MIN LEKPLATS

& Patrick Chan is the ONE

翔ぶ者たち その16

2010-09-27 20:19:44 | 翔ぶ者たち
これはSWE選手を主人公キャラにした架空の物語です。他国のフィギュア選手もキャラとして拝借しています。極力尊敬の念をもって描かせて頂きますのでどうかご了承ください。そういうのがお好きでない方はご覧にならないようお願い申し上げます。


ストローム埠頭は、今日も幾種もの連絡船が停泊して乗り降りする人々で賑わっている。
水面に反射する晩秋の陽の光に眼を細めながら、クリストファーはその情景を見るともなく眺めていた。そんな彼に、隣接するグランド・ホテルのボーイが近づいて声を掛けた。
「ベルントソンさんですね」
「え、ええ、そうですが?」
「お連れの方から部屋まで来て頂くよう伝言を承りました」
「・・・・・」

昨夜遅くにザザから電話があって会う約束をした。待ち合わせ場所をここと指定したのは彼女だった。会うのはいつも外で、ザザがどこに住んでいるのかこれまで考えたことはなかった。が、まさか街一番の高級ホテルに滞在しているとは・・?
戸惑いながらも、クリストファーはボーイに促されてホテルのドアを潜った。レセプション脇にあるエレベーターに乗って教えられた階のボタンを押す。スヴィート付きの最も高価な部屋しかないはずの最上階だった。
最上階に部屋は多くない。エレベーターを出て数歩行くと目的の部屋の前に出た。
暫くためらった後、覚悟を決めてノックする。
間髪を入れず、中から男の声がした。
「どうぞ」
応答したのがザザではなかったことで、クリストファーの警戒心が更に強まった。精神力を巡らせて雰囲気を読もうとしたが・・何も引っ掛かってこない。
『ままよ』
クリストファーがノブに手を掛けて回すと、ドアは音もなく開いた。
「こっちだ、遠慮せず入ってくれ」 奥から声がする。

入り口直結の部屋を過ぎて左に曲がると、高価な生花が彩りを添えるスヴィートだ。中央に位置するソファ・テーブルの向こう側にその男は座っていた。

「久しぶりだね、ベルントソン君。私を憶えてるかな」
クリストファーは衝撃を露にして、眼前の洗練された高級スーツに身を包んだ人物を見つめた。

「・・エヴァン・・ライサチェク・・?!」

男はふっと笑った。
「名前まで知ってくれているとは、光栄だ」
「・・・・・」
「どうかくつろいでくれ」 言いながらライサチェクは向かい側のソファを示した。
が、クリストファーは身動きしない。全身防御のかたまりだった。
「一体これはどういう・・僕を呼んだのは貴方なのか?」 ザザのことを思い出してはっとする。
ライサチェクが再び微笑んだ。
「どうやら私の歓待ではご不満のようだな。・・おい」 ともう一つ奥にある部屋の方へ声を掛ける。「客人がお待ちかねだ、君も出て来いよ」
呼び掛けに応じて、真紅のドレスを身にまとった眩しいような美女が登場した。

あまりに普段と違いすぎて一瞬わからなかった。が、確かにそれはザザであった。赤い唇にポイントを置いたメイクはそれほど濃いものではなかったが、化粧っけのない彼女を見慣れているクリストファーには随分厚化粧に見えた。彼の知っている無邪気なザザとはまるで別人の、妖艶な大人の魅力を湛えたザザ・・・

クリストファーの驚く様を面白そうに眺めながらライサチェクが言った。
「紹介しよう、私のボディガードだ。十指に余る言葉を使いこなし、その魔性の魅力で老若男女を問わず片っ端から手玉に取るCIA屈指のトップ・エージェント・・ジョニー・ウィアー君だよ」

「・・え・・・?!」

その瞬間の驚愕に比べたら、それまでの驚きなど驚きの名にも値しない。
一瞬クリストファーの顔は真っ赤になり、やがて血の気が引いて蒼白に変わった。
「おっと、君にとってはザザ、だったな。失敬した、なにしろ名前を一杯持ってるもんでね、は」 言いながらライサチェクはもう堪え切れないというように笑い出す。
ジョニー・ウィアーと呼ばれたザザは、クリストファーに向けてにっこり笑い軽くウインクして見せた。

黒いスーツ姿のライサチェクの隣に真紅のドレスのウィアーが立つと、それはもうハリウッド・スターばりの華麗さ、うっとりするように豪華な美形カップルだ。
クリストファーはジーンズに洗いざらしの綿シャツという己がいでたちに思い至って、我知らずしり込みせずにはいられなかった。

「さあ、人数も揃ったことだし話を始めたい。座ってくれないか」 ライサチェクが言った、もう真顔に戻っている。
まるで自由意志を失った操り人形のように、クリストファーは言われるままにソファに腰を落とした。座らなければ動顛のあまり遠からず倒れてしまっただろう。呆然自失の表情で、それでも視線はザザ、もといジョニーに貼りついたまま外すことが出来ないでいた。

「悪かったと思っている。君の気持ちを弄ぶつもりはなかった。あんな出会いをした以上、我々としてはどうしても君と君の友人達に関して調査する必要があったんだ、それは理解してくれるだろう?」
クリストファーの表情が硬くなる。
「他の調査員からの報告もあって、まあだいたいのことは判ったよ」
そこで初めてザザ、もといジョニーから視線を外し、クリストファーはライサチェクを横目で睨んだ。
「本当に?」
「と思ってるが」
「貴方たちなどに、僕らの意図がわかるわけない」
「これは・・ご挨拶だな」 とライサチェクはまた笑いかけたが、顔を歪めるような中途半端な表情に終わった。
「私達がどういう結論に達したかわかっているとでも?」
「想像はつくよ、米国人の考えることは」
「・・・・・」 今度はライサチェクの顔が強ばる番だった。
「・・では、自分の口から説明して貰えるかな、誤解を招かない為にね」 言葉遣いは丁寧だが声色に凄味が加わっている。
が、ライサチェクの威嚇はクリストファーには届かなかった。クリストファーは深刻な表情で、向かいに座っている優雅な米国人を観察している。ザザの正体を知ったショックはもう跡形もなかった。

アメリカの秘密兵器、世界屈指のエスパーが眼の前にいる。しかも、あろうことか自分の意見を聞こうとまで言っている。願ってもない千載一遇の好機ではないか。
しかし・・

『彼にそれを理解する準備は出来ているのか?』

実際にはほんの2、3分だったろう、しかし当人達には永遠に感ぜられる沈黙の後、クリストファーは深い溜め息をついた。
『・・駄目だ』

「どうした?」 明らかに落胆した様子のクリストファーにライサチェクが声を掛けた。
「いや・・何でもない」
「・・・・・」
「・・何故僕を呼んだのか、理由を聞こうか」
今度はライサチェクが無言を決め込む番だった。鋭い視線でクリストファーを観察する。
やがて口を開いた。「中立などというありもしない空論を振りかざして危険な火遊びをする悪癖には手を焼かされるが、我々は貴国を自由陣営の一員と見做している」
「それはどうも」
「私に向かって軽口を叩くのはやめたほうがいいぞ、・・Mr.スウェーデン」
「・・・・・」
「・・まあいい。これは余計なお節介かも知れんが、同胞のよしみで警告しようと思ってね」
「警告?」
「そうだ、モスクワが動き出している」
「・・・・・」
「君たちを潰す気だ」
「・・わからないな、僕らは只の名もない個人企業だ。CIAやKGBから関心を持たれるような立場では・・」
「彼らはそうは思っていない」
「・・・・・」
「次いで言えば、我々もそうは・・思っていない」
二人の視線が火花を散らしてぶつかり合った。
「火は小さいうちに消せ、さ。奴らの気持ちはよくわかるね」
「・・だろうな、貴方達は似たもの同士だもの」
「・・減らず口は叩くなと言ったはずだ」 ライサチェクの表情が再び威嚇的になる。
『そういうとこが似てるってんだよ』 クリストファーは内心ぐちた。深刻な状況にも拘わらず、どこかに面白がってる自分がいる。

クリストファーの無言を好意的にとって、ライサチェクは話を進めた。
「まあ、KGBと比べて君たちがちっぽけな存在だというのは当たっている。奴らが本気を出せば君たちには万が一の勝ち目もない」
「・・・・」
「だから手遅れになる前に、ひとまず地下に潜ることを薦める」
「・・・・」
「君と・・あの、なんと言ったかな・・シュルタイス、か。君たち二人にはこんなところで潰されてしまうには惜しい才能がある。地下に潜って時期を待ちたまえ」
「・・・・」
「将来、自由陣営の仲間として力を貸してくれることを期待しているよ」

『なるほど、そういうことか・・』

クリストファーは立ち上がった。
「ご忠告感謝する。ご期待に副えるかどうかどうかはわからないけど」
そして相手の返事を待たず、さっさと出口に向かった。

それにジョニーが追いすがった。ドアの処で追いつく。
「待って、クリストファー」
クリストファーは動きを止めた。が、振り向くことはしない。
「騙していて、ご免」
「・・・・」
「でも、貴方と一緒に過ごせた期間、とても楽しかった。貴方に見せた私は嘘じゃない、本当の私だったの。どうかそれだけは信じて」
「・・随分虫の良い話だね」
「・・そうね」
「じゃ、行くよ」
「あ、クリストファー」
「ん・・?」
「元気で、・・気をつけてね」

クリストファーが振り向いた。

「君も・・気をつけて」 形だけの言葉のつもりだったのに、情感がこもってしまっていた。
ジョニーが嬉しそうに頷く。その顔を記憶に留めて、クリストファーは部屋を後にした。


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2 Comments

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Unknown (ringo)
2010-10-21 15:45:49
こんにちは。
久しぶりにこちらに伺って、「翔ぶ者たち」その15、16と読ませて頂きました。今頃の感想で恐縮ですが、ザザの正体が明かされたとき、思わず「えーっ」と声を出してしまいました。すぐ15に戻って読み直してみると、いかにも彼らしい(と言うほどは彼の事を知りませんが)セリフにうなずいてしまいました。
また、作中のクリストファーの人柄に好感が持てます。彼らの今後が心配ですが、次の展開も楽しみです。



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お久しぶりです ()
2010-10-22 04:20:06
ringoさん、感想有難うございます。

米国の華麗な強さを象徴するのはやはりこの二人しかないという思いがあって、どうしても彼らの2ショットを入れたかったんですよね。クリスとどう絡ませるかはかなり迷いました。でも、私としてはこの成り行きに満足しています。
そうそう、クリスって好青年でしょ?本物に似て(笑)

シーズンが本格的に始まってゆっくり小説書いてる余裕はないかも知れませんが、少しずつでも続けてゆきたいと思っています。どうかご贔屓に。
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