空の洪水

春名トモコ 超短編、日記など

流れる (超短編)

2006年11月19日 | 超短編
 なめらかな肌触りの白い室内着を、少女は裾からくるくると細く長く裂いている。露になっていく脚。溜まったそのリボンに自らの髪で模様を縫い取り、また裂いていく。
(まっさらなシーツの冷たさが、さらさらと素肌に触れて淡雪のようにとけていく)
 厚いカーテンが日差しを遮る部屋。窓の向こうは、広い庭いちめんに花が咲いているのだろう。春のゆるやかな空気には、かすかな狂気が混ざっている。それにたやすくつかまってしまう少女は、離れに閉じ込められていた。
(透きとおるような皮膚の上を、引きちぎられた真珠のネックレスみたいに転がる光の粒)
 カーテンの内側にあふれる光が、少しずつ部屋を暖めていく。
(長い指。背中の上を軽やかに走って。こらえきれずにこぼれてしまう、笑い声)
 衣服はすべてリボンになる。温度のないシーツの上に広げられた肢体。誰もいない部屋で口づけを待つ鎖骨。
 それは突然やってくる。少女の悲鳴は窓ガラスを砕き、破片が突き刺さったカーテンは川面のように光を反射させた。あたたかな風がリボンを外へ運ぶ。やわらかな陽光を浴び、揺れる花の上を越え、霞んだ空へと流れてゆく、リボンと、少女の悲鳴の中に紛れた歌声。

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500文字の心臓 MSGP2006 準決勝
「流れる」
・バイオリンとピアノの音をイメージして