ふじもん先生ブログ「世界のリアルをお届けします」

株式会社グローカルアース代表のふじもんが、世界のリアルと日々の活動をお届けします。

フィリピンの話 其之4「フィリピンはあの戦争の激戦地だったいう話」

2019-05-20 18:17:57 | 日記
2019年5月20日。


今の日本人のフィリピンへのイメージってどんなんなんだろう。

海が綺麗なリゾート地?

安い語学留学の行き先?


色々あると思いますが、今回のフィリピン旅の目的の1つは「あの戦争の激戦地だったことを心で知る」こと。


それを知る場は随所にあった。


今回、絶対に訪れようと決めていたのは、あの悪名高き「バターン死の行進」で有名な、バターン半島。


現地に行くと、こんなモニュメントがある。






そして、「バターン死の行進」が始まったとされる場所には0kmポストがあり、






それから1km毎に、モニュメントが置かれ続けている。


バターン死の行進については諸説あるし、日本軍は本当に悪かったとか実はアメリカのプロパガンダだとか色々ありますが、

ここではそういう話はさて置き、


フィリピンは、あの戦争の激戦地だったという事実、

他国の戦争に巻き込まれ、国内を滅茶苦茶にされたという事実、

しかもしれは第2次世界大戦だけでなく、もっと前から植民地支配をされていたという事実、


色々あるんですよね。


バターン死の行進0km地点の近くにある名もなき村で、僕は一夜を過ごした。

道を聞いたおっちゃんが大変親切で、バイクであちこち案内してくれたのだ。


僕はおっちゃんに、日本のことをどう思っているのか聞いてみた。


「かつては日本は大嫌いだったよ。俺たちの国を滅茶苦茶にしたんだから。

でも、それは日本だけのせいじゃない。そして若い人には関係ない。

若い人は、日本へのイメージは良いよ。もう戦争は終わった。大事なのはこれからだからな。」



その夕日は、半端なく綺麗だった。




きっと日本軍もアメリカ軍も、いつ死ぬかも分からない恐怖の中で、

こういう美しい夕日や綺麗な海を眺めていたんだろうなぁ。


日本軍とアメリカ軍が激戦を繰り広げたという、ある丘にある記念碑。




そこにある博物館にも、当日の様子を物語る遺物がたくさんあった。

日本語でそのまま残されているものも多い。






そんな現実がついこの前あったばかりなのに、

今の日本とフィリピンの関係は決して悪くはないようだ。

フィリピン人の対日感情も、決して悪いわけではないようだ。


それがまた不思議であり、歴史の見方を右往左往させたりもする。


ミンダナオ島で訪れたのは、かつて日本兵が基地にしていたという洞窟。




日本兵の人形が置かれ、当時の様子を如実に伝えている。






しかしここでも、決して日本人である僕に悪い対応をしてくるわけではない。

日本の文化を紹介するかのような人形も、入り口には置かれている。


色々あったのだろう。しかし、今を生きる「現在の私たち」に対して、

温かい対応をして下さることは、本当にこの上ない感謝である。



戦後間もなく75年。

その節目の年に、東京オリンピックも開催される。


ほとんどの日本人が、いわゆる「戦争を知らない世代」になってきた。


でも世界中で、今でも日々戦争は起きている。

「戦争を知らない世代」なんて、日本をはじめとした一部の人たちだけなのにね。

世界中のけっこう多くの人が、今でも「戦争を知る世代」なのにね。


平和ボケできる日本人は良いことなのか、それともただの危機感をなくしたバカな国民なのか。


色んな意見や考えはあるでしょうか、ここで大切だなと思うことは、


「フィリピンは、あの戦争の激戦地だった」ということを、今一度心に刻んでおくことかなと思うのです。


毎年たくさんの日本人がフィリピンを訪れ、

また逆に、たくさんのフィリピンの方々が日本を訪れてくれているのだから。


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