むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

5、パリ ⑩

2022年10月11日 09時18分27秒 | 田辺聖子・エッセー集










・チーズはプリーとポンレベーというのを食べた。

私に見識があって選んだわけではなく、
持ってきたのを、指さして取ってもらったら、
そういう名前であった。

羊のチーズは異臭がしたが、
ワインに合うので、これも「結構でした」
と食べた。

私はどこへ行っても、
何を食べてもやっていけそうに思われるのは、
こんなときである。

どこの国の男と結婚しても、
うまくいったんではなかろうか、と思うと、
少し残念な気がする。

同じ日本人の男が相棒というのは、
変りばえしなくてつまらない。

尤も、相棒にいわせると、

「何をねぼけたこというてんねん、
こっちがひたすら辛抱しとるから保ってるのやないか!」

と怒り狂うかもしれないけれど。

「ラ・マレ」の料理が本格的で美味しかったので、
本当のフランス料理を食べたと思って嬉しかった。

招待側は、それをフランス語で、
レストランの給仕長に伝えて下さったので、
店の人は気をよくして記念にと、
ポスターほどもあるメニューをくれた。

私はそれを持ち帰って居間のふすまに張っておいたら、
パリっ子の友人が遊びに来て、
「おや、ラ・マレだ」となつかしがっていた。

パリ最後の夜、
これも高級レストランの「フーケ」へ行こうとして、
ホテルの人に予約をたのんだが、
行ってみると「予約は受けてない」とことわられた。

何かの手違いがあったのだろう。

「フーケ」は凱旋門を望む一流のところにある店で、
店内は時分どきだから、
着飾った紳士淑女で満員であった。

給仕が、
いまは満席だから予約がなければどうにもならない、という。

「仕方ないでしょ、
どこか、ほかで食べればいいではありませんか」

ということになった。

私たちが給仕と押し問答をしているあいだ、
いちばん手近の席の中年男女、
見るからに上流階級らしい身なりよろしき一組が、
我々を眺めてうすら笑いを浮かべていた。

この田舎者が、
という軽侮の表情が、ありありと出ている。

私だけがそう思ったのか、
と考えていたら、外へ出て、

「あの一ばん端の席にいた中年のカップルは、
いやな奴でしたな」とおっちゃんがいい、
ホトトギス氏は、

「何だかバカにしているようでした」

と憤慨していて、
人の思うことはみな一緒、
お上りさんか地元の人間か知らねども、
高級レストランへいったって当然のこと、
人間が高級になるわけではないのだ。

「私はイタリア料理のほうに魅力がありますなあ」

シャンゼリゼを歩きつつおっちゃんはいう。

「料理も人間と同じで、
素朴なところがないといけまへんなあ」

「そうね、原型をとどめず、
というのは離乳食みたいになっちゃう」

「荒々しいところが残っているのはいいですね、
フランス料理はすこし、
洗練されすぎてるのとちがいますか」

とホトトギス氏。

高級フランス料理屋で木戸を突かれた腹いせに、
我々はフランス料理のワルクチをいいながら、
シャンゼリゼを歩いた。

そしてやっと見つけたレストランで、
パリ最後の宴を張ったが、
ここは一般水準のレストランであったが、
やはりフランス料理は美味しかったのである。






          


(了)

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