空の洪水

春名トモコ 超短編、日記など

降るまで (超短編)

2005年04月19日 | 超短編
 菫色の空の際、ひと粒の白い星がきらめく頃。村を見下ろす丘の上、ひとりの少年が笛を吹く。
 草に絡まる無数の露が笛の音に共振し、内側に小さな火が灯る。丘が夜に沈むと火を閉じ込めた露は浮上し、少年を軸にしてまわりはじめる。玲瓏と響く笛の音に、天に浮かぶ星々もゆっくりと巡る。

 枝がたわむほど花を咲かせた木は、僅かな風にも惜しみなく花を散らす。枝を離れた花片は発火し、その一瞬まばゆい光を放つ。
 村人たちの願いを叶えることのできなかった少女はこの木の下に生き埋めにされた。腐りゆく目は降りしきる火の雨を映す。少年の半身である少女。しかし、はじめから彼女には、力などなかったのだ。

 星が天から零れる。燃え上がる星は海に落ち、夜空を焦がして消えた。
 笛の音が歪んでゆく。星が痙攣し、またひとつ零れ落ちる。森が赤い炎に包まれる。
 引き裂かれた痛みを抱え、村を見下ろし、少年は吹き続ける。
 すべての星が彼らに。

------------

500文字の心臓 タイトル競作
「降るまで」

幻想的で怪しく美しい話を書くのが、今回のひとり課題でした。
そして、どうしても“玲瓏”を使いたかった……。

象を捨てる (超短編)

2005年04月17日 | 超短編
 長くて密度の濃い僕のまつ毛をラクダのようだと笑う少女が自宅のプールで飼っている鯨は、時々狭い水の中から浮かび上がって悠々と空を飛ぶ。それを彼女は自慢にしているが、その鯨と言えばあと五センチ小さければ鮪になっていた中途半端なもの。
 僕の象は世界でいちばん鼻が長い。彼女の鯨になんか負けないはずだったのだが、象は歩くたびに長すぎる鼻を自分で踏んで、でんぐり返りをする。それを見てまた少女は笑う。あなたたちそっくりね。
 僕は思い切って象を捨て、首を振らずに歩ける鳩で勝負する。完璧な鳩を見た彼女は、地味すぎるわと鼻で笑う。

--------------

500文字の心臓 タイトル競作
「象を捨てる」

秘密 (超短編)

2005年04月06日 | 超短編
 かわいた花びらが、夜のアスファルトを転がる。それは僕の足首にくるりと絡まり、離れて、道路のすみに吹き溜まる。
 たくさんの花びらが、吹き溜まりの中でころころと戯れていた。かと思うと、それは真っ白なウサギとなり、暗闇の中へ跳ねて消えた。

---------------

500文字の心臓 自由題掲載分