弘前は大雪だった。傘をさすのは旅行客で地元の方は上着に纏った雪をパンと叩いて振り払う。昔と同じ光景だが、そこに懐かしい“音”はなかった。シャンシャンシャンとタイヤの奏でる鎖のチェーンはスタッドレスの乾いた音に変わっていた。
酒呑みだが最近は甘党でもある。この弘前はアップルパイの街で観光協会では酸味、甘味、シナモンなど味の好みが店ごとに表示されたアップルパイmapを配布している。時間まで酸味の強い紅玉パイに抹茶ラテでティータイムと洒落込む。むむ、似合わないですと?ほっといてチョンマゲ。
せっかくのひとり旅、もうひと風呂は浴びたいところだ。路線バスで1時間ほど揺られ下車したのは懐かしの嶽温泉。さらに奥へと入ったところに初めて訪れる湯段温泉はあった。素朴で鄙びたと呼ぶには相応し過ぎる小さな湯宿『ゆだんの宿』は古風ながら明るく清潔感にあふれている。金気臭と甘さを感じる薄濁りの湯船に沈むとすぐに体中に泡を纏い芯までほかほかにあたためてくれる。湯量の豊富な源泉掛け流しは山の新鮮な気を満たしている。外は吹雪、窓を開けると岩木山の冷気が心地良い。ああ、いい湯っこだな~。
湯上がりをロビーで寛ぐ。薪ストーブの炎を眺めながらのビールが格別だ。「お昼ごはん食べたの?」と女将さんの声。弘前で食べるとこたえた後に後悔してしまった。それにしても居心地の良い湯宿だ、女将さんのあったかい笑顔と土地の言葉も魅力だ。次に訪れる時には手料理をいただきつつのんびりと夜の時間を堪能したい。心に残る宿が、またひとつ増えた。
帰りのバスで気がついた。やばい、今夜の宿を決めていない。時刻は午後5時、慌ててビジネスホテルを予約。 今夜は街呑みと決めていたが目ぼしの焼き鳥屋は予約が取れずならばの寿司屋も定休日。くぐる暖簾は満席ばかり。ならばと居酒屋チェーン店は僕の美学に反するし、こりゃマジでやばいですぞ。吹雪の街をひとり徘徊するよそ者の運命やいかに・・・
やっと入れた店で僕はいじめられる。しかもとんでもなくだ。カウンター端に席をもらい瓶ビールを注文するといきなり御高齢女子軍団ABCにからまれる。以下会話・・・A「こんだら寒い日にビールば飲む男はバカだあ」B「にいちゃん、ひゃっこいもん飲んだらキ〇タマ冷えて使いもんならねくなるべ」C「だら、わのオ〇タであっだめてやっかギャハハハ」A「あだヨソモンだっぺ。クッツに滑り止めなんが巻いで」・・・すでに泥酔ABC相手に耐える僕・・・A「あだネギッコ嫌いだか?」B「ガキだあ。かっちゃのオッ〇イでも吸っとれ」C「だら、わの吸うか」・・・助けを求めるも店主は困ったように頭ポリポリ。Aはあき竹城似でBはそのまま菅井きん、Cは見たことないほど変なお顔。だけど、だけどふと思う。おそらく70は超えているであろう女性がこんなにも元気に酒が呑めるのは素晴らしいことだ。僕「皆さん仲良しなんですね。良く呑まれるのですか?」A「だ!家さいでもひどりだば淋しぐでな」B「だ!他ん店は出入り禁止くらってるで週一ここに集まるだ」C「だ!だ!」僕「で、純情な旅人をからかって遊ぶと?」ABC「だ!だ!んだ!」・・・思わず皆で笑ってしまった。A「あだ名前は?どごがら来だ?何やっでんだ?」僕「コンド-マサノブです。東京のジャニーズ事務所で俳優やってます」・・・・・・即しらけて終宴。ふらふらのABCに手を振り、その後はゆっくりと美味いアテで地酒『豊盃』を呑む。おあいそをお願いすると、「ばっちゃ達からもらってるよ」と店主。「しかしお客さん、いい獲物だったねえ」と笑顔に見送られ外に出るとひとっこひとり歩かぬ時間になっていた。吹雪の弘前で、“さらば、愛しのエロババア”とつぶやいてみた。
ビジネスホテルの明け方に恐い体験をした。いきなり左足を掴まれぐぐっと引きずり込まれそうになる。慌てて電気をつけると太ももにはくっきりと指の跡がアザとなって残っていた。
海が見たくなった。羽越線特急いなほで新潟を目指す。暗く荒れた冬の日本海を電車から眺めるのは初めてだ。昼飯は秋田駅で買った駅弁。これがまた最高にうまい。大館の名物で旨味が凝縮した比内地鶏がたまらない。駅弁、風景、酒、うつら寝・・・これぞ正しい呑み鉄の極意である。
新潟駅に到着すると無性にラーメンが喰いたくなった・・・まずは餃子だな!ラー油たっぷりにビールはサッポロ赤星。〆めに澄んだスープの中華そば。どこかホテルにチェックイン後にまた夜の街へと繰り出す・・・うむ、完璧なプランだ!しかし僕にはここの土地勘はまるでなかった。そそる店構えのラーメン店は見つからず駅周辺はパチンコスロットカラオケ居酒屋チェーンそして路地裏は風俗が独占。食べ〇グなどで店を探すのは大の嫌いだし・・・今夜も徘徊する僕はもう疲れちゃってサイトで今夜のホテルを予約。チェックインし通された部屋がそりゃもう酷かった。ゴミ箱には使用済みのティッシュと薄ピンクのアレ。そして掛け布団には変なシミ、シミ、シミ。これは絶対にあのお汁が乾いたものに違いない相違ない間違いない。窓を開ければいかがわしいピカピカネオンと大音量花〇〇大回転アナウンス、本日伝説の〇〇嬢出勤のタテ看板・・・速攻5分でチェックアウトし上越新幹線帰宅の人になるのであった。
旅の想い出は、艶やかでなくとも、眩いほどでもなくて良い。土地に触れ、情に触れ、酒に酔い、少しの美味いものにありつけ、たまにはいじめられ、それでも笑顔の妻のおかえりだけで、それだけで満点のひとり旅。 ただ、シミだけは・・・・・・新潟の街よ、覚えてやがれ!
またお会いしましょう。。