1999

~外れた予言~

脳出血後遺症(2)

2006-10-17 02:25:38 | Weblog

(殺して!)

私は、突如として落雷に遭ったかのように、
脳天から衝撃を受けた。

その夫婦と一緒に、その家の一階の広いリビングで、
コーヒーを片手に椅子に座っているときに、
はっきりとしたメッセージを叩きつけられたのだ。

(早く! 殺しなさいよ!)

迷いのない、そして強要するかのような、
逃げることも拒むことも許されない、
極めて一方的なものだった。

(聞こえてるんでしょ! 殺すのよ!)

私は動揺を表に出さないように努めながら、
可能な限り落ち着いて、それをどう解釈するべきか、
適切に判断しようという精神状態を自らに課した。
しかし、それはやや困難にも感じられた。

(私を殺しなさい!)

(それくらいできるでしょ!)

(誰か来るのを待っていたのよ!)

女の声だった。
いや、正確には声ではない。
私の左右の鼓膜も、耳石も、聴覚神経も、
人間の発声器官から生み出される肉声としては、
それらの強烈なメッセージの数々を認識できなかったからだ。

私は、脳の中で響く何かとして、
それらを捉えていた。

(鈍いわね! このスカポンタン!)

(イライラさせんじゃないわよ! ヒョロメガネ!)

どんどんと激高していき罵倒に近くなってきたそれに反し、
私は、対照的に冷ややかになっていった。
ちなみに私は痩せ型の体型で、丸メガネをかけている。


その家のその広いリビングには、
限られた者しかいなかった。

私と、寝たきりの中年女性と、介護者である夫さんと、
かごの中のインコと、水槽の中の大きな熱帯魚と、
そして中年女性の拘縮した麻痺手の中で、
まるでヘッドロックを掛けられているかのように収まっている、
かなり大きめのプーさんのぬいぐるみ、
たったそれだけだ。

私は、夫さんに怪しまれないように気をつけながら、
それらを順番に、探るように見つめてみた。
この中に、この物騒なメッセージを吐きだしている者が、
いるのかもしれないと感じたので。

ごく普通に考えれば、
インコや熱帯魚やプーさんのぬいぐるみは、
ちょっと候補にはしがたかった。

もちろん私も違う・・・つもりだ。

夫さんを何気なく、しかしまじまじと注目してみた。
夫さんは私に、その中年女性の介護における苦労、
具体的には、便の出し方とか吸引器での痰の引き方とか、
夜中にベッド上でドタバタ暴れられて不眠に陥っていること、
それら諸々を私に、力なく笑いながらこぼしていた。

夫さんのどこか投げやりな浮遊してるような疲労感と、
あまりにぶしつけで強引なそれら一連のメッセージとは、
どうしても同一人物のものとは思えなかった。


(私はこんな姿で生きていたくないの!!)

(お願いだから私を殺して!!)

(こんなのもう耐えられない!!)

残った候補はただひとりだった。
口からは一言も発声できない、寝たきりの中年女性だ。
きっと間違いない。