道楽人日乗

ツイッターのまとめ。本と映画の感想文。
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本読むのが遅く、すぐ忘れてしまうので。

「毒入りチョコレート事件」第10の回答。

2014-11-27 22:46:12 | 毒入りチョコレート事件 別解
毒入りチョコレート事件第10の回答。
(アントニイ・バークリー著「毒入りチョコレート事件」創元推理文庫から発想しました)

小説本編終了後、二時間程おいて起こった出来事。

●夜、犯罪研究会例会が行われた建屋の外、出口前。
警察車両が止まり物々しい雰囲気。立ち去ったアリシアを除いたメンバーが並んで立っている。離れたところでロジャーが険しい表情でモレスビー警部と話している。
ワイルドマン卿「全く、なんて日だ!」
フィールダー「スリルですわ!」
ワイルドマン卿、フィールダー女史を睨みつける。
ロジャー「(大声で)皆さん、私の不作法をお許しください。私はこれからロンドン警察に行き捜査のお手伝いをいたします」
モレスビー警部「どうぞ、皆さん、お気をつけてお帰りください。関係者尋問は、再度、明日あらためて行います」
メンバーの苦々しい表情。一同、それぞれ家路につく。

●夜、路地裏。一人歩くチタウィック氏。
女性の声「チタウィックさん」
チタウィック氏驚いて振り返る。
チタウィック氏「フィールダーさんじゃありませんか」
フィールダー「ちょっとお話ししたいことがありますの、どこかでお食事でも」
チタウィック氏の表情くもる。しぶしぶ、
チタウィック「私のような者が行く酒場でもかまいませんでしょうか」
フィールダー「そうね。社会見学に良いかもしれませんけれど、私、個室のある素敵なレストランを心得ておりますの。ご馳走いたしますわ」

●同日、チャイニーズレストランの一室。赤と金の装飾の部屋。豪華な料理が円卓一面に並んでいる。
フィールダー「今日の貴方は百点満点でした!チタウィックさん」
チタウィック氏「私こそお礼を申し上げます。おかげで犯罪研究会にとどまる事ができそうです」
フィールダー「あら、おほほほほ!とどまるどころか貴方はロジャーに替わって会長になるお方かもしれませんわ」
チタウィック「…滅相もありません。力不足から脱会を迫られていた次第でして」
フィールダー「そんなこと、このあたくしがさせません。あら、料理が冷めてしまいます。どうぞお召し上がりに」
チタウィック氏、おずおずと箸をつける。
チタウィック氏「これは美味だ…。しかし、フィールダーさん、貴方はどうして愚か者のふりをなさっているのです?私に推理を授けて下さったじゃありませんか。私は貴方が他のどの会員よりも優れた知性を持つことを…」
フィールダー「(さえぎるように)私は劇作家です。演技すること、演技者を操ることが仕事ですのよ」
チタウィック氏、おびえたように目を伏せ、料理を黙々と食べる。
フィールダー「ふん!あの小生意気な女流作家?あははは!あの小娘にきついお灸を据えてやり、清々しましたわ」
チタウィック氏「お灸とおっしゃいますが、下手をすればアリシア女史の人生は…」
フィールダー「ご心配には及びませんのよ。彼女には私の劇団の精鋭がきちんとケアをいたします」
チタウィック氏「貴方はお顔が広い…」
フィールダー「劇団員はお芝居だけではなかなか生活出来ないのが現状です。才能ある若者達がいろいろな職場でお仕事しながら明日を夢見て頑張っているのよ」
フィールダー女史、料理に手をつけず、バッグより鏡を出しメイクを直す。
フィールダー「彼らの、そして彼女らのお仕事の一端をお教えしますわ。ひとつは有名なチョコの会社、タイプの老舗もあります。印刷屋勤めも多うござんす」
チタウィック氏「…私に、一つだけ教えてください」
フィールダー「ええ、貴方には知る権利がありますのよ」
チタウィック氏「ベンディックス氏がかつて関わったという場末の女優ですが」
フィールダー「あの浮気っぽい大根女優!」
チタウィック氏「私はあの女優の熱心なファンでした。薄汚れた劇場に通ったものです。最近見かけないのですが…お顔が広いところで、彼女のことなどご存じなら、お教えください」
フィールダー「私の娘、でした。……娘は心を病みました」
チタウィック氏「なんと!」
フィールダー「もう、全ておわかりでしょう。犯罪には愚か者の生け贄が必要ですのよ」
チタウィック氏、顔が青ざめている。
チタウィック氏「なんだか体調がすぐれません…今日はこの辺で…」
フィールダー「あら、もうちょっとお付き合い頂きますわ。ここの料理長は、それはそれは珍しい料理をつくります。古代王宮でつくられた秘密の「特別料理」。貴方には是非その秘密を知って頂きたいの」
チタウィック氏「フィールダーさん、わたしは…」
フィールダー「おだまり!」
いつの間にか、にこやかに笑む、屈強な白衣の若者が二人立っている。
フィールダー「役者を夢見て頑張っている若者は、あらゆるところにおりますのよ、チタウィックさん」

了。

「毒入りチョコレート事件」第9の回答

2014-11-27 22:45:24 | 毒入りチョコレート事件 別解
毒入りチョコレート事件、第9の回答。
(アントニイ・バークリー著「毒入りチョコレート事件」創元推理文庫、クリスチアナ・ブランドが「『毒入りチョコレート事件』第七の解答」ー「創元推理1994/Spring」収録。を参考にしました。ブランドのネタに触れています)

クリスチアナ・ブランドによる「毒入りチョコレート事件」第七の回答の出来事があった後、翌朝の出来事。

●毒入りチョコレート事件本編の翌朝。
英国の新聞見出し(号外1)「号外!「犯罪研究会」の面々、毒シャンパンに倒れる!」「生存者チタウィック氏、搬送先病室にて恐怖の一夜を語る!」同新聞本文「ベンディックス夫人毒殺事件を独自に捜査していた民間団体、犯罪研究会にて、「ある達成」を得たために主催者ロジャー・シェリンガム氏によって振る舞われたシャンパンに毒素が混入。同メンバーであるロジャー氏本人、刑事弁護士チャールズ・ワイルドマン卿、劇作家フィールダー・フレミング氏、推理作家モートン・ハロゲイト・ブラッドレー氏、四名が死亡、同メンバーであるアンブローズ・チタウィック氏はアルコールに弱い体質のため飲酒後すぐ嘔吐、その一命を取り留めた」(号外2)「スコットランド・ヤードはメンバーで唯一毒シャンパンを飲まなかった小説家アリシア・ダマーズ氏を緊急任意同行し取り調べるも嫌疑不十分で釈放!」

●同日午後、チタウィック氏のいる病室。面会謝絶の札。
モレスビー警部「ロジャーが!まさか、彼が犯人だったのか!」
チタウィック氏「いえ、きっとシャンパンはどこかですり替えられたのです。黒い毒殺魔は恐ろしく巧妙です」
モレスビー警部「黒い毒殺魔!なんですかそれは!」
チタウィック氏「私が末席を汚している犯罪研究会。学識優れた参加者の皆様は、ベンディックス夫人毒殺事件を推理している過程で、きわめて類似性の高い事件を例として発表されました。それは恐るべき数でした」
モレスビー警部「そうです。ここ最近、ロンドンでは確かに毒殺事件が多発しています」
チタウィック氏「個別の事件ではありません。警部、ロンドンには黒い毒殺魔が跳梁しているのです。それが、我が犯罪研究会の結論でした…」
モレスビー警部「しかし、それらはすでに解決…まさか、貴方は全て冤罪だとおっしゃるのか!」
チタウィック氏、ゆっくりとうなずく。
チタウィック氏「警部、あなたがはじめにおっしゃっていた、悪魔的な知性を持つ、偏執的殺人狂による犯罪、それこそが正鵠を得ていたのです」
モレスビー警部「ああ、だから言いわんこっちゃない!」
チタウィック氏「狙いを定めた階層の、様々な人物になりすまし、新たな環境に紛れ込む。そして……高級クラブなどぬかし、日々遊興にふける高等遊民どもに鉄槌を下す、まさに恐ろしい犯人です!」
モレスビー警部「チタウィックさん、あなたは…」
チタウィック氏、愛らしい笑顔。
チタウィック氏「チタウィック?誰なんでしょうな、その人物とは」
チタウィック氏の素早い動き。モレスビー警部の首筋に注射器を刺す。

●夕刻、アリシアの家。アリシアと彼女の弟。アリシアが外から帰ってくる。苛立った様子でドアを閉じ、新聞(号外2)をテーブルにたたきつける。
アリシア「正直に言って頂戴!ロンドンの黒い毒殺魔、これはあなたの仕業なの?」
「(青ざめた様子で)……姉さん、これ見てくれ」
弟が手にしているのは、メイスン社チョコレートボンボンの小箱。
アリシア「ちょっと、それ」
「さっき届いたんだ……俺が送った箱に見えるよな……」
弟、メイスン社の用紙を使ったタイプ打ちの手紙を姉に突きつける。
アリシア「ああ、いったい、何が起こっているのかしら!」
ノックの音。アリシアと弟、不安げに顔を見合わせる。アリシア、おそるおそるドアを開く。
アリシア「…あら、どなたかと思いました。なんて格好……もうお加減はよろしいんですの?」
チタウィック氏が立っている。その無邪気な笑顔。
アリシア「…妙ね、チタウィックさん、どうしてこの家をご存じなのかしら…」
チタウィック氏、郵便配達夫の衣装を着ている。
チタウィック氏、満面の笑顔。

了。

「毒入りチョコレート事件」第8の回答

2014-11-27 22:43:20 | 毒入りチョコレート事件 別解
毒入りチョコレート事件第8? の回答。
(アントニイ・バークリー著「毒入りチョコレート事件」創元推理文庫を参考にしました)

●犯罪研究会会場。作中と同じ6人の登場人物。以下は209ページよりつながる出来事。
ブラッドレー氏の最後の意見披露が終わり、彼はロジャーが投げた紙片を見る。
ブラッドレー「誰ですかこれは」
ロジャー「え?この人と違うのか?」
ブラッドレー「勿論です。この事件に外側からの関与はありません。全ては関係者の仕業であり、その結果なのです」
フィールダー「教えて、誰が恐ろしい犯人なの?」
ブラッドレー「恐ろしいというのは違います。運命にさいなまれた悲劇の犯人と言うべきでしょう」
一同「その人物の名は?!」
ブラッドレー「惜しくも亡くなられたベンディックス夫人その人です!」
ざわめく一同。
ブラッドレー「ああ、美しいベンディックス夫人、世間的には理想の夫婦と思われていたお二人だが、その実、夫との仲は冷えきり、いつしか夫人は怪人物ユースティス卿の魔の手にかかっていた。泥沼です」
フィールダー「スキャンダルだわ!」
ブラッドレー「さよう。もはや生きていくのは耐えがたい。しかし死した後、ハイエナどもに醜態を暴かれるのは、地獄にいてもなおつらい」
ワイルドマン卿「うう、ほん!(咳払い)」
ブラッドレー「夫君を道連れにしての、殺人に見せかけた心中、その企みの無残な失敗こそ本事件の真実なのです!」
フィールダー「世間体を気にする人だったわ」
ブラッドレー「ペンファーザー氏のチョコ嫌いを知った上で、夫君に芝居を用いた賭を持ちかけ、クラブでの毒物譲渡を画策した」
ワイルドマン卿「待ってくれ、紙片やタイプはどうしたんだね」
ブラッドレー「僕は請け負いますが、このタイプライターはユースティス卿のご自宅で見つかるでしょう。実は密かにサンプルを入手しています」
ブラッドレー、二枚の紙片をロジャーに手渡す。
ロジャー「完全に一致した!」
アリシア「何故、彼女は憎いユースティス卿を犯人に仕立てなかったの?」
ブラッドレー「その場合、我が優秀なロンドン警察は夫人達の不行跡を白日の下にさらした事でしょう」
チタウィック氏「誰が犯人かわからない、そこが重要だったわけですな」
ブラッドレー「夫人の最後の行動を思い出してください。妙な味のするチョコレートを美味しいか不味いかを確かめる為に食べ続ける?そんなことがありますか?」
ワイルドマン卿「確かに私もそう思ったよ。それにしても夫に二つチョコを食べさせた後に、何故彼女はチョコを食べ続けたんだろう?」
ブラッドレー「彼女の頭に何が去来していたのか」
フィールダー「ロマンチックだわ…」
ブラッドレー「いやになったんですよ全てが。むしろサバサバとした気持ちで食べ続けたのではないでしょうか」
フィールダー「最後の晩餐ね!」
一同、フィールダー女史を睨む。
ブラッドレー「さて皆さん、以上が私の推理、おそらくは唯一の真実であります」
拍手するチタウィック氏。
アリシア「私にはどうしても納得がいきません」
ブラッドレー「何がです?」
アリシア「彼女は死んだ。だけど夫は生き残りました。彼女の企みは何故失敗に終わったのでしょう」
ブラッドレー「それは、ユースティス卿の家で科学書をにわか勉強するだけでは、いかに聡明な夫人でも限界があったのでしょう」
アリシア「みなさん、思い出してください。残ったチョコレートからはきっかり同じ分量の毒素が検出されました。美しい手際で!それほど細心の注意力を持つ人間が、果たして人生でもっとも重要な行為遂行中、毒の致死量を間違えるかしら」
ロジャー「そういえば、夫が二つ食べたところで満足していたようだな」
ブラッドレー「それは…彼女だけはその二つが他より多い毒があったことを知っていたんだ」
一同の間に苦笑がもれる。
ブラッドレー「きっと、箱の中身のチョコを旦那がテーブルにぶちまけてしまったんだ。そそそ、そそっかしいからなあいつは。戻したところでどれがどれだか…」
ワイルドマン卿「惜しかったなブラッドレー」
ブラッドレー、顔を赤くして立ち上がり、
ブラッドレー「彼女はいまわの際に馬鹿馬鹿しくなったんだよ。夫に毒薬の苦痛を与えたら、もうそれでいいと思ったんだ」
ロジャー、無言でブラッドレーの肩に手を置く。ブラッドレー、しぶしぶ腰を下ろす。一同、しばし、沈黙。
ロジャー「さて、皆さん今宵はこれでお開きにいたしましょう」

p210 第12章につづく。

アントニー・バークリー「毒入りチョコレート事件」ネタバレ考察。

2014-11-27 22:42:32 | 毒入りチョコレート事件 別解
「毒入りチョコレート事件」(ネタバレを含んでいます)

この小説は、6人の男女による推理合戦という形態をとっています。前の推理を、後から述べられる推理がつぎつぎに覆していくと言う趣向。さーすが、本格推理小説、なんて思うと、これがまた全然ちがうんです。後の推理になるにつれて、それまで影も形もなかった「新証人」「新証拠」がつぎつぎに出てきます。え、そんなのルール違反じゃないの?

つまりこの小説はもともと本格なんかじゃなく、三谷幸喜の舞台劇の喜劇のような、巧妙な「おもしろ小説」としてとらえると腑に落ちます。作者は本格推理なんていいう遊興を皮肉ったんでしょう。そう思って見てみると、登場人物達のキャラクター立ち、語りの順番から、探偵小説に定番な、高慢ちきな論理もどきが崩れ、天狗の鼻が折れるさまなどが、とても面白く仕立てられていています。

この小説は6つ目の回答が他を圧して正解となる(先行する短編小説版での最終回答は第三番目に語られ論駁される)わけですが、クリスチアナ・ブランドという作家が、パロディとして第7番目の回答をあとから添えています。本編中の目立たない人物を見つけ出し犯人としてドラマを組み立てた、という構成。これは本編の推理物としてはでたらめな本質を見抜いた上での、批判になっているわけです。証拠も証人も論理も伏線の回収も、推理ではなく「おもしろ喜劇の構成」に奉仕しています。これが「毒入りチョコレート事件」という小説の本質であるというブランドの指摘ともとれます。

なるほど、それならどうにでもなりそうじゃないですか。

どうとでもなる? 
ならば、第8、第9と続く回答も、お遊びとして可能なわけで、僕も三つの回答を考えてみました。
お手本とした、ブラントの第七の回答でも明かですが、「誰が犯人」「その理由は何々」だけでは面白くない。こういうアイディアはドラマを伴って初めて生きるものだと思います。

僕自身が8番目として書いた「死亡した夫人自身が犯人」という回答は誰でも最初に思いつくネタのようです。チョコレートの毒が正確に同じ量計られていたという矛盾のため、論駁されるのが前提の途中の回答としました。第8の回答とはいいにくいかも、です。

書かなかった「毒チョコ」別解として、劇場で、おしゃべりのマジレ夫人に「きしむ骸骨」の結末をばらされてしまったベンディックス氏が、妻との賭に勝ち、妻からタバコが送られてくる事態になったら(用意してたチョコはどうなるの?)、という発想も得ていたのですが、もとの趣向から離れすぎてしまうようで、やめてしまいました。


第8の回答
第9の回答
第10の回答