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Folon’s kitchen ・【フォロンの台所】

食は天使からの贈り物

愛のエネルギー調味料

2019-06-03 | 食と料理とスピリチュアル
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牛スジカレーです。
和牛の牛スジは程良い脂とコラーゲンの塊で、煮込むととても美味しくなりますね。
でもあまり煮込み過ぎると、むしろ逆効果な気がします。

まだ少しくらい歯ごたえがある程度に抑えて仕上げた方が、スジ肉から旨味が出切ってしまわ無いからです。
概ね1時間半から2時間ぐらいが目安でしょうか。

その後でカレー粉などスパイスを使い仕上げて行く間に程良い歯ごたえに仕上がります。

   ・

さて、では今日の本題です。

料理は人類だけが行うとてもユニークな行動ですね。

一部野生の猿たちが、芋を海水で洗うと塩味がついて美味しいということを知り、それが群れに伝わりスタンダードな食べ方になっているという話題がありました。
これもある意味「調理」なのかもしれませんが「料理」とは程遠いですね。

料理というのは、誰かに食べさせたり食べてもらうという意識がどこかにあります。

これは「誰かの役に立ちたい」と言う、人類が持つ、これもやはりとてもユニークな行動パターン(思考)なのだと思います。

動物たちは、子育ての段階で雛や子供達にせっせと餌を運んできます。
でもこの行動は、決して「役に立ちたい」「子供を愛している」というモチベーションから来るものではありません。

一部の鳥たちは、雛の中でも力強く育ちそうな個体を選んで、餌を多く与えたりする鳥も居ます。
弱い個体は、どんどん大きさに差をつけられて、ついには餌をもらえずに衰弱して死んでしまうことも決して珍しいことではありません。

しかし母鳥は、それに心動かしたりしません。
これは、子供を育てるという意識より「種の保存意識」という本能的な行動から、食を捉えているからでしょう。

これを理解していないと、幼い子供達ならいざ知らず、大人になっても人類と同じ価値観を動物達に当てはめてしまい、動物たちの感情を含む本質を理解できなくなってしまいます。

動物園の動物を見る事がとても悲しいです。

常に食料を探さなければならない厳しい暮らしをしている事が過酷だという見方は人間視点でしかない様に思うのです。

自然の中、その地の環境の中で進化をしてきた動物たちを、幼いうちに親から引き剥がし全く異なる環境の檻の中に入れてしまう。
走り回る事もできない狭いコンクリート部屋の中で暮らす彼らの感情はどうなのでしょうね・・・


さて、お話を戻します。
こうした動物たちの感情や価値観を、逆に人類に当てはめる事もまた無謀なことだと思います。

料理を作るということは、特定か不特定かは別として、相手に自分の作った料理を提供する事で、自分自身のエネルギーをその料理に注ぎ込んで相手に差し出しているのです。

もちろん常にそんなことを考えて料理を作る人はほとんどいないでしょう。
でも愛する家族に食べてもらおうと作る料理には、気がつかないうちのその「想い」が添加されます。

毎日決められた予算と時間の中で、できるだけ家族の健康と笑顔のために作りたいと願う料理には、それこそ「愛情」という調味料が加えられます。

これ、観念的なお話ではないのです。
相手を思い作る料理には、確実に作り手のエネルギーが入り込むのです。
(この「エネルギー」のお話はまた別の機会で、詳しくお話ししたいと思います)

料理が上手かどうかは置いといて「おふくろの味」ってきっとこう言う事なのでしょう。

「美味しい」と感じる時、どこかに作り手の愛のエネルギー調味料が入っている事でしょうね。




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コシアブラlove

2019-05-26 | 食と料理とスピリチュアル
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まだ5月と言うのにこの暑さ。
すでに熱中症の被害も出始めていると言うことで、皆さんもくれぐれのお気をつけくださいね。

数年前に他界した父が、部屋に一人いるときに目を話すとクーラを止めてしまい、部屋に入ると悲鳴をあげるほどの暑さの中で椅子に座っていることがありました。

高齢になると、気温を体感で判断出来なくなってくるんですね。
慌ててクーラーを入れる事が何度かありました。

最近はセキュリティーのこともあり、夏季に窓を開け放して就寝することができないと言う場合もありますね。
私も最近年なんでしょうね、クーラーの風が苦手になってきていますが気温を見て使うようにしています。


さて、話変わってこの暑さで山菜の季節もほぼ終わりになりそうですね。

皆さんは山菜といえば何を思い浮かべますでしょうか?

我が家では何と言っても「コシアブラ」そして「タラの芽」ですね。
特にコシアブラの山菜らしい香りが天ぷらにするとさらに芳しくなって、もう堪りません。

先日本栖湖に行った折、帰りに国道沿いに「山菜あります」ののぼり旗を挙げているお店で買ってきました。
ここで手に入れたコシアブラは、まだ短くて、とても柔らかい新芽で、これほど可愛いサイズのはあまり見たことがありません。
(Top画像。上の左側の可愛い新芽が小さなコシアブラ、右が通常サイズで売られているコシアブラ。下がタラの芽です)

天ぷらにしたら、美味しいったらありませんでした。



2パックを一度に夫婦2人で平らげてしまいました。
ペロリです。

ところで、そのお店で聞いたことなのですが、最近困った人がいるらしく、背の高いコシアブラの新芽を取るために木ごと切り倒して、新芽だけとって道の駅に売りに来る人も居るそうなんです。

木を切り倒したら、その時一回の収穫だけで、その季節はもうその木からは採取できなくなってしまいます。
それどころか、木自体が枯れてしまう可能性もありますね。

でも嬉しい事にコシアブラは最近人気が出てきているので農家さんでも栽培を始めているそうです。
なんともありがたい事です。

春の楽しみ、山菜の話題でした。



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海洋汚染とデトックス(2)

2019-05-24 | 食と料理とスピリチュアル
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前回の記事からの続きです。

さて、海洋汚染は今世界中で認識され始めています。

今関係者の目が向いている汚染の一つはプラスチック類でしょうか。
世界中の海に撒き散らされたプラスチックは分解される事なく漂い続け、それを食べてしまう海洋生物がダメージを受けるというものです。

でも、その汚染の危険は海の生き物だけではありません。
地球上の食物連鎖の、本当の頂点にいるのは「人類」です。

プラスチックは、魚の胃に入っても取り出せばいいと思うかもしれません。
でも困ったことにプラスチックは海を漂い、波に揉まれるうちにどんどんと小さく破壊されて行き、最後は「マイクロプラスチック」と呼ばれる微小なプラスチック片になってしまうので、そのプラスチックは魚の体の中にも入り込み人の口にも容易に届いてしまうんですね。

またペットボトルもプラスチック製品ですが、ここからも環境ホルモンや石油由来の溶剤が流れ出て、体内に入り込んできます。
海洋汚染は海洋生物の命だけではなく人の健康に直接影響するものなのです。

じゃあ魚を食べずに「お肉にすればいいじゃん」なんて思ってしまいますけど、それほど簡単なことでは有りません。

むしろ食肉の汚染による(特に人体への)危険は、海洋生物の汚染を上回る場合もある様なのです。
何と言っても食肉の汚染は化学汚染(薬品や化学合成物など)そのものですから。

以前近くのスーパーで購入した豚肉なのですが、ラップフィルムをはがした途端、明らかに「薬品臭」が鼻をつきました。
その匂いは肉を触った手にも移り、その匂いの激しさには驚いた事がありました。

私はそうした場合でも店舗やメーカーにクレームを入れる事は先ずありませんし、お店の名前を公表したりする事はしようとは思いません。
何らかの理由があるものか、確信犯的な行為であったり悪意が存在しているのか、或いはこちらの一方的な個人的感覚判断なのか・・

それが確定していない段階で、ジャッジメントする事は避けたいと思っているからです。
ただ二度とそこでは同じ商品を買わないようにするだけです。

この「お肉」に関しては化学汚染もですが、それ以上にすべての生命体がもつ「エネルギー」にも目を向けなければならない事なのです。
(熱エネルギーのことでは無くエネルギー周波数のお話です、これは現行科学で説明のできる部類ではありません)

*こちらはまた別の機会にお話ししたいと思います。

でも、なのです!

こうした汚染に関してばかりに意識を向けてしまうと、気が重くなったり食べ物を選ぶのも分からなくなってしまいますよね。

そこで重要なことが、人が持つ「デトックス能力」なのです。
人類は皆、体内に入り込んだ様々な毒素を排出する力を持っている(いた?)のです。

それが「ある理由」から長い歴史の中で封印されてきてしまい、今人類の持つ免疫力やデトックス能力が低下してしまっています。
でも意識の覚醒や自分自身の周波数の変化によりその能力を取り戻す事も出来る可能性があるのです。

通常デトックスを司る臓器と言えば肝臓や腎臓ですね。
これは生態学的に見たデトックス器官と能力です。

でも、そのルートでの解釈では無い解毒の道もあると思うのです。
これは五感を超えた、第六感という事に近いかも知れません。

近代化の陰で忘れてしまった人類が持つ自己浄化能力を体が思い出して行けば「あれもダメ、これも危険?」と食材探しに振り回されることもなくなって行くでしょうね。
解毒を化学薬品や機材だけに頼るのではなく「何も使わずに」デトックスする能力を人類は持っているはずなのです。

また食の危険察知は知識だけではありません、自分自身の内なる声に従うことで未然に危険を避けることもできる力を皆確実に持っているのです。

このお話、いずれ何かの形で取り上げてみようと思っています。
ではでは今回はこれで。



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海洋汚染とデトックス(1)

2019-05-22 | 食と料理とスピリチュアル
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江戸前の魚の話題から始めます。

東京湾で取れる魚を「江戸前」と言います、文字通り江戸の目の前に広がる海で採れた海産物に付けられた「ブランド名」ですね。

今の様に近代重工業のなかった頃(明治時代以前)の東京湾は、その地形や海流を知れば知るほどそれはもう美味しい魚がたくさんだっただろうなという事は想像に難くありません。

東京湾にはかつて30cmを超える様な「青ギス」という、キスの仲間がいたのですが、今では絶滅してしまっています。
今は九州の一部に細々と生き残っていると聞きます。

でも日本がかつて高度成長期を迎えた頃、今ほどの公害対策もなかった事から重金属を含む工場汚水や生活雑排水が直接東京湾に垂れ流され、一時は「死の海」と言われるほど目も当てられないほどの惨状になりました。

しかも湾岸エリアでは海を綺麗にする重要な「干潟」を埋め立ててしまった事で、海を綺麗にする生物たちが皆消えてしまいました。

アオギスの全滅もこの干潟の消滅に依るとされています。
海洋汚染除去は、もちろん排水処理が重要ですけど何と言っても「干潟」の消滅は何より大きなダメージとなると言います。

特に埋め立て前の東京湾には広大な干潟が広がっていましたので、その干潟を残していれば海の復活はもっと早くに起こっていたでしょうね。

今、金沢八景辺りでは(全国的にも)干潟の保護復活と、海を綺麗にしてくれる海草「アマモ」の育成を積極的に行なっているそうで、成果も叙情にですが上がっ来ている様で明るい話題です。

その後環境意識の高まりと規制が進んだことで、急速に東京湾も綺麗になってきて、今では多くの魚が帰ってきました。
今では以前の様に「江戸前」の名がついた魚も豊洲で取引される様になりましたね。

とても嬉しい事なのです、が・・・
かつての海洋汚染はそう生易しくは無かったことが今も、その江戸前の魚が教えてくれるのです。

東京湾の中で食物連鎖の頂点にいるのは何と言っても「鱸(スズキ)」です。
プランクトンを食べた小魚をスズキが食べる、そうすると最後に食べたスズキの身に、徐々に汚染物質が蓄積されて行くんですね。

特に60cmを超えるスズキは、身に脂が着いて来ますが重金属や石油系の汚染物質は、どうもこの脂部分に多く蓄積される様です。

マクロの目で見れば海洋汚染は、この閉ざされた地球という環境下でボーダーレスで広がっていますので、特に東京湾を名指しする事ではないかもしれません。

汚染などと程遠いと思われる極彼らの水銀汚染はかなり高いものだと言われています。
当然そうした海獣類を餌とする「しろくま」たちも、きっと多くを身の内に溜め込んでいるでしょうね。

私は以前東京湾でシーバス釣り(スズキ釣り)もずいぶんしたのですが、横浜あたりで釣れるスズキはどうにも油臭くていけません。
(場所は鉄腕ダッシュのダッシュ海岸当たりですね)

でも、まだスズキ(出世魚で大きさによって名前が変わります、スズキは60cm以上)にならないくらいの「セイゴ(25cm)」や「フッコ(35cm)」では身に石油汚染がそれほど蓄積されていないのでしょう。60cmを超えるスズキほどの臭みはありません。


東京湾のスズキを食べるなら、千葉県側がいいと思います。
館山から木更津くらいまでの内房なら石油臭さを感じることは先ずありません。

これには理由があって東京湾の海水は、千葉県側(館山あたり)から新しい海水が東京湾に流入して、東京湾の一番深いところを回って、川崎、横浜を経由して観音崎から太平洋に流れ出るからです。

なので、太平洋の澄んだ海水が一番に入り込む千葉県側(内房)は本当に綺麗なんですね。
そしてこの辺りの魚はとても美味しいのです。

先日もウチの人とフラリと日帰りで南房総の館山に行ってきたのですが、そこで地の魚を食べまくり、穴場の魚売り場で絶品メジナと金目鯛を買ってきました。
(その魚のお料理はいずれまた)

今回は少し長くなりそうなので次回に続けます。




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ご飯を炊こう(おこげもね)!

2019-05-15 | 食と料理とスピリチュアル
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うちには電気炊飯器がありません(正確にはないのではなく、使わないので棚の奥にしまったきりです)
ご飯はガスで炊きます。

電気炊飯器でも美味しく炊けるのは知っていますが、ガスでもそれ以上に美味しく炊けるので狭い台所に炊飯器は邪魔なだけなのです。

それと、炊き込みご飯やかやくご飯を作る時に「おこげ」が欲しいので、もっぱらガスなのです。
画像は舞茸ご飯、少し意識しておこげを作りました。

最近は殆ど行かなくなりましたけど、若い頃一人用のテント積んだオフロードバイクで山や渓流などに行ってはキャンプをしたりしていました。

その時にはもちろん電気炊飯器なんかないので、無精米を持って行ってキャンプコンロや焚き火で炊いたりします。

ある時キャンプ用の鍋を忘れてしまい、キャンプ用のヤカンで炊いたことがあります。

でも美味しく炊けたのはいいのですが、その後にヤカンの中にへばりついたご飯を洗う水がなくて、お茶もコーヒーも飲めずに困った事を思い出します。

屋外炊飯と言えばはるか昔、子供の頃学校の行事で「飯盒炊爨(はんごうすいさん)」という野外授業がありました。
飯盒ってこんな奴ですね。



昔の軍隊(主に陸軍)で使っていた屋外用の炊飯器です。
これを使い野外、焚き火の火でご飯を作るというイベントだったのですがこの飯盒、少々コツが要り子供達にはハードルが高かったのです。

慣れたら上手に炊けるようになるのですが、初めのうちは芯があったりおこげを通り越してガリガリに焦げたりと、大変でした。

そんな炊飯体験を子供達にさせる学校も学校でしたけど、今思えば山の中でガスも電気もない場所で焚き火でご飯が炊けるようになったわけで・・・結果としては悪くはなかったなと。

これは、確率として高いかどうかは分かりませんが、今後この世界の次元変化の過程で文明(インフラ)を利用できない時(もしくは混乱する時)が少しの間体来るかもしれない、なんて感じてもいます。

それを思うと、ある意味スキルがあって良かったかしら。
なんて、まだ目の前には来ていない危機に備える自分を評価したりして。

そうそう、ちなみに当家ではお米は玄米で、知人のお米やさんから届けてもらっています。
炊飯器がない代わりに精米機のある家でございます。






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