この世界で生きてゆくために

ありふれた毎日を繰り返し、時は過ぎていってしまう。
でも、どんな小さい事でも、優しい瞳で世界を見つめたい

アドベント

2006年12月02日 17時54分03秒 | キリスト教
明日はアドベント。日本語で言うと「待降節(たいこうせつ)」に入ります。
教会では、12月25日のクリスマスまでの4週間をアドベントと呼びます。

アドベントの為の燭台があり、4本の蝋燭と真ん中に1本。計5本の蝋燭を立てます。
アドベント第一週、つまり明日は1本目の蝋燭に火を灯し礼拝を行います。そして来週、再来週と1本づつ蝋燭に火を灯しながら、25日のクリスマスには真ん中の蝋燭に火を灯すのです。

クリスマスと言うと、みなさんは25日より、24日のイブが「お祭り気分」に浸れるんじゃないですか?
山下達郎の名曲「クリスマス・イブ」が流れて、恋人同士が愛を語り合う日にされてしまってますね、日本では。
良いのですよ、クリスマスはみんなが幸せになって欲しいと神様は、きっと思っているのでしょうから。

でもキリスト・イエスの降誕は25日です。プレゼントはイブではなく25日の朝、子ども達に上げてくださいね>サンタクロースのお父さん。

そもそもクリスマスとは「キリスト・ミサ」から来ているのは、言うまでもありませんが。
今から2000年前、ヨセフとマリアがガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムへ旅の途中の事。聖母マリアは月が満ちてイエスが生まれました。その事を占星術の学者たちメルキオール、バルタザール、カスパーが星に導かれてイエスを見つけます。学者達は救世主の誕生を祝った。この最初のクリスマス礼拝から来ています。

今年も12月、クリスマスのシーズンに入りました。私のブログを開設したのは今年の2月ですから、ブログを始めて初めてのクリスマスを迎えます。

これから25日まで日本がキリスト教の国と思われるほど、街には華やかなイルミネーションが飾られます。街角にはジングルベルなどクリスマスソングが流れて。

幸せなクリスマスが、皆さんの元にも届きますように。

子どもの教会キャンプ

2006年08月24日 21時21分35秒 | キリスト教
明日から、子どもの教会夏季キャンプで清里まで行ってきます。
2泊3日の予定。日曜日の夜には帰ってきますが、
夏休み最後の中央高速、絶対に渋滞にはまるので、遅くなると思います。
ブログは月曜日まで、ちょっとお休みです。

私の教会では、毎年夏にキャップへ行きます。
キャンプと言っても、テントを張って自炊のキャンプではなく、
まあプロ野球で言うキャンプのようなもの。

短い時間ですが、一緒に寝泊りして、ご飯食べて、聖書や神様の事
お勉強して、あといろんなイベントがありお遊びもします。

子ども達にとって、夏休み最後の行事となるでしょう。

今回のテーマは「お祈り」
神様は、イエス様のお名前を通して祈れば、なんでも聞き入れてくださいます。
ところが子ども達は、この「お祈り」が苦手。
みんなの前で、お祈りするのは、ちょっと恥ずかしいのかな。
人前で話すのも、近頃の子どもは慣れていないのでしょう。

神様は、なんでも聞き入れて下さいますし、みんなの必要な物、事は
なんでもご存知です。
だから、どんなお祈りをしても良いのですが、苦手みたいですね。
私の知人の子どもの教会リーダーは、
「なんでも聞いてもらえるのだから、沢山お祈りして欲張っちゃう」
正解です。

聖書にも「神は、あなたがたの必要なことを、すべてご存知である」
という聖句があります。
だから、自由にお祈りすればよいのです。
決まりといえば最初に「神様」とか「天の神様」「父母なる神様」で
お祈りしたい事「願い」や「感謝」を述べて、最後に
「イエスキリストの御名によりお祈りします、アーメン」とか
「イエス様のお名前を通してお祈りします。アーメン」といえばOK。
アーメンは唱和します。
アーメンは「はい、そのとおりです」というような同意、同感を表す言葉。
お祈りしましたから、そのとおりになりますように、
感謝した気持ちに偽りはありません、という意味です。

さあて、明日のお昼の食事でエクサさんは、いきなりテーブルマスター。
テーブルマスターとは「食事の前のお祈り当番」です。
普通、学校では「いただきます」と言うのは日直の当番ですよね。
あれと一緒。
違うのは「日々の糧を」という賛美歌を歌い、お祈りをして「いただきます!」て

最初のお昼ご飯はリーダーのエクサさんが「お手本」を示し、
その後夕飯から帰る日まで、子ども達にテーブルマスターを順番に担当させます。
うぅ~、責任重大だ(汗)

愛と死

2006年05月05日 08時34分19秒 | キリスト教
突然ですが、はやり「死」という問題から逃げられない私です。
無防備なハムスターを、過失で死なせてしまった。
愛ちゃんは、そんな事思っていないのでしょうし(怨んではいない筈です)
私の気持ちの問題なのですが。

キリスト教で、もっとも尊ぶべき愛は、友の為に命を捨てることです。
原理主義的に曲解されると、非常に危険な考え方ですが、はっきり言って違います。

イスラムの教えは、詳しくしりませんが、アラーの神も、それを問いだマホメットも
戦争で死ねば天国へ行けるなんて、そんな事は言っていない筈です。
しかしイスラム原理主義者達は、おそらくキリスト教で言う「友の為に命を捨てる」を
言葉どおりに(文字だけ、と言った方が良いかもしれません)若者を過激に煽り
テロリストを育てる。決して自らは手を汚さない。汚いヤツ等です。

イスラム諸国は世界の産油国です。本来なら世界の富を得ていいはずですが、
実際裕福なのは西欧とアメリカだけです。あとはイスラムの王族、その側近のみ。
国民は富の恩恵を受けていないと言えるでしょう。その抑圧された感情を
テロリズムに置き換えて、西欧やアメリカを攻撃しても、なんの得にもならない。
いや、イスラム諸国で富を独占している、ほんの一握りの裕福層に対しての怒りの矛先を
アメリカや西欧に向けさせているだけと、思えてなりません。

中国や、朝鮮半島の政治情勢が、国民の不満が内政に向かないように日本を攻撃する
ナショナリズムを煽ることで、ガス抜きしている(昨年の中華の悪質なデモに見られる)

私の知る、イスラム信徒ではありませんが、イスラム系の信仰を持つ、イラク北部に住む
クルド人の友人は、澄んだ綺麗な目をしていた、優しい父親でした。

彼は「戦士」でした。人を殺す「兵士」ではありません。
フセイン政権時代に、クルドは多くの犠牲を強いられました。
日本が世界で最初で(最後)の核兵器を使われた国なら、クルドは世界で最初に生物兵器の
サリンを撒かれた民族です。そして美しいイラン北部の厳しい自然の土地には無数の地雷が
埋められました。彼はその地雷を除去するプロフェッショナルでした。

「ひとつの地雷を除去すれば、ひとりの命が救える」
これこそ、まさしくイスラムの教えの気がしましたし、マホメットが問いだアラーの神の教えだと
そんな気が、クリスチャンの私でもしました。
彼は地雷除去中に、夕方の金属探知機の電池が切れ掛かった時、地雷を誤って踏み、
片足を吹き飛ばされました。しかし義足をつけ、地雷除去を続け、また地雷を踏み
今度は、両足を失いましたが、日本へ来て義足を作り、また歩けるようになりました。
まさに「戦士」だと、私は彼の事を思います。

最後にクリスチャンの原理主義でない、真の愛と死の形に「塩狩峠」という小説、映画があります。
ラストシーンは壮絶です。機関車から離れてしまった客車が、坂を逆走し始め、
気がついた主人公(鉄道マン)は、同僚とともに、客車の回転式のブレーキを
回します。しかし、客車は減速するものの止まりません。
走る先に見えてきたのは急カーブ。
このままでは脱線転覆するのは目に見えています。客車には多くの乗客が。
たとえは、非常に悪いですが、尼崎線の脱線事故を思えば、
鉄道事故がいかに恐ろしいか主人公は良く知っています。
彼は婚約者(クリスチャン)と出会い、またクリスマスの街頭説教をしていた
牧師に出会い、クリスチャンとして洗礼を受けました。
そして婚約者と結婚を、目の前に控えていたのに、同僚をドアの向こうに押しやり
ひとりになった彼は、線路と客車の台車の間に身を投げます
ひとりの命と引き換えに、止まる客車。凄惨な現場。驚く同僚。
春になり、その地を訪れる残された婚約者。

キリストの愛とは、私の為に十字架に架かり死に復活したイエスを見る。
そいういう宗教で、決して異教徒を改宗させる、そのために手段を選ばない
いや原理主義にかこつけて、国を愛せ、国の為に死ねという宗教とは無縁だと
最後に蛇足で付け加えます。
でも、そういうクリスチャンが多いのも事実ですが。

イースター

2006年04月16日 22時55分33秒 | キリスト教
もし外国人の方が、年末の12月に日本を訪れたら、
日本の国教は、間違いなくキリスト教だと思うでしょう。
しかし、キリスト教のお祭りは、クリスマスだけではありません。
1月に日本を訪れれば、ほとんどの日本人みな神社へお参りに行く。
そして、4月にイースターがあることさえ、ほとんどの日本人は知らない。

実は今年の4月16日、今日はキリスト教の三大祭の一つ。イースターです。
「今日は」という前置きが付くので、12月25日と決まっている
クリスマスに比べて、認知度が低いのも仕方ないのかもしれませんね。
やはり、日本はキリスト教の国ではないという事でしょうか。

イースターは、毎年、違う日になります。
というより、イースターって知っていますよね。あれ?知らない?
クリスチャンでない人には、無理もないかもしれませんね。

クリスマスは、言わずと知れたイエス・キリストが生まれた日です。
アニメ「エヴァンゲリオン」に出てくるスーパーコンピューターで有名になった
東方より来たりし三賢者。メルキオール、バルタザール、カスパーは
星に導かれ、ベツレヘムの馬小屋の飼い葉おけに眠るイエスを探し当てました。
そして黄金、乳香、没薬を捧げた。最初のクリスマスです。
クリスマスはキリストミサ(救世主への礼拝)が起源です。

対してイースターは、イエス・キリストの十字架の死と復活です。
世界の教会では、先週から受難週として祈祷会が捧げられていました。

当時、民衆はユダヤの王の誕生を待ち望み、イエスがエルサレム神殿に入るのを
大観衆で迎えましたが、イエスはその時、ロバに乗って入場しました。
そして権威のある祭司達は、イエスが権力の座に付くのではと恐れ
ローマから派遣されたピラト提督に、まあ今で言う「反逆罪」みたいな
濡れ衣をかぶせ、十字架刑という死刑にさせてしまいます。

イエスは、金曜日の午後、ゴルゴダの丘に、ほかの強盗などの死刑囚二人と
十字架に張り付けにされました。安息日が近づいていたので、
百率隊長のロンギヌスス(これもエヴァンゲリオンに出てきましたね)が
わき腹に槍で刺し、絶命させたとも言われています。
この槍が、ロンギヌスの槍です。

安息日が終わった翌々日の朝、イエスに慕っていたマグダラのマリアなど
女たちが、イエスの亡骸に香油を塗り埋葬しようと、墓に向かいました。
そこには、顔布(がふ)とよばれる、イエスの顔の跡が血で付いた
亜麻布だけがあり、右に天使がいて、イエスの復活を伝えます。
またエヴァのネタですが、赤木リツコ博士が
「顔布の部屋は空っぽだったのよ」なんて台詞もありましたねえ。

十字架で死刑にされた人間が、生き返るというのは科学的には
かなり矛盾があるかもしれません。
しかし精霊による処女受胎と、死からの復活こそが、私たちクリスチャンの
罪の許しと永遠の命を得るという信仰の源なのです。そして現在、
地球上の人類のうち19億人を数える世界最大の宗教になったのです。
これは世界2位のイスラム教10億人の約倍の信徒数です。
世界の人口の実に3人にひとりはクリスチャンだという計算です。

まあ、日本人のクリスチャン人口は1%なんですけどね。
それにしても、クリスマスは華やかで、意味もなくバレンタインデーや
まったく関係のない、日本のお菓子業界に踊らされて作られた
キリスト教徒は全く無縁のホワイトデーなど。
日本人の商魂はたくましいですね(笑)

最後に、キリスト教には3つのお祭りがあるといいましたが、
クリスマスにイースター(復活祭)そして最後は、おそらくクリスチャン以外
知らないと思われるペンテコステ(五旬祭)があります。
それは、また7週間後に、ブログにしましょう。

英語に詳しい人なら、ペンタと五という数字で7日の7週間50日(7X7+1=50)
ピンと、きたかもしれませんね。では~