空の洪水

春名トモコ 超短編、日記など

糸 (超短編)

2006年06月19日 | 超短編
 細い糸が部屋中に張り巡らされている。その、まるで蜘蛛の巣のような檻の中に、ひとりの女が横たわっていた。彼女は瞬きもせず、窓から差し込む飴色の光を見つめている。絡み合う糸は白銀に輝いていた。
 言葉と優しい指先で女を搦め取り、ある日男は出て行った。女は男が残した糸を断ち切ることができずに、ただ彼の戻りを待っている。
 なぜ自分を置いていったのか。そのことばかり考えていた。澱んだ思いは変質し、彼女の思考を殺していく。涙は干乾び、代わりに糸の上に無数の水滴が玉を結んでいた。女はただ、体が腐っていくのを感じている。

 どこで羽化したのか。黒い蝶が一匹、彼女の指先に止まり羽を休ませていた。ぬるんだ空気の中、そっと手を上げてみた。蝶は指先に止まったまま。女はゆっくりと天井に向かって腕を伸ばす。
 ふっと、蝶が飛び立った。女の指が離れた蝶を追い、長く伸びた爪が糸を弾いた。張り詰めていた糸は隅々までその震えを伝え、絡み付いていた水飴のような水滴が、ゆっくりと、落ち、いくつもの、燃えるような西日を閉じ込め、彼女の上に落ちて次々と、砕けて。

 女の耳に、世界が壊れる音が響いた

プラスティックロマンス(超短編)

2006年06月04日 | 超短編
「ファミリーレストランのテーブルの下でキスをしよう」
 って、谷本くんが授業中に耳元で囁いたから、あたしは谷本くんと結婚するって決めたの。
 でもね。山田くんは世界一のパティシエになるって言うの。毎日チョコレートケーキを焼いてくれるって。
 ねえ、どっちがふわふわあまく過ごせるかなあ。

 あたしね。
 一度だけ。
 不幸になってみたいわ。

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なんかむかつきますね。(書いた本人が言ってどうする)

自分でも得意そうなタイトルだと思ったんだけど、いざ書いてみると過去の作品の出がらしみたいなのしか書けませんでした。
ガラスじゃなく、プラスチックのタフさを意識はしたんですけど……。

すいません、はやかつさん。

☆ (超短編)

2006年06月02日 | 超短編
 真夜中。
 交差点のマンホールの穴から、小さな羽虫のような光がふわふわ出てきて、空へのぼっていた。
 狙いをさだめパチンと手を叩く。

 てのひらに残った光の跡が、何年経っても消えない。