ジョージのインドネシア体験記

パダン(Padang)という、インドネシア、西スマトラの地方都市での生活体験記。

No.60 生活の中の宗教(10.09.28)

2010-09-29 02:29:57 | No.51~No.60
 日本では聞かれることなんてまずありませんが、パダンでは知り合った人から「宗教は何?」って聞かれることがよくあります。
 長期滞在の外国人登録でも、「宗教」って欄があって、何か書かなきゃいけない。
 私の自覚の上では本当は違うのだけれど、めんどくさいから仏教だと答えることにしています。普通はそれだけで、それ以上聞かれることはありません。年齢を聞かれる程度の事として、宗教が何かって聞かれることが多いようです。
 ある程度仲良くなった人や、異文化に興味のある人とかでしょうか、時々ちょっと突っ込んで聞いてくる人もあります。
 宗教の話って、相手によってはデリケートな話題になるので、藪をつついて蛇を出すのが怖くて、できればあまり触れたくない話題ではあります。NGOでも政治と宗教に関わらないのが鉄則だといいます。まさに、触らぬ神にたたりなし。
 かと言って聞いてくるのを無視するわけにもいきませんから、何かしら答えることになるのですけれど、私の乏しいインドネシア語能力では説明が難しい。それを理由にお茶を濁すこともありますが、観念せざるを得ないこともあります。

 私に宗教のことを聞いてくるぐらいだから、ある程度日本のことに興味があったり、すでに知ってて、私が仏教だって言うと「日本の宗教は神道じゃないの?」。私の答えはいい加減なものですから、「神道もあるけど、仏教と混ざってるんだ」。
 「礼拝はどうしてるんだ?パダンだと、どこに行くんだ?」なんて聞かれることもありますが、「イスラムじゃ1日5回礼拝するけれど、日本の仏教は坊さん以外は葬式の時ぐらいだ」なんて答え方ですから、このあたりで相手も諦めてしまいます。
 仏教や神道について、いくらか予備知識があるなら、もうちょっとマシな答えもしようかと思うんですけれど、名前だけ知ってて中身を知らない場合がほとんどですから、私には上手い答え方も思いつきません。「なんていい加減な!」なんて思われれば、それが日本の宗教の実態に一番近いような気もしますし、下手な説明するよりもいいでしょう。

 ところで、インドネシアは世界最大のムスリム人口を抱える国です。イスラム国家というのは、国家の運営をシャリーア(イスラム法)に基づいて行っている国々のことだそうですから、インドネシアはムスリムが多数を占めるイスラム教国ですが、イスラム国家ではありません。
 私が初めてイスラムのことに興味を持ったのは、大学生の頃。英会話学校の広告で、「英語が話せれば、10億人と話ができる」ってようなコピーを見てからです。
 世界で英語を話す人口よりイスラム人口の方が多いぐらいなのに、それほどの多数派の人たちのことについて、なんにも知らないままでいるのはよくないなと思ったのです。
 それで、初めて読んだイスラム関係の本が、片倉もとこさんの『イスラームの日常世界』。
 これがよかったんですよ。おかげでその後、イスラムについて、妙な先入観や拒否反応みたいなのを持つことがなくなったのは、幸運だったと思います。
 大学の後輩に、おすすめの授業とか本とかがないか聞かれた時、宮田律の『現代イスラムの潮流』とかも挙げてたら、その1週間ほど後にアメリカの9.11が起こって、「すごいタイミングでしたね」なんて。
 その後、本屋にイスラム関係の本がずらっと並ぶようになると、逆に私の興味は冷めてしまって、イスラムの勉強なんてとっくに卒業したみたいな顔してました。
 それが何のご縁か天の思し召しか、イスラム圏で生活するようになったのだから、運命なんてわからないものです。

 パダンでは、正確な数字はわからないけれど、おそらく人口の9割以上がムスリム。パダンはイスラムの社会と言ってもいいでしょう。
 私はモスクって、日本の小学校の校区ぐらいの範囲に1つずつぐらいあるものだと思ってたのですが、○丁目ってぐらいの範囲に最低1つはあります。そこら中にあるという感じ。
 日本では初詣やクリスマスでも宗教色は薄くて、宗教に関わるのは「行事」としてという感じですが、イスラムでは宗教は行事としてだけでなく、生活と密接に関わっています。
 もちろん人によって程度の差はありますが、毎日の食事や服装からイスラム的であるかどうかが問題にされます。
 イスラムは本来は異教徒に対して寛容です。敬意をもった付き合い方をすれば、無理に合わせる必要もありません。
 例えばラマダン中、断食してる人たちの前で飲み物を飲んだりしても、咎められたりしません。ただ、一緒に断食したりすれば、喜ばれはしますけどね。

No.59 パダン料理(10.09.19)

2010-09-20 00:22:15 | No.51~No.60
 インドネシアの料理と言うと、どんなイメージが浮かぶでしょうか?
 なんとなく、辛そうなイメージがあるっていう人も多いかと思います。前号でも書いたように、インドネシアでは各民族、地域ごとに独自の食文化があって、「インドネシア料理」と呼べるものはないのだけれど、辛そうなイメージというのは、まさにパダン料理の特徴です。

 私は料理するのは嫌いではないし、自分ではそこそこ出来ると思ってるんですけれど、教えてもらったことはないので、全部自己流です。本やネットでレシピを見るってことはありますが、基本的には「見習い」。人がやってるのを見て覚えて、自分で試してみる。
 「自分で作った料理が一番おいしい」なんて、うそぶくこともあるけれど、単に自分の好み通りの味付けにできるからってだけの意味です。
 好物は米飯と緑茶なんて言ってるぐらいで、ご飯が食べれれば、おかずは少なくていい。ご飯を食べるには、ちょっと塩っ気があれば十分だし、日本にいた時はペスコ・ベジタリアンだったので、おかずは野菜が中心。ですから、必然的に薄味になりますし、それが私の好みの味ということです。

 誰かに教えてもらえば手っ取り早いんでしょうけれど、それでは私のプライドが許さない(?)ので、まだパダン料理を作ることはできません。
 パダン料理を再現するのに一番の敵は、唐辛子。パダン料理にはこいつがたっぷりと使われています。
 上記のように私は薄味が好きで、辛いのはちょっと苦手。友人の家や定食屋なんかで私がパダン料理をいただく時には、涙目で鼻水垂らしながらってのが常。途中から舌がしびれて、味なんてわからなくなってしまってることも、よくあります。

 私がそうやってヒーヒー言いながら食べてる横で、パダンの友人連中なんかは、さらにチリソースどっさり入れて、汗一つかかずに食べてるんですよ。
 それで、「パダンで生活していくんだったら、パダン料理も食べれるようにならなきゃダメだ。辛いのも食べる練習しろ」なんて言うんですけれど、練習してどうにかなるのか?
 連中は1歳か2歳ぐらいの子供の時から、唐辛子を食べて育ってますからね。鍛えられ方が違います。離乳食みたいなのはあるけれど、ある程度歯が生えそろってご飯が食べれるようになると、大人と同じ物を食べるんですよ。子供用に別に作るなんてことは、しないのが普通のよう。
 インドネシアも全国的に米飯を主食とします。麺類や粉もんの類もあるけれど、それを主食として食事することはあまりないので、一人当たりの米の消費量なんかは、日本よりずっと多いだろうと思います。
 おかずになる物って、和食なら塩味とうま味ですよね。パダンではこれが、塩味と辛味になるようなのです。

 唐辛子はアメリカ大陸が原産ですが、インドネシアはコショウをはじめとして、いろんなスパイスの原産地域だけあって、パダン料理では色々なスパイスが使われています。
 けれど不思議なことに、コショウはパダン料理ではほとんど使われることはないようです。デキやチャンドラは、私が使ってるのを見るまで、コショウのことを知らなかったんだそう。
 oishii cafeのディアンや、ヤニの連れ合いも日本出稼ぎ組ですが、彼女たちは、和食の味付けと言えば塩とコショウだと思ってるよう。
 ヤニの連れ合いは、アミが帰国する時に、日本の「塩コショウ」をわざわざお土産に買ってきてもらってたし、ディアンが作ったお好み焼きやうどんにはコショウがたっぷり入っていました。
 パダン料理で唐辛子使うような感じで、日本ではコショウを使ってると思ってるんでしょうかね。

 京野菜を使う京都料理は薄味だと言われますね。一般的には、野菜の素材の味を出そうとすれば、薄味になるようです。逆に、肉料理は臭みを消すためもあって、スパイシーになるそう。
 葉物の野菜って、日本でも寒冷地が産地になってるのが多いでしょ。熱帯のパダンでは、おいしい野菜って、どうしても少なくなってしまいます。
 そのせいか、パダン料理では火加減はウェルダン、味付けもしっかりってのが基本のよう。
 和食の感覚から言えば、たいていの物は火を通し過ぎなように見えるのです。でもそれは、高温多湿の気候下でも食べ物が腐りにくいようにって意味もあるでしょう。
 伝統的なものって、合理性もあるから残ってるわけですね。

No.58 パダンのレストラン(10.09.09)

2010-09-12 00:29:30 | No.51~No.60
 旅行の楽しみの一つに、行った先の土地で、その土地の料理をいただくというのがあると思います。場合によっては、食事を目的に旅行することだってあるでしょう。多くの人にとって、食べることは大きな楽しみの一つですね。

 話のネタとして定番中の定番なのに、今までこの体験記で食事の話題をあまり取り上げなかったのには訳があります。
 料理の写真を撮っても、あまり美味しそうに見えないのです。私はコンパクトカメラしか持ってないし、写真のこともわからないけれど、ブログに載せるのには、見るに耐える写真を使いたいじゃないですか。
 他の写真だってそんなにきれいに撮れてないかもしれませんが、下手くそなりにも、ある程度は自分で納得できる写真を載せたいのです。写真を撮るコツをご存知の方、是非教えて下さい。

 写真の問題はさておき、ラマダン、レストランマップという流れに乗って、今回はパダンのレストランについて書くことにしました。

 まず最初に断っておきますが、パダンには「インドネシア料理」の店はありません。日本と同じ島国とはいえ、広大な多民族国家のインドネシア。各民族、地域ごとに独自の文化を持っていますから、料理もそれぞれに違います。
 ですからこっちでは、民族や地域の名前をとって、ジャワ料理、バリ料理などという言い方になります。その中で、インドネシアで全国的に親しまれているのがパダン料理です。
 ミナンカバウ族は母系の民族で、財産権を持たない男たちが各地へ出稼ぎに行き、そこで故郷のパダン料理の店を作る人も多かったために、やがてインドネシア全国にパダン料理が広まってインドネシア料理の代表格のようになった、というような説明をしているものをどこかで読んだ記憶があります。

 最近、我が家からそれほど遠くないところに、100人は軽く入れそうな、かなり大きいパダン料理のレストランができました。そういう大きなレストランから、テーブルが3つ4つしかない小さなお店まで、パダン料理の店には共通の特徴があります。
 お店の建物は普通、水牛の角を模した尖った屋根になっています。お店の前面はガラス張りのディスプレイになっていて、洗面器のような大きなお皿などに料理が盛られ、何段にも積んで並べられています。
 私が初めてパダンに来た時には、通訳兼ガイドが付きっきりでしたから問題ありませんでしたけれど、初めてパダンを訪れる人にとって困りそうなのが、注文と支払い。

 パダン料理の店にはメニューを置いていないところが多くて、あってもドリンクだけだったりします。
 少人数の時には、ディスプレイしているものの中から欲しいものを告げて、空いてるテーブルに着きます。名前がわからないのは、指さして「これ」でもOK。テイクアウトもしているので、お店で食べる場合は、案内されなくても空いてるところに座ります。
 ある程度まとまった人数で行った場合、まずテーブルに着くと、何も注文してなくても、店の人が料理を運んできて、テーブルにずらっと並べていきます。両手いっぱいにお皿を運んできて、それがテーブルに並べられるのは、なかなかの見もの。
 お皿には2,3人前ずつぐらい盛ってあるので、その中から好きなものを取って食べます。欲しいものが足りなければ、追加注文します。要らないものに手をつけてはいけません。

 食べ終わった後のお勘定ですが、少人数の時はレジで自己申告。自分の飲み食いした分を言って、支払いをします。食べ物はだいたいどのオカズでも、料金は一律のことが多いようです。
 大人数の場合、テーブルに並べられたお皿の、残ったものを見て店員が計算してくれます。
 ずらーっと並べられると、つい全部をちょっとずつ食べたくなりますが、それをすると、全部食べたとみなされて、支払いが増えてしまうことになります。食べたのが一口だけでも、1人前全部でも、1人前を食べたことになります。

 以前、No.10で「サンバルはおかず?」なんてのを書きました。サンバル(チリソース)をおかずにするのかと思ったのです。そういうことが全くないわけではありませんが、「サンバル」はチリソースという意味の他に、「おかず」という意味もあるようです。
 食べに行ったり、テイクアウトで買ってきてもらう時など、「サンバル(おかず)は何にする?」というような言い方がよく使われます。

No.57 日本から来たインターン(10.09.06)

2010-09-07 02:53:18 | No.51~No.60
 先月の25日に、藤井さんのお宅でプロクラマトールの生徒なんかがたくさん集まって一緒に断食明けの食事をした時に、日本からパダンに来ている二人の学生もやって来ました。K君とSさんです。
 二人はAIESECを通じて、8月の初めごろにパダンに来て、2か月足らずの間、パダンでインターンをしているということでした。

 二人と話していると、頭がどんどんリフレッシュされていくような感覚を覚えます。
 この体験記を書くことだって、私にとっては、色々と考えていることを人目に触れる文章にすることによって、頭の中を整理するって意味もあるのです。けれど、自分一人だけであれこれ考えていても、あるところから先は堂々巡りに陥って、行き詰ってしまうものです。弁証法的発展が得られませんからね。
 ですが、二人のおかげで、日常の中でもう慣れてしまって疑問に思わなくなってきているようなことも、あらためて考えさせられたり、同じものを見ていても、違った視点があったと気づかせてもらえたり。

 そう言えば、GENの遠田先生がワーキングツアーのときなんかに、「現場を見て感じたこと、疑問に思ったこと、どんなことでもいいから、聞かせて欲しい」なんて言って、私なんかの言うことでも真摯に聞いて下さるんですね。
 先生はもともと植物の専門家だし、毎年長く大同に滞在されて、いろんな調査なんかもしてらっしゃる。私なんかから新しく得られることなんてないだろうし、普通なら大学の講義みたいに、一方的に先生の話を聞くだけにもなりそうなのに、私の拙い話でも聴いて下さるなんてありがたいな、なんて思っていました。
 先生にしてそれぐらいなのに、私よりもずっと優秀な頭脳を持った二人と話ができて、とてもいい刺激で頭が活性化されるようです。ラマダンだし、なんて言ってグータラしてたのが、目が覚めるような気分です。

 Sさんは学部は違うけれど、私の出身大学から来た、多芸多才ながんばり屋さん。パダンの観光局でインターンをしていて、観光客向けに、パダンのレストランマップを作るということをしているんだそう。
 パダンの中華街や中央市場周辺から順に、歩いて1件ずつ取材していってるということで、私もいままで全然知らなかったような話も出てきます。話を聞いてるだけでもオモシロそう!
 それで、「ちょっとお手伝いしますよ」なんて方便を使って、レストランの取材に同行させてもらうことにしました。

 彼女と一緒に仕事している、ドイツから同じくインターンで来たA君とMさんも紹介してもらいました。彼女達同士の間では、英語を使います。私にとっては、久しぶりにIndolishではない生の英語に触れる機会。
 嬉しいことに、聞き取りの能力は衰えてませんでした。しゃべっていることは、ほぼ理解できます。ですが、話すのはもう全然ダメ。英語を聞きながらですら、もはや口から出てきません。
 ドイツ人の学生と知り合えただけではなく、Sさんを通じて、パダンの学生にも知り合いが増えましたし、パダンの学生がJapanese communityというサークルを作っていることも知ることができました。

 ラマダンとその後のレバランは、日本で言えば師走から正月にかけての時期のように、なんとなく華やいだ雰囲気もあって、面白い時期ではありますが、レストランマップを作るにはちょっと難しい時期となってしまいます。
 昼間、大部分のレストランや定食屋みたいなところは、店を閉めています。
 中華街辺りでは「ムスリム以外の人のため」というような断り書きをした上で、営業しているお店もあります。そういうお店でも、入口は暖簾のようなものを使ったり、扉を閉めていたりして、中が見えないようにしてあります。
 外からはわからないけれど、中に入ってみると、けっこう賑わっているんですね。
 一目で外国人のグループとわかるのが、取材したいって言うと、お店の人も概ね協力的。Sさん達が取材している様子や、お店の人の対応、それを好奇の目で見るお客さん達を見て楽しんでいるあたり、社会学を専攻していた人間のヤラシイところです。