ロンドンオリンピックが始まった。 ロンドンと日本は8時間の時差があるようで、見たい種目の決勝は深夜になってしまう。 これから、どれだけ寝不足になってしまうのだろうか… イギリスで行われるオリンピックは今回で3度目だそうだが、わが日本は、まだ1度しか行われていない。 昭和39年10月10日、当時8歳だった自分は、「もう一生見られないから、しっかり見ておきなさい」 と言われて空を見上げた。 その日の空は快晴で、真っ青な空に航空自衛隊のジェット機が描いた5色のオリンピックの輪っかが、綺麗に浮かんでいた。 その光景は、今でも鮮明に覚えている。 当時、「オリンピックをカラーテレビで見よう!」 が合言葉になっていて、我が家にも、これでもかというくらい存在感のあるカラーテレビが、居間のど真ん中に鎮座された。 体操日本・東洋の魔女・三宅・アベベ・円谷・神永・ヘーシンクなど、活躍した選手が頭の中をよぎる。 日本は高度成長期に入っていて、一番輝いていた時かもしれない。 この東京オリンピックを開催するために新幹線が開通し、高速道路も整備された。 町のアチコチで工事が行われていた。 その年の正月、父 「八波むと志」 は、神田の地下鉄工事が行われていた道路にハンドルを取られ、都電の安全地帯に激突… 帰らぬ人になってしまった。 父はオリンピックを見ずして、あの世へ旅立ってしまった。 あれから48年! 苦労した母も、昨年この世を去った。 今頃は天国で、一緒にロンドンオリンピックを見ているのだろうか… 今でも取材をしていると、「八波ちゃんの息子だろ!」 と言う人がいるが、八波むと志の名が生き続けるのも、あと10年がいいとこだ。 せめて、その間に、もう一度日本でオリンピックを見たいものだ。 合掌
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20日金曜日は57回目の誕生日だった。 ちょっと前までは、7月20日が 「海の日」 で祭日だった。 その頃は、国民みんなにお祝いしてもらっているようで、とても嬉しかった。 現在はハッピーマンデーで、7月の第3月曜日が 「海の日」 になっている。 自分としては 「海の日」 は、7月20日であって欲しいが、今年の16日 「海の日」 はとても嬉しかった。 代々木公園に17万人もの人たちが、脱原発で集まってデモをしたのだ。 日本人は60年代安保以来、もうデモなどしない国民になってしまったと思っていた。 自分はこれまでブログの中で、脱原発を声高に叫んでいた。 人間が制御できないものを創ってしまった、罪の報いが福島第一原発の事故だったと思っている。 あの大地震と津波は、神様の警告だと受け止めている。 人間に大きな恵みを与えてくれる 「海」 だが、自然が牙をむいたときは、人間にはなすすべがないことを改めて思い知らされた。 なのに、利益追求しか考えない経済界の片棒を担ぎ、大飯原発を再稼動した愚かな政治家たちを見て、「早く!日本もドイツのように脱原発を宣言するべきだ!!」 と、17万人の人たちが立ち上がったのだ。 これを見なくても、事の本質をわからなくてはならないのが、政治家のあるべき姿である。 「海の日」 に投げかけられた、国民の大きな 「波」 を政治家はどのように対処するのか見ものである。 今度の選挙は、脱原発に舵を取らない政治家は、バッチをはずす覚悟で望まなければならないだろう。 一人の波も、何十万人になれば違う意味で 「津波」 が起こるということだ… 合掌
この3連休中、我が家にはご先祖様が帰ってきていた。 とくに、昨年暮れに亡くなった母は新盆で、家がわかるように提燈を飾りお迎えした。 ゆっくり休んで頂けたか心配だ。 お盆に、ご先祖様を供養する風習はとても良いことだ。 若いうちは感じなかったことだが、歳を取れば取るほど、目に見えないものを大切にする気持ちが深くなっていく。 もうすぐ自分も、あっちの世界へ逝く準備なのだろうか… 子どもの頃から、祖母がしきりに仏壇に手を合わせていたことが、今になってわかってきたような気がする。 親の後姿を見せるということは大切なことだ。 昨日、千葉県木更津市の八剱八幡神社(やつるぎはちまん)のお祭りを取材した。 ここの神輿は、関東一と自称しているだけあって、重く大きな神輿だ。 自称1・5トンと言われているが、どうやら1・3トンくらいらしい。 いずれにしても大神輿だ。 それなのに、短い担ぎ棒が2本しかない。 なんでも、神輿渡御をする際、街角を曲がるとき長いと邪魔なので切ってしまったそうだ。 そんな重い神輿を、わずか40人くらいで担ぐのだから、それはそれは大変だ。 すぐに交代しないと神輿が落ちてしまう。 ここの神輿は担ぎ方が変わっていて、左右両方から神輿に向かって対面する形で担ぐ、木更津担ぎだ。 さすが港町、昔は漁師が担いでいたので激しく荒い担ぎ方をしていたそうだ。 今でもその面影が残っていて、もみに入ったときは、担ぎ手の顔が変わり、迫力のある勇壮な神輿担ぎになる。 苦しい神輿渡御も、神様に捧げるという、目に見えないものを大切にしているから出来ることだ。 近年、祭りが縮小傾向にあるが、日本のいい風習を、後の人たちに継いで行くのは、我々の生まれてきた意味でもある。 合掌
政界が混沌としている中、世の中を風刺する集団 「ニュースペーパー」 のライブを見に行ってきた。 このライブは、7月と12月の年2回、本公演がある。 メインにしているのは、そのときの首相の顔かたちやしゃべり方をマネて演説するシィーンだ。 お客さんは毎回、それがどれだけ似ているかを楽しみにしている。 ニュースペーパーが世に注目されたのは、メンバーの松下アキラさんが小泉首相を真似てからだ。 この小泉さんは似ていた。 本人の小泉さんまでもが見に来たという伝説が残っているほどだ。 その後の麻生さんは、福本ヒデさんがマネたのだが、これもソックリで腹を抱えて笑った。 民主政権になってからは、鳩山さんを福本さんが、菅さんを松下さんが担当した。 昨年末のライブでは、菅さんが 「辞める」 「辞めない」 のドタバタを笑いにしていた。 彼らの物マネは本当に凝っていて、髪型から顔の表情など、それはそれは大変な思いをして練習するそうだ。 今回の野田首相は福本さんが担当したが、頬にふくみ綿を入れ、目はつけ睫毛にする凝りようだ。 今回もソックリで、相当練習したであろう苦労がにじみ出ていた。 そして、野田首相が登場してきて一番最初に口にしたセリフが、「間に合って良かったぁ~」 だった。 会場は、ドッカ~ンと笑いに包まれた。 それもそのはず、年に2回のライブなので、12月に野田さんが首相をやっているかはわからない。 暮れのライブも大入り満員だろうが、帰りのお客さんは口々に 「今度は、誰がやっているんだろうね~」 と楽しみにしていた。 こんな日本でいいのだろうか… 合掌
一週間に一度のブログなので、今の政治の展開を書くのは難しい。 先週のブログで予想したように、小沢さんは新党を創ることになるだろう。 しかし、小沢さんを嫌う国民は多い。 小沢さんに何人の仲間が付いてくるか見ものだ。 次の選挙は、大阪市長の橋下さんの 「大阪維新の会」 が、台風の目になることは間違いない。 小沢さんのことだから、何らかのアプローチをしているはずだ。 小沢さんたちが生き残るには、橋下さんのそばにいることだ。 小沢さんは次の選挙では、「増税反対」 と 「脱原発」 を訴えるようだ。 地元東北は、福島第一原発放射能漏洩問題が大きく影を落としている。 国民の反応は、7割くらいの人たちが脱原発を望んでいる。 消費税増税も、「いつかは上げなければならない」 とわかっていても、まだ時期尚早だと思っている人たちも多い。 人気の無い小沢さんだが、この辺りを抑えているところが抜けめない。 逆に、自民も民主も、国民のことより目先の利益優先が先行してしまって、選挙になったら有権者にそっぽを向かれるかもしれない。 このブログでは、21世紀は 「本物の時代」 だと、いつも言ってきた。 いままでの原子力研究を捨てるのは、もったいないと思っている人も多いが、人間が制御できないものを作ってはいけなかったのだ。 いままでの苦労が水の泡になろうが、原発を廃止して新しいエネルギーに転換することに票を入れる人は多いと思う。 渡辺さんの、「みんなの党」 も絡めて選挙に臨めば、案外小沢新党は生き残れるかもしれない。 今後の政界再編は要チェックだ… 合掌