこの類の話を聞くといつも、あるエピソードを思い出す。かつてのヨーロッパで、『ネコは魔女の手先』であるとされ、数多くの罪のないネコたちが惨殺されたというもの。その後、ネコたちの消えた街で、ネズミが猛威を振るい、ペストという歴史上最悪の伝染病が世を席捲する結果となったというものだった。もっとも、ネコさえいればペストの流行がなかったというわけではないだろうし、実際に『魔女の手先疑惑』で、ネコが大量虐殺された事実があるのかどうかも定かではない。しかし、ネコが多くいた地域(大切にされていた地域)とそうでなかった地域では、病気の伝播速度は違ったはずである。後に、ペスト菌研究の第一人者となる北里柴三郎も、ペスト予防対策として、猫を飼うことを政府に進言しているという事実もあるようだ。(参考:『その時歴史が動いた』平成20年5月放送)

何度も同じ過ちを繰り返してはならない。いかなる時代であっても、再び、人間がネコの命や存在そのものを軽視しようとする場合には、よくよく過去の事実に立ち戻ってみるべきであると思う。ネコたちを追いたて追い詰め、排除することに尽力するよりも、どのようにしてネコと上手く共存するかを建設的に考えることに力を注ぐことのほうが、結果的に双方にどれだけの幸福をもたらすかは歴史が知っているはずなのである。

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ネコを撮る - 7 - 和の心? 『ボケ』

2009年01月25日 | Weblog

◆CANON EOS50D/EF100mm f2 1/125秒/絞り2.0(被写体までの距離80センチ)

できるだけ、明るいレンズを使い、絞りを開ける。さらに、出来るだけ被写体に近づき、被写体と背景の距離は離すようにする。するとこのように、背景が強くボケ、元々何であったかもわからなくなってしまう。狭い家の中では、洗濯物や写り込むと美観を損ねるものもあるが、これならば大丈夫!それどころか、背景の様々な色をアクセントにすることさえできる。ちなみに、この写真の背景は、我が家の洗濯物たち・・・

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写真用語のひとつに『ぼけ』という言葉がある。「ほぉー。この作品、背景の木々のボケ具合がとても美しいですなぁ。とろけるようなボケ具合がなんとも言えんですなぁ。」などと使う。写真中のピントが合っていない、ぼんわりと滲むような部分のことを言う。その作品のメインとなっている被写体以外の美しさに目を向ける独特の鑑賞の仕方であると言える。そして、実はどうやら、日本人が特に好む描写のひとつのようなのである。

ロシアに来るまで知らなかったことなのだが、ロシア語でもこの写真用語は『БОКЭ』(ぼけ)と表現されており、その語源は、日本語からきたものであると紹介されている。ところが、知人のロシア人の子供の写真を見たときに、「子供が可愛く撮れているね。背景がいい感じにボケていて、子供が浮き上がるように表現されているところが良いね。」と、褒めたつもりだった。すると「まあ、皮肉?そんなに厳しく見ないでよ。素人なんだから、ピントが全体に合わないのよ。」なんて、ちょっと気分を害されてしまった。もちろん、皮肉など言ったつもりは全くない。

どうやら、背景(時に前景)が美しくボケている様を楽しむ感覚が、あまりないようなのである。背景もくっきり写っているのが、綺麗な写真という感覚なのかもしれない。もちろん、その人が偶々そういう人だったのかもしれない。しかし、ロシアの写真雑誌やフォトコンテストなどを見ていても、そういえば、あまり『ボケ』の評価をしている人が多くない。というより、ほとんどそんなコメントを見ない。

実に興味深いと思った。日本人になら簡単に通じる、この感覚があまり評価されない。時にものごとをはっきり言わないことを『美徳』とするファジーな感覚は、間違いなく日本人独特のものだ。「言いたいことははっきり主張しよう。NOはNO、YESはYES。」欧米社会では当たり前のことだろう。食べたくないときには、「要らない。食べたくないの」と遠慮なく言う。我々みたいに、作ってくれた人に悪いからと思って、「いえいえ、もうお腹が一杯で食べられないです。結構なお味でした。ありがとうございました。」なんて言わない。

そんなファジーな感覚が、この『ボケ』を楽しむ心にも通ずるのかもしれない。

偶然ボケているのと、意図的にボケを作り出そうとすることには、大きな違いがある。ボケが好きな人は、積極的にそれを画面構成に役立てたいではないか。

というわけで、今日はこの『ボケ』を積極的に作り出すことを考えてみたい。
下のサンプル写真は、カメラと被写体の距離、被写体と背景の距離、そして絞りの値が異なっていることに注目して欲しい。



【A】EF50mm f1.4 1/125秒/絞り5.6
せっかくのポン太の表情なのに、モロに「洗濯物の前で撮っちゃいました」という感じの写真。



【A】EF50mm f1.4 1/125秒/絞り3.5
絞りを3.5まで開けると、だいぶ背景が溶けるように、にじんでくる。でも、まだ、洗濯物感がある。



【A】EF50mm f1.4 1/125秒/絞り1.4
開放絞りの1.4まで開けると、もう、ほとんど洗濯物は分からない。あえて、何かと聞かなければ、Tシャツとタオルと靴下だとは分からないだろう。



【B】EF50mm f1.4 1/125秒/絞り5.6
【A】のときよりも、もっと洗濯物が雑然としている感がある。被写体とカメラの距離が遠くなり、さらに被写体と背景の距離が縮まっていることに起因する。



【B】EF50mm f1.4 1/125秒/絞り3.5
3.5まで開けても、あまり変わっていない。どう見ても洗濯物が干してあると分かる。



【B】EF50mm f1.4 1/125秒/絞り1.4
結局、1.4にしても、最後まで洗濯物を干している感じはなくならなかった。



【C】EF50mm f1.4 1/125秒/絞り5.6
【C】では、被写体と背景がほぼ同じ距離にある。絞りを変えるとどのように画面が変わっていくか?



【C】EF50mm f1.4 1/125秒/絞り3.5
「あれ、ほとんど変わってない?」



【C】EF50mm f1.4 1/125秒/絞り1.4
「開放1.4にしたけど、やっぱり何も変わっていないような・・・」


【まとめ】

【A】【B】【C】と比較してきたが、【A】【B】では、その効果がはっきりと感じられた。しかし、悲しいかな【C】では、結局、ほとんど何も変化がなかった。
背景のボケを美しく撮るには、

1:できるだけ、望遠のレンズを使う。(しかし、今回は室内ネコ撮影なので、50mm f1.4を使用している。)

2:できるだけ、f値の明るいレンズを使い、絞りを開ける(絞りの数値を小さくする)。

3:カメラと被写体の距離をできるだけ、短くする。

4:被写体と背景の距離をできるだけ、長くする。


【エルミタージュネコでのボケ写真】

◆この写真は、私が撮った中でも、最大級の残念写真である・・・
とても可愛らしい三毛猫なのに、そのらしさが出ていない。眠そうな目で写っている。もっと、生き生きとした愛らしい瞳だったらなぁ、と後悔が尽きない。しかも、この子は、すでにエルミタージュから姿を消していて、今では行方不明である。この写真では、珍しくいかにもエルミタージュらしい、エメラルドグリーンの壁を背景に撮るチャンスに恵まれた。せっかくの、背景をぼかしすぎてもつまらない。くっきりすぎても、説明的な写真で面白くない。木々からこぼれる光も柔らかくぼかしたい。そう思いながら撮った一枚。結果は・・・である。残念っ!

とにかく、セオリーとしては、撮影者とネコが近い、そしてネコと背景のエルミタージュの距離がある。だから、ボケの効果が得られる。



◆これは、ロシアの黄金の秋といわれる木々の黄葉と西洋らしい鉄柵を背景にしたもの。ネコと撮影者が近く、ネコと黄葉は距離がある程度離れている。鉄柵は、ネコと近い距離にあるので、ボケずに形をとどめている。しかし、天気に恵まれず、全体的に発色が暗い。残念っ!


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ネコを撮る - 6 - ネコ目線

2009年01月22日 | Weblog

◆エルミタージュの地下室にて

上の写真は、地下室に一緒に行ったロシア人の一人が撮ってくれた写真。本人は、カメラを向けられていることにも気付いていない。あんまり嬉しそうにネコの写真を撮っているので、そんな私の様子をパチリとやってくれたようである。それにしても、ネコの写真を撮っている自分の姿を見るのはこれが初めてだ。例によって、このネコもカメラ突進型。膝と肘を床について、ネコ目線でシャッターを切ろうとしていたところに、「なあに、なあにぃ?」急接近され、最短撮影距離を割ってしまっている。それで、ファインダーから目を離して笑うしかなくなっているのだ。

『絶対にネコの目線に合わせて撮影しなければいけない』ということはない。でも、やはり、自分がしゃがみ込んでみたり、床に転がったりしてみると、見えてくる世界が違ってくるから不思議だ。



【エルミタージュ地下室】
この場合は、相手がどんなネコか全く分からないので、とにかく逃げられてしまう前に、出会った時点で静かに一枚撮る。近づいて、しゃがみ込んだ瞬間に逃げ出してしまう子もいるからだ。やはり、人間目線からだと「見下ろしてる感」がある。良くも悪くもネコがちっぽけな存在にしか見えない。



【エルミタージュ地下室】
次に、ゆっくりしゃがみ込んでいく。肘を床につけて固定しながら撮ったものがこの写真。とても同じ環境で撮ったように思えないくらいまで、画面が変化する。『ようこそ、僕たちの世界へ』といった感じがする。



◆ポン太は、ぬいぐるみだから、基本的に表情が変わることがない。しかし、撮る角度によって、これほどまでに、変わらないはずの表情が変わってくる。まずは、ネコ目線の正面からのもの。



◆次に、上からポン太を見下ろすように撮る。なんともいたいけない表情に見えてくる。何か悪いことをして、叱られているようにも思える。上手に利用すれば、印象的な写真が撮れそうである。



◆さっきまでの表情が一変して『ちょー偉そう!』でさえある。こちらが、今から、なにかの裁きを受けるような印象を与える。さすがに、床に這いつくばっても、ここまで下からカメラをあおることは出来ないので、これは椅子の上に座っていたポン太を撮ったもの。



◆撮影者に飛び掛かる3秒前


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ネコを撮る - 5 - 構図を考えてみる

2009年01月22日 | Weblog
『構図』というのは、実は一番センスの違いが出るところかもしれない。いや、きっとそうなのだろう。美しい構図の前には、少々ピントが甘かろうと、ブレていようとたいした問題ではないと思えるときがある。ある程度までは、予備知識と経験でカバーできるかもしれない。しかし、それ以上の段階になると、それぞれの人が持つ、感性の問題になってくる。「セオリー的にはあり得ないんじゃない?」というような構図だって、全体としてまとまっていればありなのである。小学生が気の向くまま自由に撮った写真がとんでもない傑作だったりする。決まりに捉われないほうが面白ともいえる。しかし、ある程度の定石は知っておいて損はない。

パブロ・ピカソだって、初めから(一見)メチャクチャな絵ばかりを描いていたのではない。バルセロナで昔、ピカソ博物館に行ったときに見た青年時代の彼の絵は、風景画を書かせても、肖像画を書かせても、一級品のものばかりであった。ピカソと言えば「爆発っ」的なイメージしか持っていなかったので、「なーんだ、ちゃんとした絵も描けるんじゃん、ピカソ。」なんて感じたのを覚えている。
そのような目で見るようになってから、ゲロニカにせよ、メチャクチャに描かれているのではなく、ちゃんと構図があって成り立っていることが分かった。実際、ピカソは、構図のデッサンを何枚も何枚も描いている。

カメラは、普通に構えると横になるように出来ている。下手をすると、最初から最後まで横位置の写真ばかりを撮ってしまうこともある。好き嫌いもある。大いに結構だと思う。左利きのサッカー選手が、左足だけを使って、ボールを蹴るようなものである。(違うかな・・・)縦位置、横位置、それぞれの良さがある。まずは、どちらでも、構図を取れるようになりたいものである。ちなみに、わたしは横位置が好きである。なんで?と問われても答えようがない。そういう、感性なのだろう・・・

どこの写真入門の本にも書いてあることは、いわゆる『日の丸構図』のこと。これは、被写体がど真ん中に入る構図ばかりに偏る様を言う。決して、日の丸構図が悪いと言っているのではない。日の丸だって美しい。ただ、そればかりの一辺倒にならないようにということなのだと自分では理解している。

ではでは、しゃべってばかりでは面白くないので、画像を見ていきたい。


【日の丸ポン太A】
別に何も悪くない。可愛いポン太である。



【日の丸ポン太B】
典型的な日の丸構図。これも単独では別に悪くない。でも、これが2枚、3枚と同じ構図ばかりが
続くとだんだんお腹一杯になって、見飽きてくる。



【日の丸セバスチャンA】
モデルがセバスチャンになったので、なんとなく見る側の人の視点が騙されるが、構図は同じ。



【日の丸セバスチャンB】
少し、モデルから離れて体全体を入れているが、結局は日の丸構図。しかも、撮影者が突っ
立ったまま、上から目線で撮っているため、まるで、セバスチャンの死体が転がっているよう
に見えてしまう。




さて、それでは、どういう変化をつけていくことができるのかを見ていきたい。正解などない。それぞれの感性で撮れば良いだけだと思う。私も偉そうに講釈できるような立場ではないので、一例として見ていただければ、と・・・





◆左後方スペースにクリスマスツリーを置いてみる。



◆右スペースにセバスチャンを呼ぶ。



◆色々なことを一度にやってみる。
正対していると平面的になってしまうので、ポン太の右手に回り込み、角度をつける。さらに腹ば
いになって、カメラをポン太の顔の下から煽るように撮ってみる。下から撮るこ
とによって、通常の撮影の仕方では見えるはずのない、部屋のライトが画面中に
入ってくる。この光源を利用してアクセントにする。



◆これも正対することを避け、セバスチャンを右手に配置し、目線の先に空間を設ける。



◆ぐっと近づいてみる。セバスチャンの目線で撮る。やはり、頭上には少し空間が欲しい。


もちろん、他にいくらでもバリエーションがある。まずは、色々と試してガッテンっ!

<自分の弱点を知る>



◆これはきっと、自分の効き目が右だからなのだろう。私の場合、ついつい被写体を右手に置いてしまうことが多い。撮影しながら、結局、撮り終わった後に、家に帰ってPC上でそのことに気付く。よほど、意識的にやらないと、こういう癖は直りそうにない。こんな風に、意識してポン太を左手に置いて撮影することにさえ、なんだか違和感があるくらいである。



◆縦位置の写真が極端に少ない。縦位置で、しかも左手に被写体を配置するなんて、とっさの場合や撮影に夢中になっている場合などには、絶対にできそうにない。横位置のほうが好きだから、などと言ってはいるが、では、縦位置でも散々撮ってみた上で、そういうことを言っているのかというと甚だ怪しい・・・


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ネコを撮る - 4 - ネコとピントと絞りと被写界深度

2009年01月20日 | Weblog
なんだか、タイトルが『酒と涙と男と女』みたいになってしまった・・・

さて、前回までで、必要な機材は揃ったことにする。カメラはCANON EOS50DでレンズはCANON EF35mm f2である。今回はネコを撮る場合の、ちょっとしたポイントのようなものをご紹介したい。ここでは、ピントが何であり、絞りが何であり、とはあまりしつこくしないつもりである。そういうものは、市販されている優秀な専門書にお任せ。(実は、自分がよく分かっていないだけだったりもする・・・)

まずは、次の2つの写真を見比べて欲しい。

【ポン太A】

シャッタースピード1/125秒 絞り2.0
※被写体までの距離:約40センチ


【ポン太B】

シャッタースピード1/125秒 絞り2.0
※被写体までの距離:約40センチ


二つの写真は、ピントがどこにも合っていない『ピンボケ』ではないし、撮影者の手がぶれている『手振れ』でもないし、被写体が動いてしまうことによって起こる『被写体ブレ』のいずれでもない。【A】では、ピントが鼻に、【B】では、ピントが目に合っている。ただ単に、ピントの合う位置が違っているだけなのである。

では、なぜ、そんな間違いが起こるのだろうか?

特にネコの鼻を強調して撮りたいという意識がない限り、誰だってピントはキラッと輝く美しい目に合わせたいと思っているはずである。

理由は、2つ。

1:撮影者が被写界深度を意識していない場合。

2:カメラの撮影モードが『全自動』になっており、自動多点フォーカスポイントが、撮影者の意図を邪魔している場合。



さて、ポン太の顔を横から見てみる。ネコの顔は平らではない。鼻の部分は目の位置よりも、ずいぶんと前に出ている。ポン太の場合でも、2センチの位置の差がある。これを踏まえると、先ほどの【A】では、ピントが鼻先に合っており、【B】では、目に合っていることが分かる。実は、絞りは数値が小さくなる(例えば、1.4、1.8、2.0など)ほど、被写界深度が『浅く』(ピントの合う範囲が狭く)なる。逆に絞りの数値が大きく(例えば、5.6、8、16など)なるほど、被写界深度が『深く』(ピントの合う範囲が広く)なる。

 多頭飼いのお宅では、複数のネコを同時に撮影しようと試みることもあるだろう。全てのネコの顔をくっきり写すことができるかどうかは、それぞれのネコの距離(深度)によって異なる。そして、使用するレンズによっても異なることも付け加えておきたい。

被写界深度は、写真を二次元ではなく、三次元で見る感覚。平面的に考えてはいけない。鼻の位置と目の位置には、距離(深度)があり、目の位置と耳の位置にも距離(深度)があると意識する。目と鼻を同時にくっきり写すには、絞りをいくつにしたら良いのかを色々と試してみなければならない。数学的に計算することはないだろう。もちろん、この手のものは方程式もあり、計算できるものなのだが、何回も色々と設定を変えて、試して、経験的に覚えるほうがうんと早い。わたしは、数学が大の苦手!被写界深度の計算などしたくもない^^;

 練習相手はネコである必要はない。2つのコップでも、2つのペットボトルでも良い。とにかく、2つ物体を並べて、どの程度の距離から、どの程度の絞りで撮ったときに、どのくらい全体にピントが合うのか、合わないのかを試してみる。

ちなみに、ポン太【A】と【B】と同じ条件(被写体までの距離40センチ、EOS 50DでEF35mm f2のレンズを使用する。※但し、シャッタースピードとISO感度の設定はそれぞれ別)で、ピントは下記2枚とも、ポン太の鼻に合わせている。ピントを鼻に合わせた場合、目もシャープに写し込むには、一体どのくらいの絞りの設定が必要かという実験。


【絞り5.6の場合】
絞りがf2の時(一番最初の写真)よりも、かなり目がはっきりしてきている。これ以上、画像を拡大しないで、ブログなどに掲載するには、「このくらいであれば許容範囲」という人もいるでしょう。でも、なんだか、まだぼんやりしているとも言える。いやいや、このくらい目がウルウルしていたほうが好き、という人もいるだろう。要は自分が満足すればいいのだ。


【絞り8.0の場合】
ここまで、絞りの数値を大きくする(絞り込む)とかなりはっきりしてくる。しかし、絞りの数値を大きく(絞り込む)すればするほど、シャッタースピードが遅くなる。従って、手振れを起こす危険性が高まる。それを打ち消すために、ここではISO感度を上げている。しかし、このお話は、また次回以降に。

さて、お気づきのように、絞りやISO感度の設定を色々と試しながら、ここまで苦労して目をくっきり写し込もうと努力をする必要はもちろんない。第一、鼻にピントを合わせる必要などないのだから、初めからピントを目に合わせれば一件落着な話なのである。


次に、【ポン太A】のような写真ができてしまう理由のその2である。これは、撮影者自身は、ピントを目に合わせたいのに、なぜかカメラが鼻にピントを持っていってしまう事例である。主に、カメラの設定を『全自動』に設定している場合に多発する。『全自動』というのは、時に撮影者の意図を無視する。撮影条件が暗ければ、フラッシュが自動的にシャキーンと飛び出てくる。ピント(フォーカスポイント)は、カメラの合わせたいところに合わせてしまうのである。もちろん、最終的にカメラの『提案』を受入れ、シャッターボタンを押すかどうかは、撮影者に決定権がある。

さて、【ポン太A】の写真を作り出したカメラの『提案』は、次の通りであった。



EOS 50Dには、9つのフォーカスポイント(正しくは、フォーカスフレーム)がある。撮影者が、構えた画面の中の物体をこの9点のポイントで捕まえて、それにピントを合わせようとする。最近のものは、このポイントを50点以上持つカメラもある。まあ、EOS 50Dの場合は9点。さて、シャッターボタンを半押しして、ピントを合わせると、カメラ君は、ピピッと言って、9点あるうちの左下にピントを合わせることを『提案』してきた。その提案に問題ないと思い、そのままシャッターボタンを押し込むと出来上がるのが、【ポン太A】なのである。

なぜ、カメラはポン太の鼻にピントを合わせる『提案』をしたのか?

それは、決してカメラが鼻好きだったからではなく、ただ単に、鼻が最も手前にあった物体だったからである。何回も『提案』を却下し、半押しを繰り返したが、カメラからの『提案』は、ネコの額、耳、鼻、頬などである。なかなか目に合わせようとはしない。
これを防ぐには、カメラの撮影モードを『全自動』にしないに限る。CANONで言えば、『プログラムAE』(メーカにーよって名称は多少異なる)モードにしてみるということである。そして、オートフォーカスポイントをどこか1点にしてしまうことである。「9点の中から、どこかに合わせる」という設定ではなく、例えば「真ん中の1点のみで合わせる」という設定に変更してしまうのだ。

そうすれば、その真ん中の1点をネコの目に合わせ、半押ししてピントを確定させ、半押ししたまま(途中で離しちゃダメよん♪)自分の思う構図になるように、カメラを動かし(フレーミングをして)、露出はカメラ任せにし、安心してシャッターボタンを押せば良いというわけ。




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ネコを撮る - 番外編 - ポン太とセバスチャン

2009年01月20日 | Weblog


彼らは、ロシアの子供用品ショップ『ジェーツキー・ミール』(子供の世界)から、うちに迎えた2匹。白黒の名前は『セバスチャン』(身長24センチ)、ヒマラヤンのほうは『ポン太』(身長30センチ)。エルミタージュの地下取材に行く前から、彼らをモデルにして特訓に励んでいるというわけ。(わたしは、頭のおかしな人ではありません、念のため^^;)

等身大の本物のネコに似たぬいぐるみを探すのに苦労した。ネコのぬいぐるみは、本物よりも目が大きかったり、笑った顔をしていたり、アニメチックにデフォルメされているものが多い。例えば、キティちゃんが相手では、練習にならないのは言うまでもない・・・
こだわったのは、できるだけ本物っぽいこと。そして、剥製に取り付けるような、キラキラした目があること。ネコ撮影は、ピントを目に合わせたいので、きちんと合ったときに、キランと輝くようであって欲しかった。

というわけで、今後、ポン太とセバスチャンが、ブログ上に出演しますが、どうぞ宜しくお願いいたします。

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ネコを撮る - 3 - どんな便利グッズがあるのかな?

2009年01月20日 | Weblog
<アングルファインダー>
これは、ネコ撮影には、それなりに威力を発揮する。後に述べるが、ネコの撮影の基本は、ネコの目線で撮影することにある。このアングルファインダーがあれば、無理な姿勢をしなくても、ネコ目線の写真が撮れるというもの。しかし、このファインダーでの撮影には、少し訓練を要する。通常のファインダーの見え方とは異なり、慣れないとかえって撮影がしづらくなるだけで、イライラすることも。
特に、自宅のカーペットやフローリングに転がって、自宅ネコを撮影することが可能な場合には、全く不要の長物である。値段もメーカー純正のものは、こんなもので(失礼)2万円近くする。




<小型レフ板>
よくモデルさんなんかの撮影のときに、カメラマンのアシスタントが持っている、白色や銀色の板である。ネコ撮影には大きなものは不要。直径20センチくらいのものがあればOK。なんなら、白い画用紙でも代用可能。これは、ネコ全体を明るく照らし出すというよりも、ネコの目にキャッチライトを入れて、生き生き見せるためのもの。(キャッチライトに関しては後述予定)




<ネコ用オモチャ>
色々とあるが、遊ぶというより、主にネコの目線を操作するためのもの。カメラに視線が欲しいとき、あるいは、逆に、カメラ目線ばかりでつまらない場合などに、わざと目線をずらさせる場合にも使う。または、ほんの少し目線を上にもって行くことにより、室内灯りが目に入り、キャッチライトを得ることができる。
しかし、往々にして不自然な写真なることが多いので、ねこじゃらしの多様は避けている。




<フラッシュ>
内臓フラッシュではなく、いわゆる外付け型のフラッシュ。これは、室内撮影では非常に有効な場合がある。しかし、中途半端なものは買わないこと。そういうものは結局は役に立たず、箪笥の肥やしになるでしょう。ひとつ持っておけば、結婚式や忘年会、会議、セミナーなど、室内イベントの写真を撮る場合にも、絶大な威力を発揮する。本格的フラッシュの前では、内臓フラッシュなど、まるでオモチャのよう。



<三脚>
私の場合、ネコの撮影では、まず使うことはない。ネコは、三脚を立てて、じっくり構えて撮らせてくれる被写体ではないから。自分の肘と膝が三脚替わりである。四つんばいになったり、腹ばいになって撮れば、ある程度のブレは防ぐことが出来る。ネコの撮影は、機動性重視。しかし、一時話題になった、『空飛ぶネコ』などの撮影には、広角系のレンズをつけたカメラを三脚で固定し、その画角内に誘導してジャンプした瞬間を、バウンスフラッシュで止め撮ることがある。でも、ふく子もエルミタージュネコも飛ばないので、やっぱり使わない。

と、色々書いてはみたが、実際、自分が撮影時に一番使っているのは、100均で買った、ねこじゃらしかもしれない。フラッシュ、三脚、アングルファインダーは、もう長らく使っていない・・・レフ板はたまーに使うかも。

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ネコを撮る - 2 - どんなレンズにしようかな?

2009年01月19日 | Weblog


さてさて、続き、続きと。

デジイチ(デジタル一眼カメラ)とコンデジ(コンパクトデジタルカメラ)の大きな違いに、デジイチの場合には、用途に合わせてレンズをカチャカチャと交換できるというメリットがある。コンデジの場合にも、「あら、あたしのはいちいち付け替えなくても、10倍ズーム付きなのよ。遠くのものを大きく撮れるのよ。」とおっしゃるかもしれない。しかし、それとはちょっと趣が異なる。後で述べるが、望遠レンズは必ずしも遠くの小さなものを大きく撮るためのレンズとは限らないからである。いちいちレンズを付け替えてでも撮影したくなる理由がそこにはちゃんと存在するのである。

レンズにはそれぞれ『焦点距離』というものがある。難しいことは抜きにして、焦点距離の数値が小さなものほど『広角』(例えば10mm~20mm)で広い範囲に渡る撮影が可能、数値の大きなものほど『望遠』(例えば200mm~300mm)で遠くのものを大きく撮影できると決まっている。人間が見たままの画角がだいたい50mmといわれているので、これを『標準』レンズと呼ぶこともある。
変り種では、近寄ってクローズアップ撮影ができる『マクロレンズ』(肉球とか目をだけを大きく撮る場合とか)、周囲がぐるりと見渡せるような超広角の『魚眼レンズ』などがある。

最大の注意点は、いわゆるデジイチ(一般にフルサイズといわれる高価な機種を除く)は、APS版といって、実際の焦点距離よりも1.5~1.6倍ほど長くなってしまう。これは覚えておかなければならない。「30mmだから広角だいっ」!と思っていても、実際には、×1.6で、48mmの焦点距離(標準扱い)となる。300mmの望遠のつもりでも、480mmの超望遠になる。
なぜ、そんな面倒なことになっているのかは、ここでは省略。昔はデジタルカメラなどなかったところに、デジタルカメラが出てきたので、このようになってしまった、ということにしておこう。

どの程度の焦点距離で、どの程度の大きさに写るのかは、できれば実際に試してみたほうが良い。頭の中で、数値ばかり思い描いていても仕方がない。カメラ屋さんにいけば、たくさんのデモンストレーション機が置いてあるので、気の済むまで只で試してみよう。売り場のお兄さん自分の持つ知識をフル動員して、大抵は親切に教えてくれる。

さて、もうひとつ。レンズには、焦点距離の他に『f値』というものが書かれている。これは、レンズの『明るさ』を示すもので、数値が少ないものほど”明るいレンズ”(例えば、f1.4など)、逆に数値の大きいものほど”暗いレンズ”(例えばf5.6など)と言われる。f値が明るいほうが、夜間や室内での撮影に有利である。
f値の暗いレンズでは手振れしてしまうような場面でも、f値の明るいものであれば、その分、シャッタースピードが稼げるので、上手く写真をものにできるというわけなのである。従って、ネコの室内撮影の場合には、まず、f値の大きい(明るい)レンズがあれば、撮影に大変有利であるということができる。

「暗いところでの撮影なら、フラッシュを使えばいいじゃん!」

という声があがるかもしれない。しかし、個人的には、ネコに向かってフラッシュを使うことには反対である。ましてや、ネコの目に向かって、直接ピカッとやることなど言語道断だと思っている。下手すれば、一生カメラを怖がるようになるかもしれない。フラッシュで赤目になってしまった写真など悲しいだけである。内臓フラッシュではなく、外付けのものでは、フラッシュの照射角度を調節できるものがある。例えば、フラッシュを天井に当てて、正面の被写体を捉える、という撮影方法がある。『バウンス』と呼ばれるものである。これならば、まだ許せる。ネコもそれほど驚かないだろうし、出来上がる写真も、直接照射のものよりもだいぶ、自然な仕上がりとなる。ちなみに、私はネコにフラッシュを使ったことは、覚えている限りでは、2回くらいしかない。もう、二度と使うことはないかもしれない。

従って、やっぱり室内ネコ撮影には『f値の大きい明るいレンズ』が必要であると言える。

次に、焦点距離は、どの程度のものを選べば良いだろうか?

これは案外簡単である。まず、一部屋が200平米くらいある、宮殿に住んでいる一部の人たちを除けば、一般室内撮影において、望遠レンズは不要である。残るは、標準か広角である。もっとも望ましいのは、広角から標準の画角までをカバーするズームレンズである。しかし、そうは上手くいかない。f値が大きい(例えば1.4)広角系のズームレンズ(例えば10~50mm)などというものは世の中に存在していない。つまり、光学的に無理があるか、製造可能だとしても巨大で重くて、その上バカみたいに高価なレンズになってしまうのである。そんなものは作っても採算が合わない。だから、世の中には存在しない。

世の中に出回っている商品の中から選ばなくてはならない。どんなものがあるだろうか?例によって、ここではCANON寄りの記述になるが許されたい。
一般小市民が住まう部屋の大きさは、一部屋あたり、せいぜい30平米前後ではないだろうか。壁から壁まで、5~6メートルあるかないかだろう。箪笥や机などが置いてあるから、実際にはもっと狭いかもしれない。
となると、撮影者から被写体までの距離が取れないので、広角レンズに近いものが便利であると言える。1.6倍して30~50mm前後になるものが使いやすいだろう。

例えば、具体的に言うと、

<単焦点レンズ>(つまりズームしない、焦点距離が固定されているもの)

CANON EF35mm f2.0
CANON EF28mm f1.8
CANON EF24mm f2.8
CANON EF35mm f1.4L
CANON EF24mm f1.4L
SIGMA 30mm f1.4

<ズームレンズ>(焦点距離を変えられるもの)

CANON EF16-35mm f2.8L
TAMRON A09 28-75mm f2.8

さて、この中から一本レンズを選ぶとすれば、どれだろうか?色々と悩むところではあるが、それほど広くない一般家庭の室内ということで、焦点距離が短いもので、かつf値の明るいものを選ぶのが定石。
では、悩みに悩んで、あなたがCANONのEF24mm f1.4LかEF35mm f1.4Lを選んだとしよう。これは、もうはっきり言って素晴らしい選択!1.6倍換算で38.4mmと56mm。f値も明るく申し分ない!愛猫の撮影もスムースにいくこと間違いなし。毎日の撮影が楽しくなること請け合い。友達も、あなたの上達した写真をみてみんなビックリ!

しかし、あとから届く請求書を見て、もう一度ビックリ!

なんと、あなたが選んだCANONのEF24mm f1.4Lというレンズは、価格ドットコムの示す最も安いお店でも、1本132,000円もするのである。そして、EF35mm f1.4Lにいたっては、150,000円もする!「ええ~!カメラ本体よりも高いなんてあんまりじゃないか!」と怒りたくなる気持ちもよく分かる。良いレンズとは実は高いのである。

では、さきほど挙げたレンズたちの大体の相場を発表!

<単焦点レンズ>

CANON EF35mm f2.0 30000円 
CANON EF28mm f1.8 54000円
CANON EF24mm f2.8 36000円
CANON EF35mm f1.4L 150000円
CANON EF24mm f1.4L 132000円
SIGMA 30mm f1.4 38000円

<ズームレンズ>

CANON EF16-35mm f2.8L 158000円
TAMRON A09 28-75mm f2.8 32000円

「えー、ひどいじゃん!てっちゃんがデジイチ勧めるから買ったのに、レンズがこんなに高いんじゃダメじゃん!」って言葉が聞こえてきそう・・・
そうなのである。実は、デジイチは、本体よりもレンズを買い増すことによって、お金がかかる趣味なのである。だから、間違ったものを買う前に、「何を撮るのか?どこで撮るのか?撮ったら、それをどうしたいのか?」をよくよく考えておくことが肝要である。
とりあえず、セットになっているレンズ(例えば18-55mm f3.5-5.6など)を使っみたけど、あまり役に立つ場面がない、ということがある。本体と必要なレンズだけを狙い打ちして買うのが賢い。その後、別の用途が出てきたら、その時の経済状況に合わせて、買い足せばいいのだ。

さて、先ほど発表したレンズの価格一例をご覧になった、一般小市民は、残念ながら、性能最優先でレンズを購入することができなくなってしまったことだろう。
(さっきから「一般小市民」と言っていますが、それはワタクシのことです。)
価格のことも考慮に入れると選択肢が一気に狭まる。

ってことで、ネコの室内撮影にお勧めの3本をそれぞれの特徴を踏まえてご紹介。

◆『CANON EF35mm f2.0 30000円』(中古なら1万円台後半) ※画像はMAP CAMERAさんのもの

古いレンズだが、F値も明るい、定評のある素晴らしいレンズ。そして、リーズナブル!1.6倍換算で56mm相当の標準レンズ。最短撮影距離は25センチ。室内ネコ撮影から、お子様の撮影まで、これ一本で十分!外に出ないなら、一生これ一本でもいいくらい。レンズ自身もコンパクトで軽い!DEGITAL KISSなどにつけて、室内で振り回しても疲れない。18-55mm f3.5-5.6なんてセットで買うくらいなら、本体とこのレンズのみのほうがよほど良いかもしれない。

◆『SIGMA 30mm f1.4 38000円』(中古なら2万円台半ば) ※画像はMAP CAMERAさんのもの

なんとF値1.4という驚異的な明るさを誇りながらも、この低価格!最高のコストパフォーマンス!画角は1.6倍換算で、48mmとドンピシャ!唯一の欠点は、最短撮影距離が40センチと長めのこと。カメラを向けると、どんどん近づいてくるようなカメラ大好きネコには、かなり不利かもしれない。寄って大きく撮るのが好きな方は、前述のEF35mmをお勧め!私も最後までこれにしようか迷ったが、エルミタージュネコたちは、カメラ突進型の子が多いので、こちらは却下。

◆『TAMRON A09 28-75mm f2.8 32000円』(中古なら2万円台半ば) ※画像はMAP CAMERAさんのもの

ズームレンズの宿命で、F値こそ2.8と単焦点レンズたちにはかなわないが、1.6倍換算で、44.8mm~120mmまでの画角をカバーできるのは強み。たまには、遠く離れたところから、カメラを意識させずに撮りたい場合などにも有効。室内撮りだけでなく、これ一本あれば、屋外撮影にも便利。最短撮影距離は、33センチ。

最後に突然、『最短撮影距離』なる用語がでてきたのでちょこっと。これは、レンズそれぞれ、最短撮影距離が異なるということで、これが短いほど被写体に近寄っての撮影が可能になる。特に、部屋で一緒に暮らす愛猫の場合には、カメラに近づき過ぎる場合があるだろう。うちの、ふく子もそうだが、カメラを向けると「なーに、なーに?」と寄ってきてしまうのである。そして、そのレンズの持つ最短撮影距離を切ると、被写体にピントが合わなくなって、写真が撮れなくなってしまうのである。つまり、最短撮影距離が、長いと撮影が窮屈になってしまうということ。

既述のCANON EF35mm f2というレンズの最短撮影距離25センチだと、右手でカメラを持って、左手でネコの頭をなでなでしてあやしながら、撮影することだって出来てしまう。試しにカメラを実際に右手に持って構えてみよう。ネコの体と自分の体を正対させて、左手をネコの頭上に持っていく。そのとき、カメラから被写体であるネコまでの距離は、果たして40センチ以上あるだろうか!?30mm又は35mmのレンズで、40センチの距離をとった場合、構図としては、画面の約3分の1にいい具合にネコの顔が入る感ので、ぜひともシャッターを切りたいところである。(下記写真参照)だが、最短撮影距離の関係で、撮影ができない場合がある。実に悔しいことではないか!そして、そんな時ほど、ネコは最高の表情をしていることが多いというのも因果なものである・・・

F値と焦点距離だけに着目せず、最短撮影距離も意識してレンズを選ぼう!これって、案外、見落としがちな、超重要項目である。


◆モデル:ポン太(身長28センチ)※カメラからポン太までの距離:35センチ
◆カメラ:EOS 50D
◆レンズ:CANON EF35mm f2
◆シャッタースピード:1/125
◆絞り:2.0

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ネコを撮る - 1 - どんなカメラにしようかな?

2009年01月18日 | Weblog


★てっちゃんの使用しているカメラとレンズたち★ ※2009年1月現在

【デジタル一眼レフカメラ】
CANON EOS 50D

【交換レンズ】
CANON EF35mm F2
CANON EF50mm F1.4
CANON EF100mm F2
CANON EF-S 18-55mm F3.5-5.6 IS
CANON EF-S 55-250mm F4-5.6 IS

自分がどんなカメラとレンズで、取材していたのかの記録のためにも、今回から連続で、ちょっとネコの撮影について書いてみようと思う。

さて、一口にネコを撮るといっても、どんなネコをどこでなんの目的で撮るかによっても揃える道具(機材)は異なってくる。一番多いケースは、家で一緒に暮らしているネコを室内で撮影することだろう。では、次になんのために撮るのか?

私の過去の事例として、

1:主な被写体(撮る対象):完全室内飼いのネコ
2:主な撮影場所:自宅の室内
3:主な目的:可愛い家族の一員としての記録写真(主にブログに掲載して全国のみなさんに可愛さを自慢する。たまにはハガキサイズにプリントアウトして、頼まれもしないのに、勝手に周囲の人々に配布する。)

さて、まずは、どんなカメラを用意しましょう?

コンパクトデジタルカメラ(略:コンデジ)かデジタル一眼カメラ(略:デジイチ)にするかは、ご主人がどの程度まで写真の質にこだわるかによる。家計も厳しいし、単なる記録としてネコの写真にそんなにお金はかけられない、という場合には、コンデジで十分だし、最近の高性能コンデジは侮れない。
しかし、できれば美しく魅力的に撮ってあげたい、というのであれば、中古でも良いから、デジイチを推薦したい。そんなに難しいものではない。最初は抵抗があるかもしれないが、すぐに慣れてしまうでしょう。新品で買っても、キットレンズ付きで、5万円くらいで買えるものも出てきた。中古なら3万円くらいでもいける。いくら最近のコンデジが高性能だとはいえ、コンデジとデジイチの画質は、相当な差がある。

ネコの写真にはまるような人であれば、自分の子供の成長記にもきっと夢中になるに決まっているから、デジイチを所有して損はないだろう。友達の結婚式にだって、にわかカメラマンとして参加できる。にわかカメラマンと言っても、友人ゆえにプロのカメラマンには見せないないような表情をしてくれる場合もあり、素晴らしい写真をものにできてしまうことだってあり得る。

しかし、デジイチは携帯性が悪い。コンデジの小ささに慣れている人にとっては、デジイチの大きさと重さは、マイナスポイントである。コンデジなら、毎日のようにバッグの中に入れて持って歩けていたのが、デジイチではそうもいかなくなる。
だから、機動性重視であれば、デジイチは選択外になる。もし、欲張るなら、デジイチとコンデジがあれば最高の布陣となる。

少しでも、綺麗な写真を撮りたい気持ちがあって、予算的にも問題ないのであれば、是非デジイチを。まずは「お試し」というのであれば、中古の安いものでも良いし、予算があるなら、新品の高性能のものを買ってしまいましょう。どっちみち、あとから良いものが欲しくなってくるものなので、そのような選択肢もあるのだ。初心者だからといって、初心者用の安いものを買う必要はない。性能の良い最新のカメラほど、実は初心者の腕のなさをもカバーしてくれるのである。具体的に言うなれば、明るく見やすいファインダー、大きく鮮明な液晶画面、ISO感度を上げても画質が乱れないセンサー、優秀な手振れ補正機構などがそれらにあたる。こうしたものは、残念ながら、旧式のカメラや、格安のカメラには備わっていないことが多い。

じゃあ、どのメーカーのどのデジイチがネコの写真を撮るのに適しているのか?
何十万もするプロが使うようなもの以外の中から選ぶ場合には、どれでも良いだろう。出来上がった写真からは、どのカメラで撮ったかなどは、そうそう見分けがつくわけではない。安心感のある大手であれば、CANON、NIKONなどであれば失敗はないだろう。PENTAX、SONY、OLYMPUS、PANASONICなどでも構わないが、交換レンズの豊富さ品数の多さや普及率からいうと、大手2社には及ばない。だから、最初のデジイチにPANASONICを選ぶ必要はないだろう。(決して、PANASONIC製品が悪いと言っているのではない。)そういったものは、概してこだわり屋さんが持つ傾向がある。最近、デジイチを始めた友人たちも親戚の叔母さんもCANONなのに、自分だけが普及率の低いメーカーのカメラを持っていて、しかも使いこなせていなかったら、つまらないではないか。

私の場合は、CANONだが、たいした理由はない。プリンタも双眼鏡もCANONだったし、子供の頃からなんとなくCANONって響きが好きだから、という程度に過ぎない。別にNIKONだって構わない。
私は、CANON以外のカメラはあまり知らないから、とりあえず具体的に、機種名を挙げよ、と言われるなら下記のようなラインナップ。

1:お手軽な DEGITAL KISS X2(5~6万円)又は DEGITAL KISS X(3~4万円)
2:もう少し、予算があるなら、高性能な EOS 50D(9~10万円)
3:もっとお金があるなら EOS 5D MARK2(24~25万円)

最近販売されているデジイチの場合は、本体性能が他機に比べて、大きく劣るということはない。むしろ、どんなレンズ(広角レンズ、標準レンズ、望遠レンズ、マクロレンズ、ズームレンズ、単焦点レンズなどなど)を所有するかによって、撮れる写真が大きく異なる。「PENTAXにしかない、優秀なあのレンズを使いたいから、PENTAXを選んだ」というようなケースもある。とにかく、最高級カメラを持っていても、安物のなんでも用レンズでは面白味がない。せっかく「ネコを撮る」という明確な目的があるのだから、是非それに適したレンズを揃えたいものである。

その2に続く。

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地下室日記 - 27 - 図書館員マルキーザ

2009年01月18日 | Weblog


ところで、エルミタージュにやってくるのは、捨て猫だけとは限らない。例えば、写真のネコは元々は市立図書館にいた。長らく、そこで、可愛がられていたのだが、面倒を見ていた女性が図書館を退職したのを機に、エルミタージュで研究活動をしている学芸員が、タチヤナさんのところに連れてきたというわけ。このネコの名前はマルキーザ。由来は不明だが、図書館時代の名前で、そのまま呼ばれている。

見た目もそれほど若くはない。恐らく、初老のネコなのだろう。歯が不自由なようで、大部分が抜けてしまっている。なので、この子には、特にやわらかくしてある特別食が与えられている。そして、なぜか、地下室の中でも、「どうして?」というような真っ暗な場所で食べる。

撮影の時には、食事中だったためか、口の周りが汚れている。なんだか、タラコ唇みたいになっている・・・

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