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縁の下の眠り猫 ~寝言は寝て言う~

縁の下の眠り猫こと中野泰祐の小休止ブログ
只今フィリピン赴任中!!

前提が違った

2014-03-17 15:48:06 | 日記
こんにちは

春とは程遠い気温のフィリピンで

使用電力の削減をどうしようか

頭を悩ます暑がり猫です





藁をも掴みたいほど

末期的な猫の英語

基本的な教材の他にも

「これだけで」とか

「猿でも」とか

「誰でも」などのフレーズが付く教材も多くチャレンジしています。
(CDを聴くだけでってやつも勿論体験済み)

そんな猫に

再び「○○式英語術」的なメールが届きました。

とりあえず長文のメールを読む猫

胡散臭かろうが何でも良いんです

とにかく英語が上達すればね。

メールにはいかに効果的かが繰り返し訴えられています。

沢山の体験談や

検証データーなど山のような売り文句の数々。

価格は2万弱。

例え英語が話せるようにならなくても

少しでも上達するのなら

猫の英語力を考えれば安い価格です。

お試し気分で買ってもいいかなぁ、

そんな気分になりかけた頃

メールにはダメ押しの売り文句が!!

「中学3年分の英語力さえあれば大丈夫!」

………………

………………………………

………………………………………………

………………………………………………………………

………………………………………………………………………………ポチッ

迷惑メールに登録後、メールは速やかに削除されました。

その英語力がないから苦労しとるんじゃ!

「1週間でマスター中学英語」を

1ヶ月で4回繰り返してもマスターできなかったんじゃい!

あーあ、

やればやるほど

英語が遠のいていくような気がします。

今回は少し挫けそうになった

そんな猫でした。

別に英語が出来ない言い訳ではないよ

2014-03-15 09:53:17 | 日記
こんにちは

最近

「根はいい人」って

「やればできる子」と同じくらい

批判的な言葉なんだなぁ

なんて思った猫です






英語圏で暮らすようになって1年が過ぎ

絶望的だった猫の英語も

ようやく日本人一般の「英語が出来ない」レベルに達した実感があります。

そろそろ次のレベルを目指そうと模索しているのですが、

そんな中思うことは、以前も書きましたが

「英語偏重の日本」への疑問です。

日本に居た頃、

多くのメディアで「英語の必要性」が叫ばれ

「社内の英語公用語化」が持て囃されていました。

帰国した時も

猫の読む経営雑誌には必ずと言って良いほど

「稼ぐ男の英語の勉強法」的な特集が組まれています。

しかしね、

フィリピンで1年暮らしていて

英語(言葉)の重要性は痛感していますが

強迫観念に駆られたような必要性は感じていません。

確かに英語が使えれば選択肢が増えます。

英語が話せて損は絶対にありません。

しかし、それは他の専門知識も同じです。

それら専門知識の有用性は身を置く環境や目指す道によって違います。

確かに英語を使えるようになることで

より活躍できる人もいるでしょう

しかし決して「これからは英語が出来なければ活躍できない」なんてことはありません。

実際、猫の周りには英語を喋る事が出来る人が沢山居ます。

しかし、その多くが世界的に見て「貧困」と位置付けられています。

重要なことは環境作りではないでしょうか
(英語が広く使われているのも、英語圏の人たちの環境作りの結果です)

極論ですが、英語が話せないのなら日本語を話してもらえば良いだけです。

環境に適応することも重要ですが

自ら環境(ルール)を作り出せなくてはいつまでも「勝ち組」にはなれません。

それに、何事も偏重はよくありません。

昔流行った「りんごダイエット」

これで一部痩せた人は居ましたが、

多くの人が体調不良となりました。

では「りんごは体に悪い」のでしょうか?

そんなことはありません。

何事もバランスです

環境や自身の体質体調を考えて実行しなくてはいけません。

判を押したような解決策など存在しません。

「英語」も同じではないでしょうか?

うんざりなのさ

2014-03-14 11:39:46 | 日記
こんにちは

ガラにもなく

ネットの画面をリラックマにした

癒しを求める猫です




日本でまた大きな地震があったようです

しかし、震度5程度では

今の日本では当たり前なのでしょうか?

あまりニュースに出ていなかったので

昼過ぎになるまで気がつきませんでした。

今度は中国地方。

詳しい情報は分りませんが

被害がないことを祈ります。

さてさて、

そんな地震報道の少ないネットニュースでは

現在「虚偽」について盛んに報じられていますね

佐村河内守さんと小保方さん
(なんて読むの?)

事の真相は知りませんし、興味もありません
(STAP細胞の人々を救えたらなぁ、程度)

ただ、見出しだけでもお決まりの

炎上や賠償の文字

NHKが誘導したとか、論文がコピペだとか

嘘は嘘、真実は真実

それだけでいいでしょ。

CDを買った人だって

こんな報道があるまでは

「素晴らしい曲だ」って聞きほれていたんでしょ。

だったら、素晴らしい曲に出会えた真実は変わらないのでは?

例えば「ロマネコンティー」を飲みながらウンチクを語っていたら

実は偽物と判明して恥をかく。

これだって「美味しかったけど偽物だったか、残念だ」

位にしとかないと

怒って文句を言えば恥の上塗りになってしまう気がします。

そして、「ストーリーも一緒に買ったんだ」って言うなら

実は嘘でしたっていうオチのストーリーだっただけです。

論文のコピペだって

そんなの目くじら立てることでしょうか?

「博士論文でありえない」っていうけど

無事に通ってしまったのだから仕方がありません。

「資格」なんて「認められた証拠」ってだけです。

テストなんかもカンニングが存在し

認められていないことであり、見つかれば当然罰を受けますが、

中には掻い潜る人もいます。

入試などは、それにより落とされた人がいる訳ですから

怒る気持ちもわかりますが、

他人から無差別に責めを受ける類の問題ではないように思います。

学会に発表したことにより

理研及び今回の発表チームの評価が落ちるという責任ですむのではないでしょうか?

もっともっと、気にしなくてはいけない事があるはずです。

地震のことも然り、

せっかくの情報ツールを下らない内容で埋め尽くされて

猫は少々ご立腹です

新食材です

2014-03-12 13:39:46 | 日記
こんにちは

徐々に

フィリピンらしい暑さになり

うんざり猫です





先日、フィリピン料理の「カリカリ」を食べました

名前や見た目はカレーに似ていますが

ココナッツオイルとゴマペーストを使った少し甘い煮物です。

ご飯に甘いものを食べることがあまり好きではない猫は

めったに食べないのですが、

その店のカリカリは見た目が美味しそうだったので

注文してみました

するとどうでしょう?

他の店で食べた物と違い

あまり甘くない

しかも、柔らかく煮られた筍が

少し香りは物足りなかったけど、とっても美味しかったのです。

「おお、フィリピンで初めて筍を食べたけど、旨いなぁ」

そう呟くと、一緒に食べていた友達が

「いや、それバナナの芽だから」

………なぬ?

バナナの芽?

「こっちでローカルが好む安価な素材だよ」

なんてこった

思わぬところで初体験です

いやぁ、これがバナナの芽

しかも安価ですか。

これは是非にでも調理にチャレンジしなくては!

食後の帰り道

市場で見てみると

まるで皮を剥く前のトウモロコシです

ってか、ずっとフィリピンのトウモロコシだと思っていました。

今度、これを使って筑前煮もどきを作ってみようと思います

楽しみです

あれから3年、3.11

2014-03-11 11:22:45 | 日記
こんにちは

またひとつ

釣りの準備が進んだ猫です




3.11

当時、横浜にいた私は

体験したこともない揺れと

異様な形をした雲を今でも思い出します。

徒歩で帰宅する人々や

商品がなくなるコンビニ

東北に比べれば大したことはなかったのだと思いますが

自然の驚異を実感した日です。

あれから3年

被災地の現状を知ると

支援活動のあり方を見つめなおす必要を感じます。

それは指揮する側もされる側も

そして支援される側もです。

特に気になるのは

「正論による弊害」です。

復興の為に行わなければならないことは多岐にわたり

膨大な作業量です。

こういった状況は復興に限ったことではありません

勉強でも仕事でも同じです。

月曜の1時間目

例えば数学だとしましょう。

週の最初の授業科目

では、この場合の数学は他の教科より優先されたということでしょうか?

決してそういうわけではありません

決められた授業時間、他のクラスの授業、教師の人数

これら多くの問題の中で効率よくスケジュールを組んだ結果です。

こんな単純な話でないことはわかっていますが

政治家やマスコミそして各種団体が

「この分野の復興がなされてない」

「この地域の復興が遅れている」

「この問題が蔑ろにされている」

という「正論」を叫ぶ結果

「均等に平等に迅速に復興しなければならない」

という絵空事に近い目標が生まれ

結局なにも出来ないでいる。

一瞬で解決できない問題なのだから

指揮する人は強いリーダーシップと

明確かつ実現可能なプランを実行すべきです。

そしてそれがなされている間は

各種「正論」は我慢すべきです。

プランの中に不平等があったとしても

指揮する側に利権誘導があったとしても

それで復興が進むのなら

進まない正論よりずっと良いと思うのです。

皆さんはどう思われますか?