Mind Leaf

~ マインド リーフ ~

    

詩仙堂 京都 庭園4 

2007-12-28 01:28:23 | 庭園
 開け放たれた部屋の両側に沿って、庭が一望に見渡せる。椿や丸いツツジの刈り込みの一群や、白っぽい地面の上の薄紫の花の群は、中国の揚子江の風景をかたどって、山々から砂漠への景観と、その砂漠に咲く花を表しているのだと言う。広大なひとつらなりの風景を借景とした部屋の空間は、まるで屏風を広げたような、ひとつの立体的な山水画のようにも見えてくる・・・。

この詩仙堂は、そもそも寺ではなかったそうだ。現在は曹洞宗永平寺の末寺ということだが、もともとは、石川丈山という文人が1641年に建てたもので、狩野探幽の絵に詩を自ら書き、壁に掲げたことから、その家屋の一部を詩仙堂と呼ぶようになったのだと言う。そういうわけで、寺臭くないのが、この場所の魅力かもしれない。

それにしても、庭の魅力とは何なのだろう・・・。
見るたびに再発見もあるし、一言で言えないのだが、あえていえば、庭には日本の美やその独特の空間があるし、禅的な世界の広がりを感じるところでもある。またさらには、ひとつの心象風景、あるいは抽象画に出会うような場所でもあるのである。庭という場は、そういった様々な要素が合わさって、ひとつの小宇宙が形成されて行く摩訶不思議なところなのだ。

・・・と書いて、それも単なる説明でしかない事に気づく。

やはり、庭は体験するものなんだろうね^^;;

・・・この詩仙堂を訪ねた日は、朝からぽつぽつと雨が降っていた。やがて庭を見ている内に本降りとなり、雨の中、ずっと、長い間、この庭を眺めていた。獅子脅しの甲高いカン・・・カン・・・という音が断続的に雨音の狭間に響き渡っていたのを思い出す・・・・。

ここの畳の上に横になって、ぼんやりと庭を見ながら昼寝でも出来たら気持ちいいだろうなあと思う。
(一度、別の場所でやって怒られた経験あり・・・。)
それこそ穏やかで湿潤な気候ならではの、日本でしか味わえない豊かさではないのかな。

写真:2007.7

正伝寺 京都 庭園3 

2007-12-18 02:16:53 | 庭園
正伝寺 Shoden-ji

「最初は、あまり特色のない平凡な姿に見えた。白砂敷きの庭の中の、毬藻のような塊のいくつかの群、深い緑のツツジの刈り込みは、正面の築地の白塀を背景にして美しく映えている・・・それらが砂の上に大小織り混ざってリズミックに配置されているという、たったそれだけのシンプルな様相。庭の上方に借景となった比叡山が見え、その山の姿と、寺の周囲の林から流れ込んでくる霊気とが相まって、庭を山の奥深くへと運んで行く。間近に聞こえる鳥のさえずり・・・。ふと、目の前のツツジの刈り込みの一群が、苔むした岩の様に見えて来る。それは植物なのだろうか、岩なのだろうか。その姿は、心の中で定まらず変化をし続ける。ある塊の隅に、小さな赤いツツジの花が咲いているのに気づく。その花の波紋が周囲へと伝わっていく・・・」

この庭は、幽玄であり、また粋だと思うが、どうだろうか・・・。

ぼんやり庭を見ていたら、住職が出てきて、寺を案内してくれた。
おもむろに天井を指差して、「血天井である」と言う。何でも、戦国時代、関が原の戦の前に落城した伏見城の廊下の板を天井板として使用しているそうだ。以前、ある血液学の専門の先生が、天井にある20カ所ほどのシミを分析したところ、その内16カ所はO型、2カ所はB型、残りは不明という結果であった、ということ。なまなましい。

・・・京都は歴史の中に我々を引き込んで行く。利休の茶の湯は戦国時代、武将が戦に行く前、心を平静に保つために発案されたという話を聞いたことがあるが、禅の庭もそうした背景の中で培われてきた面もあるのだろう。だからこそ歴史の中の評価に耐え、今日に受け継がれているのかもしれない。

来訪者の書いた感想ノートに書かれてあったこと・・・
・Peacefull !!
・30年ぶりにここに来ました。娘と一緒に来ています。何も変わっていないのが嬉しい。
・迷いがあって来ました。でも庭を見るうちにどうすれば良いか分かってきました・・・。

写真:2007.7 Shoden-ji
作庭 江戸初期 小堀遠州作
正伝寺は鎌倉時代建立

ケツン・サンポ・リンポチェ法話の会 2007年11月28日

2007-12-01 16:31:51 | セミナー・ワークショップ
 密教中の密教と言われるニンマ派の最高位の僧侶、ケツン・サンポ・リンポチェにお会いすることが出来た(中沢新一氏の名著「虹の階梯」でも有名)。新宿西口、高層ビルの立ち並ぶ通りの脇道を入ったところに会場の常円寺はあり、そこで法話の会が開かれたのである。(こんなところにお寺?と思う場所である)
修行者の為の法話というのがこの数日前にあったようだが、今回は、もう少し初歩的な話。
「我々は、良い心と悪い心のふたつを持って生まれてくる。生きながらそのどちらの心を起こしていくか、どちらを選んで行くかが業を積むということだ。目にするすべての元は心にある。だから心の修行が大切・・・」以前は仏教、密教にかなり傾倒していた自分だが、最近西洋心理学かぶれの甚だしい私自身には、この「修行」という観念が懐かしく、またとても新鮮に思え、心に染みわたる。西洋的に言うと、トレーニングやチャレンジに相当するのかもしれない。

 ところで、リンポチェに同行していた若い僧侶数人のお顔を拝見しながら気づいたのだが、彼らの顔が一様にギラギラしているのである。野生に満ちた顔と言えば良いのだろうか。何かに抑圧されている相のようにも見える。聞くところによると、チベットでは昔、数年も独房のような所に入り自らに向き合うという修行があったそうである。ぎりぎりまで自分に向き合い、徹底的に自らを追及する・・・。彼らはそんな顔つきをしているし、それが修行者の顔と言っても良いのかもしれない。それに比べて我々現代人は日常の中で微妙な心の動きに面と向かい合わず、心の奥底を深く覗き込みもせず、何かをごまかして表層だけで生きているように思えてならない。我々の心は、ある意味蝕まれているのではないだろうか?・・・何によって・・・文明によって・・・。こうした言い方は構図がシンプルすぎて少々古臭い言い回しにも思えるが、死語ではないだろう。もちろん文明は喘いでいる。喘ぎの中で新たなものを見出そうとしている。でも、大概は文明社会の中で、我々の心はあらゆるものに「侵略」され、どこにも落ち着くことができないでいる。そして消費をする事で何かが変わったような幻想を抱くのである。その侵略は、テレビゲームの出現以来、顕著であるような気がしてならない。

 ふと、月の夜を思い出した。何故月の夜が神秘的なのか?おそらくそれは、月光の下では何もごまかせるものがないからなのかもしれない。虚飾の何もない姿がそこには浮かび上がる。でも、そのような人工的な光のない闇も、今はなかなか探すことが出来ない。しかしその闇の領域を、彼ら修行者は知っているように思った。リンポチェのお顔はまたそれとは対照的で、すべてを昇華したような偽りのない平和な相をしていた。そのどちらも真実のように思えた。そして、久しぶりに、「人」に会った気がしたのだった。その事だけで、自分の何かを満たしてくれた。