goo blog サービス終了のお知らせ 

備忘録

そりゃメモ書きにきまってるさ

「およそ何一つ生命の存在しない町となるでしょうね。(リガルド)」 第21話ピエタ侵攻Ⅰ

2014年02月28日 | Claymore
「虫一匹の命さえ根絶やしにしろー」

 と続く。

 この「虫一匹」というのが「虫の知らせ」と同様、気になって仕方ないのだ。

 覚醒者がなにゆえ町を殲滅しなくてはならないのかわからないが、バブル時代の地上げ屋を連想させる。

 虫一匹は出だす隙間もなく道路を舗装しておいて、その隙間から大根が顔を出せば、はやし立てたりもぎ取るバカがいたり、どうにも滑稽だ。

 また、立錐の余地もなくビルを林立させ、再び、虫のはいでる隙間もなくしておいて、日照権がどうのといっても、端からばかばかしい。

 北の地アルフォンス、始まりの町ピエタ(深き悲しみ)を殲滅するとは、いかにも象徴的だ。

 東の地はすでに荒廃しているらしい。一面コンクリートで覆い尽くされた東京の上空からの映像は見たくない。生活資源の導線を断ってしまえば、たちまち廃墟と化する。

 廃墟の中に暮らし脳みその髄まで廃墟の思想に浸った人間の思いつくことは、たぶん覚醒者たちの侵攻と選ぶところはないだろう。

 できることと言ったら、その中でさえずることくらいか…。

 やがては死に絶える。
 


クラリスとミアータ

2014年02月28日 | Claymore
クレイモアは、女戦士であるが、子供は産めない(?)。
 
 ゆえに、その関係は、先輩や後輩や同級生であり、姉妹や叔母さんのような関係は可能だが、母子の関係はない。

 ミリアは、ヘレンにミリア姉さんと呼ばれている。
 テレサは少女時代のクレアに抱擁されるが、これは、精神的にはどうだろう?母子の関係とは言いにくい。姉妹に近いか?
 イレーネは、ノエルとソフィアの先輩、テレサはイレーネの先輩。そして、クレアに対しては叔母さん。
 ガラテアは、男性的だから、たよりになる親戚の素敵な独身の伯父さん。足長伯父さん風だな。
 ヘレンとデネブは同級生。
 などなど。
 
 ゆえに、クラリスとミアータだけが母子の関係に擬えられる。

 母子関係の導入は極めて興味深く、プリシラが両親と兄に対する思慕の念を覚醒後も持ち続けていることに連なるような気がする。

記憶に残る場面あれこれ(その3)

2014年02月28日 | Claymore
クレアの覚醒(第4話)

 ガークが、傷ついたクレアを抱き上げて、相手が誰であろうと命を救われた恩義には報いると言うが、すでに屋根の上の戦いでクレアの真意を理解していたようだ。ザキはと言えば、多分、クレアに一目ぼれして、すねたりやっかんだりしていて素直になれないのが笑える。

 妖魔改めでのクレアへのしつこい絡み方、傷ついたクレアをほうっておけという吐き捨てるような言い方、まっすぐにクレアを慕うラキに嫌がらせを言って殴り返す場面、この町は俺たちが守ると意地を張る場面…コミックでは最後にクレアにキスする。アニメでは、名前を言って「クレアを守ってやれるくらい強くなれ」と見送る。ザキのいじらしさがほほえましい。

 ビンセント司祭自身も大司教も嫌疑の例外ではない。大司教にまで改めをかけて、妖魔を発見できなかったら、ビンセントは切腹ものだ。これとパラレルなのは、ジーンに、命を預けてくれと言う第16話のシーンだ。現実では、そこまでの要求は頼む方も頼まれる方もおいそれとは応じられない性質のものだ。

 「お前たちでは相手にならん」 クレアの言葉を素直に受け入れよというのは、聖都の警備兵のプライドが許さない。
 が、クレアの実力を知り、素直にクレアに託し、自分にできることで協力するのは、真の武人の面目躍如たるものがある。

 「さあ、妖魔狩りを始めようか」
 啖呵をきって、容易に敵を倒せないのがクレアの魅力(?)のひとつだ。

 はなから「ひとりではなにもできませんから」と情けないことを言うどこかの政治家とは大違いなのだ。
 己のためでなく、しかし、一人で戦う姿に、周囲は手を貸さずにはいられなくなるのだ。


 「クレアが死ぬんだったら俺も一緒に行くよ」

 覚醒しかけたクレアに抱きついてラキが叫ぶ。

 妖気が暴走しても戻れる可能性はゼロではなかった。
 「あいつは妖魔にならなかった。ただそれだけの話だろ」
 つまり、シドがラキに負けを認めただけの話だろ。ま、しかたないね。


記憶に残る場面あれこれ(その2)

2014年02月28日 | Claymore
まほろばの闇(第3話)

 聖都ラボナで隠密裏に妖魔を斬殺する指令を受けたクレアがラキとともに潜入するが、妖気を消す薬を飲んでいるために、妖気を感知できない。

 ラキとのやり取りが面白い。

 1)普通人を装うためにふだんとは違った話方をするのに驚くラキに、娼婦の色目使いをしてやろうかとクレアが「からかう」場面。

 2)食の細いクレアに代わり、宿でラキが二人分の食事を食べて寝込んでしまう。料理番としてついてきたといっても意味が違うとラキが冗談を言う場面。(コミックではクレアが少し微笑むがアニメでは表情を変えない)

 3)妖魔改めでガークとシドに取調べ中にラキがクレアをかばってシドの腕に噛み付く。「うちの姉ちゃんは誰よりも優しくて心がきれいな人なんだ」と言ってシドに食って掛かったのに対して、ガークたちが立ち去った後、「とっさによく出たな。あんなでたらめ」とクレアは水を差す。さらに「私はあの男にお前が殴られてもおそらくとめなかった」と追い討ちをかける。「私に優しさを求めるならやめておけ。多分、そのうち裏切られて傷つくことになる」

 テレサがクレアに「なつくな。なつかれてもうざいだけなんだよ」と少女だったクレアに言い渡す場面を連想させる。

 しかし、騙して傷つけるような人間は、絶対に、そうだとは言わない。
 反面、第9話では、「私のいうことは信じろ」と言って、ラキに一発パンチを食らわすから、やはり面白いのだ。

 プリシラと戦う前にテレサも同じ台詞をクレアに言ったのだった。


 4)ガークとザキを相手に立ち回りをする場面。手加減はしないと言いながら、相手を傷つけないようにしていたのは、ガークが短剣を手掴みした時のクレアの表情からわかる。そのあと、尖塔に飛び移るシーンはお約束とはいえ、やはり、かっこいいのだ。

 キャッツ・アイに似ているが、クレアは「人間」ではない。ただ、大昔なら男が決めたポーズを今は華奢な女の子がやってみせるというのは隔世の感があるが。

 屋上で交わす司祭との会話には、すでに触れた。(「妖魔は平等だ」)
 また、司祭がわが身の保全しか考えていなかったことを恥じる場面も印象的だ。

 5)大聖堂のなかでガークの身を守って、クレアが妖魔に串刺しにされる場面。
 クレアは常に捨て身である。これについてはいずれ通して確認してみたい。

クレイモア名言集 9 ルブル(第9話:切り裂く者たち1)

2014年02月28日 | Claymore
 「いつの時代も寵児というのはいるもんだ」

 芸能界も政界も文壇もコミックやアニメの世界でも「寵児」はいる。つかの間脚光を浴びて、いつの間にか姿を消し忘れ去られる。

 歴史に名を残す者もいるが、高々2000年の歴史、それも他国の歴史ならば、「名」のみがいくばくか知られるのみだ。

 あまり長生きせずに程よく死んでくれる戦士が、よい戦士だ。


 組織の長、リムトはそう言う。


 いつまでも居座って、大御所やお局になると、敬して遠ざけられるだけだ。

 今の時代の長い間にわたってトップ・ランナーと呼ばれる人たちは、たいてい鬱病を患っている。覚醒して人でなしになれば話は別だが、人としてあり続けるつもりならば、テレサのようにナンバー1などという地位は投げ捨てて、他に生きる意味を見出し、組織に離反するしかない。
 その意味で、正気を保ち続けるのは容易なことではあるまい。
 人気の裏側には、追い越してきた者たちのぬぐいがたい妬みがあり、それへの配慮は不可欠であるし、虎視眈々とその地位を狙う者がどこまでも後をつけてくるし、本音を吐けば、わがまま気ままと非難の嵐に襲われる。

 そして、人気は、定義により、一過性のものだ。
 集まれば飽きられるのは定めで、流されれば、当初の自己は損なわれ失われる。

 「賢すぎるのも長生きできないんだよなぁ」(パブロ山の男の覚醒者)