HISASHIの骨折――。
一瞬何が起きたのかわからないような、あっという間の出来事だった。事故という言い方もできるだろう。はずみという言い方もできるだろう。でも、そんなふうに客観的な偶然と言いきってしまうのも違うだろう。
それは、彼らのライブに賭ける情熱や、意欲や、真剣勝負の真面目さや、子供の様な無邪気さ、常に何が起こるかわからないライブの持つ魅力…そんないくつもの要素が出合う中で起きたことだった。
まったくの事故でもない。つまり、それだけ彼らがライブに夢中だったということの証明でもあるだろう。
●HISASHIが消えた
1998年5月18日、北海道厚生年金会館。息もつかせないような怒涛のライブは、終盤で最高潮に達した。
本編の最後の曲『ACID HEAD』では、ステージ前の花道に走り出たTAKUROが、客席に手を差し伸べ最前列の客にタッチし、HISASHIはギブソンのフライングVをオモチャの光線銃で擦りつけるように弾きまくってみせた。
TERUがオーケストラピットに降りて、客席に自分の顔を突き出して触らせるという、あわやという場面が出現したのが『BURST』だった。
そして、その瞬間が来た。D.I.E.がフロントを走り回って、JIROがペットポトルを客席に蹴り込んだ。その直後の瞬間だった。ギターを弾いたまま上手の花道に走っていったHISASHIの姿が突然消えた。
それは、本当に一瞬だった。彼以外のメンバーを見ていた人には、何が起きたかわからなかったはずだ。僕の目には、客席にひきずり込まれたように見えた。
そのまましばらく彼は上がってこなかった。ステージに困惑の表情が見えた。何が起きたのだろうという戸惑い。
客席も、最前列と2階以外では何も見えなかったと思う。何か起きたみたいだというざわめきが伝わってゆく。演奏は止まない。TOSHIのドラミングは一段と気迫がこもり、全員を引っ張っていく。
上手の警備をしていた野田悟史に抱えられてぐったりとしたHISASHIの姿が、上手の花道に消えた。
●異様な客席の空気
TERUの「HISASHI!」コールが始まる。「HISASHI!HISASHI!」という声に会場の手拍子が加わる。彼がいないまま、ドラムソロに突入する。一度袖に消えたTERUが姿を見せ、「彼は大丈夫だ」というように両手を上げて見せた。
ライトが暗転し、TAKUROが袖に消え、闇のなかに一瞬HISASHIかと思わせるブルージーなギターソロが流れた。ドラムにブルーのスポットが当たり、TOSHIは、赤いライトの入ったスティックを叩きつけるようにリズムを刻んでいる。
不安を振り払うような演奏と言えばいいのだろうか。TOSHIは、客席に「イエーイ!」という声をスティックであおり、D.I.E.が下手の一段高い位置に置かれたドラのところに回り、渾身の力で横殴りに叩いてみせる。
TERUは、「HISASHIは不死身だ、心配するんじゃねぇ!」と叫んでエンディングに向かった。大詰めのリフレインを何度も繰り返したあと、彼は、「心配すんじゃねぇ!」と二度叫んだ。
でも、客席の異様な空気に、突き放したように今度は「じゃあ、心配しろ!」と二度繰り返した。彼もどうやって応じていいのか戸惑っているようだった。TERUは最後のジャンプを決め、HISASHIは姿を見せないまま終わった。
ロビーはごった返していた。電話にかじりついて友人に報告する者。他の客に情報を求める者。床に座り込んで泣きじゃくる者。
そして、メンバーが即出し、パラシの始まった楽屋では携帯電話と資料を抱えた広瀬利仁と「小丸さん」こと佐々木芳晴が、険しい表情で本部に消えた。HISASHIはすでに病院に担ぎ込まれていた。
●ネスター、足折った!
広瀬利仁は、いつものように中央の卓のところで見ていた。
「いいライブだなぁと思って見てました。落ちたときもそんなに心配してなくて、野田くんに担ぎあげられたときも演出だと思ってたんですよ。なかなかやるじゃんと思っていたら、全然出てこなくて、あ、まずいっていうんで慌てて走っていったんです」
上手から入ろうとした彼は、そこが行き止まりのため、下手から舞台の裏を走ってその場に行った。ネスターが、「ダメだと思う」と告げた。HISASHIは床に座っていた。
「動く?」という広瀬利仁の言葉に、HISASHIは「動かない」と答えた。
「これは折れてるなと思いましたね。すぐに病院探せって言って、救急車呼ばないでワゴン車を回してもらえって。救急車だと違う方向に話がそれかねないし」
「ステージではHISASHIコールが続いてて、そこにTAKUROが飛んできたんで、HISASHIはダメだからコンサートは終わらせよう、もし彼のことを言うんなら事故でケガしちゃったんでホテルに帰りました、って言ってくれって頼んだんです」
「お客さんが心配だったんでロビーで見ていて、それから病院に行きました」
飛び降りたHISASHIを後ろから起こそうと現場に走ったのが下手の警備をしていたネスターだった。彼は、救急隊員の資格も持ったプロである。病院に一緒に行ったのも彼だ。
「出てこないからおかしいなと思って走ったら、上手にいる相棒が担いで行くところだったんです。裏に入ったらHISASHIさんが、座ったまま「ネスター、足折った!」って言ってて。
「へたに動かすとかえって悪いし、ハサミで衣装とブーツをバリバリ切って。足は普通なんですよ。変な曲り方してないし感覚もあるみたいで、これ骨折?と思ったくらい。でも、ちょっと触るとガタガタする」
「ともかくレントゲン撮らないとわからないから、すぐに添え木を当ててテープで固定して病院行きました」 ネスターはそう言ってから、「でもHISASHIさんは立派でした。痛くないって、一切弱音を吐かなかった」とつけ加えた。
【記事引用】 「夢の地平/田家秀樹・著/徳間書店」