むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

「4」 ④

2024年09月14日 08時39分19秒 | 「むかし・あけぼの」  田辺聖子訳










・夫の則光はこと女に関しては、
全く旧弊な考えから、
一歩も出ていない

弁のおもとにすすめられた、
宮仕えも、

「いかん、絶対に許さん!
何の不足があって、
女が外で働くのだ」

とわめいた

「女がよその男に顔を見せ、
はしたなく物をいい、
言い寄られたり言い寄ったりする、
みっともない女どもの、
親の顔、亭主の顔が見たいと、
思っていたがお前までがまた、
何だって、
そんなことしたいんだ
公的な場で働く女なんて、
男たちは陰へまわれば、
どんな風にいっているか、
お前は知らないだろう
世間知らずめ」

私は則光の見幕が荒いので、
半分呆然として反発出来なかった

彼は一も二もなく、
私の口を封じて、

「まともな女なら、
家につつましく引きこもって、
いるはずだ
外へ出てよその男に、
顔をさらすのは、
恥をさらすようなものだ」

と主張して譲らない

私と弁のおもと、
あるいは定子姫との間に、
通い合うものが、
あろうとは考えられないらしい

そんなことより、
彼にとっては、

「小鷹は学問好きだ
元服して一人前になったら、
大学寮へ入れてやろう
小隼は乱暴者だが、
人は悪くないから好かれるだろう」

などという
子供の話がいちばんの関心事、
であるらしかった

子供たちはもう、
それぞれ自我を発揮する年ごろ、
女部屋から出て、
男どもの仲間に入ってゆく

小鷹はもう十二だった

二人とも小さくても、
女のいうことは聞かなくなっていた

私の手もとに、いつまでも、
置いておける年ごろでは、
なくなっていた

私は手もとに抜け殻を残して、
飛び立ってゆく彼らに、
急速に興味を失っている

いま、私の可愛がっているのは、
末っ子の吉祥だけである

この子は虚弱で気がやさしく、
繊細な心立てらしかった

あの則光のどこに似たのだろう、
というような少年である

「あいつは坊主にすればいい」

と則光は言い捨てたが、
僧の修行に堪えられるかどうか、
私は僧にしたくなかった

「親孝行なお子ですわね
海松子さまには、
本当のお子が、
いらっしゃらないのですから、
吉祥さまを大事にして、
老後をおかかりなさいませ」

と浅茅はいうのであった

そういう忠告は、
私をうんざりさせる

家庭に引きこもる女の、
えせ幸いを無上のもの、
と思っている

あけても暮れても、
何十年も家の内の薄暗い、
奥まったところで、
家の用事をし、
決まり切った会話、
変りばえせぬ四季、
女は人知れず朽ち、
年とってゆく

子が結婚し、
孫が出来るだけという、
ぞっとするような単調な生活、
むかしからのくり返し

「人に知られぬものは、
年老いた女親」

と私は草子に書きつけた

ああ、いやだ、いやだ!

私が吉祥を可愛がるのは、
年とって面倒見てもらおう、
などと思うからじゃない
この子は私と気が合うからだ

兼家公を笑えない

私もかなり、
人の好き嫌いは烈しい

女御・定子姫の中宮柵立は、
秋に実現した

中宮大夫は道長公になり、
世間ではかしましい噂が流れた

道長公は、
右衛門督であったが、
中宮大夫を兼任されることに、
なったのだった

道長公は、
強く不快に思われたそうである

中宮大夫というのは、
中宮職の長官で、
中宮のために身命を投げ打つ、
という奔走が出来ないといけない

それはつまり、
中宮とその実家の一族に、
犬馬の労をいとわぬことである

道長公は、
道隆公に次第に、
追い上げてきている

前途有望な次期実力者、
というべきであろう

粟田殿、次男の道兼公は、
長男の道隆公についでの、
ご兄弟というものの、
あまり人望がおありにならぬ方

その点でも、
三男の道長公は、
ふかくたのむところが、
おありにちがいない

それが中宮大夫に、
任じられるとは、
なんという変な人事であろう

「何を考えていられるのか、
兄上は」

と道長公は、
中宮のもとへも出仕なさらぬ、
という噂である






          


(次回へ)

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