道楽人日乗

ツイッターのまとめ。本と映画の感想文。
いいたい放題、自分のための備忘録。
本読むのが遅く、すぐ忘れてしまうので。

アニメ版ゴジラ三部作を見た雑感

2018-12-16 23:14:44 | アニメ感想
1「怪獣惑星」
2「決戦機動増殖都市」
3「星を喰う者」
静野孔文・瀬下寛之監督

アニメ版ゴジラ三部作、遠未来地球の支配者となったゴジラと帰還した移民団が戦うと言う枠組みに、旧作の王道をずらして展開するのか?と思いきや、お話そっちいくわけ?え、登場しないの?このキャラこんな扱い?という違和感の連続。権利問題でこうなったのか?それとも作り手の矜持なのだろうか?

あらゆる生物の王ゴジラの針の先ほどの弱点を突く決死隊、主不在のメカゴジ決戦都市、全ての計測器に認知されない絶対的捕食者とか面白いなあと思う。元のメカゴジラとかキングギドラとか子供の頃見て知っているから楽しめるのだけれど、これを初めて見る子供がいたらなんか気の毒な気もする。自分の中の子供の部分もあまり喜んでないという後味。

アニメ版ゴジラ三部作、こんな感じ。
「おお、新解釈のメカゴジラ出るんか?出んのかい。洞窟、双子女子、歌うたうの?そんでモスラっぽい何か出るのか?出るのかと思ったら出んのかい。出るんかい?出んのかい……出んのかい……」
コメント

Campfire Audio solaris (イヤホン) 感想

2018-10-28 19:41:40 | 雑感

ヘッドフォン祭りにて

発売前のCampfire Audio新作イヤホンSolarisが評判なので、気になってしかたない。これだけでも試聴できればという覚悟で中野へ。Andromeda S買ったばかりなのに何やってるんだろう。へたに興味をもって欲しくなったら大変ではないか。ああ、やはり沼なのか。

solaris
筐体は軽い! 耳に差し込む管の張り出しが長い! 外側の金色もあって装着時の外見はフランケンシュタインのおでこの出っ張りみたいになるかも?
ただし軽いのでいったんうまく耳にはまると落ちない。外側の金色は太陽のイメージなのだろうか。金色が好きな中国を意識したのか? 僕としては棚田のようなふしぎな筐体の凹凸に、むりくりにでも「ソラリスの海」を感じてしまうのだけど。

シングルBAばかり聞いていた一年前の僕はAndromedaを初めて試聴して音場の広さとスケール感に「映画館みたい!」と驚いたが、Solarisはさらに広大。もはやスペクタクル!? という感じ。ただし、音空間になにか紗がかかったような?薄い壁一枚隔てて聞いているような? あれ、ものすごいけどクリヤ感いまいち?という第一印象。
映画館でいえば新宿ミラノ座(今は無い)や、有楽座(今は無い)などでかい映画館で一番後ろの席で鑑賞しているような、施設がでかくて音量もすごいが、音のつやがいまいちでスピーカーが古いのかしら?という感じ。僕はそう感じました。

比べてみようと、ノーマルのAndromedaを試聴させてもらう。やっぱりこちらは空気が澄んでるような、金属のきらめきが際立つような音の輪郭がある。(比喩としての)映画館施設としてはSolarisより少し小さくなるが、それでも十分空間はひろがり、良い音響のスピーカーが近くにあるという感じ。Solarisにこのきらめきがあれば最強なのに! Solarisさわった後だとAndromedaがほんと小さく感じるなあ。

Atlasも試聴させてもらう。ああ「比喩としての映画館」はうんと小さくなったが、音響、とくに重低音が売りの映画館、立川シネマシティのような感じ。Atlasの金属的きらめきとともにある輪郭の確かな太い低音は、音源によっては足下に深い奈落が口を開けたような畏怖感を軽く感じる。それと音圧のアタック感。うーん、脳内シェイク。これはこれで面白い。耳の収まりもそんなに悪くない。某イヤホンショップで試聴させてもらったときは、イヤピースががたがたしていてちゃんと聞けなかったが、静かな環境でじっくり聞けば面白いイヤホンなんだなあとあらためて気づく。高いけどねえ。

再度Solarisを試聴させてもらう。同じ印象を深める。Andromedaは頭蓋の周りに一回り大きい半球型のシェルがあってその周りから音が鳴るように感じる時があるのだけど、Solarisはそのシェルすら取っ払われて、ほんとに広大な空間だ。音の分離もある。低音はアタック感ではなくてスケール感。ただAndromedaAtlasにあった清明な空気感が、今ひとつ薄い。発売されるころには変化があるだろうか。

CASCADEも試聴させてもらう。両耳にハウジングをはめると無音室の扉を閉めたような、プしゅっと空気の出入りが止まるようなそんな感じ。でも不快では無い。リスニングの期待が高まる。けれど頭に当たるベルトがいたいいたい。ちゃんと調整してないからだろうけれど。
とても面白いヘッドフォンだという評判だったが、まあイヤホンよりはヘッドフォンのほうが有利だと思うけれど、短い試聴ではそれ程のワンダーを感じなかった。
コメント

Campfire Audio ANDROMEDA S (イヤホン)を衝動買い!

2018-10-27 13:38:58 | 雑感
こ、これがオーディオ沼というものなのか。


後ろAndromeda CK(ノーマルと表面処理が異なる限定版)
手前Andromeda S(ステンレススチールの限定版、中音域に独自のチューニングが施されている)


AndromedaCKを買った時は、これ最高のイヤホンだけど低音がちょっと残念とさんざ書いた。Andromeda Sを手にして、低域がちょっと盛られるとこんな風になるのか、と感慨深い。

24日4時予約受付開始で今日27日でもう売り切れ??の様子。
かつてCK購入の時、出遅れたにもかかわらずヨドバシには全国で3つ残っていたが、今回はもう売り切れている。
CKの倍の400個はけるにはそれなりに時間がかかるだろうとブログで予想している人がいたが、ほとんど瞬殺。前回CK購入時は迷ったけれど、Andromeda Sをじっくり聞くことができなかったら絶対後悔すると確信があったので、今回は初日の5時には予約をいれました。高価なイヤホンなので、ホントは試聴してから買いたいとこころだった。異常な事態だよなあ。

箱出しで聞いた印象としては、
ANDROMEDA Sは中低域にフォーカスが寄って、音空間が濃い感じがする。きらめきのAndromedaに対して原色のAndromeda Sというふう。
低域はアタック感ではなくスケール感が増した印象。

ほんとに初めてSを聞いたときCKに慣れた耳には「低音がボワついている?」と思えて一瞬焦りました。(Andromedaにそれは許されないこと)
何度か聞いて、イヤービースを換えて、その印象はかわり、CKの「粒立ちのある高音が右に左に移動するような音表現」とは違うが、これはこれで中音域、ヴォーカルなどに実在感があるつやのある音と思えます。

比べればCKの方がすっきり見通しがよい音、アルミ製は軽いなあと再認識。スタンダードモデルでアルミが選択されたのには意味があったのだと思う。Sをいじった後だと、CKは紙かプラスチックで出来てるのかと錯覚するほど軽いです。
Sの光る筐体を前にしてCKがみすぼらしく見えるかと危惧したけれどそんなことはなかった。現物を見ると、S はよく例えられているジュエリー的高級感というよりはモノ感的(道具的機能美・存在感)だとおもう。Sは重量が少し増したため、耳から落ちやすい。

Sの誕生で基本モデルが全て乗り越えられたという印象では無かった。何かを得れば何かを手放すようで、高域の繊細さは少し遠のいたように(今のところ)思える。ぼちぼち聞き比べて楽しもうと思います(音楽を聴くということとは違う気がするが)。
いずれにしても、Sは開封したばかり。エイジングとやらで変わるだろうか?

もしも初めて出会ったのがAndromeda Sだったら、心かき乱される出会いになったのだろうか、と自問中。


追記
曲によって(音源によって)AndromedaSは、深い低音をスケール感をもって表現することがあると知って驚いた。たとえば(CK)でさんざ聞いた「ブレードランナー2049 サントラ」の一曲目「2049」だが、

2049 (Blade Runner 2049 Soundtrack) CDからFLAC録音・ZX300で聞く
AndromedaSでなにげに聞いていて、広い広い音場に地響きのようにどーーんと鳴り渡る音!…にたまげた。CKに付け替えて聞き直すと、さきほど聞いたような低音の厚みとスケールは感じられない。
CKでは聞こえていた繊細な高音がAndromedaSでは感じ取りにくいとは、よく言われていて僕もそう思っていたが、逆にCKでは聞けない低音の成分がAndromedaSでは表現される、ということなんだろうか。すでに書いたギラつくような音の濃さもありAndromedaSは、これはこれで魅力的だとあらためて見直しました。低音も面白いなあ。

コメント

映画「ブラックパンサー」

2018-09-12 21:48:07 | 映画感想

ライアン・クーグラー監督

アフリカ大陸のとある場所、魔法の金属を元に超絶科学を発展させた部族が隠れ里をつくっていた。新王は黒の衣装に身を包み活躍。で、なんか攻めてくる。見所はアフリカ的意匠でビジュアル化された未来都市と科学小道具。王権奪取の王道もからみ僕は評判程退屈しなかった。

西洋物質文明とはまったく違った文化文明、そこらへんをちょっとでも期待したら、デザインがエスニックなだけの物質文明そのものなのでがっかり。知恵のある人々の筈なのに野蛮な部族闘争ウッホウホで、まあステレオタイプな感じ。リスペクトしているのか馬鹿にしているのか。アメコミだからなあ。
そんな中、女衛兵オコエが衣装と殺陣ともに異様で格好良かった。


コメント

映画「アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー」

2018-09-12 21:37:45 | 映画感想
「アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー」予告編

アンソニー・ルッソ、 ジョー・ルッソ監督

映画見てないリハビリにはアメコミ映画がいい。それにしてもこの世界観のシリーズを全部見ているわけではないので、誰これ、なにそれ、の連続。派手な見せ場が多くて退屈はせず、いつものファンタジィ類型だが、ラストの終末観?が少し面白かった。

ラスボスのサノスは独善的虐サツ者なのに、アメリカ的マッチョ頑固親父で憎めないじゃん的描き方をされていていいような悪いようなモヤモヤ感。人類補完計画とか思い出したが、彼が集めてた宝石は左手のグローブにはめていた。キリスト教プロテスタントでいう「携挙」なんでしょうか。ということは科学的?あの世かなんかに…。

なんでもありな世界なので、どうせアレつかって元通り?アレであれすればいいじゃん、とかそういうノイズ的妄想がわいてきて(カンバーバッチの演ずる魔法使いはそれこそ何でもできたはずなのに、なんでああなるの)、こういうのって楽しんでるってことなんだろうか、とも思う。アメコミだから。
でも、あれだけ沢山の登場人物に見せ場を作るのって職人芸としてすごいことなんだろう。パズルのようというか。
コメント

銀と黒でホントに音が違う、NW-ZX300。

2018-09-12 19:47:14 | 雑感
今まで使っていたパソコン(VAIO-L)がハードディスクから壊れてしまった。
電話応対もなくなっていて、チャットで問いかけると、メーカーでの修理も終了ということなので新しいパソコンを買うことに。
いろいろ考えて次は一体型ではなくデスクトップ型にしようかと。で、購入検討の順番的には変だが外付けスピーカーとして興味をもったSONYのCAS-1実機を見られるかしらとソニーストア銀座に行く。



思いがけず試聴までさせてもらえた。しめ縄みたいなすごいケーブルで接続してくれた。うーん、さすがにいい音だなあ。
お店の人にほんの冗談のつもりで「CAS-1って白と黒の色違いで音が違いますか」と聞いてみた。
「いやあ、それは違いませんよ」
試聴に使っていた自分のウォークマンZX300(黒)を見てお店の人に「そうですよね、これ銀と黒で音が違うという話を思い出しまして」と言うと「それはホントです。わかりやすいサンプルがありますが聞きますか」と言われた。ええっ!



わかりやすいサンプル曲とは絢香「サクラ」だった。
同じ曲が入っているお店の銀と黒のZX300と、お店のイヤホンXBA-N3を借りて交互に聞き比べ。



出だしの伴奏のところだけで、ええっと驚いた。ホントだホントに違う!
いろいろ聞き比べて見つけた曲なのだそうで、まったく違いがわからない曲も多々あるとのこと。

端的に銀は音の輪郭が掴みやすいしゃきしゃきした元気な音。黒はやわらかく響きの豊かなまったりした感じ。
はじめに銀を聞いてから黒に換えると、音が出た瞬間から、しっとりした感じがある。なんとなくそういう気がするとか程度の違いじゃありませんよ。
ちょっと大げさ?で乱暴なたとえだけど、ファイナルのイヤホンによくある同型素材違いで、アルミバージョンとそれ以外の(真鍮とか)違いみたいな感じ?

ホントに違います。表面の処理が違うだけなのに。

開発者のインタビウ記事などに音が違うと書いてあったけれど、なにか高級な冗談か、聴覚プロフェッショナル?じゃないと分からない世界なのかと思っていた。僕みたいなド素人にも分かるほどの違いです。たまげたなあ。良い経験をさせて頂きました。感謝。

「SONY NW-ZX300開発者にインタビューしてみた!」11.35あたり)

ZX-300を買うときにはデザイン的に銀を買う気満々だったのだけど、本体裏側の黒い合皮が貼り付けてある部分が、ボディ銀では海苔弁みたいに悪目立ちしていて、一体感のある黒をえらびました。銀の方がよかったかな、と買った後でも迷ったけど、音の違いからどっちがいいのかと考えると、響きのやさしい黒の方でよかったのかな…。
コメント

映画「スリー・ビルボード」

2018-02-04 11:33:24 | 映画感想

マーティン・マクドナー監督

米南部の片田舎。娘が惨サツされた事件の捜査が一向に進まぬ事に業を煮やした母が、自宅前田舎道の寂れた看板に、警察署長に呼びかける広告をうつ…。アタシ流フェアネス?を押し通す母の孤独な戦いと、かかわる人々の多様な側面、それぞれの想い。傑作でした。

あの「ファーゴ」のおば…、お姉さんフランシス・マクドーマンド主演。もう還暦なのか。田舎の未解決事件というなんだか見たことあるような物語に配置された類型的な人物達が、思いもかけぬ別の面を見せて、お話もあらぬ方へ転がってゆく。そこがとてもおもしろい。辛辣でもあり無残でもありユーモアもある。人間だものなあ。素晴らしい脚本の冴え。

これは容易に他国に置き換えのきかない、アメリカならではのお話ななのかも、とも思う。ラストは「え、ここで終わるの」と思ったものの、家路を辿りつつ考えるならば「ああやはりあれでいい」と納得しました。

「十二人の怒れる男」で登場人物それぞれが、劇が進むにつれて冒頭の登場時とは逆の側面・人格が浮き彫りになり、ラストではカードを裏返すように変わってしまう、本作はそこまで極端じゃないけれどそれに近い感じがありました。それと、鑑賞しながらほんのちょっとだけ「秋菊打官司」を思い出したり。
コメント

スパイラルドット+(プラス)

2018-02-04 11:29:30 | 雑感
Eイヤに注文していたスパイラルドット+ Mサイズが案外早く届く。「小さいなあ」という印象。さわってすぐわかるほど柔らかく、付け心地が改善され、低音に若干ふるえる様な躍動感が加わった感じ? 実際にはあり得ないだろうが、柔らかいゴムで耳道に浮いているイヤホン本体がブルブル躍動する感じがする。 音はシリコンで一番好きだが、音の出口が直下に露出しすぎてゴミ入りが不安。クリスタルチップはさらに低音が増すが装着に手間がかかる。僕の耳だと収まりが悪く、ぽろぽろ落ちてしまうので興ざめするしつぶして装着するのも面倒くさい。単にぐりぐり耳に押し込むだけでOKのスパイラルドットはありがたい。

並べた写真は左側が+で、装着したものはR側が+。通常版の砲弾型に比べてそろばんの珠的な形状? 従来型と混ざっても、形状と特に手触り(新はキクラゲ的やわらかさ)とが違うのでやっかいだが区別はつきそう。余談だが、Andromedaを経験したあとも愛好するファイナルのHeven-sについているイヤーピースがやっぱりキクラゲみたいで、最近買った高いイヤーピースを色々付け替えてみたが、結局元からついてるキクラゲが一番良かった。キクラゲのポテンシャルは高い。
それにしてもスパイラルドット+は、Andromedaだと音の出口がすぐそこ。旧も新も、何もふさがず柔らかいゴムボールをまわりに巻いたという感じだ。




写真で見比べると大した違いじゃなさそうで、何をこだわっているんだろう、とは思います。

追記
気になっていたイヤーピース
○AZLA SednaEarfit
○final earpiece E type(ファイナルのE)
を購入してしまった。

ファイナルのEは若干高音がおさえられ、すこし狭い空間で聞いているような印象。ちりちりノイズが気になっていた録音がさほど気にならなくなる。音がアレンジされているということだろう。低音の押しも意外とあると思うけれど、音によっては壁一つ向こう側に行ってしまったような感じもする。つくりものっぽい感じだ。穴もスパイラルドットに比べるとだいぶ小さい。穴の芯の素材も固めなので、Andromedaに装着出来るのか?と思ったが楽では無いがつけられました。

AZLAは、袋から出して手にした瞬間からイヤーチップの素材の若干かための安っぽい手触りが気になる。通販でMサイズを買ったのだが、耳に装着するとちょっといたい。音はファイナルEのようなこもり感はなく、比べれば素直な感じ。サイズ選びが悪かったのかも知れないが、装着感が悪くて、これ以上あえて使う気がしなくて袋に戻してしまった。(袋戻しは油くさいSONYのトリプルコンフォート以来二度目)

散財したが、スパイラルドットは、イヤホンの音をスポイルせず、という感じを再確認した。Andromedaの広い空間と点在する音の粒立ちがよく感じられる。耳穴への装着が容易。
低音の迫力をもうちょっと増したいときはクリスタルチップ。きちんとはまれば高域もさほどスポイルせず……もしかしたらこれが一番いい音かしらん?
コメント

映画「あゝ、荒野」前編・後編

2018-02-04 11:08:27 | 映画感想

寺山修司原作・岸善幸監督 2017年

2021年の新宿、不幸な生い立ちをもつ二人の青年、荒くれ者の新次と、どもりで内気な建二がボクシングを通じて成長し、やがて闘うまで。場末のジムといい隻眼のトレーナーといい、昭和の気配が濃厚だが、社会情勢が今より不安定らしい近未来という時代設定が違和感無くはまっている。

原作は未読。更生したとはいえ、老人を騙して財産を巻き上げていた新次には、あまり共感が出来なかった。前編では本筋と別に自殺防止活動をしている大学生とその仲間が出てくるパートがあるのだが、彼等の活動、とくに中盤の「自殺防止フェスティバル」は荒唐無稽すぎてドッチラケである。このあたりの頭でっかちなエピソードは原作にあろうが丸ごといらないと僕は思う。
生活の為オーナーの経営する老人ホームで働く事になった新次が、老人達と向き合う場面をもっと厚みをもって描いてほしかった。

震災時の電話応対を苦にしている30代くらいの電力会社社員という人物にも違和感がある。年齢的にはあり得なくは内かもしれないが、彼は20年も震災後の辛い応対を引きずっていたのだろうか。主要登場人物の過去そのものの肉親達が新宿の狭いエリアに集まってきて互いに関係を持つのも、いくら物語とはいえ不可解でもある。(ロバート・アルトマン的な演出、アルトマン・システムのつもりだったのだろうか)

文句ばかり言ったけれど、あの「息もできない」の監督、ヤン・イクチュンが健二役で主演していて、その存在感に圧倒された。すごくないか? もう一方の主演、菅田将暉演じる新次とのボクシング場面は有無を言わさぬ迫力の名場面だ。
けれどボクシングについて僕は知らないが、あの終盤のありさまは「試合」なのだろうか?どうしてああなるのか。

試合終盤の木村多江の絶叫「コロせ!」でドッチラケ。昭和を引きずっている訳では無いと思うのだけれど、それにしてもどうして毎度ああいう結末になるものか。唖然としてがっかりしました。





ヤン・イクチュン監督・主演 「息もできない」 2010年韓国
コメント

映画「殺人者の記憶法」

2018-02-04 10:55:24 | 映画感想

ウォン・シニョン監督

大事故で脳に障害(健忘症)をおったビョンスは、娘を誘惑する男テジュがシリアルキラーだと気づき、彼と闘う。ビョンスもかつて同じサツ人者だった。原作は未読。映画は記憶の錯誤からくる叙述的迷宮感よりサスペンスに重点をおいた作り。良かったような物足りないような。

いつもの良くできた韓国映画で、記憶を失ったサツ人者という設定から「信頼できない語り手」的な演出を期待していたのだけれど、そのへんはストレートで、去年見た「コクソン」の様に後々まで心掻き乱す作品ではありませんでした。
事故が遠因というものの、映画で描かれていたビョンスの混乱(幻覚)はアルツハイマーの症状なのかと素人ながら疑問。他にもビョンスはどうやって各被害者に接点をもったのか?ボイスレコーダーが残されていたのは何故か?等々疑問に思うところがありました。





ネタバレ警報



映画の冒頭と、結末の場面は、現実の場面ともとれるし幻覚ともとれるバランスとして設定された「絵」で、それほど破壊的な意味は無いと僕は思います。
●ビョンスが介護施設を脱走して、現実には死んでしまったテジュの幻を追いかけていると解釈。この場合は、ビョンスの「生きる意思」を現しています。
●逆にビョンスは、死線を彷徨っていて、黄泉の世界のとばぐちで、先を行くテジュを追いかけていると解釈。この場合は、トンネルという絵柄が象徴的な意味を持っていることになります。(臨死体験で有名なイメージ)
上記のどっちでもいいんじゃないか、と僕は思いました。

作品内の現実としてテジュが生き延びていて、ビョンスが追いかけている、また繰り返すのかという解釈は僕はとりません。
コメント

映画「バーフバリ 王の凱旋」

2018-02-04 10:37:53 | 映画感想

S・S・ラージャマウリ監督

長い長い回想場面が続き、先王と現王を同じ役者が演じていたり、船がいきなり空飛んだりと奇想天外、荒唐無稽の釣瓶打ち。
圧倒的な映像と音楽の力で、理屈を越えた楽しさに満ちている。
内容に着目すれば、これはまさに本編というべき。陰謀と裏切り、取り返しのつかぬ錯誤と慚愧の果て、25年の時を経て成就する無慈悲な復讐という、壮大なギリシャ悲劇ならぬインド悲劇?なのだ(因果応報の関係性は意外ときっちり出来ている)。
こんな馬鹿馬鹿しく無茶苦茶なのに面白い映画を前に言葉を失う。シナリオや映画の本などでやってはいけない事例として書かれていた演出、自分が映画鑑賞人生でこだわるようになっていた整合性などおかまいなしに吹っ飛ばす勢い、それでいて面白い。前編「伝説誕生」もたいがいだったが「王の凱旋」は本編としての貫禄。なんだか今まで知らなかった途方もなく凄いものを見たなあ。

仮にバーフバリ3があったとして、それが宇宙人襲来でも、氷河期到来でも、恐竜復活でも巨大隕石落下でもゴジラ上陸でも銀河の衝突でも、王バーフバリがいるかぎりインドは安泰だ。


アイチューンストアでダウンロード購入して、ZX300とAndromedaでしばらくこればかり聞いていた。日本でCDとしては出ていないらしく残念だ。
コメント

上野の森美術館の「生頼範義展」を見る。(2018.1.15)

2018-02-04 09:29:35 | 雑感
(2018年2月4日に終了しました)

月曜の11時で並ばず、展示も楽に見ることが出来た。子供の頃から本屋さんで見ていた絵を間近にみられて感激。原画が行方不明というSWのポスターは下絵が展示されていた。凄い絵ばかりでくらくらします。絵画も含めて写真撮影可のコーナーが所々ありました。

すっごい細かい繊細なアクリル画???!!!でびっくりしました。それでいて絵の具の層は薄く、描き直しや迷いなど無い?!感じ。
点描や線画のモノクロ人物画はホワイト殆ど使っていないんですね。


「生頼タワー」と名付けられた、書籍ごと表紙絵を展示するスペース。


ゴジラ関係の絵画も多数。


元絵が紛失?した(どうして??)というSWのポスターは、撮影禁止区域に下絵(それでも凄い迫力)が展示されていました。


作家のアトリエ。


「減摩大戦」のイラストを参考に寺田克也が再デザインし、造形作家・竹谷隆之が立体化した立像。


運慶展で見た仏像のようなたたずまいです。


こういうタッチの絵もあったのか。


下絵と並べて展示されている絵も多数ありました。


「DAK TO 1967(ベトナム)」


大作「我々の所産」


7年をかけたという超大作「破壊される人間」。

写真にしか見えない点描も多数。軍艦や拳銃の絵も。
凄いとしかいいようのない作品群でした。
コメント

映画「怪物はささやく」

2018-01-14 20:48:28 | 映画感想

フアン・アントニオ・バヨナ監督

孤独な13歳の少年コナーの夢枕に巨木の怪物が現れる「お前に3つの物語を聞かせよう。4つめはお前の物語を語れ」。一つめは王子の残酷な物語…。なぜ? 大好きな母が今死にかけているのに。怪物は12時7分になるとやってきて、コナーの心をかき乱す。二つ目は偏屈な薬草屋の物語。三つ目は…。
やがて少年は空想する力そのものにふれる。それは愛に満ちた精神のリレーだった。
傑作。


不治の病を得て入院した母。
シガニー・ウィーバーが裕福だが孤独で厳格な祖母としてコナーの前に立ちはだかる。
「お前は私の家に来て暮らすのです」
「いやだ、僕はお母さんと暮らしたこの家を離れたくない」

別居し再婚した、イケメンだが軽い父が訪ねてくる。
「俺はお前を引き取ることはできない、そうだお前の妹がいるぞ。いつでも会いに来てくれ」
「……」コナーには居場所がない。
「お前の母さんは若い頃絵描きになりたかったんだ」
「どうして、それをあきらめたの?……僕が、生まれたから?」
少年に一度につきつけられた困難はあまりに、重い。


(ここからは結末にふれ、勝手に想像しています)

少年コナーが見て育った風景、苦しんだこと、夢見たことは、母も経験したことだった。
母も、墓地にそびえるイチイの巨木を見て大きくなったのだ。そして空想した。祖母(母)に反発して家を飛び出した。世間にもまれ、夫になった男ともうまくいかず、別れた。
5歳のコナーと二人きりになった貧乏な暮らしの中で、コナーに空想のお話を語り聞かせた。そう、人は見たままの人ではないの…。
そのお話たちを、13歳になったコナーは忘れていた。母との別れという困難を前にして「お話」はコナーの意識の底から、ふたたび語りかけてきたのだ。
恐ろしげな木の巨人。それはかつて母がイチイの巨木を見て想像したものだ。

祖母の居間をコナーがたたき壊したのに、祖母は怒らなかったのは、かつて母が同じ事をしたのだろうと思う。
行き違いをして半生を離れて暮らすことになった娘との離反のきっかけとなった情景を再び見て、まえと同じように怒りに身を任せてしまうことを祖母は恐れたのか。

「お話」は、苦い現実認識からはじまって、やがては彼を励まし癒やすことになる。第四の物語、それはコナーに現実の直視を迫ることだった。
母の空想が、コナーの心に宿り、その言葉は、困難に直面した彼を癒やし励ましている。
母の空想する力はコナーに受け継がれ、新しい物語を刻んでゆくことだろう。コナー自身の物語として。

ラストの母がかつて描いた絵画帳に描かれたイメージは謎解きのように見えて、実は再会でもあった。







コメント

映画「ジョン・ウィック:チャプター2」

2018-01-14 19:56:14 | 映画感想

チャド・スタエルスキ監督

汚い手口で成り上がろうとする男に巻き込まれ再びコロしのただ中に身を投じるジョン・ウィック。前作の底知れぬ組織の闇、その世界観はだいぶこぢんまりしてしまった。でもそれなりに面白かったです。コロし屋ばかりで警官はいないの?この作品世界。マンガだね、でも面白かった。きっと細部が良いんだろう。

格闘技のことは知らないけれど、この映画の殺陣、倒して腕をとり転がして固めるところなんかは、なんだか合気道や柔術のように見えて、面白かったです。昨今はエキゾチックな格闘技がつぎつぎ映画に登場している中、日本風?もちゃんと通用するじゃん!うれしい。
それにしても、まいどまいど悪党がうじゃうじゃいる中にずかずかと歩いて行って、目指す親玉の真ん前に来るまでだれも気づかないってのはどうしてなのかわからないが何だか納得させられてしまう。時代劇にたとえていいのかわからないけれど、お城に一人乗り込んでいって、全滅ーー。級のことやってるわけしゃないかしら。

ちょっとがっかりした点だけど、
前作の印象として、世界をくまなく網羅する正体も底も知れない「組織」があり、現実世界との接点、それが「ホテル」なのかと思っていた。ところが今回、オーナーなる人物が現れて「ここは俺の王国だ」みたいなことをのたまうので、なんだ一つの王国に過ぎないのかとちょいがっかり。世界観がこじんまりしたというのはこういうところ。

ラストで、ジョンは一見、絶望的な敵対世界に一人ふみこんでいった様に見えるけれど、もし続編があったら、別の「王国」の助力者が現れても不思議ではないわけか。
コメント

映画「マジンガーZ INFINITY」

2018-01-14 19:29:28 | アニメ感想

志水淳児監督

僕も、小学生の頃マジンガーZに熱狂したくちで、それなりに楽しみにして劇場に行った。それにしても流行りなのか知れないが量子論とか並行世界とか頭でっかちすぎ。戦闘シーンの迫力と細部描写はよかったのに。綾波風な自称アンドロイドとかいうのが出てきて魔法少女的振る舞いに及ぶのは見ていて痛々しい。こんなアニメの最大公約数的なまとめ方しか無かったのだろうか?

子供の頃あこがれた、半身透視図をラストで見せるあたり、作り手と共感できるところもあるけれど、なんかよく分からん理屈でZが巨大化して、機関車みたいなインフィニティ・マジンガーとおもに殴り合いの闘いに至るラストの大騒動はアホらしくて苦痛でした。映画の冒頭で旧キャラクターの絵柄で「それから」のいきさつが主題歌に乗せてダイジェストで示されるのだが、本編でくどい現代風?キャラクターになってしまい魅力半減。僕がおじさんになっったからそう思うのだろうか? 兜甲児もあしゅら男爵の男の方も声のトーン高すぎ。世界中の祈りを込めて、必殺の一撃っていうのも平成ガメラみたいだし。エヴァンゲリオンの影もつよいし、ビジュアルのクオリティにお話のそれが追いついていない印象。
兜甲児と弓さやかの結婚も結構だが、中学生のような恋愛模様は滑稽だ。

公開二日目の田舎の映画館でパンフレットが売り切れというのは如何なる事態なのか(ほしいわけじゃないけれど)。僕が見た回は日曜昼でお客は5人だったが。

ピサの斜塔の近くで大勢で空を見上げていた人達は具体的に何をみていたのだろう?
コメント