この本、『未来は既に始まった』は、古本として手にしたのを、読むことなく本棚の片隅にあったのです。それが、リタイアして自由な時間が増えたことで、ひょんなことから読むことになったのです。昭和29年5月10日発行となっていたので、ブログのカテゴリーとして「想い出」に入れた自分ですが、これは、自分のなかでは、現在進行形の物語でもあるのです。
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作者はロベルト・ユンクとあり、検索してみると・・・・。ロベルト・ユンク氏は、オーストリアのジャーナリスト・作家(1913年~1994年)。昭和32年(1957年)に初めて広島を訪問したユンク氏は、丁寧な取材で被爆者の苦しみに肉薄して、「廃墟の光―蘇るヒロシマ」(日本語版は昭和36年出版)をあらわしました。日本に縁の深い人物ですが、あまり知られていないかも知れません。ヒロシマを世界に伝えることに半生を捧げました。とあったのです。
戦後生まれの自分は、まだピンとこなかったのですが、この本、『未来は既に始まった』を読むことによって、ロベルト・ユンク氏の思いというか、核にたいする脅威を自分なりに知ることになったのです。近いところでは、2011年3月11日の福島第一原子力発電所事故があります。
それでは、一冊の本『未来は既に始まった』の紹介です。
目次として、・全能への触手・天空への触手・原子への触手・自然への触手・人間への触手・未来への触手・あとがき となっています。
そのなかの「原子への触手」・地獄の一断片より。以下、長くなりますが。
地獄の一断片
リチランド(ワシントン州)
「往来や野原におちているものを、拾うんじゃありませんよ。どんなものでもね。ええ、どんなものでもよ。わかった?」ハンフォード・プルトニウム工場付属の住宅都市リチランドの母親たちは、その子供らにこう言いきかせる。
リチランドでくらす者はだれでも、なにはさておき、まずくりかえし新しく催される、公開の啓蒙講習会で、原子時代の恐るべきアルファベットをおぼえるのである。 アルファ線―原子核から出る陽電気を帯びたヘリウム核。皮膚を浸透することこそできないが、些細な傷口からでも体内に入ると、由々しい傷害を惹起する。 ベータ線―電子。浸透力は小。約三分の一インチ皮膚中に入る。火傷の危険性は大。 ガンマ線―外部から体内深く侵入する。量的には他の種類の放射線より弱くはあるが、その強烈な浸透力のために、防護装備によってふせぐことがきわめて困難である。 中性子―生命の危険がある!極度に有害。各速度に応じて、組織内に深く侵入する。強い放射をうけると、内臓器官が麻痺させられる。
危険にさらされる度合いが大きいほど、それを強力にふせがなければならない。アメリカ上院の特別委員会の席上、第二次大戦中の科学戦力増進局長官コンプトン博士は次のように述べた。「原子力計画中には、かつて人間のくわだてた、最も危険な製造過程がふくまれている」
1942年には、アメリカの原子力専門家たちのうちにはなお、当時ようやく紙上の計画となりつつあった原子工事に従事する労働者たちを、核破壊のさいに生ずる各種の放射線からまもることは、事実上不可能だろう。と考えた者は少なくなかった。それまで全世界において、ひっくるめてわずかに約三ポンドのラジウムが人間の所有となっていたにすぎなかった。今や、≪原子炉≫のなかで、原子破壊作用によって、文字どおり数百万ポンドの、種々さまざまな放射性物質がつくりだされるだろう。ここで、おびただしい量の、生命をおびやかす放射線が、核破壊の副産物または廃物的所産としてつくりだされることは、科学者たちにははっきりわかっていた。そこで、前代未曾有な、厳重きわまる防護装置や安全装置がほどこされねばならなかった。工場保健において、今までおよそ必要だとは夢想だにされなかったような処置である。
ところで、危険はそれだけにとどまらない。ハンフォードの≪墓地≫に、≪埋葬されたもの≫どもは、原子墓地の番人が望むようにはおとなしくしていないのだ。放射能を帯びた≪毒物≫が、地下水や、おそらくまた地層を通って、徐々にではあるが、他のまだ、≪清浄な≫地帯までも侵入してゆくことが考えられるばかりか、たぶんにその可能性があるのである。だから、われわれの生存時だけでなく、われわれの孫や曾孫やもっとあとの子孫の生存時中にも、なおさら厳重に地質学的な地下構造全体にわたって、たえずこれを観測しつづけることは、どうしても必要である。
「この問題こそ」と、ハンフォード地区の工業実験所の一つで働いているある原子科学者がわたくしに語った。「長い眼で見れば、原子兵器の管理の問題よりは、なおもっと重大であるように思われます。というわけは、世界の列強がけっきょく統一されるときがきて、原子戦が現実におこらないですむとしても、それにしてもやはりつぎの事実だけは厳として存続するからです。つまり、われわれは原子の分裂によって、生命を破壊する力を生みだしたのであり、未来の社会はこれらの力を内にいだいたまま、生きつづけなければならぬだろうということであります。ところで、原子の廃物の量が増大するのを制御することは、一世紀ごとにむずかしくなってゆくでしょう。人類がこれまでに創造したいっさいの事物は、どれもこれも、ほどなく消滅し、崩壊し、腐朽してまいりました。それが今やはじめて、われわれは自然に干渉することによって、もちろん不滅とはいえないまでも、われわれの物指からすればやはり不滅に近いあるものを生みだしたのです。この危険な遺産は、ほかのわれわれの創造物が死滅した後も生きのこるでしょう。まさに≪九十九パーセントの永劫≫の一断片であり、地獄の一断片ともいうべきものですよ。」
・続きは次回に・・・・。