幸いなことにこれまで大きな落とし物をしたことはない。今は殆ど自宅にいるからそういう問題は起きないが、締め出されたりしないようにかつては自宅の玄関の鍵を必ず一つ、事務所の机に入れておいて万一のときにはそのカギで家に入れるようにとしていた。しかし、20年ほど前に一度、週末実家へ行った時にそこにカギを置いてきてしまったことがあり、自宅に戻ってきたが家に入れない、という状況に。週末の深夜でもあり、今からまた実家に戻るわけにはいかない。またこの時間では事務所に行くこともできない。やむなくこういう時に鍵を開けてくれるという「鍵の救急車」に電話をしてきてもらった。いったいどうするのか見ていたら細い針金のようなものでカギを開けようとする。何のことはない空き巣の手口だが、あいにく家の鍵は厳重にできていてその程度ではどうにも開かない。ついに彼らから、では鍵穴にドリルで穴を明けるのはどうかという。そんなことをしたらもう二度と今の鍵は使えなくなる。断って、その晩は近くのホテルに泊まることにした。開けることが出来なくても出張料として1万円ほど請求された。尤も、カギを壊して付け替えなければならなくなったらもっと費用が掛かる。
自宅の近くにホテルの心当たりはないので最寄りのJRの駅前までいかなければならないか、と思っていたら途中に小さなホテルの看板が目に入った。とりあえず玄関から入ってみたが人影がない。呼び鈴を押すと若い男が出てきたので、簡単に事情を話して部屋が空いていないかと聞くと、このホテルは一人の客は泊められない。そういう事情なら知り合いのビジネスホテルがあるから紹介しようと言ってくれた。そのホテルからの車が来るのを待っていると、いろいろな男女二人連れが入ってくる。全く場違いなところに紛れ込んだものだと、しばらく後味の悪い思いをした。翌朝早く事務所に行き、鍵を持って家にとんぼ返りをしたのは言うまでもない。
落とし物の話ではないが、小学校6年生の時に一泊の修学旅行のようなものがあり、その時に親が、万一皆からはぐれた時にどうにか連絡できるようにといくらかのお金を上着の裏地に縫い付けてくれことがあった。無事帰ってきたのでそのお世話にはならなかったが、考えてみると自分の母親はずいぶんと心配性だったようだ。その遺伝子を引き継いでいるのか、出張などで海外に行くときには現金やクレジットカードを必ず二つに分けて持ち歩くようにしている。幸いそれが効果を発揮するようなことはなかったが、置き引きで困った友人のために役に立てたことはある。
実際には落とし物をしていないのに、落とし物をして困り果てたという夢を見たことは何度もある。飛び起きて、ああ夢で良かったということがあるから潜在意識の中ではいつも落とし物を警戒しているということなのかもしれない。
いつの間にか咲いて、すでに枯れ始めたモクレン。