ぐだぐだくらぶ

ぐだぐだと日常を過ごす同級生たちによる
目的はないが夢はあるかもしれない雑記
「ぐだぐだ写真館」、始めました

相談室

2010年06月02日 22時49分34秒 | 小説
「わからないんです」



少年は言った。


相手の女が答える。


「そう、どうして?」

「だって・・・」


少年は黙ってしまった。



しばらくの沈黙の後、少年は口を開いた。


「意味無いじゃないですか」

「意味?」

「そうですよ、何かしたって、結局無駄になるじゃないですか」


少年は子供っぽい声に似合わず、大人びた口調だった。


「そうかな?じゃあ、今君がしてることも?」

「そうじゃないんですか」


女は困ったような顔をして少年を見つめた。



「でも、しなきゃいけないことはあるでしょ?」

「そうですね」

「君は、それも無駄だって思ってるの?」


少年は言葉を詰まらせたが、すぐに答えた。


「出来ないんですよ」

「どうして?」

「わからないんです」


女は続ける。


「したくない、っていうことじゃないの?」


少年は首を振った。


「しなきゃいけないのは分かってます」

「そうなのね」

「でも、逃げちゃうんです」

「逃げる?」

「どうでもいいことばかりしてしまうんです。自分でもわからないんです」



「わからない」を繰り返す少年に、女は強い口調で言った。


「君は、逃げてる自分を直そうとしてないよ」

「・・・・・・。」


少年は黙ってしまった。

女は続ける。


「今の自分を見て、直せる所から直していこう」



言うが早いか、少年は突然叫んだ。


「質問に答えて下さい」


女は驚いて少し身体を引いた。


「僕は答えが知りたいんです、逃げないで下さい」

「・・・答え?」



少年の目はどこか虚ろだった。


「僕はもう何も分からないんです」


女は直感的に悟った。

―――彼は危険だ。


「もう何もかもどうでもよくなってきて・・・そんな自分が怖いんです」



女は突き放すように言った。


「私には答えられない。誰も答えられないと思うわ」


少年は俯いたまま動かなかった。


「その答えは君が決めることよ。他人に決めてもらうものじゃないの」


少年は黙ったまま立ち上がった。

そのまま出口までゆっくりと歩いて行った。



彼は納得したのだろうか。

それとも、何も分からないまま毎日を過ごしていくのだろうか。



女は迷いを振り払い、少年に言った。


「楽しい人生を、ね」


少年は少し微笑むと、静かに部屋を出て行った。



ある日の話

2010年06月01日 11時07分51秒 | 小説
ある日



気まぐれな神様は

誰かに不幸を与えてみようと思いました



そして、ちょうど目に付いた男に

不幸を与えることにしました

どんな不幸を与えようか悩んだ結果

とりあえずお金を奪ってみることにしました



男は全てを失って

悲しみに暮れました

神様はかわいそうになって

幸福を与えてやろうと思いました

どんな幸せを与えようか悩んだ結果

とりあえずお金を与えてみることにしました



男は喜び

神様に感謝しました

神様は微笑みながらも

少し首をかしげて

その場を去りました



その日

世界は何も変わりませんでした

しかし

喜びはまた一つ増えました





またある日



気まぐれな神様は

今度は誰かに幸せを与えてみようと思いました



そして、ちょうど目に付いた男に

幸せを与えることにしました

どんな幸せを与えようか悩んだ結果

とりあえずお金を与えてみることにしました



男は喜び

自分を見失いました

神様は哀れに思って

罰を与えてやろうと思いました

どんな不幸を与えようか悩んだ結果

とりあえずお金を奪ってみることにしました



男は全てを失い

神様を恨みました

神様は冷静に事を見つめ

少し首をかしげて

その場を去りました



その日

世界は何も変わりませんでした

しかし

怒りはまた一つ増えました



荒野の塔

2010年05月31日 22時56分07秒 | 小説
広大な荒野の真ん中に、

巨大な塔が立っていました。



殺伐とした荒野の中で、

塔は異様な雰囲気を放ち

天を貫く槍のようにそびえ立っていました




その塔の根元には、

塔に向かって大きな斧を振るって

塔を崩そうとしている人がいました

頑丈な塔の壁が斧で崩せるはずもなく

塔には傷一つ付けられていませんでした



その人は、

いつから塔に斧を打ちつけているのか、

なぜ塔を壊そうとしているのか、

もう覚えていませんでした

気がつくと、この天突く塔の横で

自分の斧が響かせる高い音を聞いていました



ふと何かを思い立ち、

その人は斧を振る手を止めました

しかし、すぐにまた斧を強く握り、

壊れることの無い塔の壁に打ち付け始めました




塔の中腹では、

窓から一人の少年が顔を出していました

塔の中にあるパン切れをほおばりながら

遠くを見つめていました



少年は、塔の外に出たことがありませんでした。

物心ついた頃には、

もう塔の中腹の部屋で生活していました

あまりに高すぎる塔の真ん中で、

頂上まで登ることも

下まで降りることもできませんでした



少年は遠くを見ながら、

何かを考えていました

しかし、手に持っていたパンが無くなると我に返り、

窓際から姿を消しました




天をも見下ろす塔の頂上、

一人の若者が屋上に上り

遥か下に広がる荒野を見下ろしていました

目もくらむような景色に臆することもなく、

不安定な塔の屋根の上に座っていました



若者は、この塔から出たいと思ったことがありました

荒野の果てに思いを馳せ、

この屋上にやってきました

しかし、屋上から見えた景色は

地の果てまで続く荒野だけでした



若者は、再び屋上に上り

どこまでも続く荒野を眺めました

前と同じ平凡な景色に溜め息をつき

地平線の先をいつまでも見つめていました




その地平線の果てを、

一人の青年が歩いていました

歩いても歩いても終わることの無い荒野を、

ただひたすらに歩いていました



彼は、塔の近くまで来たことがありました

そこで暮らすことも考えました

しかし、単調に伸びる塔をしばらく眺めて

また歩き始めました



青年はふと立ち止まり、

足元に目を落としました

そこには、透き通るような蒼色の

小さな花が咲いていました

青年はそれを見つけて微笑み、

また荒野を歩き始めました

未来人の遊び ~平和アンテナ~

2010年05月31日 00時08分31秒 | 小説
昔、俺の友達に変わったやつがいた。



と言っても、どこかイカれているとかそういうことではなく、

ちょっと不思議な感じだったのだ。


そいつはなぜか、喧嘩と見るや仲裁に入る癖があった。

時には明らかにヤバい争いにものこのこと間に入ったこともあった。


だが、いつでも俺が目を覆っている間に、

何事もなかったようにその喧嘩はおさまっていた。

さっきまで互いに殴りかかりそうな形相だった2人が、

手を取り合って笑顔で話しているのだ。

どんな手品を使ったのかと聞いてみたが、

そいつはただニコニコしているだけだった。


俺はいつもそいつのそばにくっついていた。

近くにいると、心の中の怒りとか嫉妬とかが消えていくような気がした。

他の友人たちも、同じようなことを言っていた。

「あいつは周りを平和にしてくれるよな」と誰かが言っていた。


そいつは、自分の不思議な才能を知ってか知らずか、

「世界から争いをなくしたい」とまで言っていた。

さすがにそれは無理だろうと俺たちは笑っていたが、

そいつの目はいたって真剣だった。




そんなそいつが、あるときこんなことをつぶやいた。


「これでいいのかな」


何がだ?と俺は聞いてみたが、

何も答えず続けた。


「俺がいなかったら、お前らどうなるんだろうな」


どことなく上から目線だったのが気に入らず、

俺たちは無視した。




次の日、そいつは転落死した。


原因は分からない。

事故か自殺か、結局わからなかった。

しかし、前日の事があったので

俺たちには自殺にしか思えなかった



俺はそいつが肌身離さず持っていたという、

オリーブの葉を模したような形の機械の破片をもらった。

完全に壊れていて、もう何の機械なのかもわからなかったが、

何か不思議な力を感じた。



誰からも憎まれないあいつは長生きするだろうと思っていたこともあり、

ショックは相当なものだった。

それから1ヵ月間、クラス内にはどんよりとした空気が漂っていた。




しかし、その後クラスの様子は一変した。


最初は些細なことだった。

ある空気の読めないクラスメイトが、

「アイツ何で死んだんだろうな」とつぶやいたのである。


しかし、それからクラス中で口論が起こった。

お前がアイツに何かしたんじゃないかとか、

お前こそアイツの事いじめたりしたんじゃないかとか、

あいつの死の責任をなすりつけ合った。

自分たちに責任があると分かったわけでもないのに。


自分は悪くないという思いからか、

執拗なほど口論は続いた。

クラスは完全に崩壊した。



その様子を見ていた俺は、あいつの言っていた言葉の意味がわかったような気がした。


「俺がいなかったら、お前らどうなるんだろうな」


おれはあいつのように仲裁に入ろうとした。

だが、俺には無理だった。

俺には勇気がないんだ。

アイツのように、堂々と間に入っていく勇気がないんだ。




後日、俺は墓参りに来た。

友人2人と一緒に。

その2人は、このクラス崩壊の中でも至って冷静だった。

2人とも、俺がもらったものと同じ、オリーブの機械の破片を持っていた。


「これからどうなるんだろうな」


1人がつぶやいた。


「どうにかできるならな」


諦めの言葉が口をついて出た。


「どうにかするしかないんじゃないのか」


墓を見ながら、1人が言った。


「アイツは自分から死んだんじゃない。

アイツは、平和を望んでた。

アイツは今も、俺たちの力で平和を作り出すことを望んでる。」


俺たちは、3つのオリーブの葉を1つに合わせた。





今、俺たち3人はアイツの遺志をついで

紛争地域で活動している。


最初はクラス内の仲間割れ程度だった。

それでも、俺たちでも何かができると思えた。

気付くと、今の仕事に就いていた。


俺は、今でもアイツが居てほしいと思う。

アイツがいれば、今の世界も少しは変わっていたんじゃないかと思う。

でも、アイツの言っていたことを思い出すと、

そうとも言えないような気がしてならない。


「平和なんて大層なものじゃない。

みんながただ普通にいればいいんだよ。

普通にいてくれれば、それだけで嬉しいだろ。

その普通でいることさえ叶わないんだ。

俺1人にそんなことができるわけがない。」


なら、俺達3人ならどうだろうか。








【平和アンテナ】
 このアンテナから出る電波は、どんな争いも止めてしまう。

未来人の遊び ~どこでもドア~

2010年05月30日 23時24分51秒 | 小説
目の前にピンク色のドアが立っている。


君ならどうする?


夢のある人は「アメリカ」とか言ってドアを開けるだろう

俺もその一人だ



ドアを開けた先には、絵に描いたようなアメリカの風景が広がっていた


・・・本当に絵に描いたアメリカの風景だった



友達にはめられた。

帰り道に友達に

「お、お前の家にすごいもの届けといたぜ!!!」

といつになく興奮しながら言っていたので

帰ってきたらこんなものが届いていた。


友達がこんな手の込んだことをしてくるのには理由がある。


俺が「夢見る青年」だということを知っているから。


どこで俺のそんな癖を知ったのかは分からない

・・・というのは嘘で、心当たりはある。

「面白いものがあるんだよな」

と竹トンボを渡されたときに

とっさに頭につけようとした時だろう


そんなだから、今回みたいにそいつからからかわれることも多い。

食べ物にかけると5分で倍に増える薬だとか言って、

小瓶に入ったただの水を渡された時には

そんなわけねえよとバカにしながらも

最中にかけて10分ほど凝視したりしていた

まあいつも仲はいいから別にいいんだが

ちょっとへこむ



その友達を軽く1時間ほど説教して帰ってきた。

部屋にはバカでっかい

けばけばしいピンク色のドアがどーんと立っている

こんなのどこから持って来たんだろう


相変わらず夢見る俺は、

もう一度ドアを開けた。


相変わらず、絵にかいたようなアメリカの風景が広がっていた。



・・・ただし、本物の。




動いている。

音も聞こえる。

風も感じる。



これには驚いた。

さっきの友達を無理矢理引っ張ってきて訊いてみたが

何も答えず、ただ茫然としていた



そんなわけで、俺は1日にして世界をまたにかける高校生になった。




次の日から、睡眠時間が1時間多くなった

帰ってくるのも1時間早くなった

毎日のように乗っていた自転車は用無しになった

売り払って、カメラを買った


家に帰ってきたらすぐに出かけるようになった

例の友達もついてきた

行き先での出来事は、話すときりがない

いきなりエベレストの頂上に行って過呼吸になったとか

ナイル川の真上に出て落ちそうになったとか

南極にバナナを持って行って日曜大工に励んだとか

テレビで面白そうなところがあれば

近所に散歩でも行くような気分で行ったりした



どういう原理だとか

何で俺の部屋にあったのかとか

細かいことは気にしない気にしない



そんな生活で時差ボケが激しくなった頃

突然ドアが無くなった

最初にドアを開けた時よりも焦った

「さあ、夢だったんじゃないの?」

とやけに楽観的な隣の旅行仲間の気が知れない



結局、ドアが見つかることは無かった。

凹んだ

これまでにないくらい凹んだ

3歳の時、手に持っていた風船が

手を離して飛んで行ってしまった時よりずっと凹んだ

小学校の時、命をかけていた少年野球の決勝の最終回で

ホームベースの直前で転んで負けた時よりさらに凹んだ




次の日、俺は久々に1時間かけて学校へ行った

膝を痛めた

貯金をはたいて自転車を買いなおした

カメラの現像をする金すらなくなった

ついでとばかりにパスポートまで取った



俺が凹んでいる一方、ドアを持ってきた張本人のアイツはむしろうれしそうだった。

別段凹んでいるわけでもなく

時々自転車でかっ飛ばしているのを見かける

俺は自転車をこぐ気力もないのに




それからしばらく経ったある時、小学校の時の同級生に会った。

何でも夏休みを利用して日本中を旅しているらしい

宿題はどうなんだという質問の答えは「苦笑い」だったが


俺はここぞとばかりにあの時の話をした

こっちは世界中を旅したんだぞと

あんな所やこんな所も行ったんだぞと

吹っ切れたように自慢話をした

今思うとあの時の凹んだ気持ちをごまかしたかったのかもしれない


俺は「いいな~」とかいうような返事を期待していた

しかし、その友人の反応は全く違った。

何か変なものを見るような目で、

羨ましそうな表情も見せなかった


そりゃこんな話信じないだろうなとは思っていたので、慌ててごまかした。

「そんなのがあったらいいと思わない?」


その友人は、怪訝な表情を変えないまま、答えた。


「そんなものがあっても、俺は1週間で飽きると思うよ」


冗談で言っているのかと思って笑っていると、真面目な顔で続けた。



「いや、今こうやって旅行してると思うんだけどさ、

目的地にいる時間って意外と短いんだよね。

そんなものがあったらなおさら、すぐ次の場所に行きたくなると思うよ。

それじゃ、楽しみが短くなっちゃうじゃん。

そこに行くまでに行き先のことを想像したり

前の日の夜に楽しみで眠れなかったり

目的地が見えてきた時の喜びとか

そこでの人とのふれあいとか

それが全部なくなっちゃうんだよ

そんなの「旅」って言えるのかな?

僕は今の旅行の方が楽しいと思うな。

羨ましい気もするけど、普段なら行けないところに行ったら

その後はもう必要ないような気がするけど」



俺は同じように真面目な顔で、友人の話に聞き入っていた。




その次の日、一緒に「旅」をした例のアイツが自転車で走っていた。

何となく清々しい感じだった

表に置いてある、真新しい自転車を眺めながら思った。



・・・ボロボロになるまで走ってやるか。








【どこでもドア】
 10光年以内の場所ならどこへでも行くことができる。

未来人の遊び ~スモールライト~

2010年05月30日 18時54分21秒 | 小説
昔から平凡な生活だった。


何か特別なことがあるわけでもなく、

毎日学校に行っては帰ってくる

それだけ

休みの日もどこへ行くでもなく

家でじっとしているだけ

どこかに旅行に行った記憶もない

今までにあったことといえば

小学校で鉄棒から落ちて骨折したとか

中学校のスキー旅行で風邪引いたとか

ろくでもないことばかり



そんなだから、小さい頃から平凡なことが大嫌いだった。

人より優れた人間になろうとした

結果、確かに周りからは評価されるようになった

ただ、自分が平凡でないからといって

周りが変わるわけでもなかった

むしろ、懸命に勉強したために

大きな分かれ道のはずの高校受験もあっさり終わってしまった



小さい頃から、冒険を夢見た。

自分の住んでいる世界とは全く違う、

世界の果てで生きる探検家たちの話に心を躍らせた

ただ、生まれつき体力には自信が無く

いくら努力してもその水準には達しなかった




そんな俺が、一度だけ経験した「冒険」がある。






その日、俺はいつも通り学校に向かっていた。

別に何があるわけでもない見慣れた道

あまりにもつまらないので

そのへんに転がっていた石を蹴りながら歩いていた



突然、目の前から強烈な光を浴びせられた。



俺はその時石を目で追って下を向いていたから

何があったのかは分からない

ただ、懐中電灯のようなものを持った男が立っていた気がする




恐る恐る目を開けた。


横に大きな岩があった。




それが、さっきまで自分が蹴っていた小石だと気付くのに時間はかからなかった。



左を見ると、巨大な草が生えている。

ズンと音がしたかと思うと、それは人の足だった。

その奥には、ジェット機のような轟音を立てて走る

化け物のような車が走り抜けて行った

思わず耳をふさいだ


もちろん驚いた。

人間がいきなり小さくなるなんてあってたまるか、と。

夢に決まってる、と。


ただ、心のどこかで喜んでいる自分がいた。


冒険に憧れていた、昔の自分を思い出した。



夢でもいい。学校へ行ってやろうじゃないか。



俺は歩き始めた。

何故か、自身に満ち溢れていた。



大河のような排水溝の横を歩きながら、冷静に計算してみた。

学校まで1キロ。

いつも15分ほどで着いている。

今の俺の身長は、多分大体1.5センチぐらいだろう

ということは、学校まで・・・


25時間


俺の自信は一気にしぼんだ。


それでも歩いたのは、夢に決まっているという確信があったからだろう



歩き始めて1時間も経っただろうか。


目の前に崖がそびえたっていた。


正体は階段。

一段15センチ程度

俺の「身長」の10倍

登ろうにもつかまる場所すらない


右側にスロープがあった。

バリアフリーに感謝した


といっても、坂は30分近くも続いた

10mの坂も、この時の俺にとっては1キロぐらいに感じられた



歩き続けていて一番つらかったのは、

周りの人間が自分に気づかないことだった

自分が無視されているようにさえ感じた

はるか高い所から見下ろされているということが悔しかった

早く夢から覚めないかと思い始めたのもこの頃だった



横にはアリ

さすがにアリより小さいということは無いが、

下手をすれば襲われそうだった

前には空き缶

あまりにも大きい

中で休めるんじゃないかと思ったが

中から目がのぞいた時は全速力で逃げた

上からは水

雨上がりだったこともあって

時々目の前に水が落ちてきて腰を抜かした

常に後ろを気にした

何かに狙われているような気がしていた

小さくなっているという頼りなさからだったのかもしれない



さすがに疲れが出てきていた。

日が傾いてきていた

今までどれだけ歩いただろう。

半分は歩いただろうか

さっきあの電柱があったからだいぶ近付いて来たはず


そのうち、真っ暗になった

もう無理かもしれない

とりあえず、どこかで休もうと考えた。

前の角で猫を見かけてかなり慌てていた



逆さになった植木鉢の中で、色々なことを考えた。

これは冒険じゃないとまで思い始めた

いつもの場所を、ただ延々と歩いているだけ

もううんざりだ



夜が明けた。

一睡もできなかった

また歩き始めた

学校に行けばどうなるわけでもないのに

ただ歩いた




光が差した。





気がつくと、学校の前だった。

身長は元に戻っていた

うれしいとも感じなかった

ただほっとした



一目散に教室に向かった。

ドアを開けた。

出席をとっている途中だった

クラス中が不思議そうな目で俺を見ていた

笑ってごまかした

俺はその後も延々と笑い続けた。






あれが夢だったのかは分からない

少なくとも俺はあの出来事を忘れない。







【スモールライト】
 光を当てると、物を小さくすることができる。

未来人の遊び ~タンマウォッチ~

2010年05月30日 10時37分53秒 | 小説
周りの時間が止まっていることに気付いたのは、しばらく経った後だった。




最初は特に違和感を覚えることもなかった。

図書館で本を読んでいたんだから、気付かなくてもおかしくは無い・・・はず

いつ時間が止まったのかもわからない。

ふと図書館の時計を見たら、針が動いていなかった

職員の人に知らせようかと周りを見渡して、やっと気付いた。



・・・え?



その後はお察しの通りだ。

慌てたなんてもんじゃない。

もちろん夢だと思った。

思いっきり自分を殴ってみた。

目が覚めるはずもなく、大きめのたんこぶができただけだった。



焦るな、落ち着け。



とにかく、一度家に帰ることにした。

家が図書館に近くてよかったと改めて思った。




そして今、僕は家にいる。


水道の水は空中で凍ったように止まっている。

火は固まって熱さも感じない。

家族も石像のようになってピクリとも動く気配が無い。


・・・ちょっと気取って詩的に言ってみたが、

とにかく何もかも止まっている。

図書館で周りの人が固まっているのを見た時は腰を抜かしたが、

家に帰ってくるまでに慣れてしまった。

別段何とも思わない。

こんな状況で落ち着いている自分がおかしい



まず、これからどうするかを考えよう。



そもそも、なぜ時間が止まってしまったかもわからない。

なにしろ、時間が止まった瞬間も知らないんだから

どうやって時間を動かすのかもわかるはずがない。


というより、一度時間が動き始めたら二度と止まらないんじゃないか?

それなら、今のうちに色々できることが・・・

いや、いつ動き出すか分からないのに、それどころじゃない。

このまま動かないままなんて冗談じゃない。



でも、そんなに神経質になっているのも時間の無駄だ。

(時間が流れてないんだから無駄でも何でもないが)

楽観的になろう。



・・・今のうちに何かやっとくか。



そう言いながら机に向かう僕は真面目すぎる。


そのうちに、楽しくなってきた。

自分だけの時間があるということがうれしくてたまらない。

得した気分だ。

自分だけが動いているという変な状態の中で

世界は僕のためにあるんだみたいな錯覚を感じた





かなりの時間がたって(時間は経っていないが)、ふと我に返った。


眠い。


今が本来なら何時かは分からない。

遊び呆けて、ご丁寧に勉強までして、

まあ15時間は経ってるんじゃないだろうか。

相変わらず机の隣のカーテンは凍りついている



怖い。



急に寂しくなって外を見た。

誰も動いていない。

周りに誰もいないような気がした。

泣きたくなった

自分だけ、神様とやらに遊ばれているのか?




どこからともなく、クスッと笑い声が聞こえたような気がした。




振り返ると、何やら時計のようなものが落ちている。

相変わらず止まっている。

上にボタンが付いている

何気なく、そのボタンを押してみた。





「あれ、図書館に行ってたんじゃなかったの?」


後ろを見ると、母が不思議そうにこっちを見ている。



・・・え?




さっきまでの静かな世界はどこへやら、

突然外が騒がしくなり始めた。

車の音、電車の音、犬の鳴き声、

人の笑い声や怒鳴り声。

周りに人がいる安心感。


僕は、いつもの世界に帰ってきたようだ。


手に持っていたはずの時計のようなものは、

いつの間にか無くなっていた。

安心したような、どこか残念な気持ちで、

僕はそのまま眠りに落ちた。






【タンマウォッチ】
 時間を止めることができる。

未来人の遊び プロローグ

2010年05月27日 22時13分28秒 | 小説
暇だ。





夏休みだというのに、何かしようとも思わない。

休み潰しで有名な担任が出した、規格外の量の宿題があるだけだ。

休み中に終わるわけがないことは初めから分かっている。

勉強するでも遊び呆けるでもなく、

ただ天井を見上げているだけ。



何かないかと、何があるでもないボロ倉庫をあさってみた。

去年壊れたオコノミボックスや

期限が切れたあべこべクリームなど

どうでもいいがらくたしか出てこない

当たり前のことだが、どこかむなしい。



ふと倉庫の奥を見ると、

何やら古くさい木箱が置いてあった。

今にも崩れそうな、真っ黒な箱だ。


無性に気になり、中を見てみた。



大量の本が入っていた。


かなり古い本だ。

親に訊いてみると、

先祖が家宝として残したものだとか何とか

よくこんなものが今まで残ったものだ。


読んでみた。


どうやら、いろいろな道具が出てくる話らしい。


ただ・・・


何か違和感がある。


この物語に出てくる道具は、今でこそ当たり前のようなものだが、

この頃の人間なら目を回すようなもののはず。


なのに、いたって冷静。

この頃の人間は、そんなに落ち着いていたんだろうか?



俺は、机の上に積まれていた宿題の中に

何故か高校生にもなって自由研究があったことを思い出した。



こいつはいい題材だ。



倉庫の中のがらくたをかき集め、俺は愛用のタイムマシンに飛び乗った。

夏の軌跡

2010年05月05日 20時32分51秒 | 小説
「・・・・・・奇跡なんて起こしちゃいけなかったんだ」

夕暮れ、橋の上で少年が一人。

「ちゃんと真面目に生きてさえいれば奇跡なんか起きなかったんだ」

少年の目線は河川敷。

ある運動部の練習風景。

「・・・・・・」

少年はうつろな目のまま家へと向かった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


次の朝

「ケンジー!起きてー!」

元気な声がする。

でも僕にはいやな声だ。

だから布団をかぶってブロック

「起きろ――ー!!」

耳元でどなられて鼓膜が破れそうだった。




「もう高1の秋だよ?さすがに一人で起きなさいよ。」

「ううん・・・」

となりで一緒に通学しているのが幼馴染のアキだ。

小学校のころからの付き合いでいろいろ世話になっている。

「おじさん、昨日も家に帰ってこれなかったんでしょ?」

「うん・・・」

僕の家には母親がいない。

去年に交通事故で亡くなってしまった。

それから父親はずっと働きづめだ。

今日みたいに朝いないなんてこともざらにある。

「もっとシャキッとしなさい!」

「はい。」

アキには本当に世話になっている。




「ねえ、ケンジ」

「なに?」

「今日も、部活行かないの?」

「・・・」

アキが何かを訴える目でこっちを見ているのがわかる。

不安な目をしているのがわかる。

でも、僕は――ー



「ああもう、シャキッとしなさい!」

「う、うん」

「で?行くの?行かないの?」

「・・・ごめん」

「はいはい。早く来なさいよね。」

「うん・・・」

「・・・」

僕には、まだ無理だ


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


放課後、ケンジは扉の前にいた。

「・・・」

『ボクシング部』そう扉には張り紙があった。

「・・・」

ケンジの手がドアノブに手を伸ばし


――ー引っ込めてしまう


(いくじなし、いくじなし、いくじなし)

心の中で何回も何回も叫ぶ。

「く・・・う・・・」

ケンジは踵を返し走り去った。


手には汗を、目には涙をためながら。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


奇跡が起きたのは、夏

ボクシング部の新人戦出場の予選のとき

ケンジの学校のボクシング部は1年生の部員が少なかった。

ケンジ、春山の2人しかいなかった。

春山は中学のころからボクシングをしていた。

一方、ケンジは高校になってからやってきた。

試合をするまでもなく春山に決まり。

そう誰もが思っていた。



「もう来んなよ。」

春山の一言が痛かった。

「恥さらし。出すんじゃなかった。」

周りのみんながそう言っているように思えた。

ケンジは濡れたまくらのシーツを洗濯かごに放り込むと河原へ向かった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ピッピッ。ピッピッ。

規則正しく笛の音が鳴る。

それに合わせて動く部員たちの背中を見てアキはため息をついた。

(やっぱりケンジはいないか・・・)

そう思いつつ笛を吹く。

(男のほうが先に抜けるってどうよ?)



アキはボクシング部のマネージャーだ。

高1になった春

「アキ!ちょっとマネージャーやれ!兄貴命令だ!」

と、ボクシング部のキャプテンである兄に言われたのが始まり。


アキの兄は

「ボクシングこそ究極にして至高のスポーツだ!」

と、小3のころ『あしたのジョー』を読み終えた瞬間に叫んだ。

それから親に熱く語り、父が便乗し、現在のボクシングバカにへとなった。

もっとも、まだ幼稚園のアキには叫ぶ兄を鬼としか見られなかったが。


またか。

アキがそう思って適当に受け流そうとしたとき。


ケンジのことが思い浮かんだ。


「・・・いいよ」

いつのまにか口が勝手に動いていた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ピーーーーー

アキの鳴らす笛が響く。

「・・・」

ケンジは見つからないようにそっと走り去った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「なんで僕に奇跡がおきたんだろう・・・」

ベットの上でケンジは力なく右腕を上げていた。



―――夏

「春山~。手加減してやれよ~!」

周りの部員が軽快に笑う。

「オラ、来いよ。」

春山が黒い笑みを浮かべている。

僕はもうリングの上に立っているだけで精一杯だっていうのに。

「・・・ザコが。せいぜいスッキリとやられてくれよ。」

いつの間にか目の前にいた春山がボディーに左を入れてくる。

「ぐっ・・・」

倒れそうになる体にもう一発ボディーを入れられる。

左フック。右フック。

春山は倒れそうになる体に何発も入れてきた。

「ハイ終わり~。」

とどめに顔にストレートを入れてきた。

体の力が抜け、マットに叩き伏せられる。

「よえー!ケンジよえー!」

周りの部員の嘲笑が聞こえる。

そんな時、


「黙らんか。」


部長だった。

凄味の利いた声で周りに語る。

静かに、大きく。

「ボクシングはケンカではない。高等なスポーツだ。」

「選手には差別なく期待と声援が送られる。」

「間違っても野次を飛ばすなどという下卑た行いをするんじゃない。」

「わかったら、黙れ。」

部長はそれを言うと黙ってじっとこちらを見た。


―――がんばれ

そう言ってるように感じた。


不思議と、立てた。

真正面から春山をにらむ。

「生意気な目をしやがって・・・」

コロス。

そう春山の口が動いたのが見えた。

こちらに突っ込んでくる。

一歩。前に出る。

春山の右腕が顔の前に来る。

―――構うもんか。

右腕に力を込め、振りぬいた。



春山がベットの上で治療されている。

・・・勝った。

初めて。

あの春山に勝った。

「ああ・・・」

口から出たのは安堵のためいき。

少し、殴られたほほが痛むが。



「ケンジ、すごい・・・」

春山に勝った。

アキは兄の横で驚いていた。

「いいカウンターだったな。」

兄がそう言った。

ケンジのほうに駆けより笑顔で言った。

「ケンジ、おめでとう!」

心から。




「ケンジ、おめでとう!」

そう言われてうれしかった。

アキが満面の笑みで言ってくれる。

うれしかった。



「でも。」

ベットの上でケンジはつぶやく。

「奇跡は奇跡なんだよ、アキ。」


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新人戦。

ケンジはぼろぼろに負けた。

当たり前だ。

まぐれで経験者に勝っただけ。

新人戦には春山と同レベルの人しかいない。

勝てるはずがなかった。



次の日、部室の前には春山がいた。

こっちを見て一言。

「もう来んなよ、お前。」

そう言って扉の向こうへ行った。

限界だった。

「・・・・・・」

涙は家まで取っておいた。

それぐらいしかできなかった。


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いつものようにアキはケンジを起こしに来た。

「ケンジ~、起きて~」

「ケンジ~?」

返事がない。いつもなら「ううん・・・」ぐらいのうめき声は聞こえるはずなのに。

「あれ?」

ベットの上はもぬけの殻だった。

「・・・ケンジ?」





朝6時

「・・・行こう。」

ケンジは家を出た。

「・・・ごめん、アキ。」

自分なりの答えを出すために。




「150・・・160・・・」

部室の扉の奥から声が聞こえる。

部長だ。

朝4時に部室に来て筋トレをこなしているという。

ケンジは汗ばんだ手でドアノブを握り扉を開けた。

約2か月ぶりの部室だった。

2か月ずっと入りたかった場所に入った。

でもケンジの心は1ミリも浮いていない。

「ケンジか。」

「お久しぶりです・・・」

筋トレを終えた部長がこちらに来る。

「どうした?」

「・・・」

無言で手にあるもの・・・退部届をケンジは渡した。

「・・・理由は?」

「居場所がありません。」

部長は退部届を一目見て机に置いた。

「ケンジ。」

「はい。」

「試合をするぞ。」

「え?」

予想外のことを言われた。

てっきりすげなくされるか殴られると思っていた。

「何をしている。グローブをはめろ。」

「は、はい。」




部長と初めて真正面から向き合った。

部長の目は本気で、今にも殺されそうだ。

「ケンジ。目が違う。」

「え?」

またも唐突に言われた。

「春山と向き合った時の目になれ。」

「・・・できません。」

できるわけがない。

あの時の目は味方のがいたからできたんだ。

その味方がいないからここをやめるんだ。

だからできるわけが

「できるんだよ、お前は。」

「・・・!」

「あの時のお前の目は期待にこたえようとした目じゃないんだ。」

「相手と勝負する目なんだ。」

「・・・どういうことですか。」

「俺は知っている。あれはボクシングをスポーツと認め戦おうとした男の目だ。」

「居場所がないと言ったな。」

「・・・はい。」

「それがボクシングなんだ。」

「・・・」

「ボクサーは常に孤独・・・『あしたのジョー』の受け売りだがな。」

「リング以外に居場所があってたまるか。相手だけを見て相手と勝負する。それだけだ。よそ見なんかは相手にも自分にも失礼だ。」

「自分にも・・・?」

「当たり前だ。軽い気持ちでボクシングなんかするな。それはただの嘘つきだ。自分にスポーツをしていると嘘をついているんだ。」

「嘘・・・」

何かが崩れた。

僕は、嘘をついていた?

奇跡なんかと言って嘘をついていた?

「お前、自主トレしてるだろ。」

「!?」

なぜ知っているんですか、と言いたかったが驚きのあまり言葉が出なかった。

「体を見りゃわかる。どれだけやった?」

「河原の練習の2倍・・・」

「流石。お前はボクサーだよ。」

「っ!・・・ありがとうございます!」

また、認められた。

「まあ俺は5倍だがな。」

ハハッと朗らかに笑う部長がケンジには明るすぎた。

「さ、やろうか。」

「はい。」

「お、いい目だな」


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悔しかった。

「もう来んなよ。」

実力不足。

言い返せない自分には実力がない。

そう認めてしまったのだ。

悔しかった。

胸を張って新人戦に臨めなかった自分が。

追い越せないと決め付けた自分が。



でも新人戦から1週間経った日。

「父さん・・・?」

珍しく父が帰ってきていた。

「よおケンジ。1か月ぶりか?」

「うん・・・」

「ま、いいや。座れ。説教してやろう。」

「え?」

父が説教なんてするのは初めてだ。

「アキちゃんから全部聞いた。」

「あ・・・」

後ろめたさがどっとあふれ出る。

父が妙に怖く見える。

「まあ座れ。」

「うん・・・」

「新人戦負けて、部活に行ってないんだって?」

「うん・・・」

「他にも細かい事情があるんだろ?」

「・・・うん」

「ま、そこらへんは面倒だからきかない。」

「え・・・」

軽い失望を覚えた。

それに気付いた自分にまた嫌気がさす。

慰めてほしいのか、僕は。

「オレが聞きたいのは、それまではまじめにやっていたか、今はやりたいのかどうか、だ。」

「今・・・」

心がささやく。

―――お前はいらないんだよ。

「どうだ?今までまじめにやってたか?」

「うん。」

それはやった。唯一自信を持って言える。

「今は、ボクシングをやりたいのか?」

「・・・わからないんだ。」

―――わからない。

「ふん。」

「新人戦で負けてね、気がついたんだ。ここまで来られたのはたまたまだったって。」

「ああ、言っていたな。格上のやつを倒して行けたって。」

「うん。でもそれはダメだったんだ。」

「見えてなかったんだ。自分の位置が。」

「弱い自分が上がってしまったのは学校の評価を落としているだけだったんだ。周りの迷惑だったんだ。」

「だから、今みんなに会うのは怖い・・・」


「違う。」

唐突に言われた。

「え?」

「オレはそんなことは聞いていない。言っただろう。『やりたいのかどうか』だって。」

「僕は・・・」

―――どうなんだろう。

「周りなんか気にするな。お前、父さんが今何しているのか知っているか?」

「え?」

そういえば、知らない。第一、父はあまり話さないのだ。仕事のことは。

「ジャーナリストだ。」

「この時代、一番憎まれるんだ。ジャーナリストっていうのは。」

「でもな、なんでこんなに頑張ってるんだと思う?」

「・・・わからない。」

母さんが死ぬ前の父はもっと余裕があった。

毎日帰ってきていた。

「母さんのためだ。」

「え?」

「ジャーナリストっていうのはな、ネタを取れれば金が入るが取れなかったら入らない。シビアなんだ。」

「オレは母さんに頼りきりだった。母さんが亡くなって一気に不安定になったんだよ。」

「それに気がついたらあとはやることは一つなんだ。自分のために精一杯生きるんだ。」

「お前も同じなわけだ。不安定なことに気がついた。さあ、どっちに転ぶつもりなんだ?」

「僕は・・・」



リビングで思い返す。

父に言われなかったら僕は何もしなっただろう。

まあ決断までウジウジと自主練をしていたのは僕の情けない性格のせいだろう。

ケンジは母の仏壇の前で少し手を合わせ、部屋へ向かった。


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「ケンジ、昨日何かあった?」

「ん?」

「昨日やけにお兄ちゃんが上機嫌だったんだ。聞いても全然こたえないし。」

「別に何もないよ。」

「そう、じゃあ昨日なんで朝いなかったの?」

「・・・」

都合が悪くなり、足を速める。

「こら、逃げるな。」

「あ、後で話す。」

「ふーん・・・」

するとアキが急に声のトーンを落としてきた。

「ケンジ、今日部活は・・・?」

「行くよ。」

「・・・え?」

ちょうど学校に着いた。

驚いているアキを尻目に校門に入る。

「え?え?どうしたの?」

「うん。後で話すよ。」

「じゃ、また。」

ケンジは自分の教室に入っていってしまった。


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「どうしたんだろ・・・」

急にケンジが変わった。

それに、なんていうか、目の色が違う。

「・・・後でとっちめて聞いてやる。」

うれしそうにアキはつぶやいた。


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放課後、ボクシング部の全員が集められた。

列の端にはケンジもいた。

前で部長がしゃべる。

「・・・てなわけで、今日は学年ごとに練習試合をしてもらう。」



昨日、試合が終わった後部長がいった。

「春山とたたかわせてやる。」

真剣な目で。

「今のお前なら戦える。」

また、認められた。



リングに上がると春山がこちらを睨んでいた。

礼のために前に出るとケンジに聞こえるか聞こえないかの声で

「いらねぇっつったのによ・・・」

と言った。

春山の目は厳しく、夏のころは震え上がっていただろう。

周りの声は聞こえない。

体が軽いのがわかる。

(僕は、ここにならいてもいい。)

そうつぶやくと、前を向いた。




ゴングが、鳴った。




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「ケンジ、お疲れ様。」

アキが水を持ってきてくれた。

「ありがとう。」

前を向くと部長がいた。

「いい目をしていた。」

「ありがとうございます。」

「で、どうする?」

部長があの日持ってきた紙を僕に見せた。

アキが横で驚いているのがわかる。

後でキツイ質問にあうのが目に見えて、つい笑ってしまった。

僕は部長からその紙を受け取り、

思い切り破いた。

これまでにケリをつけるために。

弱い心と別れるために。



「よろしくお願いします。」