My Painting Life

絵付けに係る日々の出来事を徒然なるままに、、、。

2011年秋アメリカ紀行

2011-10-09 07:57:24 | 日記
9月20日から29日まで米国アリゾナ州のメサで開かれた絵付スクールPPP(Porcelain Painter's Paradise)に参加致しました。9月30日から10月5日にはシカゴの友人宅でセミナーを行って来ました。
スクールへは2009年以来2回目の参加でした。懐かしい人達との再会、新しい友達との出会い、様々な人間模様に彩られた心温まる一時を再び味わうことができました。
今回もルームメートをお願いした友人のRちゃんは居住地の中国から到着するのでフェニックス空港で待ち合わせました。そこから二人でシャトルバンでスクールの開かれるDobson Ranch Innへ向かいました。ホテルへ到着し、チェックインの際、日本からの参加者Yさんに初めてお目にかかりました。彼女は昨年から参加しているとのことで彼女もアメリカの友人たちとの再会を大いに楽しんでいる様子でした。
前回もご一緒させて頂いた二人の日本の友人は夜になってからホテルへ到着しました。
夕食の後にはクラスごとに分かれオリエンテーションがあり、中庭に設けられた臨時の材料店も店開きし、あちこちで再会を喜ぶ輪ができました。私も米国人の友人に8月に出版した本のことを聞かれ、持って行った8冊はあっという間に売切れてしまいました。

翌日から、早速第一回目のセミナーが始まりました。私は今回初めてSan Doのポートレートのクラスを予約しました。今まで何回も彼のデモンストレーションには参加していますが、実際にどのように教えてもらえるのか、テクニックの秘密を少しでも会得できたら自分の絵付けにも生かせるのではないかと期待していました。クラスは定員10人。彼のクラスは毎度のことながら満員で、日本人4人アメリカ人6人でした。アメリカ人の生徒さん達は皆、『常連さん』のようで、彼のフロリダのスタジオの話をしたり和気あいあいと盛り上がっていました。セミナーに参加して初めて分かったことはSan Doは優れたアーティストだけでは無く優れた教師でもあると言うことです。描画法の説明とデモの際には全員に具体的に指示をしてノートを取らせ、無駄な質問で時間を浪費しないようにきちんとクラスを進めます。その合間には得意の話術で皆を楽しませることもちゃんと心得ています。一人ひとりの作品に的確に手を入れて彼流の完璧な作品制作に近づけるようにサポートしてくれます。4日目には全員が時間内に完成し満足を味わうことができました。
翌日のお休みには日本から予約していたDETOURという旅行会社の乗り合いバンで友人4人でセドナへの一日観光へ出かけました。セドナは日本の芸能人カップルが訪れて有名になったアリゾナ州の聖地です。早朝ホテルにお迎えに来たバンで砂漠の中の高速道路を走り、片道2時間半のドライブです。途中インディアンの遺跡に立ち寄りながらお昼前には現地へ到着しました。抜けるような青空の下に目の前にそそり立つ赤い巨大な岩山群は想像以上の壮大さで本当に驚きました。その岩山の一つに実際に登り、上空から何とも言えない解放感に浸りました。岩山群の真ん中に建てられたガラスの教会に立ち寄った際にはとても敬虔な思いに打たれました。日本からの観光客もちらほらと見かけました。若い人たちが多く、それぞれがこの地を訪れることができた感激に浸っている様子でした。帰途にはセドナのアーティスト村に立ち寄り6時にはホテルに帰着しました。車の中で爆睡したせいか、疲れも無く楽しい休日でした。
      
翌日、2回目のセミナーが始まりました。私はMichel Turnerのクラスを予約していました。日本人の生徒は私一人でしたが前回の時にも同じクラスだった知り合いがちらほら居ましたので、いろいろ親切にしてもらいながらあっという間に4日間が過ぎてしまいました。Michelの作風はダイナミックなメリハリを生かした大きな絵です。私は大きな作品が好きなので、自由に4日間複数のモチーフを描かせてもらいとても楽しかったです。Michelの基本は一回焼成用のメディウムでワイプアウトしながら描くところにあり、これぞアメリカンスタイルという大胆な描画を学ぶことができました。

こうしてあっという間に9日間は過ぎてスクールは終了しました。最終日のバンケットではそれぞれに別れを告げてそのうちの多くの方々とは来年のサンフランシスコのIPAT大会での再会を約しました。

翌日、私はすぐに日本へは帰らず友人たちと別れてシカゴへ向かいました。前回のスクールで一緒だった台湾系アメリカ人Fさんのお宅でセミナーをする約束になっていたからです。
フェニックスからシカゴまでは飛行機でも3時間半かかります。まさに羽田から香港へ行けるような時間です。時差も2時間あり、米国の広さを改めて感じました。

シカゴのオヘア空港にはFさんとご主人が迎えに来てくれていました。歯科医院を経営するご主人は私のセミナーの為に仕事を調節してお休みをとってくれていたようで感激もひとしおです。シアトルから到着したFさんの友人も一緒にメキシカン料理のレストランへ向かいました。フェニックスでは半そででも暑かったのに、シカゴは既に木々は美しく彩り始め、しっとりとした秋たけなわの風情です。朝晩はコートが欠かせないとのことでした。
4人で楽しい夕餉の時を過ごし、夜になってFさんの家に到着しました。あたりはとっぷりと暮れていたので周りの様子は良く分からずあわただしく部屋に案内されて翌日からのセミナーに備え眠ってしまいました。そして朝になり驚愕の光景を目にすることとなりました。
Fさんの家は日本でいえばちょっとした公民館の様な巨大な家です。それぞれ30帖は有りそうなリビングルームとファミリールーム。ダイニングルーム、家族向けダイニングの付いた広々としたキッチン。2台分のガレージ、敷地分の地下室、おまけに6ベットルーム。4バスルーム。その家が国立公園のようなロケーションに立地しているのです。朝になって客室の窓から外をのぞきあっけにとられました。なだらかに続く芝生には紅葉した大きな木々が点在し、その根元ではリスが跳ねています。その先には小川と池、そこにカナディアンギ―スという足の長いカモの様な鳥が群れになって訪れ、優雅に時を刻んでいます。朝食前にご主人が家の周辺を車で案内してくださったのですが、この国立公園の様な森全体が巨大な住宅街になっていて入口にはセキュリティーチェックが有り、住宅街の外側は城壁の様な壁に囲まれて進入者をを阻むようになっているので安全が保たれれているとのことでした。一軒一軒が木々で上手にプライバシーを守りながら個性的な絵になる景観を保っています。どの家にも芝生の真ん中にドライブウェイのある前庭と広々とした裏庭があり、あまりにも広すぎて境界も分からない程です。日本で大都市の近郊でこのような住宅街はまずあり得ないでしょう。
   


朝9時にはFさん宅のダイニングに、地元の絵付ギルドの人たちが集まり、にぎやかにセミナー第一日目は始まりました。課題は、胡蝶蘭の角皿です。Fさんの名前が蘭を意味すると言うことで蘭は特にFさんのお気に入りの花ということでした。生徒さん達はベテランで思ったより順調に製作は進み予定通りの時間でセミナーを進めることができました。
Fさんのご家庭は宗教上の理由でベジタリアンなので食事は基本的に全て手作りでした。
Fさんはお掃除やお庭の手入れなどでお手伝いさんを雇えるほど充分裕福な暮らしなのに、セミナーの合間に一生懸命自分自身で3度の食事を作ってくれ、それをご主人がさりげなくサポートしていました。昔の日本の主婦もこのように一生懸命手造りで食事を作り人をもてなしたのだな、ということが自分自身への反省とともに思い起こされました。食事内容は野菜や穀類を中心とした身体に良い食事でとてもありがたかったです。ジャンクフード天国のアメリカにいてご夫妻が若々しく健康を保っていられるのもこうした日々の努力のたまものであると感心しました。
ある日の昼食は生徒さん達が持ち寄ったり、皆で生春巻きを手造りしたり、家庭の中で行われるセミナーならではの楽しみもありました。
少しハードワークだったセミナー二日目終了後には生徒さん達と皆でタイレストランへ出かけました。絵付け界の噂話で盛り上がった後、デザートは、皆で『チーズケーキファクトリー』へ行き巨大濃厚チーズケーキを食べました。ここではおしゃべりしながらショックな事実も知りました。私が大ファンの、とあるイケメンアーティストがゲイであることを知ったのです。もちろん今さらどうこうということはあり得ないのに、おろかなおばさんとしてはガーンときました。私の日本の生徒さん達も大勢ファンが居るのにみんな泣いちゃいます。

3日目は5時には予定通り全員の作品が完成し、ギルドの生徒さん達とはここでさよならし、セミナーは無事終了しました。

4日目はFさん夫妻がシカゴの街を案内してくれることになりました。シカゴはヘミュングウェイの生まれ育った町とのことで記念館や生まれた家を訪れました。その後建築家として有名なフランク・ロイド・ライトの記念館や彼が設計した家々が立ち並ぶ一画を訪れました。両方ともしっとりした街中の住宅街の中にあるのですが、森の中に整然と区画された中に個性的な家々が競いながら調和しています。点在する巨木の足元にはリスが自由に跳ねまわっていますが、その光景は当たり前すぎて気に留める人も居ません。歴史的な建物も、実際に住人がおり、誇りを持って手入れをしている様子が見て取れました。
     
その後シカゴ大学へ案内してもらいました。こちらも森の中のキャンパス。リスが縦横に走り回る芝生では学生たちがくつろぎながら熱心に本を読んでいます。まさに学徒の園。そのなかではひときわ中国人留学生の姿が目立っていました。妊娠中の学生も多く見かけ、学生向けの住宅も瀟洒な作りでそもそも豊かさのレベルが日本とは格段に違うことをしみじみと実感しました。広島長崎に落とされた原子爆弾はこのシカゴ大学から運ばれたことも知りました。原爆発明の記念モニュメントを眺めながら、こんなにも豊かな国から貧しい日本の罪無き人々を大量殺戮する爆弾が運ばれたのだと思うと一時、抗い様のない悲しい思いにとらわれたのでした。
  
その後、ミシガン湖に突き出した半島の様な場所を散策し、そこから美しい高層ビルが林立するシカゴの街を眺めました。ミシガン湖は淡水湖なのですが、大海原のようでした。ヨットハーバーを備え、対岸はミシガンやカナダに続くとのことでした。

その後ミレニアムパークに立ち寄り中心街をドライブしました。シカゴは様々な映画の舞台にもなっており、遠目で見た近代的な印象とは異なり実際には歴史ある建物にいろどられたしっとりと落ち着いた風情ある都市でした。シカゴトリビューンの前に有るマリリンモンローの巨大な銅像の前では観光客がスカートの下に入って喜んで写真を撮っていました。
夜はチャイナタウンの中華料理店で食事を取ったあと再び夜のミシガン湖畔へ連れて行ってもらいました。街の夜景を水面に写したミシガン湖は昼間と違う幻想的な美しさで胸に迫るものが有りました。
  

翌日、ついに15日ぶりに帰国する日が訪れました。早めの空港到着でチェックインした後、時間が余ったので空港近くの日本の会社が多く集まる地区にある『MITSUWA』という日本食のスーパーマーケットに案内してもらいました。日本のお店と同じものが殆ど手に入るということで、まさにここがアメリカであることをすっかり忘れるような豊富な日本食材が揃っていました。Fさんはここで胚芽米やベジタリアンの基本食材を購入するとのことでした。


アメリカの豊さに触れるたびに、日本はどうやってもアメリカにはかなわないという思いにとらわれます。それでも多くの米国人が日本製品の優れた性能を認め、日本から来た私を特別の愛着を持って迎えてくれる幸せをしみじみと感じました。これからも日本人ポーセリンペインターとして力を尽くして歩んでいきたいと心に誓いました。

空港でFさんご夫妻に再会を約して別れを告げ、機中の人となり12時間半で成田に帰着しました。出発のときにはまだ夏の名残りの有った日本も、到着時には既に秋の空気で私を出迎えてくれました。