空の洪水

春名トモコ 超短編、日記など

はじめての夏の日 (超短編)

2005年09月10日 | 超短編
「季節は一日で巡ります。太陽がぐるりと空をまわっているあいだは夏。それが西の果てに落ち空が赤く燃えているあいだが秋。冬はわかりますね、みなさんが活動している今です。そして東の空が白んでくると春が来ます」
 真夜中。雪で覆われた原っぱの真ん中で、先生が子供たちに世界のしくみについて教えていました。この話は十七回目でした。先生だってたくさんのことは知らないからです。
 最近ポポは夏のことばかり考えていました。夏がどういうものかだれも教えてくれません。みんな太陽なんか見たことがないのです。
「いけない」先生がりっぱな鼻を動かしました。「みなさん、においはじめたようです」
 空が青く透き通り、雪がとけ出していました。みんな大急ぎで雪をかき集め、転がるように深い巣穴に落ちていきました。彼らの体はひじょうに弱く、暖かくなるとすぐに腐るのです。ポポはみんなが隠れるのを待っていました。夏を見るつもりです。体が腐らぬよう雪をたらふく食べ、浅い穴から頭だけ出して急速に変わっていく原っぱを見ていました。
 空の色がみるみる薄くなり、現れた地面が緑色に染まって爆発的に花が咲いていきます。目をいっぱい開けているポポは、穴にかけている指の肉がずるりとむけたのも目玉がこぼれ落ちそうになっているのも気づきません。もうすぐ太陽が出ます。ポポの胸は高鳴りました。はじめての夏の一日が始まるのです。

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500文字の心臓 トーナメントMSGP 2005 準決勝
お題「はじめての夏の日」
・「春」「夏」「秋」「冬」という語をすべて用いること。
・数字を二回以上用いること。

大衆的な作風に悩んでたのですが、今回は開き直ってみました。