
残暑お見舞い申し上げます

皆さん、今年のお盆は如何お過ごしだったでしょうか?
既報の如く、私は師寮寺のお盆の檀務に奔走しておりました

今年は特に暑いお盆でしたが、熱中症など大丈夫でしたでしょうか?
来年以降は、事前に水分を多く摂るなど、くれぐれも注意してまいりましょう!
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皆さん、増田太郎さんって知ってますか?
全国で「講演ライブ」を展開している目の不自由なミュージシャンの方です。
5歳でヴァイオリンを始め、20歳の時に弱視であった視力を失いますが、ヴァイオリンを弾きながら歌うという氏独自のスタイルで、精力的に音楽活動を展開しております。
通常のコンサートに加え、自治体や企業、学校等を対象とした「講演ライブ」で全国を精力的に駆け回っているそうです(音楽CDの他にエッセイなども出版)。

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お盆明け最初の日曜日の昨日、以前拙ログでも紹介した明るい寺子屋「つるりん学校」にて、この増田太郎氏が講師を務める特別授業(講演ライブ)が催されました。
第一回の特別授業以来、なかなか出席できなかった私でしたが、昨日は久々に顔を出す事ができました。
いや~、増田太郎氏のライブもさることながら、スタッフ(常円寺の檀信徒の方々など)一丸となってイベントを遂行するその姿勢は圧巻でさえありました。少なくとも、これ程までに檀信徒の方々を巻き込んだお寺の事業は今まで目にした事がありません。予想をはるかに上回る事業の規模に只々圧倒されっぱなしでした

この増田太郎氏の活動や「つるりん学校」に関しては、それぞれのホームページを参照して頂く事として、今日は「講演ライブ」が終わって挨拶に立った校長先生の一言を紹介したいと思います。
既述した通り、増田太郎氏は20歳の時に弱視であった視力を完全に失います。
その事により、荒れていた時期もあったらしいのですが、不撓不屈の精神にて今のスタイルを視力を失ってから作り上げたそうです。
校長先生は述懐します。目の見えない彼の瞳には、きっと我々以上の素晴らしい世界が映っているのであろうと―。
この言葉の意味は、氏の音楽に魅入られた人なら素直に納得のいく言葉です。
何もここで言う「目の見えない彼の瞳に映る世界」というのは、今流行のスピリチュアルな世界を指して言うのではありません。
単純に、会場の熱気から伝わる観客の方々の満面の笑みや、裏方さんの額に光る汗といった些細な光景かもしれません。がしかし、ややもすると目の見える我々が見落としてしまいがちな世界を指して言うものかもしれません。
いや、正確に言えば、今の時代に生きる我々が蔑ろにしてしまいがちな世界とも言えましょう。人と人が手と手を取り合って何かの形を為していく際に、欠かす事ができない「人の輪」の象徴な様なものを感じました。
目の見える我々は、ややもすると目に飛び込んでくる過多な情報に心が惑わされ、時に不平不満ばかりが先立ってしまう現実があるものと感じます。
要は、「見える」がために本来見なくても良いもの(惑わされなくても良いもの)に心奪われ、色欲による渇愛に悩まされる事が多いのではないでしょうか。
増田太郎氏からのメッセージには、見えない事により観えてくる世界の尊さを再評価し、見える事により心惑わされてしまう事への警鐘が鳴らされている様にも感じました。
氏の音楽に触れると、ふと「見える事が本当に幸せなのか

「見える・見えない」は別として、我々は見える事により心奪われる世界よりも、見えなくても観える世界の方を大切にすべきだと教えられた今回の特別授業でした。
増田太郎氏の今後益々のご活躍と、明るい寺子屋「つるりん学校」の益々のご発展を心より祈念申し上げます。



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