楽々自適

日々を楽しむ

一関のもち料理 (奥州 旅打ち上げ)

2008年09月26日 08時57分31秒 | 日記
弁慶の墓
金色堂へ向かう月見坂手前に有る武蔵坊の骨が埋葬されていると言われているお墓。
平泉は義経と弁慶の人生最終章の舞台でもあった。


一関名物「一口もち膳」甘いもち・辛いもち。小さいながら深い味わいがある。

平泉を後にして列車で約10分一関で下車、旅の終わりに駅前の「三彩館ふじせい」でもち料理を食す。
一関では冠婚葬祭・おもてなしなどの折々に餅をつく習わしがあり、
その伝統から育ってきたのがこのもち料理。
左から右へ「じゅうねもち・ずんだもち・えびもち」左へ戻って「くるみもち・大根おろし・ごまもち」
下段左から「納豆もち・あんこもち・しょうがもち」
先ずはあんこもちから始まり大根おろしをつまみながら雑煮(左上椀)で締める。
もち料理を味わい、平泉に別れを惜しみながら新幹線にて帰路に向かう。


奥州平泉 毛越寺 旅(その3)

2008年09月24日 09時47分39秒 | 日記
 毛越寺(円隆寺) 金・銀・紫檀を用いた金堂
藤原初代清衡の、仏教を統治の中心に据える姿勢を受け継ぎ、二代基衝が建立。 
円隆寺他の伽藍が浄土庭園に映え、後に「吾妻鏡」は毛越寺を「国内で比較するものが無い霊場」だと見事さを記した。 (トランヴエールより抜粋)

浄土庭園 (毛越寺庭園)
かつてはこの広場でさまざまな儀式や、音曲・舞踊が繰り広げられた。


藤原三代の栄華がここにおいても偲ばれる


藤原三代と奥の細道  旅 (その2)

2008年09月18日 09時58分33秒 | 日記

表参道「月見坂」

ここを上って中尊寺へと向かう。体力不足では、意外ときつく汗を流しての道のりとなった。


松尾芭蕉 奥の細道 「夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡」
(三代栄耀一睡の中にして・・・・・奥州藤原氏や義経の栄華も夢のようにはかない)

平泉は鎌倉に先行する日本初の武士の都。
この時代鎮守府将軍として、奥州17万騎の武士団を統括し名実共に奥州全土に君臨し
一世紀にわたり武家政権を運営。
北は奥州藤原氏・関東中部は頼朝・西国は平氏の三国鼎立の様相を呈していた。
(以上文章トランヴエールより抜粋)


奥州藤原氏 栄華の平泉  旅(その一)

2008年09月10日 21時06分11秒 | 日記

国宝 「金色堂」
奥州平泉「金色堂」は15年ぶり2回目の訪問。
内部の「阿弥陀堂」撮影禁止、せめて当地の案内書を引用し内部の記憶をしっかりととどめておきたい。
皆金色の阿弥陀堂は、荘厳の限りが尽くされ、まさに極楽浄土を現世にあらわしている。
ご本尊は阿弥陀如来。
その前に観音菩薩、勢至菩薩、左右に三体ずつの六地蔵、最前列には持国天と増長天が仏界を守護している。
中央の須弥壇の中に初代清衡公、左の壇に二代基衡公、右に三代秀衡公のご遺体が納められている。

中尊寺

中尊寺本堂
中尊寺は天台宗東北大本山。 ご本尊は阿弥陀如来。