薄暗い部屋に、母の写真がぼんやりと、いっつも座ってた机の上からオイラを見てた。
母は102歳という長寿だったが、それでも還暦の頃、なんだか世の中が詰まらない・・・
このあと何年生きられるか知らないけれど、詰まらない人生だったような気がする
などと、オイラにこぼすように言うものだから、オイラはこんな事を言ってみた。
「おっかさんねぇ・・・何でもいいから3年も一所懸命やれば、モノになるらしいよ。
3つやっても10年でできるぢゃないか!」って。
「そんなもんかねぇ・・・」と真面目に取り合っては居なかったように見えたが、母はそれから
俳句を作ることと、人形を作ることに40年も熱中したのだった。
俳句は嘘ばかり言ってたけど、それでも吟行だなどと言っては外へ出るようになった。
人形はなんたら言うエライ先生に師事して、まぁ白内障になった目で薄暗い自分の部屋で
いつも人形を作っていましたな。
そんな人形が飾りだなに一つ。ポツンと置いてあった。
人形の顔とか手足は茶色のベースを作って、その上から胡粉とかの
白い桐材を混ぜたものを塗りつけて整形する。
着物は古いハギレを何処からとも無く調達してきて、桐で作った人体に
切り貼っていくのだった。
人形は小さいから、サイズに合わせた模様の古い布を探すのに苦労していたのを思い出す。
カンザシやら櫛の類、小物などは、それぞれ工夫して作るのだった。
母が作ったものでも、これは晩年のものだったと思われた。
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これ欲しいな・・・と素直にいえない不仲な兄弟関係が今のオイラの回りをカビのように
ビッシリと取り巻いている。
ま、人間などというもの、仲が良くても悪くても、たかが短い命だ。
死んでしまえばバクテリア。
出来ることなら、なるべく仲良く暮らすことが大事だと思っている。
母が、それを水で溶いて人形を整形するのに使った盃に、
まだ白い胡粉がついたままのを、オイラは大事に持っている。
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そうだよなぁ~と思われたら、兄弟げんかなどせずに、
黙って、ポチっと下のアイコンを叩くんですよ。
お判りですね!!
うん!案外上手く行くかもしれませんぜ。
センスのええ、お人やさかい。
3年やれば、モノになりますよ。
どこかに良い師匠がいると、もっと良いんだが・・・
そうなんかぁ人形なぁ
Gもあの木目込みやりたいと思いますのや
ご母堂が作られた人形ですかぁ・・・憂いがあって
ええ顔してますなぁ。
うるうるする話ですなぁ。