「備後・福山」歴史の街

広島県東部の地域は、古代以降「備後国」と言われていました。その「備後・福山」から郷土の歴史を含めた情報を発信致します。

「一荷合力(いっかこうろく)」

2020-11-13 17:22:36 | 福山歴史研究(文化財と歴史)
 備後南部地域には、「一荷合力(一荷合力)」と言う言葉がある。
 それは言葉だけでは無く、実際に現在も行われている。

 どの様な事かと言えば、地域の住民が、共同・協力精神で、
地域の事業や作業に取り組み、事業を行う事である。

 例えば、農道や地域の道路等の工事の折、
行政から資材を受け取り、
その作業を地域の住民で作業を行い、
作業を完成させる事である。

 この慣例の始まりは、
「青年の父」と言われている
「山本瀧之助」が大正時代に、当時の若者達が、
地域で取り組んでいた事業を奨励し、
広く世に広めた事から始まっている。

 その方法を旧沼隈町時代にも引き継がれていた事が、
福山市に合併後にも、引き継がれ現在にも脈々と続いている。

 当時の「青年団」の意気込みが今にも伝わっている。
 
 今回は、地域の農道の整備を行った。
 

作業状況


作業状況


作業状況


作業状況


作業状況

最新の画像もっと見る

コメントを投稿