空の洪水

春名トモコ 超短編、日記など

ムーンライト・シティ (超短編)

2005年03月27日 | 超短編
 ぴかぴかの満月がキュッキュッと回転すると、空から音楽が降ってくる。するといつも隠れている小さな者たちが楽しいリズムに誘われて出てくるんだよ。
 彼らはそれぞれの長いしっぽをつかんで、交差点の真ん中で輪になって踊りつづける。
 満月はよりいっそうキュッキュッとまわる。
 つられて星もいっそうまたたく。
 はしゃぎすぎた星が、ときどき落ちてくるよ。

うさぎピアス (超短編)

2005年03月26日 | 超短編
 天気のいい日曜の昼下がり。散歩のとちゅう、川原へ続く道でばったり友人と出会った。あいさつもそこそこに、わたしは彼女の大きな白いピアスが気になった。彼女がこんな大きなものをしているのは珍しい。しかも左耳だけ。
「違う。よく見てよ」
 そう言って友人は髪をかきあげた。近眼なわたしは顔を近づける。よく見るとそれはピアスではなく、親指のつめほどの大きさの、うさぎだった。うさぎが耳たぶに噛みついてぶらさがっている。あまりに天気がよかったので川原でうたたねをしていたら、噛みつかれたらしい。痛くないのか聞いたら、「痛いわよ」と、怒ったふうに言われた。どうやっても取れないようで、仕方がないので今から右耳の分を探しに公園へ行くところだという。
「わざわざ噛みつかせるの」
「だって片方だけだと、こんな風にいきさつを説明しないといけないでしょ。両方ぶらさがってたら、そういうものだと思うじゃない」
 そうかなぁ。と考えているうちに、じゃあねと彼女は去ってしまった。
 つかまえたところで、うまく耳に噛みついてくれるのだろうか。でもとりあえず、虫捕り網を取りにわたしは家に戻ることにした。

月光蝶 (超短編)

2005年03月23日 | 超短編
 森の奥の湖に青い夜が降りてくる。一枚、また一枚、セロハンを重ねるように闇は濃くなっていく。
 空に輝く満月。とろりと溶けた月の雫が湖にしたたり落ちる。
 大理石のような硬い湖面は、雫が落ちた場所から波紋が広がるスピードで金色に変わる。湖の上はキラキラとまぶしくけぶる。
 やがて、その靄の中から月の光をかためたような蝶が生まれる。無数の蝶が湖の上を舞い踊り、甘やかな香が満ちていく。
 たちこめる光の靄と、体にゆらゆらと溜まっていく濃密な香り。蝶の不思議な舞いがひとりの青年を惑わす。一歩ずつ、ゆっくりと足は湖へ向かい、光の水に沈めた場所から体が金色に透きとおっていく。
 彼を待つ人の声が遠くで聞こえる。足が止まる。そうだ。引き込まれるわけにはいかない。しかしまばゆい光は麻酔のように効いて、意識が朦朧としていく。
 手にしていたカメラが指からはなれ、音もなく水の中に静かに沈んでいった。黒いカメラは蜜色に変わり、底で甘く光り続ける。
 光の蝶が手招きするように、あやしく、青年を中央へ導いていく。金色に輝いた彼の体は、まぶしい光の靄に溶け込んでしまう。

 そうして湖はたくさんの人を飲み込んでいく。

気候キット (超短編)

2005年03月17日 | 超短編
 大きい水槽を用意しましょう。そこに三センチほど水をはります。《気候の粉》をまんべんなくふりかけ、水槽に布をかぶせて一晩おきます。どの気候区分になるかはお楽しみ。
 翌朝、水槽の中には絵の具を溶かしたような海と、いくつかの島ができていた。島の森には花が咲き、たくさんの果物がなっている。一ヶ月で一年の変化がおとずれる。ぼくは自由研究でこれを観察することにした。
 南国の箱庭に異変が起こったのは三日目だった。雪が降っていた。目をこらしてみると、森の中に針葉樹が混ざっている。不良品にあたったらしい。お母さんがメーカーに電話すると、こんな答えが返ってきた。
「そちらは未来の気候区分です。温暖化により、現在の寒帯区分まで亜熱帯域が広がると予測されております」
 そんなことがあるわけないとお母さんは言った。寒帯の粉が混ざっただけでしょう。
 なんでもいいやとぼくは思う。強い日差しに溶けてしまう雪。もっと雪の力がつよければ、フルーツシャーベットの木ができるのにな。

-----------------

500文字の心臓 タイトル競作
「微亜熱帯」


衝撃 (超短編)

2005年03月13日 | 超短編

 生まれてはじめて友達の家に泊まったぼくは、夜中になっても
ちっとも眠たくならず、長い長い時間、憎たらしいぐらいぐっす
り眠っている友達の寝顔を見ていたんだ。
 それは日付が変わったころ。部屋のすみで何かがうごめく気配
がした。一匹じゃない。ものすごくたくさんいる。ざわざわと近
づいていくるのが分かる。
 豆電球のように光る小さな虫だった。大量のヒカリ虫は隣のふ
とんに群がって、寝息をたてている友だちをばりばり食べだした。
次々と部屋のすみからあふれ出てきては、すごい勢いで友だちを
食べていく。指が、頭が、肩が、砂が崩れるようになくなってい
く。ヒカリ虫は友だちを食べ尽くすと少しずつふくらんで、隣同
士結合し、やがてふとんの上で光る大きなかたまりになった。眠
ってしまったら次はぼくの番だ。息を殺してぼくは一晩中まるい
かたまりをにらんでいた。
 明け方、かたまりがぐにゃぐにゃと動き出した。形を変え、色
がついて、友だちそっくりの姿になった。何事もなかったように
目覚めた友だちそっくりは、寝ぼけた顔でぼくにおはようと言う。
 ほんの少しだけ背が伸びている気がした。

---------------

500文字の心臓 タイトル競作
「衝撃」


サンダル (超短編)

2005年03月03日 | 超短編
  サンダル

 本当にサカナにかわったの。青いつるりとしたサカナ。浅い川にサンダルごと足を沈めてみて。清らかな水が指の間を流れていくでしょう。
 一瞬だから見逃さないでね。
 やわらかな足の裏をすりぬけて、青いサカナが逃げていくから。サンダルがサカナにかわるなんて信じられない?
 白いサンダルだって気をつけてね。ほら、あなたの足の下でばたばたしてる。今度はコトリね。早く自由にしてあげて。
 さあ、サンダルににげられてしまったわ。どうやって帰ろうか。

--------------

500文字の心臓 タイトル競作
「サンダル」