五十四、五年頃だから、まだ城久君は二十代半ばだったろう。池田は私たち幹部に向かって次男への「世襲」を匂わせ始めていたのである。
「城久を衆議院へ出して公明党委員長にしたい。どうだ、みんな応援するか」
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それがやがて「城久は学会の後継者だ」という形で風向きが変わり、池田は次男への政権委譲に着々と手を打った。まず創価大学、創価学園出身者から息子と同世代の優秀な人材を選び「二十七人会」を結成。この集団は学会内部で「ご学友グループ」の異名で呼ばれ、城久君本人も次期後継者の意欲を強めていた矢先であった。
創価学会は「世襲」を禁じた宗教団体である。ところが、池田は用意周到な根回しによって、創価学会は池田家のものであり、池田城久はその池田家の二代目、将来の会長だという既定路線を作り上げ、学会内で暗黙の了解事項となっていたのである。
要するに息子への「会長世襲」は、池田が長年に亘って画策してきた学会私物化の総仕上げであった。学会内に池田崇拝の空気を行き渡らせ、創価学園、創価大学という私兵養成学校で池田家の親衛隊を育て、その現体制の延長線上に城久崇拝をおく。これが密かな池田大作の野心であった。城久君の死という不測の事態が起きなければ、池田の目論見は十中八九実現しただろう。
……
……
池田の息子が死んで助かった、やっと気が楽になった。これまでずっと我慢してきたけど本当に辛かった。お前の子供が死んだのは信心を怠けた証拠だと顔を見る度に池田から説教されたり、皮肉られたり、怒られたりした。それが息子の死で嫌味を言われなくなったというのである。私自身、その現場に居合わせたこともあるが、子を死なせ、病気で苦しむ学会員の不幸を池田は笑いさえした。
(池田大作の素顔:藤原行正:講談社:1989:p264-6 )
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http://sky.geocities.jp/mifune0008/
保田妙本寺を新しく本山にすると創価学会は広宣流布を為すことができる、世界人類を救済することができると信じるものです。
創価学会反池田派またの名を三船敏郎
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(弁護人・西川)「特別書籍部の関係なんですけれども、二十一世紀への対話というのでトインビー博士と池田さんの対話があったですね。これが代作であるというのは、どの部分が代作なのですか?」
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(原島嵩)「往復書簡の形を取っておりますが、その往復書簡は、池田さんの問いについての内容、それからまたトインビー博士から質問が来ます。それに対する答えの内容、それを全てまとめた人が桐村泰次さんです。そういう意味です。」
(弁護人・西川)「それから、キッシンジャーへの書簡、これについてはいかがですか。これも書簡の原稿を」
(原島嵩)「それは全面的に松本和夫氏(新・人間革命の著者)がつくったということです」
(法廷に立った池田大作――続「月刊ペン事件」:山崎正友:第三書館:2001:p151-2 )
そして御義口伝講義は池田大作・著となっているのに驚いたが、あれは原島嵩氏が書いたものである。池田大作はあのような難しいものは全く何も書けない。
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保田妙本寺を新しく本山にすると創価学会は広宣流布を為すことができる、世界人類を救済することができると信じるものです。
創価学会反池田派またの名を三船敏郎
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『中西氏は「あの人(池田)に諫言しても無駄である」と素直に語ってくれました。私は意を決して、五月中旬から、内部告発にふみきる決断をしました。
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私に同調してくれたのは中西氏ばかりではありません。かつては上田雅一も「原島が池田と対決するときは、私も一緒だ」と言っていました。桐村泰次も、昭和五十四年八月頃、私が本心を打ち明けたとき、「僕も一緒に立ち上がる」と語っていました。野崎至亮(当時、講義部長)も、池田に対する見解は私と同じであり、やがて、池田を告発するための手記の草案について、共に作成にあたってくれました。それ以外にも、私に「やれ、やれ」と言ってくれた人々は、少なからずいます。心ある人たちの本心は、みな私と同じ気持ちなのです。(池田大作・創価学会の真実:原島嵩:日新報道:p34 )』
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ここでもう一度、石田次男の『内外一致の妙法 この在るべからざるもの』を引用したいと思います。
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「池田氏は七月三日に府警へ出頭。その後、拘置所入りして、二十一日間の拘留満期まで頑張り通さず、全面自供をして十七日に出て来た。だからこの後しばらくは会内でも極めて低姿勢を貫いて『<全面自供をしないと戸田先生を引っ張る>と言われ、そうなっては大変だから自分が敢えて泥を被る形を取ることで決まりを付けて出て来ました。法廷闘争で頑張ります』と言い訳をしていた。
だが、正義のはずの法廷闘争から約二十人の有罪者が出たことは、ちっとも正義ではなかったことを物語る。池田氏は自分の連帯の罪をこれら各個人の単発罪であるかのように、偽証で形を整えて、無罪判決を貰っただけだ。
この事件で『戸田先生を引っ張る』と言った地検が戸田先生を引っ張らなかったのは何故か?
……事件を担当した清原次席検事(地検ナンバー2)が断念したからに過ぎない。昔のことで、もう迷惑が及ぶこともないであろうから真相をここに明らかにしておく。
…………(池田大作・創価学会の真実:原島嵩:日新報道:2002:p81-2)
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保田妙本寺を新しく本山にすると創価学会は広宣流布を為すことができる、世界人類を救済することができると信じるものです。
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池田大作は「昭和五十二年路線」の初めから「日蓮正宗の信心」ではなく、「創価学会の信心」を強調し、宗門への攻撃を行っていました。
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一月十五日の「仏教史観を語る」では、一)会館は近代の寺院である 二)在家であっても供養を受けられる 三)学会員は、出家・在家の両義を兼ねる、等日蓮正宗否定の講演をしました。
また、その翌日の第四回伸一会総会では、
「大聖人の場合は人数も少なかった。時代も違う。弟子も少なかった。信者も少ない。そういう意味から言えば楽である。我々の場合には時代は激動である。そしてマスコミもある。陰険な人間ばかりである。大変なことである。しかし一代では終わらない。大聖人の場合は一代で一応終えられた」
と発言しています。まことに恐るべき大謗法の発言です。
自分は、大聖人以上の存在と発言しています。まことに恐るべき大謗法の発言です。自分は、大聖人以上の存在であると、伸一会(池田の後継者の集い)のメンバーに平然と語っているのです。
同様の発言は「大聖人は七百年前に御出現なされた。しかし、全然広まらなかった。創価学会が正しいんです」(同年一月二十六日、インターナショナルの日)
このように、大聖人を見下してまでも自らの絶対化を図る一方で、日達上人のお弟子方に対しては、次々に吊し上げをしていきました。これには、北条、秋谷副会長(当時)、原田稔青年部長、野崎男子部長(いずれも当時)等が関係していました。
もちろん、池田が陣頭指揮をとったものです。僧侶を怒鳴りつけ、「創価学会に感謝しろ」「詫び状を書け!」等と迫り、居丈高に、僧侶の名を呼び捨てにし、一方的に吊し上げたのです。
原田、野崎の二人は、僧侶に詫び状を書かせた後「これでは本当のお詫びにならない」と言って、詫び状を突き返したことがあり、北條浩副会長(当時)は「詫び状を返したなんていうのはとんでもない。昔の青年部の邪宗折伏はそんなものではなかった」と語っていました。日蓮正宗が邪宗と見立てた言辞です。
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ここに原田副会長に宛てた、昭和五十二年十月二十一日の「竹岡文書」があります。それには、「経過について」と題し、
「本年一月より詫び状を取った坊主は以下の通りです。
………………」
…………
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まさしく昭和五十二年は、池田が狂気の路線を突っ走った年でもありました。創価学会は「慧光照無量」と書かれた用紙に個人の名前を連記させ、会館に「位牌」をしつらえて、学会幹部が導師となり青年部が給仕をして法要を営みました。そして「ただいまは池田大作のお力によって慧光照無量の功徳を先祖に回向しました」と、挨拶をしました。
いったい御書のどこに「慧光照無量」の紙片をもって先祖回向をさせよという文証があるのでしょうか。歴代証人のいかなる文献に依ったのでしょうか。結局、池田の思いつきであり、日蓮正宗を衰微させようとする意図以外に考えられません。
御書には「塔婆」に題目をしたためて先祖の回向をせよとあるだけです。しかも日蓮正宗においては、その題目は僧侶でなければ書写してはいけないという化儀があります。御書を軽視し、化儀をないがしろにして、しかも信徒の寺院参詣を妨げることは、取りも直さず、人々を成仏の道から遠ざける“魔”の所業であると談ぜざるを得ません。
特別財務も、昭和四十九年から千四百億円を集める予定でした。全てが学会の思い通りに行くかに思われました。そこへ降って湧いたような事件が持ち上がりました。
昭和五十二年五月三日頃、学会はある重要文書を入手しました。それが民社党の「質問趣意書」でした。
(池田大作・創価学会の真実:原島嵩:日新報道:2002:p141-8)
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フランス下院、創価学会に警告
昭和六十年にフランスの下院は創価学会に対して次のような警告を発しました。
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「今日、私はフランスであなた方の組織の金銭に関する『いかがわしい』関係について、あなたに注意を喚起します。三つの点を取り上げましょう。
一、 会員に金を払わせるための圧力
二、 集めた資金の管理を要求する会員に対する暴力
三、 日蓮正宗欧州協会とフランス日蓮正宗の会計上の混同」
フランス下院は創価学会を「エセ仏教」「セクト」と断定し、同国に於ける金集めに手厳しい批判を加え、池田に書簡を送り、議会で取り上げたのです。学会は「日本の恥」以外の何ものでもありません。
池田の力の源泉は、なんといっても金脈です。しかも、その金の力で、日本国を乗っ取ろうとしているのです。もはや池田創価学会に宗教法人としての自浄作用はありません。日本政府は政党を実質支配し恒常的な政治を信仰の名目で営む同会から、無税の特典を排除すべきです。少なくとも巨大教団にはガラス張りの経理を求め、積立金の利子には課税すべきです。
日大の北野弘久教授(税法学)も「アメリカでは、宗教団体でも営利団体の性格を強めたと認められれば、非課税の優遇処置は取り除かれる」と指摘しています。
「信仰の自由」だからといって、その社会性の側面まで「治外法権」としてはなりません。しかも池田には脱税の疑惑はますます深まっています。「薄く、広く」などといって、一般大衆からのみ税を取るのではなく、甘い汁を吸う巨大教団にメスを加えるべきです。
創価学会の会員も、「功徳」「福運」「罰」といったアメとムチの言葉に踊らされることなく、本当の信仰は利害を越えた人間の魂を磨くところにあることに気付いて欲しいものです。
とりわけ創価学会の金集めが「供養」の名のもとに行われていることも教義上の誤りであり、会員は、勇気をもってこれを拒絶していただきたいものです。
(池田大作・創価学会の真実:原島嵩:日新報道:2002:p183-5 )
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保田妙本寺を新しく本山にすると創価学会は広宣流布を為すことができる、世界人類を救済することができると信じるものです。
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武闘班 また、格闘技有段者を集めた特別行動班(武闘)として、暴力実行グループまで組織されていました。
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昭和四十九年に起きた、いわゆる妙信講学会本部乱入事件は、スパイを潜入させ、本部構内から妙信講を挑発するのに呼応する形で本部乱入をあおり立てました。本部構内に入った妙信講青年部を、逆に武闘で徹底的に打ちのめしたのです。
この武闘グループを「アース隊」と呼び、この時とばかり活躍しました。この「アース隊」は、消化器を持った青年部が妙信講を殺虫剤で駆除するということになぞらえたものです。
この時、創価学会側は被害者を装いましたが、実際にはスパイを潜入させて学会本部乱入を引き起こしたのであり、内部情報を逐一入手し、妙信講の動きも手に取るようにわかっていました。そして弁護士、宗門の首脳を待機させて、暴力を振るったのは、創価学会側の方であり、むしろ創価学会が加害者だったのです。しかもこれを機に妙信講を宗内から絶縁させたのですから、妙信講は創価学会の謀略にはめられたと言わざるを得ません。
現在この武闘班の役割は、昭和六十三年七月に起きたマスコミ取材班に対する創価学会暴力事件に見られるように、特別警備に受け継がれ批判者を威圧しています。
(池田大作・創価学会の真実:原島嵩:日新報道:2002:p270 )
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保田妙本寺を新しく本山にすると創価学会は広宣流布を為すことができる、世界人類を救済することができると信じるものです。
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先日、脱会した、同じく池田家の家政婦をしていたAさんの話ですが、時たま、池田家の掃除を行い、めったに入れない部屋に入り、作業を行いました。その際に、非常にびっくりしてしまった場面がありました。
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当時は、Aさんは池田センセーのことを無条件で尊敬し、渇仰していたのですから、信仰面に関しては完璧に朝夕の勤行を始め、池田家のご本尊のまわりは荘厳されていると思い込んで、仏間の掃除を始めたのです。
本来、家庭にあるご本尊のお給仕はその一家の中心者が真心から御本尊様をお守りして仏壇の埃を払い「おしきみ」「蝋燭」「線香」を整えて勤行を行うことが正しい信徒の姿なのです。
Aさんがびっくりした場面とは、明らかに池田センセーをはじめ、家族が勤行を行っている気配が感じられなかったことと、仏壇の中が埃にまみれていたことで、大変なショックを受けたというのです。
(池田大作の品格:小多仁伯:日新報道:2007:p184 )
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保田妙本寺を新しく本山にすると創価学会は広宣流布を為すことができる、世界人類を救済することができると信じるものです。
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ガンジーやキング博士がいろいろな迫害を被り、最後は痛ましい暗殺という手段で葬り去られました。
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この二人は、毎日のように暗殺者が屯する会場や集会に生命をかけて出向き真実を叫び続けました。これを「闘う」というのであると思います。一方の池田大作は、五十数年、指導者として君臨していますが、常にマインドコントロールされている学会員の中だけにしか登場できない臆病者で、しかも過度の警備陣に守られながらの立ち居振る舞いだけです。なんで、この不甲斐ない指導者がガンジー・キングと同列に「世界の偉人」となるのか、嗤ってしまいます。
(池田大作の品格 part2:小多仁伯、小川頼宣:日新報道:p15 )
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保田妙本寺を新しく本山にすると創価学会は広宣流布を為すことができる、世界人類を救済することができると信じるものです。
創価学会反池田派またの名を三船敏郎
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西日本のある県では、全員の県議会議員が創価大学OB生で固められています。
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それらの県議会議員には、それぞれ創価大学OB生の息子たちがいましたが、痛ましいことに、ある人は交通事故で亡くなり、ある人は難病で亡くなるなど、皆若くして早死にするという不幸な出来事に見舞われました。周囲の人たちは、この不幸に何か“呪われているのではないか”と語り合っているといいます。
(池田大作の品格 part2:小多仁伯、小川頼宣:日新報道:2009:p38 )
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保田妙本寺を新しく本山にすると創価学会は広宣流布を為すことができる、世界人類を救済することができると信じるものです。
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最近あるところでは新しい本仏ができたようなことを宣伝しておる、ということをうすうす聞きました。大変に間違ったことであります。もしそうならば、正宗の信仰ではありません。正宗の信徒とは言えません。
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(中略)
大聖人様以外に本仏があるなどと言ったならば、これは大変なことである。(中略)広宣流布はしなければならん、けれども教義の間違った広宣流布をしたら大変であります。
(昭和四十九年四月二十五日)
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「允可」とは、一般に、師匠が弟子の悟りに対して、許可を与えることであり、印可とも書きます。
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日蓮正宗においては、信心修行の根本となる「本尊」は、本仏の悟りであり、仏の当体ですから、こと「御本尊」に関しては允可は絶対に必要なのです。
日蓮正宗では、大聖人の仏法を相伝された唯授一人の御法主上人の允可による本尊を立ててこそ成仏が可能なのですから、御法主上人の允可のない本尊は『ニセ本尊』であり、これを拝むことは堕だ地獄の因となります。
創価学会の『折伏教典』にも
「三大秘法抄、観心本尊抄等の御文に照して拝察するならば、勝手な御本尊を拝むことが大きな誤りであることが、はっきりわかるのである」(同書 三四〇頁)
と書かれています。
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「開眼かいげん」とはどういうことですか。
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開眼かいげんとは一般には「魂を入れる」などといわれていますが、書写された御本尊を法によって供養し、魂を入れることです。
日蓮大聖人は『本尊問答抄』に
「木像画え像の開眼供養は唯法華経にかぎるべし」(新編 1275頁)
と仰せられ、『四条金吾釈迦仏供養事』に
「此の画え木もくに魂魄こんぱくと申す神たましいを入いるゝ事は法華経の力なり(中略)画木にて申せば草木成仏と申す」(新編 993頁)
と説かれております。
また、第三十一世日因上人は御消息の中で
「木絵もくえの二像は本と草木にて有り、然しかるを生身の妙覚の仏と開眼したもふ事は大事至極しごくの秘曲なり、日蓮聖人乃至日因に至る迄、三十一代累るいも乱れず相伝是れ也」
と仰せられ、第五十六世日応上人は
「金口血脈には、宗祖己心の秘妙を垂示すいじし一切衆生成仏を所期する本尊の活眼たる極意の相伝あり」(研教 二七-四七四頁)
と仰せのように、本宗において御本尊の開眼は、本門戒壇の大御本尊の功力と、「大事至極」の「極意の相伝」による御法主上人の允可によらなければなりません。
ちなみに学会の『仏教哲学大辞典』では、
「末法における開眼供養は、ただ三大秘法の大御本尊のみによる以外にないのである」(同書 一-五九〇頁)
と説明していますが、今日の学会のように「信心をもって拝すれば、本尊も開眼できる」と指導するのは、大きな誤りです。
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末寺で下付されてきた御本尊は、御法主上人が開眼されたものなのですか。
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本宗における「開眼かいげん」とは、御法主上人の允可いんかによって、本門戒壇の大御本尊の血脈が通じることであり、従来、末寺で信徒に下付されてきた御本尊は、すべて御法主上人の允可すなわち開眼がなされてきたものです。
『大白蓮華』にも
「末法の現在においては、絶対に戒壇の大御本尊様こそ、われわれが即身成仏できる生身の御本仏様であらせられるのであります。また、われわれがいただいている御本尊様も、文底事の一念三千、真の草木そうもく成仏の理によって開眼された、これまた生身の御本仏様であります。この御本尊様こそ、真の木絵もくえ二像開眼の姿でなくてなんでありましょうか。これは日蓮正宗以外の邪宗では絶対になしえないところであり、ただ日蓮正宗のみのもつ深秘の法門であります」(同書 六二-二七頁)と説明していたように、宗門では七百年来本門戒壇の大御本尊のもと、御法主上人によって御本尊の開眼がなされてきたのです。
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学会では「本尊の開眼などは僧侶の権威を高めるための儀式、実際には無用のもの」と指導していますが、どうでしょうか。
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大聖人は『木絵二像開眼之事』に、
「法華を心得たる人、木絵二像を開眼供養せざれば、家に主のなきに盗人が入り、人の死するに其の身に鬼神入るが如し」(新編 638頁)
と、開眼供養をしなければ主人のいない家に盗人が入り、魂の去った死人に鬼神が入ってしまうようなことになると教えられています。
このように日蓮大聖人自ら開眼の重要性を示されることからもわかるように、御本尊の開眼は本宗の伝統法義なのです。
かつて、池田氏は
「日蓮正宗の根本中の根本は、ご存じのとおり、本門戒壇の大御本尊であられる。その大御本尊と日蓮大聖人以来の血脈を代々受け継がれる御法主上人がおいでになり、七百年にわたる伝統法義が厳然とある。この正宗の根本軌道に則った信心こそが、正しき信心であり、無量の功徳があるわけである。みずからの信心の濁りや驕慢から、その根本軌道を失ってはならない」(広布と人生を語る 六-四一頁)と述べていました。
これらの池田氏の指導は、「正宗の伝統法義を守る」ことが「創価学会の根本軌道であり」将来にわたって絶対に崩してはならない不動の路線として示されたものです。
御本尊の開眼は本宗の伝統法義の中でも、最も重要なものです。
それを都合が悪くなると「権威を高めるための儀式」だとか、「無用のもの」などと指導する学会のいい分は、まさに自語相違です。
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聖教新聞には「拝する側の信力・行力によって、御本尊の仏力・法力は発現する。これが本来の開眼の意義である」(H五・九・二〇 取意)といっておりますが、これは正しい考え方でしょうか。
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このような考え方は、大変な間違いです。
なぜなら「拝する側の信力・行力」とは凡夫衆生の信心(観心)であり、「御本尊の仏力・法力」とは御本仏(本尊)の力用のことで、この仏意・機情の二義を同等に論ずることは法義の混乱になるからです。
日寛上人は、『観心本尊抄文段』に「若し観心即本尊に約せば入文の相に違うなり」 (富要 4-222頁)
と、厳しく二義の混同を戒められ、さらに同書に「若し正境に非ざれば、仮令
たとい
、信力・行力を励むと雖も、仏種を成ぜず」(富要 4-228頁)
と、信仰者の信力・行力よりも、正しい御本尊を正境として信仰することが第一番に大事であると説かれています。
もし聖教新聞のいうとおりならば、他宗の人でも信力・行力があれば御本尊の開眼ができることになり、身延日蓮宗の漫荼羅も信力・行力によって正しい本尊に開眼できることになりますが、このような説は前代未聞の愚論というべきです。
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昔は末寺でも、法主の許可なしで御形木おかたぎ御本尊を作って下付していたのではないでしょうか。
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宗門においては古来、御本尊を御法主上人の許可なしで下付したことはありません。
第六十六世日達上人は、『化儀抄略解』の注に「当時は交通が不便であり、戦乱相継ぐ時代である故、日有上人が一時的に末寺住職に許されたことで、形木の意であります。書き判が無ないから決定的でないことを表わしている。現今は絶対に許されないことであります」(達全 1-4-560頁)
と仰せです。
このように御形木御本尊を末寺で作り、下付されたことがあっても、それは特殊な時代状況のもとで、御法主上人の許可を得て、一時的に行なわれたことです。
また、たとえ特殊の事情があったとしても、こと御本尊に関しては、第二十九世日東上人が『当家法則文抜書』に
「仏法を相属して当代の法主の処に本尊の体有る可きなり」(研教 九-七四〇頁)
と教示されているように、本宗では昔から、御本尊に関してはすべて御法主上人の許可が必要だったのです。
今日、学会で御本尊を勝手にコピーし、授与するなどはもってのほかの所業なのです。
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聖教新聞によると「従来は御本尊に関する権能が法主一人に限られたが、現在は『一閻浮提総与』の意味からも法主一人に限定する時代ではない」(聖教新聞 H五・九・二〇 取意)とありますが、それでよいのでしょうか。
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この主張は、創価学会の「ご都合主義」による思いつきの邪説であり、「一閻浮提総与」の意味を歪曲した邪義です。
本宗においては御本尊の大権は、唯授一人血脈付法の御法主上人にのみ具わっており、このことは一貫して不変のものです。「一閻浮提総与の大御本尊」とは、「全世界の人々が信受すべき御本尊」との意味であって、民衆が御本尊の権能を持つということではありません。
そもそも「従来」と「現在」の時間的な立て分けは何を根拠にしているのでしょうか。第六十五世日淳上人はかつて、
「宗門は長い間宗門護持の時代であったが、今後は流通広布の時代と定義されるであろう」(淳全 1620頁 取意)
と述べられましたが、これは妙法流布の相を区分されたものであって、御本尊の権能や僧俗の立て分けを述べられたものではありません。
創価学会では、十数年前に
「御法主上人の御もとに、日蓮正宗の伝統法義を確実に体していくことを、不動の路線とする」(広布と人生を語る 三-二七一頁 取意)
と発表しながら、破門されるや、「今日はその時代ではない」などといって、簡単に「不動の路線」を変更しています。
学会では「不動」という言葉のもつ意味がわからないのでしょうか。ともあれ、このような学会の主張を「詭弁」というのです。
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「城久を衆議院へ出して公明党委員長にしたい。どうだ、みんな応援するか」
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それがやがて「城久は学会の後継者だ」という形で風向きが変わり、池田は次男への政権委譲に着々と手を打った。まず創価大学、創価学園出身者から息子と同世代の優秀な人材を選び「二十七人会」を結成。この集団は学会内部で「ご学友グループ」の異名で呼ばれ、城久君本人も次期後継者の意欲を強めていた矢先であった。
創価学会は「世襲」を禁じた宗教団体である。ところが、池田は用意周到な根回しによって、創価学会は池田家のものであり、池田城久はその池田家の二代目、将来の会長だという既定路線を作り上げ、学会内で暗黙の了解事項となっていたのである。
要するに息子への「会長世襲」は、池田が長年に亘って画策してきた学会私物化の総仕上げであった。学会内に池田崇拝の空気を行き渡らせ、創価学園、創価大学という私兵養成学校で池田家の親衛隊を育て、その現体制の延長線上に城久崇拝をおく。これが密かな池田大作の野心であった。城久君の死という不測の事態が起きなければ、池田の目論見は十中八九実現しただろう。
……
……
池田の息子が死んで助かった、やっと気が楽になった。これまでずっと我慢してきたけど本当に辛かった。お前の子供が死んだのは信心を怠けた証拠だと顔を見る度に池田から説教されたり、皮肉られたり、怒られたりした。それが息子の死で嫌味を言われなくなったというのである。私自身、その現場に居合わせたこともあるが、子を死なせ、病気で苦しむ学会員の不幸を池田は笑いさえした。
(池田大作の素顔:藤原行正:講談社:1989:p264-6 )
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保田妙本寺を新しく本山にすると創価学会は広宣流布を為すことができる、世界人類を救済することができると信じるものです。
創価学会反池田派またの名を三船敏郎
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(弁護人・西川)「特別書籍部の関係なんですけれども、二十一世紀への対話というのでトインビー博士と池田さんの対話があったですね。これが代作であるというのは、どの部分が代作なのですか?」
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(原島嵩)「往復書簡の形を取っておりますが、その往復書簡は、池田さんの問いについての内容、それからまたトインビー博士から質問が来ます。それに対する答えの内容、それを全てまとめた人が桐村泰次さんです。そういう意味です。」
(弁護人・西川)「それから、キッシンジャーへの書簡、これについてはいかがですか。これも書簡の原稿を」
(原島嵩)「それは全面的に松本和夫氏(新・人間革命の著者)がつくったということです」
(法廷に立った池田大作――続「月刊ペン事件」:山崎正友:第三書館:2001:p151-2 )
そして御義口伝講義は池田大作・著となっているのに驚いたが、あれは原島嵩氏が書いたものである。池田大作はあのような難しいものは全く何も書けない。
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保田妙本寺を新しく本山にすると創価学会は広宣流布を為すことができる、世界人類を救済することができると信じるものです。
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『中西氏は「あの人(池田)に諫言しても無駄である」と素直に語ってくれました。私は意を決して、五月中旬から、内部告発にふみきる決断をしました。
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私に同調してくれたのは中西氏ばかりではありません。かつては上田雅一も「原島が池田と対決するときは、私も一緒だ」と言っていました。桐村泰次も、昭和五十四年八月頃、私が本心を打ち明けたとき、「僕も一緒に立ち上がる」と語っていました。野崎至亮(当時、講義部長)も、池田に対する見解は私と同じであり、やがて、池田を告発するための手記の草案について、共に作成にあたってくれました。それ以外にも、私に「やれ、やれ」と言ってくれた人々は、少なからずいます。心ある人たちの本心は、みな私と同じ気持ちなのです。(池田大作・創価学会の真実:原島嵩:日新報道:p34 )』
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ここでもう一度、石田次男の『内外一致の妙法 この在るべからざるもの』を引用したいと思います。
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「池田氏は七月三日に府警へ出頭。その後、拘置所入りして、二十一日間の拘留満期まで頑張り通さず、全面自供をして十七日に出て来た。だからこの後しばらくは会内でも極めて低姿勢を貫いて『<全面自供をしないと戸田先生を引っ張る>と言われ、そうなっては大変だから自分が敢えて泥を被る形を取ることで決まりを付けて出て来ました。法廷闘争で頑張ります』と言い訳をしていた。
だが、正義のはずの法廷闘争から約二十人の有罪者が出たことは、ちっとも正義ではなかったことを物語る。池田氏は自分の連帯の罪をこれら各個人の単発罪であるかのように、偽証で形を整えて、無罪判決を貰っただけだ。
この事件で『戸田先生を引っ張る』と言った地検が戸田先生を引っ張らなかったのは何故か?
……事件を担当した清原次席検事(地検ナンバー2)が断念したからに過ぎない。昔のことで、もう迷惑が及ぶこともないであろうから真相をここに明らかにしておく。
…………(池田大作・創価学会の真実:原島嵩:日新報道:2002:p81-2)
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池田大作は「昭和五十二年路線」の初めから「日蓮正宗の信心」ではなく、「創価学会の信心」を強調し、宗門への攻撃を行っていました。
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一月十五日の「仏教史観を語る」では、一)会館は近代の寺院である 二)在家であっても供養を受けられる 三)学会員は、出家・在家の両義を兼ねる、等日蓮正宗否定の講演をしました。
また、その翌日の第四回伸一会総会では、
「大聖人の場合は人数も少なかった。時代も違う。弟子も少なかった。信者も少ない。そういう意味から言えば楽である。我々の場合には時代は激動である。そしてマスコミもある。陰険な人間ばかりである。大変なことである。しかし一代では終わらない。大聖人の場合は一代で一応終えられた」
と発言しています。まことに恐るべき大謗法の発言です。
自分は、大聖人以上の存在と発言しています。まことに恐るべき大謗法の発言です。自分は、大聖人以上の存在であると、伸一会(池田の後継者の集い)のメンバーに平然と語っているのです。
同様の発言は「大聖人は七百年前に御出現なされた。しかし、全然広まらなかった。創価学会が正しいんです」(同年一月二十六日、インターナショナルの日)
このように、大聖人を見下してまでも自らの絶対化を図る一方で、日達上人のお弟子方に対しては、次々に吊し上げをしていきました。これには、北条、秋谷副会長(当時)、原田稔青年部長、野崎男子部長(いずれも当時)等が関係していました。
もちろん、池田が陣頭指揮をとったものです。僧侶を怒鳴りつけ、「創価学会に感謝しろ」「詫び状を書け!」等と迫り、居丈高に、僧侶の名を呼び捨てにし、一方的に吊し上げたのです。
原田、野崎の二人は、僧侶に詫び状を書かせた後「これでは本当のお詫びにならない」と言って、詫び状を突き返したことがあり、北條浩副会長(当時)は「詫び状を返したなんていうのはとんでもない。昔の青年部の邪宗折伏はそんなものではなかった」と語っていました。日蓮正宗が邪宗と見立てた言辞です。
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ここに原田副会長に宛てた、昭和五十二年十月二十一日の「竹岡文書」があります。それには、「経過について」と題し、
「本年一月より詫び状を取った坊主は以下の通りです。
………………」
…………
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まさしく昭和五十二年は、池田が狂気の路線を突っ走った年でもありました。創価学会は「慧光照無量」と書かれた用紙に個人の名前を連記させ、会館に「位牌」をしつらえて、学会幹部が導師となり青年部が給仕をして法要を営みました。そして「ただいまは池田大作のお力によって慧光照無量の功徳を先祖に回向しました」と、挨拶をしました。
いったい御書のどこに「慧光照無量」の紙片をもって先祖回向をさせよという文証があるのでしょうか。歴代証人のいかなる文献に依ったのでしょうか。結局、池田の思いつきであり、日蓮正宗を衰微させようとする意図以外に考えられません。
御書には「塔婆」に題目をしたためて先祖の回向をせよとあるだけです。しかも日蓮正宗においては、その題目は僧侶でなければ書写してはいけないという化儀があります。御書を軽視し、化儀をないがしろにして、しかも信徒の寺院参詣を妨げることは、取りも直さず、人々を成仏の道から遠ざける“魔”の所業であると談ぜざるを得ません。
特別財務も、昭和四十九年から千四百億円を集める予定でした。全てが学会の思い通りに行くかに思われました。そこへ降って湧いたような事件が持ち上がりました。
昭和五十二年五月三日頃、学会はある重要文書を入手しました。それが民社党の「質問趣意書」でした。
(池田大作・創価学会の真実:原島嵩:日新報道:2002:p141-8)
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フランス下院、創価学会に警告
昭和六十年にフランスの下院は創価学会に対して次のような警告を発しました。
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「今日、私はフランスであなた方の組織の金銭に関する『いかがわしい』関係について、あなたに注意を喚起します。三つの点を取り上げましょう。
一、 会員に金を払わせるための圧力
二、 集めた資金の管理を要求する会員に対する暴力
三、 日蓮正宗欧州協会とフランス日蓮正宗の会計上の混同」
フランス下院は創価学会を「エセ仏教」「セクト」と断定し、同国に於ける金集めに手厳しい批判を加え、池田に書簡を送り、議会で取り上げたのです。学会は「日本の恥」以外の何ものでもありません。
池田の力の源泉は、なんといっても金脈です。しかも、その金の力で、日本国を乗っ取ろうとしているのです。もはや池田創価学会に宗教法人としての自浄作用はありません。日本政府は政党を実質支配し恒常的な政治を信仰の名目で営む同会から、無税の特典を排除すべきです。少なくとも巨大教団にはガラス張りの経理を求め、積立金の利子には課税すべきです。
日大の北野弘久教授(税法学)も「アメリカでは、宗教団体でも営利団体の性格を強めたと認められれば、非課税の優遇処置は取り除かれる」と指摘しています。
「信仰の自由」だからといって、その社会性の側面まで「治外法権」としてはなりません。しかも池田には脱税の疑惑はますます深まっています。「薄く、広く」などといって、一般大衆からのみ税を取るのではなく、甘い汁を吸う巨大教団にメスを加えるべきです。
創価学会の会員も、「功徳」「福運」「罰」といったアメとムチの言葉に踊らされることなく、本当の信仰は利害を越えた人間の魂を磨くところにあることに気付いて欲しいものです。
とりわけ創価学会の金集めが「供養」の名のもとに行われていることも教義上の誤りであり、会員は、勇気をもってこれを拒絶していただきたいものです。
(池田大作・創価学会の真実:原島嵩:日新報道:2002:p183-5 )
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保田妙本寺を新しく本山にすると創価学会は広宣流布を為すことができる、世界人類を救済することができると信じるものです。
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武闘班 また、格闘技有段者を集めた特別行動班(武闘)として、暴力実行グループまで組織されていました。
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昭和四十九年に起きた、いわゆる妙信講学会本部乱入事件は、スパイを潜入させ、本部構内から妙信講を挑発するのに呼応する形で本部乱入をあおり立てました。本部構内に入った妙信講青年部を、逆に武闘で徹底的に打ちのめしたのです。
この武闘グループを「アース隊」と呼び、この時とばかり活躍しました。この「アース隊」は、消化器を持った青年部が妙信講を殺虫剤で駆除するということになぞらえたものです。
この時、創価学会側は被害者を装いましたが、実際にはスパイを潜入させて学会本部乱入を引き起こしたのであり、内部情報を逐一入手し、妙信講の動きも手に取るようにわかっていました。そして弁護士、宗門の首脳を待機させて、暴力を振るったのは、創価学会側の方であり、むしろ創価学会が加害者だったのです。しかもこれを機に妙信講を宗内から絶縁させたのですから、妙信講は創価学会の謀略にはめられたと言わざるを得ません。
現在この武闘班の役割は、昭和六十三年七月に起きたマスコミ取材班に対する創価学会暴力事件に見られるように、特別警備に受け継がれ批判者を威圧しています。
(池田大作・創価学会の真実:原島嵩:日新報道:2002:p270 )
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保田妙本寺を新しく本山にすると創価学会は広宣流布を為すことができる、世界人類を救済することができると信じるものです。
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先日、脱会した、同じく池田家の家政婦をしていたAさんの話ですが、時たま、池田家の掃除を行い、めったに入れない部屋に入り、作業を行いました。その際に、非常にびっくりしてしまった場面がありました。
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当時は、Aさんは池田センセーのことを無条件で尊敬し、渇仰していたのですから、信仰面に関しては完璧に朝夕の勤行を始め、池田家のご本尊のまわりは荘厳されていると思い込んで、仏間の掃除を始めたのです。
本来、家庭にあるご本尊のお給仕はその一家の中心者が真心から御本尊様をお守りして仏壇の埃を払い「おしきみ」「蝋燭」「線香」を整えて勤行を行うことが正しい信徒の姿なのです。
Aさんがびっくりした場面とは、明らかに池田センセーをはじめ、家族が勤行を行っている気配が感じられなかったことと、仏壇の中が埃にまみれていたことで、大変なショックを受けたというのです。
(池田大作の品格:小多仁伯:日新報道:2007:p184 )
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保田妙本寺を新しく本山にすると創価学会は広宣流布を為すことができる、世界人類を救済することができると信じるものです。
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ガンジーやキング博士がいろいろな迫害を被り、最後は痛ましい暗殺という手段で葬り去られました。
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この二人は、毎日のように暗殺者が屯する会場や集会に生命をかけて出向き真実を叫び続けました。これを「闘う」というのであると思います。一方の池田大作は、五十数年、指導者として君臨していますが、常にマインドコントロールされている学会員の中だけにしか登場できない臆病者で、しかも過度の警備陣に守られながらの立ち居振る舞いだけです。なんで、この不甲斐ない指導者がガンジー・キングと同列に「世界の偉人」となるのか、嗤ってしまいます。
(池田大作の品格 part2:小多仁伯、小川頼宣:日新報道:p15 )
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保田妙本寺を新しく本山にすると創価学会は広宣流布を為すことができる、世界人類を救済することができると信じるものです。
創価学会反池田派またの名を三船敏郎
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西日本のある県では、全員の県議会議員が創価大学OB生で固められています。
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それらの県議会議員には、それぞれ創価大学OB生の息子たちがいましたが、痛ましいことに、ある人は交通事故で亡くなり、ある人は難病で亡くなるなど、皆若くして早死にするという不幸な出来事に見舞われました。周囲の人たちは、この不幸に何か“呪われているのではないか”と語り合っているといいます。
(池田大作の品格 part2:小多仁伯、小川頼宣:日新報道:2009:p38 )
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保田妙本寺を新しく本山にすると創価学会は広宣流布を為すことができる、世界人類を救済することができると信じるものです。
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最近あるところでは新しい本仏ができたようなことを宣伝しておる、ということをうすうす聞きました。大変に間違ったことであります。もしそうならば、正宗の信仰ではありません。正宗の信徒とは言えません。
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(中略)
大聖人様以外に本仏があるなどと言ったならば、これは大変なことである。(中略)広宣流布はしなければならん、けれども教義の間違った広宣流布をしたら大変であります。
(昭和四十九年四月二十五日)
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「允可」とは、一般に、師匠が弟子の悟りに対して、許可を与えることであり、印可とも書きます。
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日蓮正宗においては、信心修行の根本となる「本尊」は、本仏の悟りであり、仏の当体ですから、こと「御本尊」に関しては允可は絶対に必要なのです。
日蓮正宗では、大聖人の仏法を相伝された唯授一人の御法主上人の允可による本尊を立ててこそ成仏が可能なのですから、御法主上人の允可のない本尊は『ニセ本尊』であり、これを拝むことは堕だ地獄の因となります。
創価学会の『折伏教典』にも
「三大秘法抄、観心本尊抄等の御文に照して拝察するならば、勝手な御本尊を拝むことが大きな誤りであることが、はっきりわかるのである」(同書 三四〇頁)
と書かれています。
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「開眼かいげん」とはどういうことですか。
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開眼かいげんとは一般には「魂を入れる」などといわれていますが、書写された御本尊を法によって供養し、魂を入れることです。
日蓮大聖人は『本尊問答抄』に
「木像画え像の開眼供養は唯法華経にかぎるべし」(新編 1275頁)
と仰せられ、『四条金吾釈迦仏供養事』に
「此の画え木もくに魂魄こんぱくと申す神たましいを入いるゝ事は法華経の力なり(中略)画木にて申せば草木成仏と申す」(新編 993頁)
と説かれております。
また、第三十一世日因上人は御消息の中で
「木絵もくえの二像は本と草木にて有り、然しかるを生身の妙覚の仏と開眼したもふ事は大事至極しごくの秘曲なり、日蓮聖人乃至日因に至る迄、三十一代累るいも乱れず相伝是れ也」
と仰せられ、第五十六世日応上人は
「金口血脈には、宗祖己心の秘妙を垂示すいじし一切衆生成仏を所期する本尊の活眼たる極意の相伝あり」(研教 二七-四七四頁)
と仰せのように、本宗において御本尊の開眼は、本門戒壇の大御本尊の功力と、「大事至極」の「極意の相伝」による御法主上人の允可によらなければなりません。
ちなみに学会の『仏教哲学大辞典』では、
「末法における開眼供養は、ただ三大秘法の大御本尊のみによる以外にないのである」(同書 一-五九〇頁)
と説明していますが、今日の学会のように「信心をもって拝すれば、本尊も開眼できる」と指導するのは、大きな誤りです。
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末寺で下付されてきた御本尊は、御法主上人が開眼されたものなのですか。
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本宗における「開眼かいげん」とは、御法主上人の允可いんかによって、本門戒壇の大御本尊の血脈が通じることであり、従来、末寺で信徒に下付されてきた御本尊は、すべて御法主上人の允可すなわち開眼がなされてきたものです。
『大白蓮華』にも
「末法の現在においては、絶対に戒壇の大御本尊様こそ、われわれが即身成仏できる生身の御本仏様であらせられるのであります。また、われわれがいただいている御本尊様も、文底事の一念三千、真の草木そうもく成仏の理によって開眼された、これまた生身の御本仏様であります。この御本尊様こそ、真の木絵もくえ二像開眼の姿でなくてなんでありましょうか。これは日蓮正宗以外の邪宗では絶対になしえないところであり、ただ日蓮正宗のみのもつ深秘の法門であります」(同書 六二-二七頁)と説明していたように、宗門では七百年来本門戒壇の大御本尊のもと、御法主上人によって御本尊の開眼がなされてきたのです。
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学会では「本尊の開眼などは僧侶の権威を高めるための儀式、実際には無用のもの」と指導していますが、どうでしょうか。
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大聖人は『木絵二像開眼之事』に、
「法華を心得たる人、木絵二像を開眼供養せざれば、家に主のなきに盗人が入り、人の死するに其の身に鬼神入るが如し」(新編 638頁)
と、開眼供養をしなければ主人のいない家に盗人が入り、魂の去った死人に鬼神が入ってしまうようなことになると教えられています。
このように日蓮大聖人自ら開眼の重要性を示されることからもわかるように、御本尊の開眼は本宗の伝統法義なのです。
かつて、池田氏は
「日蓮正宗の根本中の根本は、ご存じのとおり、本門戒壇の大御本尊であられる。その大御本尊と日蓮大聖人以来の血脈を代々受け継がれる御法主上人がおいでになり、七百年にわたる伝統法義が厳然とある。この正宗の根本軌道に則った信心こそが、正しき信心であり、無量の功徳があるわけである。みずからの信心の濁りや驕慢から、その根本軌道を失ってはならない」(広布と人生を語る 六-四一頁)と述べていました。
これらの池田氏の指導は、「正宗の伝統法義を守る」ことが「創価学会の根本軌道であり」将来にわたって絶対に崩してはならない不動の路線として示されたものです。
御本尊の開眼は本宗の伝統法義の中でも、最も重要なものです。
それを都合が悪くなると「権威を高めるための儀式」だとか、「無用のもの」などと指導する学会のいい分は、まさに自語相違です。
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聖教新聞には「拝する側の信力・行力によって、御本尊の仏力・法力は発現する。これが本来の開眼の意義である」(H五・九・二〇 取意)といっておりますが、これは正しい考え方でしょうか。
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このような考え方は、大変な間違いです。
なぜなら「拝する側の信力・行力」とは凡夫衆生の信心(観心)であり、「御本尊の仏力・法力」とは御本仏(本尊)の力用のことで、この仏意・機情の二義を同等に論ずることは法義の混乱になるからです。
日寛上人は、『観心本尊抄文段』に「若し観心即本尊に約せば入文の相に違うなり」 (富要 4-222頁)
と、厳しく二義の混同を戒められ、さらに同書に「若し正境に非ざれば、仮令
たとい
、信力・行力を励むと雖も、仏種を成ぜず」(富要 4-228頁)
と、信仰者の信力・行力よりも、正しい御本尊を正境として信仰することが第一番に大事であると説かれています。
もし聖教新聞のいうとおりならば、他宗の人でも信力・行力があれば御本尊の開眼ができることになり、身延日蓮宗の漫荼羅も信力・行力によって正しい本尊に開眼できることになりますが、このような説は前代未聞の愚論というべきです。
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昔は末寺でも、法主の許可なしで御形木おかたぎ御本尊を作って下付していたのではないでしょうか。
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宗門においては古来、御本尊を御法主上人の許可なしで下付したことはありません。
第六十六世日達上人は、『化儀抄略解』の注に「当時は交通が不便であり、戦乱相継ぐ時代である故、日有上人が一時的に末寺住職に許されたことで、形木の意であります。書き判が無ないから決定的でないことを表わしている。現今は絶対に許されないことであります」(達全 1-4-560頁)
と仰せです。
このように御形木御本尊を末寺で作り、下付されたことがあっても、それは特殊な時代状況のもとで、御法主上人の許可を得て、一時的に行なわれたことです。
また、たとえ特殊の事情があったとしても、こと御本尊に関しては、第二十九世日東上人が『当家法則文抜書』に
「仏法を相属して当代の法主の処に本尊の体有る可きなり」(研教 九-七四〇頁)
と教示されているように、本宗では昔から、御本尊に関してはすべて御法主上人の許可が必要だったのです。
今日、学会で御本尊を勝手にコピーし、授与するなどはもってのほかの所業なのです。
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聖教新聞によると「従来は御本尊に関する権能が法主一人に限られたが、現在は『一閻浮提総与』の意味からも法主一人に限定する時代ではない」(聖教新聞 H五・九・二〇 取意)とありますが、それでよいのでしょうか。
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この主張は、創価学会の「ご都合主義」による思いつきの邪説であり、「一閻浮提総与」の意味を歪曲した邪義です。
本宗においては御本尊の大権は、唯授一人血脈付法の御法主上人にのみ具わっており、このことは一貫して不変のものです。「一閻浮提総与の大御本尊」とは、「全世界の人々が信受すべき御本尊」との意味であって、民衆が御本尊の権能を持つということではありません。
そもそも「従来」と「現在」の時間的な立て分けは何を根拠にしているのでしょうか。第六十五世日淳上人はかつて、
「宗門は長い間宗門護持の時代であったが、今後は流通広布の時代と定義されるであろう」(淳全 1620頁 取意)
と述べられましたが、これは妙法流布の相を区分されたものであって、御本尊の権能や僧俗の立て分けを述べられたものではありません。
創価学会では、十数年前に
「御法主上人の御もとに、日蓮正宗の伝統法義を確実に体していくことを、不動の路線とする」(広布と人生を語る 三-二七一頁 取意)
と発表しながら、破門されるや、「今日はその時代ではない」などといって、簡単に「不動の路線」を変更しています。
学会では「不動」という言葉のもつ意味がわからないのでしょうか。ともあれ、このような学会の主張を「詭弁」というのです。
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