米島勉のセカンドオピニオン

ここでは,広い意味で健康に関するセカンドオピニオンを考えてみたいと思います。

怖いお話

2007年01月08日 | Weblog
ひと月ほど前に,42歳になる女性がしばらくぶりに電話してきました。
どうしたのかと訊いたら,「出産で行きつけの医者で産婦人科の定期検診をしていたが,卵巣がんの腫瘍マーカーの値が上昇して,卵巣と子宮の一部,それに周辺を切除しなければならないと云われ,1週間後の手術日まで決めたんです」というのです。
彼女は,以前会社に勤めていたので,亡くなった僕の妻が卵巣がんだったこと,僕が今医学関連の調査をやっていることを知っていて電話してきたのです。
腫瘍マーカーの名前はCA-125,正常値は35で卵巣がんに特異的に反応する,といわれているものです。
彼女の数値は76,たしかに多少高くはなっています。
僕は即座にキャンセルするように勧めました。
健康状態をかなり突っ込んで訊いたところでは,自覚症状も心当たりもない,というのです。
マーカーだけが高いというのです。
そこで,ともかく待ちなさい,調べてみるから,ということでひとまず電話を切ったのです。
さっそくネットで調べると,このマーカーはたしかに卵巣がんにもっとも反応しますが,子宮内膜症にもある程度反応するので,子宮内膜症の二次的な診断にも有効である,とあります。しかし,彼女は何も自覚症状がないのです。それで,行きつけの産科病院とかに,セカンドオピニオンを貰うように人に云われたから,といって近くの総合病院に行きなさい,と勧めたのです。
ネットで調べると,ある大学病院の付属病院のひとつが近くにあることを確かめました。幸い,僕の甥がその大学の東京の医学部で産婦人科の講師をしていたところなのでちょうどよかったのです。その付属病院の医師をしている助教授を彼女に推薦しました。学会のHPなどで,その助教授と甥がごく親しいことも分かりました。
彼女がその助教授を受診したところ,急いで切る必要はないからマーカーに注意するように,といわれたそうです。投薬などの処置は全く必要なかったそうです。
つい最近になって彼女から電話があり,「マーカー値が37になりました」というのです。正常値が35ですからほとんど正常に戻ったわけです。
しかし,その間何らの治療も行っていないのですから,逆になぜ下がったのかが分かりません。
僕の方は,医学論文のデータベースであるPubMedで,CA-125関連の最近の論文を調べたのです。すると,卵巣がんの場合,このマーカー値は1000とか2000まで上昇することが分かりました。甥が筆頭著者の論文も多数有りました。
そこで,このところ疎遠だった甥のメールアドレスにメールしたら,次のような回答がありました。
「CA-125は,たしかに卵巣がんのマーカーで,子宮内膜症にも反応するが,風邪や月経のような一種の炎症にも反応するから注意してください。治療を行わずにマーカー値が下がることはあり得ない。この患者さんの場合は何らかの炎症があって,それが自然治癒したのでしょう。正常値35に注意していれば大丈夫です。」と教えてくれました。

とすると,最初の産科医院の院長が卵巣と子宮と周辺を切除する,といった根拠は何だったのでしょうか。
こんな怖ろしい話を身近に聞くのは初めてでした。

医者の言葉にはくれぐれもご注意ください。セカンドオピニオンを得ること。米山公啓著「医学は科学ではない」(ちくま新書)はその辺のことも書いています。