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道楽人日乗

ツイッターのまとめ。本と映画の感想文。
いいたい放題、自分のための備忘録。
本読むのが遅く、すぐ忘れてしまうので。

小説「東の果て、夜へ」 追記「ガラスの街」メモ

2017-12-14 13:31:16 | 読書感想

ビル・ビバリー著


彼等が「箱庭」という一軒家を根城にヤクをさばいていた一味の末端、15歳の少年イースト。突然の一斉手入れで小さな組織は壊滅。
見張りを仕切っていたイーストは「叔父」に呼び出され処罰の代わりに、裏切り者とされる一人の男をコロすことを命令される。
叔父が指定した仲間、無責任大学生・オタク野郎・コロし屋少年の4人は、LAから2000マイル彼方(日本列島縦断より遠い)ウィスコンシンにいるその男のもとへ……黒人少年達は、ぼろ車で旅立った。
イーストの目前に広がる初めて見る大自然。彼等を待ち受ける差別。武器は途中で調達しなければならない。幼くして老獪な世界観をもつイーストだが、その老獪さはちっとも役に立たず、散々な道行きになっていく…。たどり着いた先に待ち受けるものは。

読書の達人であるミステリ評論家の方々がこぞって絶賛した話題作ー。
「書評七福神の九月度ベスト発表!」http://honyakumystery.jp/4479

こんなふうに粗筋を書くと何だか面白そうだ。映画「スタンド・バイ・ミー」のちびっ子ギャング版とでもいうか。

久しぶりの読書会に参加、その課題本。読後感としては「積極的にけなそうとは思わないが、それほど面白くもなかった」という感じ。順調な出だしから、無責任野郎のわがままで頓挫するあたりまで、どうも型にはまったような印象。イーストの見る光景が詩的なレトリックで描かれるのだが、どうもちぐはぐな感じ。イーストの気持ちに寄り添えない。
オジキは何故少年達ばかりで悪事をなしていたのか。凶暴な大人の存在が希薄なのだ。
なぜこのエピソードを展開しないのかと、物足りないところも所々あり「ふーん」という感じ。

拳銃を入手するあたりのエピソードを読んだあたりから気がついたのだが、このお話は「英雄の旅」の型にのっとっているようだ。キャンベルやボグラーの言う神話的構成をアレンジし「頭で書いた」様に思える。気持ちが入らず、テクニックで書いたという感じだ。詩的である文章がどこか白々しかったのも、そんなところが原因なのか。
そういえば三章という構成も、ドラマ作りで云うところの三幕構成にのっとっている?
「東の果て、夜へ」を、人物のアーキタイプ、12ステージ展開などをあてはめると、その配置や意図が(アレンジがあっても)結構丸見えな感じだ。「帰還」がどう描かれるのかと思って読んでいたので、結末には、ああなるほどそういう風にしたのか、という感興。もちろん「英雄の旅」の型を踏まえているから悪いというわけではない。(そんなことを言ったらスター・ウォーズも駄目ということになる)調理仕切れていない生な感じがするということだろうか。
聞けば作者は大学で英文学と創作を教える先生だとか。このお話は授業の教材なのかしら?



それと、こういうお話だからこそ巻頭に「略地図」が掲載されていればなあ、と思いました。

「英雄の旅」という物語の型については、以下のサイトの解説がわかりやすいです。

漫画の描き方研究ラボ 
『神話の法則』の三幕構成
https://kenkyu-labo.com/02/shinwanohosoku.html

ハリウッド式の三幕構成とは
https://kenkyu-labo.com/02/2_0_1.html


余談ですが、3年前の別の読書会で読んだ本、
ポール・オースター「ガラスの街」にも同様の神話的構造がありました
こんなお話に神話的構造が隠れているという発見が面白いです。
ヒーローズジャーニーの視点から一見難解な物語がきれいに解けてしまいます。あんまり痛快なの僕の気分もアゲアゲ。このブログでいろんな自分なりの見方を書いてきましたが、その中でも「解けたぞ!」という最高の瞬間でした。(残念だけど感想文として残していなかった)

当時「ガラスの街・英雄の旅」「ガラスの街・ヒーローズジャーニー」で検索してみましたが、何もヒットしませんでした。そんな視点から読み解いた人はあんまりいないのだろうか? 読書会でもこういう視点から語った人はいませんでした。ほんとは一項もうけるべきだけれども、3年前のことで記憶があいまいなのでメモとして書いておきます。

当時の読書会リポートを見ると、もう一つ読解の提案として僕は「キュビズム」をあげてたようです。多方向からの視点を一つの画面に盛るということを言ったのだと思います。自分探しのお話をこういう構造におとしこみ、ミステリの意匠をまぶして作品に昇華させるのはさすがだなあと思います。
(そこに注目すればこの前の読書会の「東の果て、夜へ」も同じなんだけど)


小説「13・67」を読む。

2017-12-11 09:17:28 | 読書感想

陳浩基 著

香港を舞台にした警察小説、本格と社会派を融合させた傑作と聞き興味を持つ。表題は二つの年を現していて6短編で過去へ遡る構成。冒頭で事件解決に当たる天眼のクワン氏
は死の床で弟子のロー警部の語りを聞き、はいといいえの二つの会話で富豪一家の惨劇を解き明かす…。

冒頭第一編はいくら何でもと正直思った。なんだこれは、白土三平の世界か? でも読み続けていくと面白くなる。台湾の作家なのだそうだ。社会派というが、そもそも中国で警察を舞台にして体制批判が可能なのか?しかるに最後の短編に唸る。初期乱歩の様な出だしから横溝が描いた人生の擦れ違いに至る。冒頭短編がまるで違って見えてくる。

市民の為なら自ら法を犯すアウトロー警視クワン。その捜査にいちいち意外性があり面白い。細かい出来事のかみ合わせが難しく、この銃声は誰が撃ったの?この短編冒頭のクワンは呑気すぎ?とか首をひねるが、かつて香港で警官はヒーローだった。今は? というテーマは伝わる。読み返すとさらにぐっとくるかも。

6つの短編が進むにつれて過去に遡っていくのだけど、同時に作者がどんどんうまくなっていく印象。最後の短編を読んだら、いちばん最初の短編を読み返さずにはいられない。クワンという人物がどう形成されたか、そして時の流れが人を押し流して否応なく変えていくさまに思いを寄せて、感動しました。

うーん、そういう感動がミステリ的なケレン、そして稚気と確かに表裏一体になってました。

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多少ネタバレの一人談義


乱歩のよう、そして横溝のよう、なんて感想を書くと馬鹿みたいだが、最後の短編で視点人物である貧乏な若者が、ぼろアパートでうたた寝していると、薄い壁を通して良からぬ企みをささやく声が断片的に聞こえてくる。何だろう? という展開はそれっぽくないですか? 
「こういう話」なのかしらと思って読んでいると、全く違う筋道を展開してみせる手法はこの短編集で貫かれており、作者はとても巧みで力があると感心しました。それだけでなく、短編集を全部読み終えると最後の数行で、この本自体に違う側面が与えられていることに気づき、最初の短編を確認せずにはおれません。

これが最初から意図したことなのか、筆が乗ってきて、こういう結末が引き出されてきたのか、それはわかりません。それ自体の描写はないのに、浮かび上がる真実は「この人がこの人をコロさなくてもよかったのに!」という、まさに、むかし横溝の長編で味わったような感興でした。。。。恐れ入ります。




小説「ジャック・グラス伝 宇宙的殺人者」

2017-10-15 13:10:30 | 読書感想

アダム・ロバーツ著 早川書房

冒頭に読者への挑戦があり、黄金期のSFとミステリの融合という触れ込みに惹かれた。邦題の「宇宙的殺人者」という一文が意味不明ながら魅力的。読者への挑戦がジャックが何処に潜んでいるか?という問いなら明白すぎて何が挑戦なのかわからない。関連のある中編が三編。本格というよりルブランのルパン的世界のワイドスクリーンバロック版という感じだった。

脱獄・奇妙な動機・密室などの3つの中編。それぞれ確かにひねり(というか皮肉)が効いていて面白かったけど…変則的密室を扱った3番目は、あんな「銃」わかるわけないやん。
僕はジャックは最後まで意味不明でいてほしかったので、あのちょっと甘いラストは不満。そこもルブラン的な感じがする所以ですか。
ミステリ好き探偵役の令嬢がジャックから、ミステリは殺人でなくては駄目なのか?それが臨まれているのではないかと問い詰められる所はちょっとだけ「虚無への供物」を連想。虚無の文学的動機もなんだか今思い返せば俗な感じがしますよ。

小説「その犬の歩むところ」

2017-07-12 18:22:11 | 読書感想

ボストン テラン著

孤独な女性の元に現れた老犬は、彼女を癒やし、死ぬ。仔犬は成長し、様々な人々と出会う。911、戦争、ハリケーン。哀しみ苦しむ人々に彼は寄り添った。その犬の名はギヴ。

小説としての体裁はとっているが、一読した印象は、人と犬の絆をうたいあげた長編詩のよう。

原題が、GIV The Story of a Dog and Americaであることからも想像できるが、
お話は、傷ついたアメリカの市井の人々を励まし、アメリカ魂を鼓舞するような感じがあり、それがストレートでちょっと馴染めず。僕は犬を飼ったこともないのだ。
元海兵隊員ディーンは、傷ついたギヴと出会い、救われる。彼はギヴのたどってきた時をさかのぼる旅をして、その手記をしたためる。それがこの本なのだが、ちょっと独特な構成になっている。(まるで神の視点のようなところもある)

「その犬の歩むところ」という邦題は、その人=キリストを連想させる。いい邦題だなと思う。
お話には、カインとアベルを連想するようなところもあったし。
女性に対する描写に辛辣なところがあり、女性作家なのかしら?と思って読んでいた。女性作家説は後書きにも書かれていた。

この作家は初めて読んだが「詩のような」地の文の表現は他の作品も共通しているのだそうだ。日本でも評判になった「神は銃弾」はさらに強烈だとのこと。

「アリーテ姫の冒険」

2016-11-24 19:28:16 | 読書感想

ダイアナ・コールス著

知恵あるお姫様アリーテは、宝石に目のくらんだ父王の命令で悪い魔法使いに嫁ぐことになった。
魔法使いは姫に殺されるという予言を覆すため、姫に3つの難事を与え、果たせねば命を奪うと王に契約させる。
姫はその知性と協力者たちの助けを得て、難事の全てをなしとげ、魔法使いは頓死。
姫の恐れたのは、ただ「退屈」だった。

快活で頭の良いお姫様が、鎧をまとった騎士達がことごとく失敗し命を落とした難事を成し遂げてゆく。
善良な魔法使いが与えてくれた「3つの願い」を叶える魔法は全て退屈しのぎに使ってしまう。


男どもの情けなさに対しての姫の活躍から、フェミニズム童話という評もあるそうだが、ああ、そうですかとしか言いようがない。竹取物語にもあった古典的な「物語の型」がここにもある。
片淵監督によるアニメ作品を見る前に予習として読んだのだが、これがどう長編アニメになるのか見当もつかない。

「木のぼり男爵」

2016-09-07 13:22:30 | 読書感想


イタロ・カルヴィーノ「木のぼり男爵」を読む。

由緒ある貴族の長男12歳のコジモはむしゃくしゃして大庭園の木に登る。彼は人生を終えるまで樹上を渡り歩き、二度と地上に降り立つことは無かった。これだけの大筋に、家族との葛藤、別れ、冒険、恋愛、挫折、狂気などたっぷり描かれる傑作。名場面がいっぱい。

個性的な奇人が次々登場しユーモラスな展開が続く。ウェス・アンダーソン監督あたりが映画にしたらさぞかし面白いだろうと夢想。いつしか時の流れが人々を変え、苦い人生の断面を垣間見せる。コジモが病床の母を窓外から見舞う場面などは本当に切なく美しい。カルヴィーノ凄い。

コジモは樹上より見た隣家の少女ヴィオランテに淡い恋を抱く。地上に降りない誓いの為、彼女のもとに立つことは出来ない。彼女の苛烈な性格にも悩まされる。
コジモは何故こんな理不尽な意地を張るのか。樹上の人となることで「ほかの誰でも無い一人」になり得た、なり得たい、ということなのだろうか。

物語は、コジモを敬愛する弟が、自ら見た光景と兄から聞き書きした場面より構成したという体裁。例えばコジモの叔父の最期は、愛情ゆえコジモが英雄的に語り変えたようだと書いてある。
ならばコジモ自身が狂気の淵に立つ晩年の描写は、今度は弟が兄への愛情故に夢を描いたともとれるのだ。そう思って読めばよけいに泣ける名場面である。

現実と、それにたいする物語の意味を考えさせられる。

「死体泥棒」

2016-08-28 17:35:13 | 読書感想

「死体泥棒」パトリーシア メロ著。 ハヤカワ・ミステリ文庫

人気の無い郊外で偶然飛行機の墜落現場に居合わせた俺。操縦者は死亡。機内にあった大量のヤクをを持ち逃げした俺は、こいつを元手で一発逆転をもくろんだが…。

登場人物みんな嘘つきで図々しく悪人でお人好しという、グロで非道だったりするけど喜劇調?
読みながら、お話の進行につれて、とんでもない惨劇や悲劇を予期していたら、ことごとく肩すかし。で、世は全てこともなし。なんとまあ、あっけらかんとしてるんでしょうか。ブラジルのお国柄?

最初は文体がよみにくかったけど、面白かったです。主人公の彼女、警官なのに途中からの腹の据わりようがいい。
社会が信用ならないから、頼るのは身内のみ。そこから放逐されたらのこるのは絶望、そういう現実も描かれていて、ただ軽妙なだけではない一面も。

余談ですけど、主人公らが殺しはいけないと繰り返すので絶対誰か殺すだろうと思ってました。
たとえばだけど、ギャングに強要され、刑務所からボスを死体に化けさせて脱獄をもくろむが、ばれそうになり本当に死体にしてしまう、とか考えて読んでいたけれど、全然そういう展開にはなりません。

「叛逆航路」

2016-05-28 17:55:01 | 読書感想

アン・レツキー著。

巨大な星間帝国「ラドチ」が星々を侵略、大勢の住民に戦艦AIの意識を植え付ける未来。自らの戦艦を失ったAI属体「わたし」は雪原に倒れていた人物を助ける。彼女(彼)は千年前共にした艦の副官だった。先端的で難解な作風を予期したら古典的な物語ラインと設定で意外でした。

AIの意識が数千人の頭脳に同時共存的に転写されているという設定が話題になってるが、AIと言えば人間の理解を超えるシンギュラリティがトピックになる昨今、人格と等価に置き換え可能とはむしろ古き良き時代のSFという感じ。作品の位置どりはこのあたりかと理解した。

男女両性がすべて「彼女」という代名詞で呼ばれている文化圏という設定も単にわずらわしいだけ。オビにある「わたしは戦い続ける彼女のために」という文句、これはギャグで言っているのか。主君の仇討ち、奴隷の名誉回復譚という古典的な展開が明快なので、つまらなくはない。

かつてハーバートの「デューン」は砂漠の惑星に中東の文化を投影し異様な世界を作った。本作は西洋文化圏が侵略した近代のアジアとの関係性を遠未来に外挿し、資本主義という帝国の異様さを、奇怪なラドチ世界に「支配される側の視線」をも感じさせるように描こうとしたのか。

退屈だと言われる前半に前述の支配者の異様さ、異様な論理が描かれているように思うが正直わかりにくい。どういう人なのか。よくこういう試みをしたなあと感心。冒頭しばらくの二人の道行きはまるで西部劇。断崖の橋とか出てくるかしらと思っていたらさもありなんで大笑いした。

「歩道橋の魔術師」

2016-05-24 15:05:48 | 読書感想

呉明益 著。

連作短編集。今はもう撤去された台湾の「中華商場」に暮らした人々の日常。子供に奇術道具を売る流れ者の魔術師が見せるのは、哲学的で不思議な技。思い出は美しいばかりではなく、所々にひそむあっけない死。そう人生は短い。魔術師の幻術は物語や創作の不思議にいきつく。

ノスタルジイの情景に刺し込まれる唐突な死というタッチから「泥の河」を連想するが「歩道橋」は作者の創作論ともいうべき構造が込められている。魔術師は徐々に退場し作家に入れ替わる。巻末の唐突な一篇「レインツリーの魔術師」は現実をちがう一面から見ることの魔術を示す。

成長し中年になったかつての少年少女たちは、問う。魔術師とは何だったのか。それは、夢とは、小説とは、物語とは何なのかという問いといつしか重なっていく。


「原節子の真実」

2016-05-24 15:05:06 | 読書感想

石井妙子著。

デビュー前の少女時代から引退まで。そして、それまでとほぼ同じ年月の隠棲の何故。大女優の辿った道を、小津監督への思慕という通説を離れ、引き裂かれた恋愛と、義兄=熊谷久虎監督の影響をもとに描き出す。その激しさと厳しさに驚くも、巻末には静かな感動がおとずれる。

随分前だが、スタンリー・クワン監督の傑作「ロアン・リンユィ 阮玲玉」を見て、真実は何処にあるのだろうとしみじみ考えた。この評伝は相当な労作で、鎌倉の隠棲について一つの解釈を与えてくれる。だが、それでもなお、真実など何処にもないと再び思うのである。

「少年の名はジルベール」

2016-05-24 15:04:21 | 読書感想

竹宮恵子著。

敬称略。著者竹宮恵子が上京し、増山法恵と萩尾望都を加えて少女漫画家版のトキワ荘「大泉サロン」が形作られ、2年後解散する。「風と木の詩」実現への苦闘とスランプ。萩尾のまぶしいばかりの才能。編集者の無理解。ヨーロッパ旅行。この本こそが一つの物語のよう。

神秘的な着想の瞬間や、劇作の苦悩が描かれ読ませるが、巻末の「若い頃の友人たちとのめぐり逢いはそれ自体が一つの奇跡」と振り返る著者の言葉に全てが込められている。時は過ぎ喧噪の時間は終わり別れの時がやってくる。この本を通して人生の不思議の一端に触れた思いがした。

「未成年」イアン・マキューアン著

2016-05-24 15:03:11 | 読書感想

イアン・マキューアン著

。初老を迎えた裁判官フィオーナは、宗教故に輸血を拒む少年に判決を下さなければならなかった。生か死か。少年は才能と魅力を持ち輝いていた。法廷を離れた彼女は夫の理不尽な要求に悩み、孤独をかみしめる。緊迫した裁判を次々こなす彼女の前に現れたのは…。

なるようにしかならないと思えた展開が、やはりなるようにしかならなかった。深刻な内容かと思うと夫ジャックの馬鹿マッチョぶりは滑稽。独特な比喩や、特に演奏会の場面の演出は素晴らしい。彼女の孤独感は他人事では無いが、どの人物の感情にも寄り添うことができなかった。

登場人物たちは、それぞれに哀しみをへて成長をとげ、おさまるところにおさまった。冷たいようだがこれはこれで、世は全てこともなし という感じだろうか。

「デューン 砂の惑星」新訳版

2016-05-24 14:32:25 | 読書感想

「デューン 砂の惑星」フランク・ハーバート著。

世間的に評判の良い石ノ森表紙があまり好きでは無く旧訳一作目は積んでる筈なのだけど、今回初読。一万年もの未来世界の話なのに大航海時代の植民地のよう。描かれる特殊能力も救世主然とした主人公も秘教的。しかるに作者の世界観が他に無いくらい独特で面白い。

その面白さとは、かならず取り上げられる惑星環境の詳細な設定の事でななく、作者の人間観、行動原理のようなもの。作者には人のあやなす世界がこんな風に見えるのだろうかと異様な感じ。ハーバートのものの見方、考え方が、なんか変(個性的)なのだ。どのあたりがどう変なのかということは、なかなか短い言葉では伝えにくい。お話の大きな構造はファンタジィ王道の貴種流離譚。一読では表面をなぞっただけという感じ。王道なはずの話が、それぞれの場面や展開で微妙に王道とは違う。「え、こう考えるの?」「こうくるか?」という小さな驚きが連続。これは再読(可能なら)や、シリーズを読み進めていくにつれて自分でも明確になってくると思う。
(映像化が結局デビッド・リンチによってなされたことも、それはそれでよかったのでは無いかとも思える)

その目線ゆえか発表から50年もたって古びた感じが全くしないのも驚き。苦難の民を導く主人公(覚醒者?)をおそう殺戮衝動、その自覚と怖れ。このテーマだけでもどう発展するのか気になる。多様な未来の予兆が収束かつ分岐するという多元的予知も面白い。続きが読んでみたい。

それにしても、質素で平和な暮らしをしていた王が、環境の変化から非業の運命にさらされ、その息子が…。というのはつい最近も、なんか読むか見るかしたような。ほんと、基本なんでしょうか。

「王とサーカス」

2016-05-24 13:22:05 | 読書感想

米澤穂信著

フリー記者転身をはかろうとしていた主人公=大刀洗万智は、旅行記事の下見に訪れていたネパールで王室を揺るがす歴史的大事件に遭遇。現地の利発な少年サガルをガイドに取材を始める。記者としての信条を問われる出来事の後、思いもかけぬ殺人事件に遭遇する。

この本を薦めてくれた人に「どんな風に面白いの?」と訊ねて説明してもらったことが、昔に読んだ「虚無への供物」を連想させるものだったので興味をもった。後書きで作者は特にふれていないが、当たらずといえども遠からずという感じ。現実的な問題としてリファインされている。

歴史的事件は主人公の取材対象でいわば背景。薄暗い路地裏をゆく生活臭ただようエキゾチズムが面白い。大まかな真相は事前に察せたけれど、細かいところはわからなかった。サガル少年の人物造形がとてもよく、彼との別れを描いた一章は、やられたなあという感じ。楽しく読めた。

「エンジェルメイカー」

2016-02-21 17:55:56 | 読書感想

ニック・ハーカウェイ著。早川書房

やっと読み終わった…。早川ポケミス二段組みで700ページ越え。本読むの遅い僕にはきつかったー。シンプルな話だけど初読では細部がよくわからず誰の何の話だっけと何度も振り返ったり。

オタクな作者が自分の読書体験を掘り起こして、好きなガジェットを並べて針と糸でひと繋がりに仕立てたような作品。それでいて「どこかでみたような」という否定的な連想を呼び起こさないのは、それぞれの要素のズラし方、アレンジの仕方がうまいのか。こういうオタク総決算が出来てしまう才能を持った人はうらやましい。さぞかしスッキリしたことだろう。
ミステリの扱いだけど、内容的にはスチーム・パンクという感じ。物語上の罠とかないストレートな冒険譚なのだと思う。それなりに面白かった。描写や台詞がこってりしていて、シナリオのト書きに毛が生えたような描写の最近のSFなどに慣れてしまったのか、読むのにとにかくひと苦労。けれどこういうのがむしろ小説らしい文体なんだろう。

それしても、結局蜂は何をするのか?女流天才博士は第二次大戦中?に「量子論的認識の魔法」を作っちゃったの…?



作中の主要アイテムである「本」は、パンチカードのあつまりみたいで、くしくもこの前みたばかりのアニメ「屍者の帝国」で出てくる「本」が同じ設定で、こんな感じなのかと参考になってたすかった。