旅しながらやってます。

写真を撮ったり、山に登ったり、生活したり、旅しながらやってます。

ラダック その15 ダー

2006年08月06日 | Around the world 2005-2007
サスポルを2泊で発ち、次はパキスタンとの停戦ライン間近の村、ダーを目指す。
この地域に外国人が入るにはパーミッションが必要だが、それはレーで事前に取得しておいた。
ダーへと向かうバスは毎日あったが、始発はレーなのでもしかしたら満員で乗れないかもしれないと思いつつ、
教えられた時間になっても一向にやってくる気配を見せないバスを気長に待っていた。
予定の時間より1時間半ほど遅れてバスは到着。
案の定、車内は既に満席だった。また立って移動をすることになってしまった。
分岐点に当たる途中のカルシ村でバスは昼休憩を取り、カルシから出た後のパーミットチェックも難なく通過。
席も与えられ、さぁ、後はダー到着を待つだけだとのんきに構えていたら…、


 
 ダーに向かう道はインダス川に沿って走っている。インダス川も氾濫し道路を崩壊させていた。


ここから先はバスが走ることはできない。
これは引き返すべきか、一瞬考えるが、ここまできて戻ってしまうのはどうも納得いかない。
地元民もどんどん歩いて進んでいくので、命まで取られることは無いだろうと、
そこで知り合ったアメリカ人、オーストラリア人バックパッカーと共にヒッチをしつつ、
そのままダーへ向かうことにした。
ここからダーまでは約30kmの距離、ダー手前の村、ベマまではほとんどジープでいけたが、ダーまで行く車が中々こない。
白人二人は歩いていこうと動き出すが、私のバックパックはオーストラリア人から
「一体何を入れているんだ?」と不思議がられるほど相変わらずくそ重い。
ペースをあわせることができそうに無かったので、先に行ってもらうことにした。
一人でへろへろになって、ダーについた時にはもう日も暮れていた。


 
 朝食用のチャパティを焼く宿のお母さん。


 
 村の後方の高台から見たダー村。ここはインダス川に沿った渓谷の村。
 大半が畑で住民は狭い範囲に固まって暮らしていた。
 パキスタンとの停戦ライン間近ということもあり、軍事施設も建っている。
 時おり、山の向こうから訓練の銃声が聞こえてくるが、それ以外はのんびりした村だった。


 
 左上:散歩の途中に。
 左下:住民たちはアーリア系だが、ここでもチベット仏教が信仰されている。
 右上:宿の主人の親戚宅で。
    多くのチベット人の家に入らせてもらってきたが、どこでも食器がたくさんある。人を招いて食事することが多いのだろう。
 右下:右上写真の少年が運んでくれたアプリコット。
    レーで食べたものも十分おいしかったが、ダーのアプリコットは比べ物にならないほど甘くてみずみずしい。
    アプリコットはこの村の特産品。道を歩いていると無数に生っていて、別にそれをつまみ食いしてもいいとのこと。
    外に出るたびに20~30個は食べてしまっていた。

あくる日、ダー村をうろうろしてみる。本当に狭い村だった。
あまりにすることが無いので、意味なく村を端から端まで何回も往復したり、
途中で井戸端会議をしている村人たちの会話を聞いたりしながら過ごした。
そんな変な行動をしていれば当然、子供たちが集まってくる。
ここでも多くの人たちの写真を撮らせてもらった。
せっかくなのでいっぱい載せます。
*聴いたところによれば住民500人(実際にはもっと少ない気がする)の小さな村。
なので同じ子どもばかりが登場します…。


 


        


 
 お世辞にもきれいとはいえない格好をしている子どもばかりだが、どの子も笑顔で楽しそうに過ごしていた。


 
 正直な所をいえば、この子が一番かわいかった。10年後が楽しみだ、またこよう。


 
 はしゃぎまくる子供たちを何とか並ばせて撮影。


ここにきたのはレーで見せてもらった写真がきっかけだった。
その写真には髪飾りに花をつけている人々が写っていた。
次回はダー付近に住む「花の民」の人たちの写真を載せます。

最新の画像もっと見る