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新 ・ 渓 飲 渓 食 時 々 釣 り

魚止滝のずっと手前で竿をほっぽり
ザックの中身をガサガサまさぐる男の日記

乗り鉄ひとり旅も楽しんでいます

大人になったら、したいこと・・・奥尻島①

2014-06-20 12:19:11 | 旅行、食い歩き

この島へ一番来たがっていたのは父だ。酔うと奥尻のウニと海への憧れを話してくれた。やがて僕自身が奥尻島に興味を持つようになり島旅の計画をたてたが、前日に都合が悪くなり急遽諦めざるを得なくなったのは1993年7月11日のことだ。翌12日22時17分、奥尻島を烈震が襲った。北海道南西沖地震だ。

タラップを降り島の地面を踏みしめると感激が爆発した。21年もの間、想いを抱き続けてきた奥尻島に僕は今、いる。

ほとんどの乗客は迎えの自家用車に乗り込み、21時の港はあっという間に淋しくなった。港近くの宿に向かう。荷物を置き夜の街へひとりくりだす。なんだろ、どこかローカル線の中規模な駅前を散策しているような、そんな錯覚をおぼえるのは街の明るさが離島の不安を消してくれているのだろう。数件の中から寿司屋を選び暖簾をくぐると70代の大将がカウンターへ招いてくれた。すぐにうち解けることが出来たのは大将の朗らかで温かい人柄に相違ない。寿司を握る姿はまさにいぶし銀、手際良く握られた寿司が皿に並べられた。まずはウニだ!ガリでちょちょいと醤油をぬりひと口で喰らう・・・思わず顔をあげると目を細めた大将がいた。このひと握りだけで奥尻に来て本当に良かったと思える、それほどまでの美味さだった。この店は地震の前年に新築したそうだ。幸い店は被災からまのがれたそうだが、苦労をされたことは間違いの無いことだろう。大将、女将さん、ごちそうさまでした。

11時半店を出る。テトラの隙間から洩れるのはいか釣り漁船の漁火。空をも照らす幻想的な光景にしばし酔いしれ、島唯一のコンビニでカツゲンを買い宿に戻る。長旅の疲れと、緊張と、酒の酔いに、口の中でとろける奥尻ウニのようにふわっと眠りの世界へおちた。

  

 

 翌朝、6時50分発江差便を見送りに行く。女子学生とその親友達であろうお別れのシーンがあった。なんだかほっこりして僕も陰から手を振ったら、女子学生の隣の男性が手を繰り返してくれた。あなたじゃ、ないんだよ~。

   

路線バスで島内を散策。どんより雲だが幸い雨は堕ちてこず、奥尻ではこれを“晴れ”と呼ぶそうだ。親切な運転手の方が風景の説明をしてくれた。どかない工事車両の説明もしてくれた。途中小中学生が数人乗車したが、どの子も気持ちの良い朝の挨拶をしてくれた。この運転手の方は高校生の時に地震を経験したそうだ。以来島内から出なかったのは、きっと島を守る強い意志があったのだと思う。あったかい人だったなあ。バスに揺られる間中、海の景色に釘付けだった。

1時間後、終点の神威脇に到着。ここには旅の目的でもある温泉が沸いている。朝8時、早速入浴。薄茶濁りの湯は少し熱めで朝風呂にはもってこいだ。窓の向こうには神威脇の海と漁港の風景がひろがっている。二艘停泊しているヨットはどこから来たのだろう。それにしても気持ちがいいなあ。東京の会社が発行する全国離島の温泉本でこの神威脇温泉は第7位に選ばれたそうだ。夕陽を見ながら湯に浸かる至福はなんともいえないだろ。地元の方と話をしたかったけど、残念ながら誰も風呂には現れなかった。

   

   

レンタカーで島周りするのが一番なのだろうが、風呂上がりや昼飯時にビールも飲めない旅など、僕にとっては屁みたいなものだ。休憩所で寝転がっているとおばば様7人衆が到着。青苗地区で一人暮らしをされている未亡人同士のお仲間だそうだ。送迎付き500円で週に何度かこの温泉を楽しまれていると話してくださった。米粉団子と自家菜園のイチゴをたっくさ~んくださった。この量には困ってしまったが、嬉しかった。このイチゴの赤色は一生忘れないと思う。いつまでも、誰ひとり欠けることなくずっと元気でいてくださいね。おばば様との最初の挨拶はやはり、「こんつわ」だった。

   

   

帰りのバスの時刻まで港をふらふら歩く。岸壁の上に立つ石像は震災後奥尻島の復興を願い彫刻家流政之氏によってたてられたそうだ。著者は忘れたが『わが奥尻島』を読みこの石像を見ることを目標にしていたが、遠いのであっさりやめた。

風呂から見えたヨットの方と話をさせていただいた。仕事人生を終え、夢だった日本一周をされている途中にこの神威脇へ寄港されたそうだ。 ラメール号、かっこいいなあ。横浜にお住まいで、なんと奥様の実家は僕の家から歩いても10分足らずのご近所さまとのこと。この北の離島でものすごい確率の出会いだなあ。

 

まだ続くのよ

 


大人になったら、したいこと・・・路線バス 木古内・江差線に乗って

2014-06-19 12:13:36 | 旅行、食い歩き

長いトンネルを抜け、最初に停車した駅は北海道新幹線開通に向けて大規模な開発に追われていた。改札や待合所はローカル線の似合う雰囲気を保ってはいるが、この駅から西へ向かう列車はもう存在しない。この5月11日で廃線となった江差線に僕はついに乗ることが出来なかったのだ。それでも翌12日には函館バスにより木古内・江差線が運行され、今日僕はこのバスで夢の地をめざす。

国道沿いの定食屋の暖簾をくぐると多くの地元客で賑わっていた。近くの知内町はカキの名産地なのでカキミックスフライ定食と黒星を注文するやそのボリュームに度胆を抜かされる。大振りカキが4つ、エビフライ2本、ヒレカツ、松前漬け、玉子焼・・・う~む、嬉し過ぎるぞ!いよいよひとり旅が始まったのだと、そんな実感が一気に沸き立った。

海を見に行く。なにもないが、それがまた良い。静かな波の音は子守唄、すっかり熟睡してしまったようで慌てて時計を見ると、バス発車時刻までまだ2時間もあった。

暇だ、閑だ、ヒマだ。しかし時間潰しの達人としては時間に潰されるわけにはいかない。こんな時は駅に戻り地方ポスターいびりを楽しむに限る・・・・・・

ココロをカタチにだと?多くの人は学生さんの優しさに騙されることであろうが、実は美女に対する学生さんのシタゴコロが見事なまでに表現されたこのポスターは間違いなく大傑作である。青年よ大志を抱けもとい青年よ野望を抱けなどの名言をも彷彿とさせる言葉を作者は伝えたいのだ。その言葉とは・・・『青年よココロのカタチはいつもチョメチョメ!』 

むかしむかしの私に会っただと?こんな行儀のいい正座ガキなどいるわっきゃないべさ。大体いつどこで会った?ずっと昔の江差だと?笑かすなよバカチン!障子の上に換気扇が写っておるけどそんな昔にあるわきゃないべ!君は逆に猫背であぐらかきでひねくれたウソつきのハナタレクソガキだったに違いないな。

ところで、僕の精神年齢、このままでもいいのかしら?

   

路線バスは江差線沿いを走る。レールはすでに錆び付き、踏切跡は砂利で埋められた淋しい風景。それでも路線内で戯れる狐や狸、小鹿の姿は心を和ませてくれた。湯ノ岱駅で途中駅下車。天の川を渡りたどり着いた通称湯ノ岱温泉は憧れの湯だ。先客はおらずのびのびと湯に浸かる。少し塩気のある味、鉄分のような独特の臭い、身に纏わる気泡、床にへばりついた波模様は強い成分の証・・・ああ、素晴らしい湯だ。35度はジャグジー、他に38度、42度と3つの湯船で長湯を楽しむことが出来た。やはり旅の楽しみに温泉は欠かせない。

駅に戻る途中、猫と遊ぶおばあちゃんに会釈すると、「こんつわ」と笑顔を返してくれた。些細だけどこの旅で初めてのふれあいだった。

レールの終点は江差駅、だった。もう聞こえない電車のガタンゴトン。今となっては地域の方々に不便の無い選択であったことを願うばかりだ。駅舎でバスを待つ間、静かな雨が降っていた。

   

   

  

江差バスターミナルで函館行きに乗り換える。姥神FT前で下車するとすでに港にはフェリーが入港していた。出航はどしゃ降りの中だった。諦めてはいたが19時過ぎに外へ出てみると、薄らだがそこには沈む夕日の赤があった・・・やっとここまでこれた、もうすぐだ・・・ずっと思い続けていたその島へ、僕は向かっている。

   

続くんだ 


青春18きっぷ・・・会津若松

2014-03-25 11:26:03 | 旅行、食い歩き

17時半、駅前ホテルにチェックイン。 ベッドに横たわり背筋を伸ばすとボキバキッと体中が悲鳴をあげた。このクゥ~ッ感がたまらない。

早速会津若松夜の街へ繰り出す。すでに『八重の桜』ブームは下火になったのだろう、人影もまばらな静かな通りに赤ちょうちんを発見。店名の漢字は読めないが、なんともそそられる酒場だ。暖簾をくぐると想像通りの空間が出迎えてくれた。カウンター奥にすらりと並べられた日本酒。いいぞ~!元気過ぎず丁寧過ぎずあたたかい「いらっしゃいませ」の店主の声。いいぞ~!カウンター席に通されると早速お通しが配膳される。僕は『通』ではないので季節の酒をおまかせで注文すると『花さくら』という薄にごりをすすめられた。発酵途上のぴりり感は冬のなごり、薄ら白色は雪解けの会津平野の風景、口にひろがる爽やかさは春の風か、田んぼのあぜ道に顔を出した蕗のとうを想わせる。感想をねだる店主の顔にそうこたえると蕗味噌を出してくれた。最初の一杯目にこの『花さくら』をチョイスしたおもてなしと人柄が素晴らしい。次の酒を聞かれ酒も肴もガツンとしたものをお願いする。なるほど、こうきたか!純米タイプの『磐城 壽』と鮭トバ酒浸しの組み合わせは互いに力強い味だが主張し合うでも譲り合うでもなく、こっちをつまめばこっちを飲みたくなり、こっちを飲めばこっちをつまみたくなる、併存するこの調和は素晴らしい。いいぞ~!会津若松と言えば桜肉は外せない。しかし僕は尻屋崎の仔馬のあの瞳に惚れて以来桜肉が食べられなくなってしまった。しかしとて、ここまで来て喰わずに帰れるかと迷った挙句に桜串焼を注文。ここで店主が好みの酒を聞いてきたので、「嬉しくて楽しくて、安いお酒」とこたえる僕。「お客さんはほがらかに美味しそうに飲みますね、どちらから?」と、なんだか誉められたようで照れ笑いしながら神奈川ですとこたえると、すぐに返ってきた地酒の銘柄と僕の行きつけの店名。「へえ羨ましい!あの店は私の中でも三本の指に入る名店で3回も通いましたよ」と店主の言葉に、やっぱり誉められたように照れ笑う僕だ。ひこにゃんは彦根からいらしたお客さんのお土産で、箸袋の絵はお客さんのお嬢ちゃんが書いたそうだ。「嬉しくて捨てられないんです」と笑う店主は二代目でまだ若い。僕の1.5倍ほどの図体は話も動きも軽快なフットワークだ。酒、いいぞ~!肴、いいぞ~!店主、いいぞ~!何度もいいぞ~!と唸りながら会津若松の夜は更けていったのだ。

  

   

 

近くの銭湯に行く。夜の湯は体を癒し、朝の湯は元気を満たすとは言ったのもだ。こうなれば明日は朝寝朝酒朝湯も楽しみ小原庄助を気取るしか、ない。 

ちょっとだけ観光した。駅前から市内巡回バスにのり鶴ヶ城で降りるつもりもおじじおばば様方ばっかだったので、東山温泉で朝湯を浴び、またバスに乗り終点飯盛山で下車。白虎隊の自害した場所で会津若松の街を見下ろし、さざえ堂なる螺旋の変テコな建造物を見上げ、またホテルに戻ると窓ガラスに虫がとまっていた。なんとなく見覚えのある虫だったが、無視した。今年はまだ釣り欲が沸いてこない自分に、ジジイになったなと独り言を言った。

   

 

宇都宮のグリーン車で会社お偉方風4人のじじい様方が隣でわいわい楽しそうに飲んでいる。みんな真っ赤っかだ。同級生同士の旅行だったようで、スナックのママさんは美人だったとか、お前はもう役に立たんだろとか、昨日のハムカツ美味しかったねとか、お前昨日の金まだ払ってねえぞとか、飼い犬に噛まれてショックだったとか、AKBの中で誰が好きだとか、ピンクレディーはミーちゃんケイちゃんどっちがいいとか、宝くじ当たったら何に使うとか、この前寝小便しちゃって自分で布団干したんだとか・・・そんな会話に、男はいくつになってもガキのままでいいのだと安心させられた。会話が途切れると、お前なにか面白い話をしろとひとりを責めたその男の顔が・・・クボラーマンそっくりだった。

次は七日町周辺の街並みをのんびり歩いてみよう。

栃木のレモン牛乳はミルクセーキのようなどこか懐かしい味がした。

 

おしまい

 


青春18きっぷ・・・只見線

2014-03-24 11:24:51 | 旅行、食い歩き

瀬戸内の海が見たかった。小島に渡り港の猫と戯れ、島の食堂で昼酒を楽しみ、疲れを癒す・・・そんなのんびり旅がしたかった。

それなのに、ああそれなのに・・・

出発当日の朝、腰痛で起きられず2泊3日の旅をオシャカにしてしまった。

しかし、どこかには行きたい。1日安静を決め込むと腰痛はなんとか軽減し、ならばかねてから憧れていたローカル路線に乗ってこようと月曜の一番列車に乗り込んだ。

高崎始発の列車には大きな荷物を持った学生客が目立っていた。春休みを利用し仲間同士でスキーやスノボ、登山を楽しむのだろう、みんな良い笑顔をしている。しかしとて僕の座る4人掛けボックスシートの斜め前に座ったのはやたらふてぶてしい態度の会社員だった。漫画本など読みながら時々ヒヒヒッと笑いやがる気持ちの悪い僕よりデブチンなその男は臭い足を僕の横に放りだし鼻くそまでほじくってやがる。これはイヤだ。気にせずに寝てしまおうと目をつぶりウトウトしはじめた時に、ガハァ~ガハァ~ガ・・・ハァ~といびきが僕を起こす。その男の寝顔はそれは酷いものだった。白眼、ほじくった鼻にへばりついたクソ、だらしなく開いた口・・・カバだ!カバがいる・・・そう思ったら、こいつ、嫁さんいるのかな?なんて憐れむ気持ちが芽生えてしまった。途中駅に着くとガバッと起きて、そして男はいなくなった。シートの残り香が嫌だったので、僕は席を変えた。

水上で乗り換えると女子高生らしき3人組に囲まれた。ひとり旅の僕としてはどうしても彼女たちの会話に耳を傾けてしまう・・・「合宿所ってスキー場から近いの?」「少し離れてるけど送迎してくれるよ」「温泉?」「ちげ~よ。狭い風呂で臭いんだ」「なに臭いの?」「なんかわかんないけど、海藻臭い」「海藻?想像つかない」「なんちゅうか、ワカメの臭いかな!」「ワカメ?、そりゃマジ~んじゃね?」「だれか〇〇〇洗わないで入ったんじゃね?きゃはは」・・・・・・この会話はいけないぞ!君たちは女の子なのだし、ましてや〇〇〇の部分をモロに言っては駄目でしょ。君たちにとっての僕は関心のないただのおじさんなのだろうけど、存在すら無視されるのはとっても困ってしまうのだ。それでも根っこは優しい3人組でお年寄りにさっと席を譲るところは感心だ。“次はイワッパラ~”の車内アナウンスにきゃっきゃ笑っていた子が下車する際に『あざぁ~す』と挨拶をくれたことが少し嬉しかった。

11時11分小出駅到着。目当ての食堂へ向かう途中の風景をしばらく眺めた。広い流れと遠くに雪を残した山々・・・春の陽気がほんわかと気持ちいい。この食堂を訪れるのは二回目だ。朝から何も口にしていなかった僕は今なにが食べたい?僕は胃袋になにを入れたがっている?ラーメンか?この店のラーメンは確かに美味い。しかし今はもっとガツンとしたものを僕は求めている。そうだ、今の気分は肉だ、肉を食おう。しかも定食類だ。それにしてもこの店は本当に居心地が良いなあ。

駅前のタクシー会社で飼われているジャック君がじゃれついてきた。可愛いなぁ、会社の方に声を掛けて写真を撮らさせていただいた。酒を買いこみ列車に乗り込む。13時10分、いよいよ呑み鉄発車~!

 

  

ガタンゴトン、いいぞ! 景色、いいぞ! 酔い心地、いいぞ! トイレもあるし、いいぞ!

只見線は、いいぞ満載のローカル線だ。 

    

   

  

代行バスに乗り換えるため只見駅で下車。おや?僕は以前この駅前の風景を見た記憶がある。いつこの地を訪れたのかを考えても答えは出なかった。ただ、思いもよらぬ懐かしさは旅の良い思い出になった。

駅前から代行バスはすぐに発車。今は使われていない線路には雪がつもり、鉄橋部分の鉄柵は歪み、いたるところで河川工事が行われている車窓からの風景。この土地にも被災された方々の苦渋や悲しみ、努力、希望が滲みている。

平成23年7月、新潟・福島を集中豪雨が襲った。只見線沿線の被害も甚大で、現在は只見~会津川口駅間を代行バスで結ばれてはいるものの、乗り継ぎの不便さから通勤、通学、通院等に支障をきたしている。廃線の危機に陥った只見線ではあるがごく最近存続されることが決まったようだ。ただ全面復旧の目処はいまだたってはいない。

  

  

会津川口から再び只見線へ乗り込むと窓枠に見つけた『もう一度あの愛を たかし17才』に、落書き妄想家の血が騒いでしまう・・・騒いでしまう・・・騒いでしま・・・う~む、だめだ、妄想出来ない、愛などといった露骨な漢字はどうにも苦手だ。最近じゃ使ったことも思い描いたこともねえ。愛ってなんだ?素晴らしいのか?命を掛けてと誓っちゃうのか?素敵な思い出残しちゃうのか?同じ花を見るて美しいと二人で言っちゃうのか?心と心が通っちゃうのか?赤とんぼの唄を歌っちゃうのか?もしかしてだけど、赤とんぼはトウガラシなんじゃないのか?あのねのねか?清水国明の『湯のまち放浪記』なら毎週見ているぞ。だめだ、だめだだめだ、17才のたかしは愛を知ってる。それなのに、ああそれなのに53歳の僕は愛知らずのおじさんだ。いや、正確に言えば忘れた。しかしな、僕はヘッコやヘッぺ、グリグリなら知ってるぞ。たかしよ、お前は知ってるか?ヘッコやヘッぺ、グリグリのほうが愛なんかよりずっとずっと大切なんじゃないのか?違うのかたかし?お前ならどっちを選ぶ?なあ、たかし・・・

会津坂下を過ぎたあたりから風景から雪は消え、春の訪れを感じることが出来た。終点の会津若松は、もうすぐだ。

 

※ずっと只見川沿いを走っていると勘違いしていた。小出の広い河川は魚野川で、車窓の風景は破間川(あぶるま)だそうだ。只見川は田子倉という駅からだそうで、僕ってぜんぜん駄目じゃ~ん!

まあ、ゆる鉄旅ということで!

 

続く

 


大人になったら、したいこと・・・ひたちなか海浜鉄道

2013-11-29 09:23:21 | 旅行、食い歩き

翌日、茨城の勝田からひたちなか海浜鉄道に乗り、終点の阿字ヶ浦で下車。新しい駅舎になり今はもう役目を終えた改札の向こうにはアニマル柄の車両。地元の子供たちによって描かれた可愛いイラストをたくさん見ることが出来ました。乗客は僕ひとり、陽だまりの車内はあったかくて気持ちよかったな。 

  

   

駅周辺を散策します。坂道を下ると広い海原の風景。この海も津波の被害を受けたそうです。白いワンコにカメラを向けるといきなり吠えられました。鎖が意外と長く危うくガブガブされるところでした。このあたりは干し芋の産地です。全国の80%もの生産量があるそうです。どこか購入できる商店があるか地元のおじいちゃんに尋ねると、生産農家の方々に直接声を掛けていただけました。残念ながら時期が少し早かったようですが、おじいちゃんや農家の方々の優しさに触れられ、とても嬉しい思いをさせていただきました。幼少の頃に薪ストーブで焼いた干し芋には父の思い出が詰まっているのです。 

   

帰りは途中駅下車し那珂湊鮮魚市場をのぞきました。魚貝類の並ぶ市場の雰囲気って大好きです。メヒカリのフライを食べられる食堂を探しましたが見当たらなかったので生牡蠣をひとつだけ食べました。 夏に金沢の酒場で食べた牡蠣の美味さがいまだ脳ミソに焼きついており、そんじょそこいらの牡蠣ではどうにも感動できなくなってしまったようです。

   

友人N君に電話すると今晩付き合ってくれるとのこと。勝田駅前の通りには目ぼしい居酒屋もなく少々残念に思いきや・・・あったんです。さすがは有人N君、僕の好みがわかってらっしゃる(^-^)  キムチ味の煮込み、焼鳥、おかみさんお手製漬物・・・昨日は肉にふられっぱなしだったので、この焼き鳥の美味いのなんのってったらありゃしません♪ 店を変え次は魚系居酒屋へ。初めて訪れる街は上辺だけで判断してはならないのだと友人N君に教えられた、そんな楽しいひとり旅最終日でした。

どうもご馳走様でした。このお店にまた連れてってねっと。

   

今年のひとり旅、おしめーです。。

 


大人になったら、したいこと・・・肘折温泉編

2013-11-27 09:13:07 | 旅行、食い歩き

翌日も日本海側のダイヤは乱れていましたが、幸い内陸方面への電車は時刻通りの運行がなされておりました。羽越本線余目直通の陸羽西線新庄行きはぽつりぽつりと学生が乗っているだけ。

車窓には最上川の流れと刈り入れを終えた田園がひろがっています。コンバインの轍跡は正確な直線を刻み、その先にはてっぺんに雪を纏った高い山々・・・ローカル線に似合い過ぎる風景が続きます。冬将軍の居座る極寒、こうべを垂れる稲穂、すべての季節にまた訪れてみたいと思いました。

新庄から路線バスに揺られること1時間、終着で降りたのはちいさなおばあちゃんと40前後の女性の3人だけ。昨年の土砂崩れで道路は寸断されており臨時で設置された急階段を降りなければ今日の目的地にはたどり着けません。おばあちゃんの手助けをしながら階段を下りると、その女性もさりげなくおばあちゃんの荷物を持っていました。息子と孫が旅行をプレゼントしてくれたんだと嬉しそうに話してくれたおばあちゃんの笑顔が幸せそうでした。

その温泉街はひっそりと静まり返っていました。親指の腱鞘炎がすこしでも楽になればと選んだのが山間の湯治場、肘折温泉です。派手さの無い昔のまんまのこの雰囲気にすぐ和んでしまいました。まずは蕎麦屋で一杯。蕎麦湯割りに山葵を溶かせて啜ると一瞬ツンとひびく刺激のあとの蕎麦の香りがいっそうひき立つのです。店自慢は冷たい鳥そば。出汁に鳥の甘みが相まって、コクがあるのにくどくなく、蕎麦はコシと香りが強い田舎風の太いもの・・・絶品でした。

  

     

    

 

今夜の宿は通称“金魚の宿” 家族で営む小さな宿です。皆さんであたたかく迎えてくださいました。その日の宿泊客は誰もおらずに風呂はいつでも入りたい放題とのこと、さっそくひとっ風呂いただきます。金気臭漂うにごり湯です。壁に埋められた水槽の中でひらひらと尾っぽを振りながら泳ぐ金魚を見ながらの入浴はなかなか楽しいものです。特に気に入った一匹にユウリさんと名前を付けてあげました。その由来は幽体離脱ごっこが得意だから♪ 

  

  

夕食には山の幸が並びました。芋煮とコシアブラの和えもので酒もすすみます。が、満腹感もハンパなく岩魚のムニエルとフライを残してしまいました。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

この宿はふたつのお風呂があります。それぞれ源泉が違いこちらの岩風呂でもゆったり湯治気分を味わさせていただきました。寒い季節の温泉はたまんないべさねぇ~♪

夜中にまたどしゃ降りになりました。もの凄い雷に何度も起こされてしまいました。

   

旅は早起きに限ります。6時、温泉街にチャイムが流れると肘折温泉名物朝市の始まりです。夜も明けきらぬうちから暗い路地にはたくさんの露店が開かれていました。雨の中暖もとらずにたくさん着込んだだけのばっちゃん達は元気そのものです。11月末までこの朝市は毎日催されるそうです。ばっちゃん、もうすぐだから、もうちょっと頑張ってね。雑キノコ、赤蕪のおしんこ、ちまき、紫蘇の実塩漬け、切干大根など、それぞれのばっちゃんのところで一品ずつ買わせていただきました。お客は数人しかおらず、その中に昨日バスで一緒だった女性の姿がありました。この方は1週間も湯治で滞在されるとのこと。朝市で食材を買い自炊するのが楽しいのだそうです。すっかり良くなって帰られることを願いました。旅先で初めてお会いする方々の笑顔は旅の思い出になります。

朝ごはんでちょっとしたアクシデント発生。ヨーグルトに添えられたサクランボをガリっと噛んだところ種が割れて口の中をざっくり切ってしまい血が噴き出しているのがわかりました。その後も血は止まらず洗面所で吐き続けました。傷口を圧迫しやっと血の勢いがおさまりましたが、致命傷にならなくて良かったです。サクランボで僕は死にたくありませんから。

小雨の中、朝の散歩を終えてから宿にさよならをしました。挨拶で口を開いた時に口角から血がだらりと流れちゃったものだから宿の女将さんが僕を指差し、「血ぃ~、血ぃ~!」と慌てさせてしまいました。

山間の湯治場、肘折温泉。またしても素晴らしい温泉に出会ってしまいました。

   

  

帰りのバスでは年配の紳士と仲良くなりました。これから酒田に遠征だとのこと。目的は僕が訪れた酒場だとのことで得意げに話をしてしまいました。何が一番のおすすめかと尋ねられ、「地元の人情!」と人生最大級のキザなことを言ってしまった後、会話はしばらく途絶えてしまいました。バスが情緒ある酒蔵を通り過ぎる時に、「ここが東北で一番古い酒造ですよ」と絹という銘柄を見せてくれました。絹・・・いつの日か・・・・・・

新庄駅のギャラリーで子供たちの絵のコンクールがありました。小学一年生の描いたこの絵が僕の中での金賞です。

山形は蕎麦の名産地です。しかしとて血を流したぼくにとって今は蕎麦など興味ありません。血だ!血をくれ!ならば肉!ああ肉肉肉!!!肉と言ったら米沢牛。ということで米沢駅で衝動下車。それなのに、ああそれなのにお財布に優しいお店は一軒もありません。そこで大衆食堂の入口に見つけた『米沢牛スジ煮込み』の張り紙。米沢牛ならなんでもかまわない、肉だ肉を食わせろ、肉を食うならいつ?今でしょ!と店内に飛び込み注文するも、「これから煮込むのよ、ひゃっひゃっひゃっ!」とおばあちゃん。ガ~ンガ~ンガ~ン・・・血の気が失せていきました。しかしここで食べた冷やしラーメンは実にうまかった。次はこの食堂で煮込み+餃子+ビール+酒 〆めに冷やしラーメンだべさねぇ~♪ 

   

どの駅にも貼ってあった映画のポスター。きっとおしんは“かあちゃ~ん” と叫んでいるのでしょうが、僕にはどうにも “同情するなら金をくれ!”と言っているように見えて仕方がありませんでした。同情するなら肉をくれってか。

も一回続く 

  


大人になったら、したいこと・・・酒田編

2013-11-26 09:05:04 | 旅行、食い歩き

日本海側に停滞した低気圧の影響で天候は荒れに荒れていました。新潟発秋田行き特急みずほは運休を決め、代行バスで目的地を目指します。防音壁で囲まれた高速道路の風景は実につまらなく、それでもほんのひとときだけ海沿いの道を走行した際に見えた景色は、まさに冬の日本海でした。

数年前に起きた特急いなほの悲惨な脱線横転事故では尊い命が奪われました。この路線の旅人はそのことを忘れてはいけないと、自分なりに手を合わせ荒波を眺めていました。

本当は津軽海峡を渡る旅になるはずでした。特別な想いを抱き続ける離島があるのです。しかしこの悪天候では諦めざるをえません。いつの日か、きっと・・・思いを馳せます。

急遽変更した旅ですが、笹川流れの絶景、羽黒山古道、加茂水族館など以前から訪ねてみたい場所はたくさんあります。が、それすら叶わぬ旅になりました。

ひとり旅の極意は、あきらめも肝心だということ。思うように行かない旅ですら楽しい思い出に残すこと。雨風にへこんだまま旅を終わらせてしまったら、それこそもったいないと思うのです。 せっかくの旅だもの、俺よ、もっと高揚しろ。

  

 

正午前に酒田駅トウチャコ。 悪天候のはざまを狙い歩きだします。勘を頼りに宿を目指すも・・・僕の方向音痴は自慢モノ、あっという間に迷子になりました。いきなりの突風に傘がピャア~と壊れ鮮魚店の軒先で雨宿り。炭火で焼かれる魚にそそられ思わず店内へ。遠火でじっくり燻されたこの香りに心が動かぬ酒呑みはいないと思います。部屋呑みの肴にハタハタ田楽と塩焼きを買い、ついでに宿までの道を訪ねますが・・・しししまった、初めての山形弁です。人の良いおじいちゃんが丁寧に教えてくださるのに、それなのに、ああそれなのに、僕ったらまったくのチンプンカンプン。そこで書いていただいたのがこの地図。なんとか聞きとれたのが、「赤いトコが神社だぁ、ココさコッチいってココ曲がってコッチさ行けば旅館の近くに行ける・・・はずだ」 少しだけ交わせた会話は、おじいちゃんもその昔は修学旅行で鎌倉、江の島へ来たことがあるとのこと。それだけでなんとなく嬉しい気持ちになれました。この鮮魚店のおじいちゃんと話せたことは間違いなく旅の思い出になります。どうもありがとうございました。

地図を片手に歩きだします・・・むむぅ、現在地が書いていなかったのでやはり迷子は続きました。でもこの地図は大切に持ち帰りたいと、そう思いました。

 

 

ずぶ濡れて宿にトウチャコ。なんとも風情のある旅籠です。黒光りの廊下の先には狭く急な階段がありそれを三階までのぼると大正の時代から修復を入れぬ空間が僕を待っていました。四畳半二間続きの特別の部屋の風情はものすごい・・・いや、風情を通り越し、実は怖いです。枕元に飾られた日本人形、丸窓、そして化粧鏡・・・付けていないはずのテレビにいきなり井戸が現れ白い着物を纏った異様に長い黒髪の女が這いずり出てきたら・・・櫛で髪をすくいるはずのない女が化粧鏡に映ったら・・・だめだ、こここわい。俺よ、もっと高揚しろ。

   

   

 宿の御主人におすすめの昼メシと酒屋を聞きます。酒田に来たらラーメンは外せないとのことで近所の人気店を教えていただきました。いっそう増した雨風の街中を歩く人影はありませんが店内は満員状態。どの客もすすっていたワンタンメンを注文。相席のおばあちゃんは週に2回はこのラーメンを食べるのだと話してくれました。お歳はなんと90歳。白コショウをたっぷり振り掛けるとおいしいんだよと教えてくれました。あっさりつるつるワンタンメンが冷えた体に沁み込んでいきます。昔は好きだった作家のサインが可愛らしくて目にとまりました。

その酒屋は百年以上の歴史があります。お店のおばあちゃんも90歳を超えているとのこと。酒田のおばあちゃんは皆お洒落で元気印です。おすすめの地酒を買うと、「隣はうちの酒場だから夜にまたいらっしゃい」と言ってくれました。写真を撮らせてほしいとたずねると、こころよく笑顔をくれました。おばあちゃんに出会えたことも、旅の思い出になります。この街に似合い過ぎる、それは素敵な酒屋です。

   

部屋でひとり呑みです。肴はもちろんおじいちゃんの鮮魚店で買ったハタハタ。腹からかぶりつく、プチプチネバネバのブリコは冬の日本海の旬の味。骨離れの良い身の甘さと田楽の香ばしさ。塩焼きには甘さと微かに苦いコク深い味の白子。酒はおばあちゃんおすすめの『上喜元』 庄内の地酒です。こんなにもふんわりと上品な酒は飲んだことがありません。

相変わらずの猛烈な風は本気で部屋を揺すぶるり、時折雨は雹へと変わりトタンと石瓦を容赦ない大音量で打ち付けてきます。それでも、もう怖さは感じません。 俺、すでに高揚ナウ♪

宿の夕食は豪華です。白身・烏賊・鯵刺し、鰈塩焼き、いくら、豚しゃぶ、きくらげとたらこ和え、あら汁、蕪酢漬け・・・うまい!うまいぞ!!ご飯も酒もすすまぬわけがありません。しかしとて、ここはぐぐっと我慢し腹七分目で箸を置きます。

 

旅人には果せば成らぬ野望があるのです。それはおばあちゃんの酒屋の隣の暖簾をくぐること。

酒田の中町には呑屋が点在します。雨にあらわれた路上に投射する酒場の灯りが艶を醸します。午後7時の店内には地元の言葉が飛び交っておりました。よそ者が太刀打ち出来るのか・・・この緊張感がたまらないのです。

入口近くに席をとります。コの字カウンターはガラスケースになっており煮魚、焼き魚を目下に見えるようになっています。壁には庄内の銘柄が所狭しと貼られ、まず驚かされたのはその値段の安さです。純米吟醸にもかかわらずどの酒も500円から600円までの設定に思わず僕は上機嫌。女将さんの対応も気持ちよくすぐに注文が通ります。よそ者のひとり酒にとっては、こんなことでも嬉しいのです。

隣の席の常連が帰ったあたりから、場に馴染めるようになりました。地元の方々が話しかけてくれるのが嬉しかったです。青森からいらした若いご夫婦は茅ケ崎に遊びに行ったことがあると話してくれました。サザンが好きで烏帽子岩を見た時には感激したそうです。酒場巡りが趣味で酒場放浪記でこの店を知ったとのこと。確かに壁には吉田類さんの写真が飾ってありました。聞けばまったく日本語を話せない海外からの客もくるようです。

「さっきまでほっといて悪かったけど、隣の人と話してたから・・・」と地元の方が言いました。どうやらその常連は皆から好感をもたれない方のようで、僕はそのイチミだと思われていたようです。あぶねーあぶねー!

それからけっこうな酒を呑みました。『上喜元』『麓井』『菊勇』『初孫』・・・あとは、覚えていませんが、とにかくどのお酒もそれぞれに特徴があり、その特徴すべてが心地良く、山形は庄内地方の酒の凄さを思い知らされた気分でした。ちなみに、料理は〆鯖ともろきゅうと、あと一品頼んだのは覚えていますが、それが何だったかを思い出させてくれたのは翌朝のゲップの匂いでした。むむぅ、餃子か! ちなみにちなみに、なぜかデジカメには僕が写っている画像が残されていました。誰かいじくってくれやがりましたね♪ 

和醸良酒・・・昔から酒蔵に伝わる言葉です。蔵人の酒作りに対する思いを込められた言葉ですが、良い酒は和を醸すという意味もあります。良い酒は呑み人の心をも和ませるのです。

  

酔っても、やはりちょびっと夜が怖かったです。どうか襖の向こうでヘンな影が揺れませんように・・・ 

翌朝、小雨の中を散歩しました。酒田が映画『おくりびと』 のロケ地だったことを初めて知しました。山居倉庫、鮮魚センターなど観光地はまわれませんでしたが、ごく街中にも心ひかれる風景がたくさんありました。

宿のご夫婦も本当に素敵な方でした。お世話になったことも思い出になります。食事、本当に美味しゅうございました。

酒田、また来ます。今回は寄れなかった目当ての場所が、まだあるのです。

   

  

  

 

続きます 


名旅館 稲取銀水荘・・・の〇〇〇

2013-10-06 13:33:53 | 旅行、食い歩き

竹♂と初めての一泊旅行は伊豆稲取

この漁港にはたくさんの金目鯛が水揚げされる

本日の宿は銀水荘・・・

の隣の保養所

就職後、初めて両親を旅行に誘った思い出の宿

職場の仲間と泊ったこともある 

 

 全室オーシャンビューだぞ

自噴泉の掛け流しだぞ

垂れ流しぢゃ、ないぞ

  

 部屋に入るとさっそくくつろぐ竹♂

晩飯時は、お前はひとりでお留守番だ

ちっちゃいけど伊勢海老

寿司のネタはうまかったが

なぜに酢飯で握ってくれない

しかもおにぎりみたいにでかい

案の定の、残骸

 

夜中に腹が減る

あるわきゃないと思いつつ

ふらふら散歩に出かけると

なななんと見つけた中華食堂

餃子と野菜炒め、ビール、酒

〆にラーメン

俺は何しに来た?

でも幸せだ

  

 旅行に朝風呂はかかせない

深夜あれほど食ったのに

朝のバイキンブは、やっぱしうまい

人はこれを 暴飲暴食とよぶ

  

 朝の散歩でカイベン(快便?海便?)をすませ

部屋に戻ると、また寝てしまった竹♂

ここに住むのだと、帰り際にダダをこねた竹♂は

この日、8歳になった

 

ちなみに・・・

竹♂は、家犬(外飼いの反対)ということになっている

 


三崎口 宮川湾のちいさな食堂

2013-09-29 12:42:36 | 旅行、食い歩き

久しぶりに妻とドライブ

三崎漁港の近くにあった小さな入り江に一軒の食堂民宿

どうやら有名なお店のようだ

漬け丼と、ラーメンを食べた 

ビールもお酒も飲んだので、帰りは妻の運転だ

ザマミロ!

 素朴な風景が好きだ

南伊豆中木に、どことなく似ている

地元の人がエギングでイカを簡単に釣っていた

今度はぶっこみ竿を持ってこよう

  

帰り道に寄った港で、沈む太陽を見た

さっきの民宿に泊まってみたいね

妻が言った 

家の近くの空き地で、子猫が生まれた

元気に育てと、願う

 


青春18きっぷ・・・焼津の古典酒場編

2013-09-09 09:53:10 | 旅行、食い歩き

妻が買ってきた国産のうなぎは、なんかイワシの味がした。ラベルを見たら国産は国産でも国の前に“中”の文字があった・・・

本物が食べたいとひとり浜名湖を目指す。新所原駅から天浜線に乗り継ぎ目当てのうなぎ屋に到着するも、それなのに、ああそれなのに、店の前には長蛇の列。しょうがないのでまた電車に乗り他のうなぎ屋へ行くも、定休日、臨時休業、そして店絶滅・・・うなぎは食べたい、でも店がない。朝から何も腹に入れていなかったので軽めの朝食がてらにと喫茶店でモーニングセットを注文したのがまずかった。おにぎり3個にバナナ、コーヒーまで付いて350円とはなんともお値打ち価格。でもすっかりお腹いっぱいになっちゃって、僕のうなぎへの夢はあっさりと断たれてしまったのです。浜名湖まで来て、俺、なにやってんだべか。まあ、天浜線に乗りに来た、と、言うことで・・・

  

  

戦前から続く酒場は焼津駅から15分ほど歩いた路地裏にひっそりと佇んでいた。

入店するやその雰囲気の素晴らしさに一瞬にして惚れてしまう。70歳は超えておられるであろう寡黙だがあたたかい接客の店主もこの酒場の魅力だ。氷で冷やされたビヤ樽から注がれるそれはキンキンのものではなく少しぬるめの生ビール。ふわりと盛られたきめ細やかな泡と苦みを感じさせない生ビールの美味さは初めて味わうものだった。自ら生ビールをおかわりしたのは、もしかしたら初めてのことかもしれない。「焼津っこは鰹にうるさいから」と出された刺身は銀色の肌を纏っていた。こんなにも美味しい鰹も初めてだ。串ものは通称“お肉のおでん” かつぶしと青のりの掛けられたスタイルは静岡風。これがまた美味しくて一皿5本を二皿もひとりでたいらげてしまった。太刀魚の塩焼きは店頭の七輪でじっくりと燻され、皮はぱりっと身はしっとりほっこり、そして背びれは薄皮煎餅のようにぱりぱり。焼酎やサワーの類はない。裸電球を優しく広げるセルロイドの傘の下、地酒の杉錦と喜久酔をぬる燗でゆっくりと楽しむ至福のひととき。

  

   

この酒場に、一等賞を差し上げたい。