MIN LEKPLATS

& Patrick Chan is the ONE

翔ぶ者たち その27

2012-03-15 11:12:27 | 翔ぶ者たち

「パスポート」 デスクの向こうから傲岸な構えで制服の男が言った。
アドリアンは頷いて男のほうを見る。

「・・・・・」

「・・もういいですか?」
アドリアンの声に、男ははっと我にかえった。
「・・あ、ああ・・そうだな、OK、良い滞在を」
「有難う」

入国審査官は暫し狐につままれたような顔つきで首を傾げていたが、やがて気を取り直して次の相手を呼び寄せる。
アドリアンは悠然と空港の出口に向かった。

『まるで赤子の手を捻るようなものだ』
相手の心を操作する作業は回を重ねるごとに簡単になっていった。西側諸国から恐れられる不落の牙城モスクワも、彼の前には無料開放日の遊園地の如く無防備に門戸を開いた。

『我ながら怖いみたいだな』 アドリアンはこみ上げてくる笑いを抑えるのに苦労した。


さあ、これからどうしよう・・・


#########


ストックホルム繁華街のとある喫茶店
奥の席に読者にとっては見慣れた男が二人座っている。


「君から今頃連絡貰えるなんて思ってなかった、びっくりしたよ」
注文を受けてウェイトレスが立ち去るや否や、ウイアーが笑みを浮かべて言った。
テーブルを挟んで対峙するベルントソンは笑顔とは程遠い硬い表情だ。
「あの電話番号がまさか今も通じるなんて思わなかったけどね」
ウイアーの笑みが深まる。
「僕は電話番号を無数に持ってるのさ、しかも全部通じるようになってる。応じるかどうかは勿論状況次第だけどね」
「そうか・・応じてくれて・・有難う」
「冗談、君からの連絡を僕が無視するわけないだろ」
「・・・・・」
「で、用件は何?」
「・・・・・・」
「まさか僕と会いたかったからなんて理由じゃないだろ?だったら嬉しいけどね」
「・・・・・」
黙りこくっている相手を面白そうに見やって「ほら、喋り方忘れちゃったの?」

「僕と会うこと、もちろん上司に報告したんだろうね」
「してない」
「嘘つくな」
「君に嘘ついても仕方ないだろ。上司のエヴァンは今米国だ。自分がボディガードやってる」
「?」
「大統領の身辺が危険という情報が入ったんでね」
「どうして」
「どうしてわざわざ彼が動員されたのかって?」
「ああ、まさか・・」
「そのまさかさ。超能力のある刺客が徘徊している」
「・・・・・」
「わかるだろ、彼は今大忙しで僕のことなんか忘れ果ててるよ。お陰で僕は時ならぬバケーションさ」
クリストファーは深く考え込む様子だった。
そこへウェイトレスが注文の品を持って戻ってきた。クリストファーの前にブラック・コーヒー、ウイアーの前にはカフェ・ラッテが置かれる。

「・・いよいよ事が迫ってきたね」 おもむろにラッテの入ったグラスを持ち上げ一口飲んでから、ウイアーは相手の表情を注意深く伺って言った。
「・・どういう意味?」 眉根を寄せてクリストファーが聞き返した。
ウイアーは肩を竦める。「知らないよ、ちょっと鎌をかけてみただけ。僕は只の無知なCIAトップエージェントに過ぎないからね」
「・・・・」
「いい加減はっきり言ってよ。何か用があって呼んだんだろ?」
それで漸く決意ができたように、クリストファーは口を開いた。

「モンゴルへ行きたいんだ」
「えっ?!」
「うまく行けるよう手伝ってくれないかな」
「・・・・・」 ウイアーがどんな話を予想していたのかは定かではない、が、こういう内容でなかったのは明らかだった。

暫し絶句、やがて、「冗談だろ?」

「本気だよ。この状態で僕が冗談言うと思う?」
「ま・・それは・・あり得んな・・」
クリストファーはそうだろと言うようにこっくり頷いた。
「しかし・・」ウイアーは困惑を隠せない。「なんで選りによって・・モンゴル?」
-もっと気の利いた国なら世界にいくらでもあるだろうに・・-
「理由は言えない。でもどうしても行く必要があるんだ」
クリストファーは彼特有の控えめでありながらその実恐ろしく頑なな表情になっている。ウイアーはというとどう反応していいのか判断に窮して笑み半ばの表情で固まっていた。

かなり時間がたってからウイアーが注意深く口を開いた。
「モンゴルは今中ソの軋轢の只中でとても危険な状態だ」
「・・・・・」
「米国の保護の手は届かないよ」
「保護して貰いたいわけじゃない。入国出来さえすればいいんだ」
「簡単に言ってくれるねえ」と思わず苦笑がついて出る。

「こんなこと頼める筋合いでないことはわかってるよ。でも」 クリストファーは途方に暮れた表情になって、テーブルの上に組んだ自分の手を見つめた。「・・君しかいないんだ。君に断られたらもうどうすればいいか・・」
とたんにウイアーが悲鳴を上げた。「うわ、よせよ・・そんなの・・反則」
「え?」

「いや・・まあ、いいさ」苦笑いが急に吹っ切れたような笑みに変わった。「わかった、なんとかしてやるよ」
「え、ほんと!?」
「君のたっての願いとあっては断れない」
クリストファーの嬉しそうな顔をウイアーはやれやれという表情で見やった。
が、すぐに考え込む。
「先ず必要なものは偽名のパスポート・・ふむ、ソ連国籍がいいかな?筋書き次第だが・・」
そんな彼をベルントソンは無防備な信頼の眼差しで見入っていた。それに気づいたウイアーがやるせなさそうな笑みを浮かべる。
「ほんとに行く気なの?君みたいな人の行くところじゃないと思うんだけどな」
「馬鹿にするの?」
「いや別に」
「僕が殺人容疑者なこと忘れないでよね」
「そんなこと自慢するなって」 と再度苦笑。
が、それで腹が据わったのだろう、ウイアーはラッテを一気に飲み干して立ち上がった。
「どういうルートで入るのが一番簡単か調べてみるよ。特に希望は?」
「入国出来さえすれば後はなんとかなる。任せるよ」
「・・・・・」ジョニーはどうしても納得できないという表情になった。
「?」
「僕が悪意をもって陥れる可能性とか・・考えないの?」
「え?君がそんなことするわけないだろ」
「僕はCIAエージェントだよ」
「知ってるよ」
「・・・・・」
「・・・・・」

-こいつ勇気があるのか馬鹿なのか、それとも・・-

「それだけ信じ切られたらきっと誰も裏切れないね。それが君の最大の武器なのかもな」
「・・・・・」

「パスポートとかチケットとか、全部手配できた時点で連絡するよ」
「有難う!」 クリストファーも立ち上がった。
「君に断られたらほんとどうしようと思ってたんだ。何もお返しできないけど・・」
「気にするな。困った時の元恋人だろ」
「はは」と照れるクリス。
そんな相手を好ましく見つめながら、「じゃあな」
立ち去りかけて、ウイアーはふと立ち止まった。
「そうそう、どうやら君には尾行がついてるみたいだよ。気をつけてね」
「え?!」
ジョニーが意味ありげに大きな観葉植物に隠れた隣の席に流し目を送る。
その視線をたどると・・

「アレクサンドル!」

小柄な影がびくっと跳び上がった。
「なんでこんなところに?!」

そんな二人を尻目に、華麗なCIAエージェントは静かに喫茶店を後にした。


残された二人は・・

「後をつけてきたのか?」
「・・・・・」
「なんで?」
「だって、気になるじゃない」
「君には関係ないって言っただろ」
「関係なくなんかない!!」ときかん気な表情になったが、すぐにそれに困惑が重なる。「・・クリストファー、本気でモンゴルに行く気?」
「・・・・」
「なんで?」
「理由は言えない」
「連れてっては・・」と遠慮がちに探りを入れてみたが
「絶対あげない!」という断固とした返事。
「・・でも・・」
クリストファーは急に表情を変えて優しく言った。
「ほとぼりが冷めてから、ジェネシス社にドハニー博士を訪ねていくといい」
「ドハニー博士?」アレクサンドルは驚いて目を見張った。「君の上司だった?」
「ああ、博士なら君のこときっと善処してくれるよ」
「・・・・・」
「まだまだ全てが始まったばかりだ。君の才能を活かせる時はこれからいくらでもある。博士の・・力になってあげて欲しいんだ」
「・・・・・」
無言のままだがアレクサンドルの心が動き出したのが見て取れる。クリストファーは頷いた。
「それから」
「え?」
「博士に・・僕が宜しく言っていたと伝えて欲しい。元気にしていたって」
不意にクリストファーは顔をそらせた。
「頼んだよ」

そのまま歩き出した年上の男を、少年は慌てて追いかけた。



その28へ



最新の画像もっと見る

2 Comments

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (待ってました!)
2012-03-17 09:23:14
続きを楽しみにしております!
返信する
Unknown ()
2012-03-20 14:44:57
有難うございます
これからは創作一筋に頑張るつもりです(といってもどこまで頑張るか?ですが)
宜しくお付き合いください

好きな選手を出すというよりストーリーに必要なキャラを選手の中から探すというふうにしているので、出て欲しい選手、出て然るべき人がいないというご不満もあるかと思いますが、その点ご了承くださいね。
返信する

post a comment