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牛スジカレーです。
和牛の牛スジは程良い脂とコラーゲンの塊で、煮込むととても美味しくなりますね。
でもあまり煮込み過ぎると、むしろ逆効果な気がします。
まだ少しくらい歯ごたえがある程度に抑えて仕上げた方が、スジ肉から旨味が出切ってしまわ無いからです。
概ね1時間半から2時間ぐらいが目安でしょうか。
その後でカレー粉などスパイスを使い仕上げて行く間に程良い歯ごたえに仕上がります。
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さて、では今日の本題です。
料理は人類だけが行うとてもユニークな行動ですね。
一部野生の猿たちが、芋を海水で洗うと塩味がついて美味しいということを知り、それが群れに伝わりスタンダードな食べ方になっているという話題がありました。
これもある意味「調理」なのかもしれませんが「料理」とは程遠いですね。
料理というのは、誰かに食べさせたり食べてもらうという意識がどこかにあります。
これは「誰かの役に立ちたい」と言う、人類が持つ、これもやはりとてもユニークな行動パターン(思考)なのだと思います。
動物たちは、子育ての段階で雛や子供達にせっせと餌を運んできます。
でもこの行動は、決して「役に立ちたい」「子供を愛している」というモチベーションから来るものではありません。
一部の鳥たちは、雛の中でも力強く育ちそうな個体を選んで、餌を多く与えたりする鳥も居ます。
弱い個体は、どんどん大きさに差をつけられて、ついには餌をもらえずに衰弱して死んでしまうことも決して珍しいことではありません。
しかし母鳥は、それに心動かしたりしません。
これは、子供を育てるという意識より「種の保存意識」という本能的な行動から、食を捉えているからでしょう。
これを理解していないと、幼い子供達ならいざ知らず、大人になっても人類と同じ価値観を動物達に当てはめてしまい、動物たちの感情を含む本質を理解できなくなってしまいます。
動物園の動物を見る事がとても悲しいです。
常に食料を探さなければならない厳しい暮らしをしている事が過酷だという見方は人間視点でしかない様に思うのです。
自然の中、その地の環境の中で進化をしてきた動物たちを、幼いうちに親から引き剥がし全く異なる環境の檻の中に入れてしまう。
走り回る事もできない狭いコンクリート部屋の中で暮らす彼らの感情はどうなのでしょうね・・・
さて、お話を戻します。
こうした動物たちの感情や価値観を、逆に人類に当てはめる事もまた無謀なことだと思います。
料理を作るということは、特定か不特定かは別として、相手に自分の作った料理を提供する事で、自分自身のエネルギーをその料理に注ぎ込んで相手に差し出しているのです。
もちろん常にそんなことを考えて料理を作る人はほとんどいないでしょう。
でも愛する家族に食べてもらおうと作る料理には、気がつかないうちのその「想い」が添加されます。
毎日決められた予算と時間の中で、できるだけ家族の健康と笑顔のために作りたいと願う料理には、それこそ「愛情」という調味料が加えられます。
これ、観念的なお話ではないのです。
相手を思い作る料理には、確実に作り手のエネルギーが入り込むのです。
(この「エネルギー」のお話はまた別の機会で、詳しくお話ししたいと思います)
料理が上手かどうかは置いといて「おふくろの味」ってきっとこう言う事なのでしょう。
「美味しい」と感じる時、どこかに作り手の愛のエネルギー調味料が入っている事でしょうね。

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和牛の牛スジは程良い脂とコラーゲンの塊で、煮込むととても美味しくなりますね。
でもあまり煮込み過ぎると、むしろ逆効果な気がします。
まだ少しくらい歯ごたえがある程度に抑えて仕上げた方が、スジ肉から旨味が出切ってしまわ無いからです。
概ね1時間半から2時間ぐらいが目安でしょうか。
その後でカレー粉などスパイスを使い仕上げて行く間に程良い歯ごたえに仕上がります。
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さて、では今日の本題です。
料理は人類だけが行うとてもユニークな行動ですね。
一部野生の猿たちが、芋を海水で洗うと塩味がついて美味しいということを知り、それが群れに伝わりスタンダードな食べ方になっているという話題がありました。
これもある意味「調理」なのかもしれませんが「料理」とは程遠いですね。
料理というのは、誰かに食べさせたり食べてもらうという意識がどこかにあります。
これは「誰かの役に立ちたい」と言う、人類が持つ、これもやはりとてもユニークな行動パターン(思考)なのだと思います。
動物たちは、子育ての段階で雛や子供達にせっせと餌を運んできます。
でもこの行動は、決して「役に立ちたい」「子供を愛している」というモチベーションから来るものではありません。
一部の鳥たちは、雛の中でも力強く育ちそうな個体を選んで、餌を多く与えたりする鳥も居ます。
弱い個体は、どんどん大きさに差をつけられて、ついには餌をもらえずに衰弱して死んでしまうことも決して珍しいことではありません。
しかし母鳥は、それに心動かしたりしません。
これは、子供を育てるという意識より「種の保存意識」という本能的な行動から、食を捉えているからでしょう。
これを理解していないと、幼い子供達ならいざ知らず、大人になっても人類と同じ価値観を動物達に当てはめてしまい、動物たちの感情を含む本質を理解できなくなってしまいます。
動物園の動物を見る事がとても悲しいです。
常に食料を探さなければならない厳しい暮らしをしている事が過酷だという見方は人間視点でしかない様に思うのです。
自然の中、その地の環境の中で進化をしてきた動物たちを、幼いうちに親から引き剥がし全く異なる環境の檻の中に入れてしまう。
走り回る事もできない狭いコンクリート部屋の中で暮らす彼らの感情はどうなのでしょうね・・・
さて、お話を戻します。
こうした動物たちの感情や価値観を、逆に人類に当てはめる事もまた無謀なことだと思います。
料理を作るということは、特定か不特定かは別として、相手に自分の作った料理を提供する事で、自分自身のエネルギーをその料理に注ぎ込んで相手に差し出しているのです。
もちろん常にそんなことを考えて料理を作る人はほとんどいないでしょう。
でも愛する家族に食べてもらおうと作る料理には、気がつかないうちのその「想い」が添加されます。
毎日決められた予算と時間の中で、できるだけ家族の健康と笑顔のために作りたいと願う料理には、それこそ「愛情」という調味料が加えられます。
これ、観念的なお話ではないのです。
相手を思い作る料理には、確実に作り手のエネルギーが入り込むのです。
(この「エネルギー」のお話はまた別の機会で、詳しくお話ししたいと思います)
料理が上手かどうかは置いといて「おふくろの味」ってきっとこう言う事なのでしょう。
「美味しい」と感じる時、どこかに作り手の愛のエネルギー調味料が入っている事でしょうね。

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