EQペディア/エラリイ・クイーン事典

エラリイ・クイーンの作品(長編・短編)に登場する人物その他の項目を検索する目的で作られたブログです。

Xの悲劇

2007年06月20日 | 長編ミステリ

Xの悲劇

The Tragedy of X(1932年刊行)


☆事件

株式仲買人ハーリー・ロングストリートは、女優チェリー・ブラウンとの婚約を披露するため、招待客を市内のホテルに呼び集めた。酒と軽い食事とダンスの後、ロングストリートは一行を自宅での晩餐パーティーへ招待する。
ホテルを出ると突然の豪雨で、タクシーが拾えず、しかたなく一行は市街電車で移動することになった。ホテルのある八番街で混雑する電車にどうにか乗り込んだ一行。窓を閉め切った満員の車内は息苦しく不快だった。

ロングストリートは、立ったまま新聞を読もうとし、ポケットに手を入れて眼鏡のケースを探った。そのときポケットに入っていた物体が彼の指と掌を刺し、ロングストリートはけげんそうに左手を見た。何箇所かに血が滲んでいた。

西へ向かう四十二丁目線の電車は、満員のため九番街の停車場ではドアを開かず、渋滞する道路をのろのろと十番街へと向かっていた。そんな状態の車中で、ロングストリートが前のめりに倒れ、足元の床にくずおれた。目を見開いたまま、口を半ば開き、喘ぎながら口から小さな泡を噴き出し、ロングストリートは死んだ。

ニコチンを塗った縫い針で針ねずみのように被われた小さなコルク玉が凶器だった。この凶器がロングストリートのポケットに落とし込まれたのは、乗車後のことであるとわかった。殺人犯は満員の市街電車のなかに潜んでいるのだ。

パーティーの一行のなかにはロングストリートを嫌っている者も多かった。共同経営者のドウィットは、妻を寝取られ、娘のジーンにまで触手を延ばされそうになっていた。ドウィットの部下のクリストファー・ロードはジーンの婚約者であり、当然ロングストリートを憎んでいた。顧客のマイクル・コリンズはロングストリートに勧められた株で大損をして、彼を恨んでいた。

事件の解決に頭を痛めていたブルーノ地方検事とサム警視は、かつて警察に協力し、難事件を手紙で解決してくれたドルリイ・レーンを頼って訪ねることにした。レーンは引退したシェークスピア俳優で、現在はハドソン丘陵の一角に横たわる宏壮な城郭「ハムレット荘」に隠棲している。レーンは二人の話しを聴き、ロングストリート殺しの犯人が判ったと思うと語る。しかしその犯人(仮に「X」と呼ぶ)の正体を指摘するのは留保したいという。

ブルーノ地方検事とサム警視は失望と不信の思いを抱いてハムレット荘を去った。だがすぐに第二幕が切って落とされる。検事の元へ、ロングストリート事件の目撃者と称する人物からの手紙が送られてきたのだ。


☆登場人物リスト

ハーリー・ロングストリート・・・株式仲買人
ジョン・O・ドウィット・・・ハーリーの共同経営者
ファーン・・・ジョンの妻
ジーン・・・ジョンと先妻との娘
クリストファー・ロード・・・ジーンの婚約者
フランクリン・エイハーン・・・ジョンの隣人
チェリー・ブラウン・・・女優
ポラックス・・・男優
ルイ・アンペリアル・・・スイス人。ジョンの知人
マイクル・コリンズ・・・公務員
アンナ・プラット・・・ハーリーの秘書
パトリック・ギネス・・・市街電車の運転手
チャールズ・ウッド・・・車掌
シトンフィールド・・・九番街担当の交通巡査
ダフィ・・・十八分署勤務の巡査部長
モロウ・・・十番街地区担当巡査
エミリー・ジュエット・・・市街電車の乗客
アントニオ・フォンタナ・・・市街電車の乗客
ロバート・クラークソン・・・市街電車の乗客
レンネルズ・・・ニュージャージー州ハドソン郡の地方検事
サム・アダムズ・・・フェリーボート「モホーク号」の舵手
サッター・・・船長
オーガスト・ハヴマイヤー・・・フェリーの乗客。印刷工
ジュゼッぺ・サルヴァトーレ・・・フェリー内で商売をしている靴磨き
マーサ・ウィルソン・・・フェリーの乗客。ビルの掃除婦
ヘンリー・ニクソン・・・フェリーの乗客。巡回セールスマン
メイ・コーエン・・・フェリーの乗客。オフィス・ガール
ルス・トビアス・・・フェリーの乗客。オフィス・ガール
エライアス・ジョーンズ・・・フェリーの乗客。
トマス・コーコラン・・・フェリーの乗客。
ピーター・ヒックス・・・フェリーのニューヨーク側発着所勤務
ミセス・マーフィー・・・アパートの管理人
アシュレー・・・銀行の出納係
クロップ・・・三番街電鉄の人事担当マネージャー
ジョーゲンズ・・・ドウィット家の執事
フェリーペ・マキンチャオ・・・南アメリカから来た男
ホワン・アーホス・・・ウルグアイの領事
ヒュー・モリス・・・取引所クラブの専属医師
ライオネル・ブルックス・・・ドウィットの弁護士
フレデリック・ライマン・・・主任弁護人
グリム・・・判事
ポップ・ボトムリー・・・西河岸線の車掌
エド・トムソン・・・西河岸線の車掌
コール・・・ニュージャージー州バーゲン郡の地方検事
ウォルター・ブルーノ・・・地方検事
バーニー・・・ブルーノの秘書
バーベイジ・・・ニューヨーク市警察本部長
サム・・・警視
ピーボディー・・・警部補
ジョナス・・・刑事
モウジャー・・・刑事
グリーンバーグ・・・刑事
オハラム・・・刑事
シリング・・・検屍医
ドルリイ・レーン・・・元俳優。探偵
フォルスタッフ・・・レーンの執事
クェイシー・・・扮装係
ドロミオ・・・運転手
アントン・クロポトキン・・・演出家


*固有名詞の表記は宇野利泰訳(ハヤカワ文庫)に拠りました。

ドウィットの別表記はデウィット(創元・角川)
エイハーンの別表記はアハーン(創元・角川)
マイクル・コリンズの別表記はマイケル・コリンズ(角川)
ドルリイ・レーンはドルリー・レーン(創元・角川)


☆コメント

するどい観察と手がかりの分析によってさまざまな可能性を検討し、そのなかから不合理なものをひとつひとつ消去してゆき、残された唯一の真相を探り当てる。『ローマ帽子の謎』を皮切りに『フランス白粉の謎』と続き『オランダ靴の謎』で確立されたエラリイの推理法である。

劇場、デパート、病院という「箱物」を舞台に、多くの登場人物のなかから、犯行の機会を持ち得た人物を絞り込んでいくのが、クイーン初期作品の特長であり、犯行の動機という先入観を持たずに純粋に推理してゆくエラリイのスタイルは、背景となる都市の風景とあいまって、モダンなものであった。

これら初期の作品群のスタイルを発展的に継承した作品は、意外にも、探偵エラリイの登場する『ギリシャ棺の謎』や『エジプト十字架の謎』ではなく、ほぼ同時期に、作家クイーンがその正体を隠して、バーナビー・ロス名義で発表した『Xの悲劇』だった。

『Xの悲劇』は、市街電車(路面電車)、フェリーボート、鉄道列車という交通機関(動く「箱物」)を舞台に、よりスピーディーな展開で読者をぐいぐいと惹きつけて離さない傑作である。初期クイーンの都市型パズラー(推理小説)の集大成といえる作品。

だが、それだけではなく、『Xの悲劇』は、引退したシェークスピア俳優のドルリイ・レーンという古風な探偵役を起用することによって、喧騒の都市的日常と、レーンの住むエリザベス朝時代のテーマパークさながらのハムレット荘の非日常的静寂(レーンは聴力を失って引退した)とを対比させ、なんとも魅力的な作品空間を創り出すことに成功している。

レーンの仮想上のライバルは、(作者はあえてその名を伏せているが)シャーロック・ホームズと思われ、元俳優であるレーンは変装の達人でもある。レーンの変装シーンについては、リアリズム的見地から不必要と見る向きもあるが、そこに本格推理小説らしい稚気を見いだし、ホームズやルパンの冒険譚に夢中になった少年時代へのノスタルジアを感じて、微笑ましく思う読者も多いのではないだろうか。このようにレーンさん、かなりキャラが立っているが、推理の方法はエラリイと変わらないのでご安心を。

『Xの悲劇』の古典回帰傾向はそれだけではない。プロットそのものが古典的なのだ。古典的なドラマをモダンな都市空間で演じるところに、この作品の特長があると言ってもよいだろう。同じく古典回帰的な傾向を持ちながら、田舎やリゾート風住宅地を舞台にしている『エジプト十字架の謎』とは対照的である。

つけ加えておくと、『Xの悲劇』はクイーンがこだわりを見せたダイイング・メッセージを扱った最初の作品であり、そのなかで最も成功した作品でもある。
(eirakuin_rika)





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Yの悲劇

2007年06月20日 | 長編ミステリ

Yの悲劇

THE TRAGEDY OF Y (1932)


☆事件

富豪ヨーク・ハッターの死体がニューヨークの港にあがった。その後、狂気じみたハッターの邸で奇怪な惨劇が起り始める。子供が毒物の入った飲み物で危うく命を落としそうになり、未亡人がマンドリンという奇妙な凶器で殺害されたのだ。名探偵ドルリイ・レーンはその驚愕すべき完全犯罪の解明に挑むが……。犯罪の異常性、用意周到な伏線、明晰な論理性と本格ミステリに求められるすべてを備えた不朽の名作。(ハヤカワ文庫『Yの悲劇』カバー紹介文より)


☆登場人物リスト

ヨーク・ハッター・・・化学者
エミリー・・・ヨークの妻
バーバラ・・・ハッター家の長女
ジル・・・次女
コンラッド・・・長男
マーサ・・・コンラッドの妻
ジャッキー・・・コンラッドの長男
ビリー・・・次男
ルイザ・キャンピオン・・・エミリーと前夫との娘
メリアム・・・ハッター家の主治医
トリヴェット・・・元船長。ハッター家の隣人
ミセス・アーバックル・・・家政婦
ジョージ・アーバックル・・・その夫。住込み運転手
ヴァージニア・・・メイド
ミス・スミス・・・看護婦
エドガー・ペリー・・・家庭教師
ジョン・ゴームリー・・・コンラッドの共同経営者
チェスター・ビギロウ・・・弁護士
ピンカッソン・・・刑事
サム・・・警視
ウォルター・ブルーノ・・・地方検事
シリング・・・検屍医
ドルリイ・レーン・・・元俳優。探偵
クェイシー・・・扮装係
フォルスタッフ・・・執事
ドロミオ・・・運転手



☆コメント

ヴァン・ダインの某作品と比較されがちな(クリスティーも後で似たような着想の作品を書いていますね)『Yの悲劇』ですが、もちろんこの作品のメイン・プロットは全然別のところにあります。『オランダ靴の謎』の中でエラリイが書いていた探偵小説の題名を覚えていますか?
この作品では『Xの悲劇』で登場したドルリイ・レーンのキャラクターがより深化しています。元シェークスピア俳優という設定からか、『X』では変装など芝居がかった点も目に付きましたが、『X』の場合それ自体クイーンによる演出の効果という意味合いもあったと思います。今回も変装の計画はあったのですが、断念していますね。それは、この作品での苦悩するレーン像にふさわしくないとの判断が働いたためかも知れません。それに第三幕第八場にはどうしてもレーン氏本人の存在が不可欠でしょう。
『Yの悲劇』では事実上第二幕の終りでレーンは真相にたどり着いています。第三幕第二場まで読めば、驚愕のプロットが明らかになり読者も真犯人に気づくでしょう。
第二幕までは犯人のゲームでしたが、第三幕からはレーンのゲームになります。この第三幕でのドルリイ・レーンの描かれ方が悲劇四部作の核心をなしていると思います。けれんみたっぷりの役者から、一人の人間への転換がここでなされていると言ってよいでしょう。
一人の人間と書きましたが、それは現実の人間というよりは、「悲劇の主人公」と呼ぶにふさわしい人間像です。
ドリリイ・レーンは「シャーロック・ホームズの風貌とポワロの味、それにエラリイ・クイーンの推理方法」を持った知的な探偵の役を立派にこなし、さらに“ハムレット”にもなりきれる人物ですね。

ところで礫を投げたい所が一箇所。第一幕第四場(創元推理文庫版)でのレーンさん、ルイザのベッドのスプリングを押して「音がしますな」はないでしょう。ハヤカワ文庫版だと「かなりの音だ」だって・・・><

(yosshy)


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Zの悲劇

2007年06月20日 | 長編ミステリ

Zの悲劇

THE TRAGEDY OF Z (1933)


☆事件

悪名高い上院義委員が、選挙をひかえ、自宅で刺殺されていた。出てきた手紙から、いかがわしい婦人との交際が明らかになるが、事件の様相を一変させたのは、脅迫状だった。それはある囚人からきたもので、復讐をにおわせていた。しかもこの男は最近出所したばかりだったのだ……現代的な女探偵の先駆ペイシェンス・サムを登場させ、老探偵ドルリイ・レーンとの見事なコンビぶりを描く型やぶりの本格探偵小説(ハヤカワ文庫『Zの悲劇』カバー紹介文より)。


☆登場人物リスト

ペイシェンス・サム・・・語り手
サム・・・ペイシェンスの父。元警視
エリヒュー・クレー・・・大理石採掘会社の社長
ジェレミー・クレー・・・エリヒューの息子
アイラ・フォーセット・・・エリヒューの共同経営者
ジョエル・フォーセット・・・アイラの弟。上院議員
カーマイケル・・・ジョエルの秘書
ファニー・カイザー・・・売春組織のボス
ジョン・ヒューム・・・地方検事
ルーファス・コットン・・・ジョンの支援者
ケニヨン・・・署長
ブル 検死医
アーロン・ドウ・・・前科者
マグナス・・・刑務所長
ミュア・・・神父
マーク・カリアー・・・弁護士
スイート・・・地方検事補
ウォルター・ブルーノ・・・知事
ドルリイ・レーン・・・元俳優。探偵
クェイシー・・・扮装係
ドロミオ・・・運転手


☆コメント

「悲劇四部作」を一つのシンフォニーにたとえるなら、第三楽章にあたる『Zの悲劇』は転調の楽章になると思います。それまでの重厚な雰囲気と比べると明らかに軽い文体で、サスペンス小説風に語られる物語、それが『Zの悲劇』です。
なんといっても、見習い女探偵ペーシェンス・サムの一人称によって語られるスタイルが、この作品の異色性を際立たせています。ペーシェンスは21歳そこそこの若い女性。クイーンはそのペーシェンスに単なるワトスン的記述者以上の役割を与え、女性としての魅力を武器に怪人物アイラ・フォーセット博士に接近させるなど、大胆な起用をしています。
加齢による衰えの目立つドルリー・レーンの補佐役にして未来の後継者は、サム警視の娘にしてシャーロック・ホームズ的知性の持ち主であるうら若き女性でした。なぜ女性なのか?男性にするとリチャードとエラリイのクイーン父子そのままになってしまうという点はたしかに考えられます。しかし、それ以上に、ペーシェンス・サムというキャラクターにクイーンなりの理想の女性像を描き出してみたいという実験精神もあったのではないかと、私は考えてみたいのです。
一人称にしたのも、三人称で描かれているエラリイとの差別化という意味合いが大きかったのかもしれませんが、もうひとつ、ペーシェンスの人物像を彼女自身に語らせようという意図があったとも思われます。残念ながらこの実験は成功したとは言えませんが。
ペーシェンスの人物像を鮮明に描くためには、客観描写を用いたほうが良かった。一人称であまりいろいろ語らせすぎるのはかえって逆効果になってしまうようです。むしろ一人称を使うなら、引退して私立探偵になっているサム(元)警視の視点での一人称のほうが良かったのではないかと思います。
異性の立場で一人称で書くというのは、なかなか難しいことで、女性の作家が男性を主人公に描く場合にもまず一人称は使っていないでしょう。作者の思惑に反して、ペーシェンスが「女装したエラリイ」のように見えてしまうのは、ひとえにこの一人称描写の欠陥によるものだと思います。ペーシェンスのキャラクター自体には、ジェンダーにとらわれない知性が感じられ、私は好感が持てます。本来「知性」は中性的なものでしょう。

次に作品そのものに注目してみましょう。
『Zの悲劇』は謎解き小説としての骨格を維持しながら、社会風俗小説、サスペンス小説の要素を前面に出している点でも、クイーンにしては異色の作品といえます。
舞台になるリーズの町は、腐敗した政治家や売春組織の女ボスなどが跋扈する、「卑しき町」です。引退したサム警視はもはや一介の私立探偵に過ぎず、地元の地方検事ヒュームや地元警察のケニヨンとは対立する立場に立たされます。裁判も政治に利用され、無実の男が殺人の罪を着せられるのを、レーンやサム親娘はどうすることもできません。というわけで、この作品はクイーン流ソフトボイルド私立探偵小説といった趣を持っています。あるいはクイーンはハメットの存在を意識しながらこの作品を書いたのかもしれません。『Zの悲劇』の題名の由来となる「HEJAZの星」のエピソードには『Xの悲劇』や『エジプト十字架の謎』に通じるクイーン好みのロマン派精神が見られます。どんなにリアリズムを気取った所で、ミステリの本質的部分にあるのはロマン派精神以外のなにものでもないというメッセージを『Zの悲劇』から読み取ることも可能でしょう。
それ以外にもこの作品には若いヒロインにふさわしいロマンス的な要素、死刑制度に対する問題提起など、さまざまな要素が盛り込まれていてそれが魅力にもなっています。
もちろん最終的には手際よくフーダニットへと読者の興味を収斂していくことになるのですが。
クイーン風フェアプレイ謎解き小説のスタイルは『オランダ靴の謎』で完成されていると、前にも書きましたが、『Zの悲劇』の謎解き部分についていえば、『オランダ靴』のスタイルが見事に踏襲されていて、一定の条件を満たす容疑者を絞り込んでゆく消去法の推理は『オランダ靴』の再現を思わせます。この推理の過程は美しい。
とはいえ、『Zの悲劇』には『オランダ靴の謎』のような爽快なまでのフェアプレイ精神はありません。たしかにすべての手がかりはあらかじめ読者に与えられていると言えばそのとおりなのですが、それらは読者に気づかれないようにさりげなく置かれているので、作者によるアリバイ工作のような感じさえします。「ほら、ちゃんとよく読めばここに書いてあるでしょ。ちゃんと読まない君が悪いんだよ」というわけです。『オランダ靴』ではエラリイは重要な手がかりを発見すると、きちんと読者に知らせて、推理への読者の参加をうながしていましたが、『Zの悲劇』にはそうした意味でのフェアプレイはありません。あるのは形骸化したフェアプレイの名目であり、銀行や証券会社や保険会社の約款を読むよりも注意深く読むことを読者に要求する「フェアプレイ」なのです。もちろんそんな読み方をする暇な読者はごく一部でしょう。だから、作者としては「読者への挑戦」以外のところできっちりサービスを考えなくてはならなくなってきているわけです。

それにしてもアーロン・ドウはなぜ最後まで口をつぐんでいたのだろう?

(yosshy)



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ドルリイ・レーン最後の事件

2007年06月20日 | 長編ミステリ

ドルリイ・レーン最後の事件

Drury Lane's Last Case (1933)


☆事件

サム元警視のもとを訪ねてきたのは、色眼鏡をかけ髭をまだらに染めた異様な風体の男だった。一通の封筒を預け男は消えたが、同じ頃博物館でシェイクスピアの稀覯本すり替え事件が起きる。サムの要請に応じ、名探偵ドルリイ・レーンが真相究明に乗り出すが……
シェイクスピア劇の元名優ドルリイ・レーンが、世界文学史を根底から覆す大事件の謎に挑む。X、Y、Zに続く四部作の掉尾を飾る巨匠の代表的傑作(ハヤカワ文庫『ドルリイ・レーン最後の事件』カバー紹介文より)。


☆登場人物リスト

サム・・・元警視。私立探偵
ペイシェンス・・・サムの娘
ジョージ・フィッシャー・・・観光バスの運転手
アロンソ・チョオト・・・ブリタニック博物館館長
ハムネット・セドラー・・・同新館長
ミック・ドノヒュー・・・同警備員
ゴードン・ロウ・・・シェイクスピア研究家
エイルズ・・・シェイクスピア研究者
マックスウェル・・・エイルズの使用人
リディア・サクソン・・・サクソン書庫所有者
クラブ・・・同司書
ジョー・ヴィラ・・・こそ泥
ドルリイ・レーン・・・元俳優。探偵
クェイシー・・・ドルリイ・レーンの使用人
フォルスタッフ・・・同執事
ドロミオ・・・同運転手



☆コメント

長年にわたり舞台の上でハムレットを演じつづけてきたドルリイ・レーン自身は、おおかたの人がハムレットに対して抱くイメージとは異なり、認識する人であると同時に行動する人であった。なぜなら彼はまぼろしのヴェールに包まれていたから。
名探偵ドルリイ・レーンの運命は、彼が関わった事件そのものにもまして数奇なものであった。彼はこの最後の事件において、劇的な退場を余儀なくされる。

すべては運命のなすがままだったのか?

運命・・・それは人間の意志あるところに立ち現れる。レーンは悲劇の主人公にふさわしく、おのれの意志を実現し、そして運命を受け入れる。
最後の事件はまさに『最後の悲劇』と呼ばれるにふさわしいものであった。

物語において作者は、本物の「神」でこそないが、いわゆる「神の猿」としてその作品世界の登場人物の運命を支配する立場にある。ドルリイ・レーンは『Xの悲劇』『Yの悲劇』『Zの悲劇』を通じて、時として悲劇の演出家のように振る舞い、超人的な活躍を見せてくれたが、この『最後の悲劇』では彼もまた作者に操られる「神の猿の猿」に過ぎなかったことが明らかにされるのである。

この『レーン最後の事件』を読んで、「これはもはやミステリではない。悲劇そのものだ」と言う人が現れてもおかしくない、鮮やかな幕切れである。

(yosshy)

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ローマ帽子の謎

2007年06月20日 | 長編ミステリ

ローマ帽子の謎

☆原題
THE ROMAN HAT MYSTERY
1929年刊行。クイーンのデビュー作

☆邦訳
『ローマ帽子の謎』井上勇訳(創元推理文庫)、『ローマ帽子の秘密』宇野利泰訳(ハヤカワ文庫)、『ローマ劇場毒殺事件』石川年訳(角川文庫)



☆事件

ニューヨーク四七番通り、ブロードウェイの西側に位置するローマ劇場では『ピストル騒動』なる出し物が人気を博していた。その上演中に、観客席で一人の男が毒殺された。
犯行後劇場から抜けだした人物はいない。被害者は悪徳弁護士であり、恐喝者であった。夜会服を着込んだ被害者のシルクハットが現場から消えていたことに注目したエラリイは推理を開始する。


☆登場人物リスト

モンティー・フィールド・・・ローマ劇場で毒殺された悪徳弁護士
ベンジャミン・モーガン・・・弁護士、フィールドの元共同経営者
ルイス・パンザー・・・ローマ劇場支配人
ウィリアム・プザック・・・死体発見者
エスター・ジャブロウ・・・プザックの連れの女
ヒルダ・オレンジ・・・ローマ劇場の女優
イーヴ・エリス・・・・ローマ劇場の女優
ジェームス・ピール・・・・ローマ劇場の男優
スティーヴン・バリー・・・ローマ劇場の男優
ハリー・ニールスン・・・ローマ劇場宣伝係
マッジ・オッコネル・・・ローマ劇場の案内人
ジェッス・リンチ・・・売店の売り子
エリナ・リッピー・・・ジェスのガールフレンド
フランセス・アイヴス・ホープ・・・財界巨頭の娘、バリーの婚約者
チャールズ・マイクルズ・・・フィールドの下僕
アンジェラ・ルッソー・・・フィールドの愛人
ジョニー・カッザネリ・・・悪党、通称「牧師」
オスカー・リューイン・・・フィールドの事務所の支配人
ドイル・・・警官
スツッツガード・・・医師
プラウティー・・・医務検査官補
フリント・・・刑事
ヘイグストローム・・・刑事
ピゴット・・・刑事
ヘッス・・・刑事
ジョンスン・・・刑事
リッター・・・刑事
ヘンリ・サンプスン・・・地方検事
チム(チモシー)・クローニン・・・サンプスン検事の部下
アーサー・ストーツ・・・サンプスン検事の部下
ジューナ・・・クイーン家の給仕
トマス・ヴェリー・・・部長刑事
リチャード・クイーン・・・ニューヨーク市警本部警視
エラリイ・クイーン・・・探偵、クイーン警視の息子


☆コメント

デビュー作だけあって、探偵エラリイや父のリチャード・クイーン警視のひととなりなどが詳しく書かれている(ただし序文に書いてあるJ.J.マックの言説は真に受けないことを推奨。J.J.マックについては別に項目を立てます)。

あえて言えば、物語としてのおもしろさや人間ドラマをこの作品に求めてはならない。推理そのもののおもしろさこそが、この作品のすべてなのだ。ストレートなクイーン流パズラーの原点がここにある。そしてクイーンの直球勝負は、第三作『オランダ靴の謎』で一つの頂点を極める。第四作の『ギリシャ棺の謎』以降は、さまざまな変化球も加わり、クイーンの作風の幅が拡がっていくことになる。
(eirakuin_rika)
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フランス白粉の謎

2007年06月20日 | 長編ミステリ

フランス白粉の謎

☆原題
THE FRENCH POWDER MYSTERY
1930年刊行


☆邦訳
『フランス白粉の謎』井上勇訳(創元推理文庫)、『フランス白粉の秘密』宇野利泰訳(ハヤカワ文庫)、『フランス・デパート殺人事件』石川年訳(角川文庫)


☆事件

ニューヨークの中心街、五番街に面した百貨店フレンチスの大ショーウィンドウの前には、正午から始まる展示実演を見物しようとする物見高い群集がひしめいていた。
展示の内容は、パリから来たポール・ラヴェリーの創案になる超近代的設計の居間と寝室の兼用部屋の紹介である。
その目玉商品は「壁寝台」。壁に取り付けられたボタンを押すと、壁の一部が前方にせり出してベッドが広げられるとい仕組みになっていた。
五月二十四日の火曜日、定刻にいつもどおりのデモンストレーションを行うためにショーウィンドウに入って来た黒人女がボタンを押すと、ベッドがその姿を現し、同時に女の死体が転がり出た。
死体はフレンチス百貨店会長サイラス・フレンチの妻、ウィニフレッドのものだった。


☆登場人物リスト

サイラス・フレンチ・・・フレンチス百貨店重役会会長
ウィニフレッド・マーチバンクス・フレンチ・・・サイラスの後妻
マリオン・フレンチ・・・サイラスの娘
バーニス・カーモディー・・・サイラスの後妻ウィニフレッドの娘
ヴィンセント・カーモディー・・・バーニスの父親、骨董商
ヒューバート・マーチバンクス・・・百貨店重役、サイラスの後妻の兄
A・メルヴィル・トラスク・・・百貨店重役、バーニスの婚約者
ジョン・グレー・・・百貨店重役
コーネリウス・ゾルン・・・百貨店重役、
アーノルド・マッケンジー・・・百貨店支配人
ジェームズ・スプリンジャー・・・百貨店書籍部主任
ウィリアム・クルーサー・・・百貨店探偵主任
ウェストリー・ウィーバー・・・サイラス・フレンチの秘書
ポール・ラヴェリー・・・パリから来たデザイナー
ダイアナ・ジョンスン・・・死体を発見した黒人女
ピーター・オフラハーティー・・・百貨店の夜間警備員のかしら
ラルスカ・・・百貨店の夜間警備員
パワーズ・・・百貨店の夜間警備員
ブルーム・・・百貨店の夜間警備員。貨物搬入口を担当
ロバート・ジョーンズ・・・百貨店の探偵の一人。元警官
クラフト・・・百貨店の監査室員
オシェーン・・・昼番の警備員
ジョニー・サルヴァトーレ・・・貨物搬送会社の運転手
マリノ・・・サルヴァトーレの助手。荷下ろし役
ホーテンス・アンダーヒル・・・フレンチ家の家政婦
ドリス・キートン・・・バーニスの女中
スチュアート・・・サイラスの主治医
ジミー・・・警察の実験所の係官
サルヴァトーレ・フィオレリ・・・麻薬班の主任
サム・プラウティー・・・医務検査官補
ピゴット・・・刑事
ヘッス・・・刑事
ヘイグストローム・・・刑事
フリント・・・刑事
ジョンスン・・・刑事
リッター・・・刑事
スコット・ウェルズ・・・ニューヨーク警察本部長官
ヘンリ・サンプスン・・・地方検事
チモシー・クローニン・・・サンプスン検事の部下
ジューナ・・・クイーン家の給仕
トマス・ヴェリー・・・部長刑事
リチャード・クイーン・・・警視
エラリイ・クイーン・・・クイーン警視の息子。推理小説作家



☆コメント

百貨店のショーウィンドウに白昼突然出現した死体。このセンセーショナルな状況は、作者にとって充分に魅力的だったに違いない。しかし、それが単なる作者の見せ場作りではなく、犯人にとってこの状況が必然的なものだったことがこの作品の謎と論理の中心になっているところがすばらしい。
事件の背後にある麻薬密売組織との闘いを描いている点も、いかにもアメリカン・ミステリ的であり、新しいタイプの都市型探偵小説としての魅力にあふれている。
(eirakuin_rika)



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オランダ靴の謎

2007年06月20日 | 長編ミステリ

オランダ靴の謎

☆原題
The Dutch Shoe Mystery
1931年刊行

☆邦訳
『オランダ靴の謎』井上勇訳(創元推理文庫)、『オランダ靴の秘密』宇野利泰訳(ハヤカワ文庫)他

☆事件

19XX年1月の薄ら寒い月曜の朝、オランダ記念病院では、緊急手術が行われることになっていた。その日の朝、病院を訪れた設立者のエービゲール・ドールン夫人が糖尿病によるめまいのため、階段から転落し、胆嚢が破裂するという事故が起きたためだ。
夫人は七十歳を越える老体で、糖尿病の状態での手術はかなり危険であった。執刀は、夫人から最大限の友情と信頼を寄せられていた、辣腕の外科主任ジャニー博士の手によってなされる手はずになっていた。

たまたま、専門的知識を得るために友人のミンチェン博士を訪ねてきていたエラリイは、ことのついでにドールン夫人の手術を見学することになった。オランダ記念病院の大手術室は、実習生や看護婦たちが見学できるように、立会人用の桟敷席が階段状に設けられており、しら木の高い仕切りで遮断された平土間の手術室を見下ろせるように作られている。

死体はやまほど見てきたエラリイだが、生きた組織を切り刻む手術の現場に立ち会うのは嫌なものだった。エラリイは恐怖と興奮が混じりあったような気持ちで劇場の桟敷席に腰を下ろし、手術台を見つめていた。やがて手術室と控え室の間のドアから、患者運搬車に乗せられたドールン夫人が運び込まれ、手術台の上に横たえられた。

しかし、なんだか様子が変だった。エラリイはジャニー博士の背中が、ショックでこわばるのを見た。手術台の上のドールン夫人は、すでに絞殺され、死体となっていたのだ。



☆登場人物リスト

アビゲール・ドールン・・・百万長者の女
ハルダ・ドールン・・・跡とりの娘
ヘンドリック・ドールン・・・黒い羊
サラ・フラー・・・お友だち
フランシス・ジャニー博士・・・外科主任
ルシアス・ダニング博士・・・診察専門医
エディス・ダニング・・・社会学者
フローレンス・ベンソニー博士・・・産科医
ジョン・ミンチェン博士・・・医務監督
アーサー・レスリー博士・・・外科医
ロバート・ゴールド医師・・・実習生
エドワード・バイヤース医師・・・麻酔係
ルシール・プライス・・・正規看護婦
グレース・オバーマン・・・正規看護婦
クレイトン・・・看護婦
ジョナス・・・外科医
アイザック・カップ・・・病院の玄関番
モリッツ・ニーゼル・・・《天才》
ジェームス・パラダイス・・・庶務主任
フィリップ・モアハウス・・・弁護士
マイケル・カダーイ・・・町のだに
トマス・スワンソン・・・謎の男
ちびのウィリー・・・用心棒
ジョー・ゲッコ・・・用心棒
スナッパー・・・用心棒
ブリストル・・・執事
ピート・ハーパー・・・新聞記者
ヘンリ・サンプスン・・・地方検事
チモシー・クローニン・・・地方検事補
サムエル・プラウティー・・・医務検査官補
リッチー・警部補・・・地区刑事
フリント・・・刑事
リッター・・・刑事
ピゴット・・・刑事
ジョンスン・・・刑事
ヘッス・・・刑事
トマス・ヴェリー・・・部長刑事
リチャード・クイーン・・・ニューヨーク市警察本部警視
エラリイ・クイーン・・・分析家
ジューナ・・・クイーン家のなんでも屋


☆コメント

『オランダ靴の謎』はいかにも初期クイーンらしいフェアプレイ精神にもとづく本格パズラーの名作である。読者は充分な手がかりを与えられ、しかも探偵エラリイはその手がかりの重要性を強調してさえいるのである。『ローマ帽子の謎』『フランス白粉の謎』の路線を継承した、都市型探偵小説として、現在でもクイーンの代表作の一つとしてこの作品を挙げる人は少なくないだろう。パズラーとして、とてもバランスがとれた作品でクイーン入門書としてもふさわしい。いわゆる国名シリーズのお奨めNo.1といえる作品。
(eirakuin_rika)


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ギリシャ棺の謎

2007年06月20日 | 長編ミステリ

ギリシャ棺の謎

☆原題
The Greek Coffin Mystery
1932年刊行


☆邦訳
『ギリシャ棺の謎』井上勇訳(創元推理文庫)、『ギリシャ棺の秘密』宇野利泰訳(ハヤカワ文庫)他


☆事件

葬儀のとりおこなわれている間に、故人の遺言状が消えた!その遺言状は、死亡の前日に書き換えられたものだった。ただちにさまざまな捜索が行なわれたにもかかわらず杳として行方のわからない遺言状の在り処について、唯一探索されなかった場所として、エラリイは故人の棺の中を指摘する。だが、棺を発掘して開いて見ると、遺言状は発見されず、そのかわりに男の絞殺死体が出てきたのだった。

大学を出てまもないエラリイが初めて捜査に参加した事件は、簡単なものではなかった。最初は殺人犯の植えつけた偽の手がかりの罠にかかり、翻弄され挫折を味わうエラリイ。二転三転する事件は、まさに犯人とエラリイの知恵くらべの様相を呈する。エラリイは、いかにして犯人を追いつめ、この闘いに勝利するのか?


☆登場人物リスト

ゲオルグ・ハルキス・・・美術商
ギルバート・スローン・・・ハルキス画廊支配人
デルフィーナ・スローン・・・ハルキスの妹
アラン・シェニー・・・デルフィーナの息子
デミー・・・ハルキスの従弟
ジョアン・ブレット・・・ハルキスの秘書
ジャン・ヴリーランド・・・ハルキスの外交員
リュシー・ヴリーランド・・・ジャンの妻
ネーシオ・スイザ・・・ハルキス画廊の理事
アルバート・グリムショー・・・前科者
ワーディス医師・・・英国人眼下医
マイルズ・ウッドラッフ・・・ハルキスの弁護士
ジェームス・J・ノックス・・・美術愛好家
ダンカン・フロスト・・・ハルキスの主治医
スザン・モース夫人・・・隣人
ジェレミア・オデール・・・鉛管工事請負人
リリー・オデール・・・ジェレミアの妻。旧姓モリスン
ジョン・ヘンリ・エルダー・・・牧師
ハネーウェル・・・寺男
スタージス・・・葬儀屋
ウィーキス・・・ハルキスの執事
シムズ夫人・・・ハルキスの家政婦
バーニー・スキック・・・飲み屋のおやじ
ベル・・・ホテル・ベネディクトの夜勤番頭
ホワイト・・・ホテル・ベネディクトのエレベーター係
クラフト・・・ノックスの執事
トビー・ジョーンズ・・・美術批評家
ペッパー・・・地方検事補
サンプスン・・・地方検事
コーハラン・・・地方検事局付き刑事
サムエル・プラウティー・・・医務検査官補
エドマンド・クリュー・・・建築専門家
ユナ・ランバート・・・筆跡鑑定家
ジミー・・・指紋専門家
トリッカーラ・・・ギリシャ語通訳
フリント・・・刑事
ヘッス・・・刑事
ジョンスン・・・刑事
ピゴット・・・刑事
ヘイグストローム・・・刑事
リッター・・・刑事
トマス・ヴェリー・・・部長刑事
ジューナ・・・クイーン家のなんでも屋
リチャード・クイーン・・・警視
エラリイ・クイーン・・・クイーン警視の息子


☆コメント

良く言えば、複雑で読みごたえのある作品。長くてまわりくどいという捉えかたもできる。犯人の意図とは無関係に動く怪しい人物が複数出没するなど、従来の作品より複雑なプロットになっているうえに、犯人が次から次へと繰り出してくる小細工とエラリイの幾何学的論証の連発に、もうお腹いっぱい。

『ギリシャ棺の謎』は、エラリイと犯人の知的レベル(あるいは精神的なレベル)が絶妙のバランスを保つことで成り立っている、というか、そのように作られた作品という感じがする。従来の作品では、犯人は警察を意識した偽装だけを考えていたが、今回の犯人はエラリイの思考方法を先読みして裏をかくようなトリックを仕掛けてくるので、いきおいエラリイの推理も一筋縄ではいかなくなる。

だが、今回の犯人の行動には首を傾げたくなるところもある。死体をわざわざ棺の中に隠したり、偽の手がかりを植えつけたり、とにかく不必要な小細工が多すぎるのだ。犯人は策に溺れて自ら墓穴を掘っているとしか言いようがない。そして、このような犯人の行動の背後には、いつも作者の都合が見え隠れしていることは言うまでもない。

推理の問題としては、『ギリシャ棺の謎』は、よく作られた難問と言えるだろう。物語としては、プロットが作為的すぎるように思えるが、それはまた長所の裏返しとも言える。
それに、物語・文学的な面でも、人物造形などが従来の作品よりうまくなっていると思えるところがある。たとえば、ジョアン・ブレット嬢のキャラクターは、フランセス・アイヴス・ポープ嬢、マリオン・フレンチ嬢、ハルダ・ドールン嬢、ジーン・ドウィット嬢といった令嬢タイプの女性とはことなり、生き生きとした魅力のある人物として描かれている。
(eirakuin_rika)

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エジプト十字架の謎

2007年06月20日 | 長編ミステリ

エジプト十字架の謎

THE EGYPTIAN CROSS MYSTERY (1932)


☆事件

ウェスト・ヴァージニアの片田舎で起きた凶悪な殺人事件はT文字で彩られていた。T字路に立つT字型の道標に磔にされたT字型の首なし死体、そしてドアに描かれたTの血文字。古代宗教的狂信やヌーディスト村、中部ヨーロッパの迷信から生まれた復讐者などを背景に第二、第三の殺人が起き、そのつどエラリイの推理は二転三転する。本格派の巨匠が推理の鍵をすべて提供し読者に挑戦する、国名シリーズ中傑作の誉れ高い作品(ハヤカワ文庫『エジプト十字架の秘密』カバー紹介文より)。


☆登場人物リスト

アンドルー・ヴァン・・・アロヨ町の小学校校長
クリング・・・アンドルーの召使い
ピート老人・・・山小屋に住む変人
ルーデン・・・アロヨ町の巡査
ハラークト・・・太陽教教祖
ヴェリヤ・クロサック・・・ハラークトの弟子
トマス・ブラッド・・・敷物輸入業者
マーガレト・ブラッド・・・トマスの妻
スティーヴン・メガラ・・・トマスの共同経営者、海洋旅行家
スイフト・・・ヨットの船長
フォックス・・・ブラッド家の園丁兼運転手
ジョーナ・リンカン・・・ブラッド&メガラ商会総支配人
ヘスター・リンカン・・・ジョーナの妹、裸体主義者
テンプル博士・・・トマスの隣人
パーシイ・リン・・・トマスの隣人
エリザベス・リン・・・パーシイの妻
ポール・ローメーン・・・裸体主義者
アイシャム・・・ナッソー郡地方検事
ヴォーン・・・ナッソー郡警察刑事局警視
ヤードリイ・・・大学教授
エラリイ・クイーン・・・探偵
リチャード・クイーン・・・ニューヨーク市警警視


☆コメント

エラリイ・クイーンの作品中、最も大量の血が流される作品。
血みどろのグラン・ギニョール趣味とテンポの速い活劇的なストリー展開・・・これこそがこの作品の真骨頂であり、国名シリーズ中でも1,2を争う人気の理由となっていると思われます。
T型十字架に磔にされた首のない死体、血で塗りたくられた“T”の字のメッセージ、太陽信仰の狂信者に率いられた裸体主義者の集団、などなどミステリアスな道具仕立てにはこと欠きません。
比較的早いうちに明らかにされる連続惨殺事件の動機には、狂気の復讐というドイルばりの伝奇的要素が盛り込まれています。そして、犯人の目星もついているのにその正体が杳としてつかめないもどかしさ・・・

さすがのエラリイも最後の事件まで真相がつかめませんでした。今回の犯人は頭が良い。狂っているけれど頭が良いですね。犯人側の一貫した狂気の論理がこの作品のプロット・構成を揺るぎないものとして支えているため、ストリー全体に不自然さがあまり感じられません。次から次へと息つく暇もない展開に、エラリイは犯人の術中に陥り、読者は作者に欺かれるわけですが、エラリイが真相に気づく時点までエラリイも読者も与えられている情報は同じで、フェアプレイの精神は貫かれています。

真相にたどり着く手がかりそのものはむしろ単純で、推理と論証の過程そのものの面白さという点では、『オランダ靴』や『フランス白粉』と比べてもの足りなさを感じますが、それを補って余りあるのが前述したような派手な道具仕立てや、フーガを思わせる最後の追跡シーンの面白さであると言えるでしょう。『オランダ靴』で独自のスタイルを確立したクイーンが今回の作品に新たに導入した付加価値はシリーズ中随一の「娯楽性」と言えそうです。


(yosshy)

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アメリカ銃の謎

2007年06月20日 | 長編ミステリ

アメリカ銃の謎

THE AMERICAN GUN MYSTERY (1933)


☆事件

ニューヨークのど真ん中に作られた大コロシアム。往年のロデオ・スター、バック・ホーンは映画界復活の野望を胸に秘め、二万人の観衆の前に姿を現す。ロデオ興行主《あばれん坊》ビル・グラントの合図の銃声とともに、バックに率いられたカウボーイの集団がそれぞれの馬にまたがり、砂塵を巻き上げながら疾走する。悪漢追跡シーンの始まりである。トラックを旋回していた騎手たちは、やがて見事に止まる。先頭を走っていたバック・ホーンにおよそ三十フィート後れてカウボーイたちの集団が長い糸のように二列に並んでいた。バックが大きな旧式の拳銃を取り出し、銃口を天井に向け引き金を引く。後方の騎手たちも一斉に拳銃を取り出す。《あばれん坊》ビル・グラントの合図の銃声。拳銃を持つ手を天井に向けたまま、再び走り出すバック・ホーンと後に続く一隊。バック・ホーンの銃声とそれに答える一団の一つにまとまった銃声。一斉射撃の後、バック・ホーンが馬から転落し、後続の馬群の蹄に踏みにじられようとするのを見ても、二万の観衆は自分たちの見たことを信じられなかった。



☆登場人物リスト

バック・ホーン・・・ロデオの騎手。元西部劇映画スター
キット・ホーン・・・西部劇のカウガールでバックの娘
ビル・グラント・・・ロデオの興行主
カーリー・グラント(巻き毛のグラント)・・・ビルの息子
ウッディー・・・片腕のロデオスター
トニー・マース・・・スポーツ競技場のオーナー
マラ・ゲイ・・・ハリウッドの人気女優
ジュリアン・ハンター・・・社交界で暮らす男
トミー・ブラック・・・ヘヴィー級世界選手
テッド・ライヤンズ・・・低俗新聞記者
カービー少佐・・・ニュース映画プロデューサー
エラリイ・クイーン・・・探偵
リチャード・クイーン・・・警視
トマス・ヴェリー・・・部長刑事
ジューナ・・・クイーン家のなんでも屋


☆コメント

派手なシチュエーションですね。「ローマ劇場」「フレンチデパート」「オランダ記念病院」の比ではありません。うんざりするほどの数の容疑者。拳銃もふんだんにある。しかし、バック・ホーンを倒した25口径の拳銃だけは見つからない。二万人の観衆の所持品を徹底的に検査し、コロシアム中をしらみつぶしに探し回っても凶器が発見されない。「銃」はどこへ消えたのか?この事件最大の謎です。

ニューヨークに西部劇の世界を持ち込むという派手な趣向にまず驚かされます。登場人物もバックホーンをはじめ、《あばれん坊》ビル・グラントや、その息子《巻き毛》のグラント、ホーンの娘で西部劇女優のキット・ホーンなど、西部劇的なキャラクターですね。コロシアムの創始者トニー・マースはアメリカン・ドリームの体現者ですし、ボクサーのトミー・ブラック、ハリウッドの人気女優マラ・ゲイ、社交界人のジュリアン・ハンター、イエロー・ジャーナリストのテッド・ライヤンズと、派手な登場人物にもこと欠きません。砂埃や硝煙のにおいまで感じられそうな精緻な描写も、この中に手がかりが隠されているかと思うと、いい加減に読み飛ばすわけにはいきません。
弾道検査の場面など、今の作家ならわざわざ書かないでしょうが、『Zの悲劇』の電気椅子の場面同様、こうしたルポルタージュな要素を取り入れているのも、クイーンの特徴の一つといえます。謎解き小説の形式を極限まで追求していた、この時期のクイーンですから、人物の内面描写は望むべくもありませんが、情景描写や風俗描写を見てもクイーンの筆力、作家としての力量は窺い知れますね。
(yosshy)
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シャム双子の謎

2007年06月20日 | 長編ミステリ

シャム双子の謎

☆事件

思いもかけない山火事に追われたクイーン父子は、山頂の一軒家に辿りつき、そこで不気味な一夜を過ごした。その翌日、火事の恐怖に輪をかけるように、邸の主人が何者かの銃弾に倒れる、という惨劇が起きる。死者の手に握られていたのは、ちぎれたトランプのカード。殺人の容疑は、邸の裏手に人目を避けて匿われた異形の少年たちにふりかかった……陸の孤島を舞台にクイーンが必死の推理を展開する国名シリーズ中の異色作。(ハヤカワ文庫『シャム双生児の秘密』カバー紹介文より)


☆登場人物リスト
(*ハヤカワ文庫での表記)

ジョン・ゼーヴィア(ジョン・ザヴィヤー)博士・・・その神は科学である
サラ・イゼール・ゼーヴィア(セーラ・ザヴィヤー)・・・ジョンの令夫人
マーク・ゼーヴィア・・・(マーク・ザヴィヤー)ジョンの弟
ホィハリー(ホイーリー)夫人・・・家政婦
パーシヴァル・ホームズ・・・博士の助手
《骸骨》(ボーンズ)・・・下僕
マリー・カロー(マリイ・キャロー)夫人・・・貴婦人
フランシス・・・マリーの息子
ジュリアン・・・マリーの息子
アン・フォレスト・・・カロー夫人の秘書
フランク・スミス・・・よそもの。謎の男
エラリイ・クイーン……犯罪研究家
リチャード・クイーン……警視。エラリイの父


☆コメント

この作品は、国名シリーズ中の異色作、いやエラリイ・クイーンのシリーズ中でも異色の作品と思います。まず、ホラー小説を思わせる導入部の怪奇的雰囲気がなにやら期待をそそりますね。山火事に取り巻かれたクローズド・サークルでの殺人という設定も従来のクイーンには見られなかったものです。唯一クイーンらしさを感じさせるのは「ダイイング・メッセージ」でしょうか。クイーンといえばダイイング・メッセージは十八番のような気がしますが、この作品以前にダイイング・メッセージが使われているのはロス名義で発表された『Xの悲劇』だけですから、リアルタイムの読者にどう受け取られたかはわかりません。かえって、クイーンといえばダイイング・メッセージというような刷り込みができていると、そのこと自体がこの作品を読むときの構えに干渉し、発表時の作者が思いもしなかったような読者の反応を引き起こすかもしれません。
私自身は、ダイイング・メッセージの不自然さには抵抗を感じる方なので、謎解きとしての興味という点では今ひとつ面白みにかけているなと思いながら読みました。『Xの悲劇』の時のように前もってダイイング・メッセージについての話題を登場人物に語らせるなどして、ダイイング・メッセージが用いられる伏線が出来ていれば、さほど不自然にも感じないのでしょうが、唐突に出されてくるとちょっとひいてしまいますね。そもそもエラリイが登場しなかったら、このダイイング・メッセージの細工は効果があったのでしょうか?

山火事はクローズド・サークルを作るという目的以上に、サスペンスを盛り上げる効果があると思います。しかし残念ながらサスペンスという点でも、この作品の場合いまひとつです。それは、この作品がクイーン父子の物語の一つとして書かれているからでしょう。エラリイもクイーン警視も最後には助かるに決まっていると考えてしまうと、サスペンスも半減といったところでしょうか。
(yosshy)

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チャイナ橙の謎

2007年06月20日 | 長編ミステリ

チャイナ橙の謎 (チャイナ・オレンジの秘密)

THE CHINESE ORANGE MYSTERY (1934)



☆事件

何もかもあべこべだ!死体の着衣や絨緞は裏返し、本棚は壁を向いている……男が殺されていたホテルの密室状態となった一室では動かせるものがすべてあべこべになっていた。部屋の主である友人の依頼でエラリイは調査を始めるが、被害者の身元を示すものはまったくない。わざわざ面倒な細工をした犯人の意図とは? また捜査線上に浮かぶ“あべこべの国”との関係は? 卓抜な着想と奇抜なトリックで激賞を浴びた傑作!
(ハヤカワ文庫『チャイナ・オレンジの秘密』カバー紹介文より)


☆登場人物リスト

ヒュー・カーク博士・・・七十歳を越えた学者、本の虫
ディヴァシー嬢・・・老博士の看護婦
シェーン夫人・・・ホテル・チャンセラー二十二階の受付係
ジェームス・オズボーン・・・ドナルド・カークの秘書
ハッペル・・・カーク家の執事
グレン・マクゴワン・・・ドナルドの親友
アイリン・リューズ・・・宝石専門の女詐欺師
ジョー・テンプル・・・中国で育ったアメリカ女性、作家志望
ドナルド・カーク・・・博士の息子、出版業者、宝石・切手の収集家
マーセラ・カーク・・・ドナルドの妹
ナイ・・・ホテルの支配人
ブラマー・・・ホテルの探偵
フェリックス・バーン・・・ドナルドの相棒
プラウティー・・・検死官補
ジューナ・・・クイーン家の召使
トマス・ヴェリー・・・部長刑事
リチャード・クイーン・・・警視
エラリイ・クイーン・・・犯罪研究家



☆コメント

なぜ身元不明の被害者は服をあべこべに着せられた姿で発見され、犯行現場となった部屋の様子も動かせるものはすべて逆さにひっくり返されていたのか?
『チャイナ橙の謎』で読者に提起される問題は、この「あべこべ殺人」の意味の解釈でした。
このような「なぜ?」の問いかけは、『エラリー・クイーンの冒険』に収録された短編作品と共通するところがありますね。「なぜその男はひとりだけ色変わりのネクタイをしていたのか?」「なぜ猫嫌いの老婆は毎週一匹ずつ猫を買ったのか?」「なぜその男は同じ本を11冊も集めようとしたのか?」「なぜ殺された男は女の肖像画に口ひげを付け加えたのか?」いずれも目に見える「奇妙な現象」=「謎」の「意味」=「解釈」をモチーフとした、ドイルの『赤髪連盟』や『六つのナポレオン像』を思わせるオーソドックスな短編作品でした。
長編として書かれた『チャイナ橙の謎』ですが、冒頭からこのような状況としての「なぜ」が謎の中心に立ち現れてくるところから、作品そのものは短編小説的な特性を備えていると考えることが出来ます。

『チャイナ橙の謎』が発表された1934年は『エラリー・クイーンの冒険』に収録された作品の多くが発表された年(一部は1933年に発表)でもあったということは、『チャイナ橙の謎』の短編ミステリ的性格と無関係ではありえないでしょう。すでに1933年の『シャム双子の謎』で、ダイイング・メッセージという「謎」の解釈がモチーフになっていましたが、『シャム双子の謎』もプロットとしては短編かせいぜい中篇にふさわしい作品でした。つまり長編にふさわしいドラマ性が欠けていたということです。山火事のサスペンス効果については前に述べてとおりです。
ところが、『チャイナ橙の謎』の場合は短編ミステリの骨格を無理に引き伸ばすのではなく、もう一つのドラマを挿入することで、長編の体裁を作り上げています。もう一つのドラマは本筋とは関係ない騎士道物語なのですが、これが「あべこべ殺人」とからみ合ってミスディレクションの役割を果している点は注目に値するでしょう。犯人はあることを隠したくて「あべこべ」の世界を作り上げますが、それと同じことを作者は「もう一つのドラマ」を作ることで成し遂げているとも言えます。

二つの物語を連結した長編といえば、即座にホームズものの長編が連想されますが、ドイルの場合はまずホームズに事件を解決させて、そのあとで事件の動機や背景についての物語が犯人の口から語られるという垂直的な関係に特徴がありました。しかし『チャイナ橙の謎』では二つの物語は平行したまま結局交差せずに終わってしまいます。言うなれば、二つ目の物語は夾雑物であり、作者による目くらましに過ぎませんでした。

とはいえ、短編の執筆がクイーンの作風の変化に影響を与えたことは、まず間違いないでしょう。特にドイルは相当に意識したものと思われます。クイーンは『チャイナ橙の謎』の中でハメットの「いわゆる現実派の小説」の荒唐無稽なロマン主義に言及していますが、このクイーンのハメット観は「恐怖の谷~ピンカートン探偵社~コンチネンタル探偵社~赤い収穫」という連想の流れのなかに見出された血縁関係に対する確信に基づいているものと私は思います。

(yosshy)
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スペイン岬の謎

2007年06月20日 | 長編ミステリ

スペイン岬の謎

☆事件

さすがの名探偵エラリイ・クイーンも、その奇怪さには言葉が出なかった。悪名高いジゴロの死体は海に向かってテラスの椅子に腰掛けていた。黒い帽子を被り、舞台衣装めいた黒のマントを肩から掛け、ステッキを手にし……あとはまったくの裸だった!大西洋に突き出した岬に建つ大富豪邸で起きた殺人事件。解決に乗り出したエラリイを悩ませる謎はただひとつ--なぜ犯人は被害者の服を脱がせたのか?(ハヤカワ文庫『スペイン岬の秘密』カバー紹介文より)


☆登場人物リスト

ウォルター・ゴドフリー・・・スペイン岬の持ち主
ステラ・ゴドフリー・・・ウォルターの妻
ローザ・ゴドフリー・・・夫妻の娘
デーヴィッド・カマー・・・ステラの弟
ローラ・カンスタブル・・・太って。気違いじみて。四十歳
アール・コート・・・ローザ・ゴドフリーの婚約者
ジョン・マーコ・・・ジゴロ
セシリア・マン・・・元ブロードウェー出身
ジョーゼフ・A・マン・・・元アリゾナ出身
キッド・・・船長、土地の人
ペンフィールド・・・弁護士
ハリー・ステビンズ・・・土地のガソリン商
ホリス・ウェアリング・・・留守の隣人
バーリー・・・家政婦
ジョラム・・・雑役夫
ピッツ・・・ステラ付きの小間使
テイラー・・・家僕
マクリン・・・休暇中の判事
モリー・・・地元の警察官、警視


☆コメント

なぜ犯人は被害者を裸にする必要があったのか?1935年に発表されたこの作品も、前作『チャイナ橙の謎』同様、短編ミステリ的な「奇妙な状況」が謎解きの中核をなしています。犯人は被害者の衣服をどう処分したのか、という派生的な問題も生じますが、やはりメインの謎は「なぜ、こんな状況を作り出す必要があったのか」ということにつきるでしょう。この謎は、犯行の動機を探る通常のホワイダニットとは異なり、純粋にロジカルな問題として提起されています。被害者は泳いでいたわけではない。にもかかわらず、下着にいたるまでの着衣が見当たらないのはなぜか?唯一の例外は被害者がまとっていたマント(cape)です。このマントの存在がエラリイの推理を混乱させる要素になります。まさに“Spanish Cape”の謎です。
謎そのものは短編ネタで、長編のプロット内部に作品全体の「謎」を解明する論理が構成されている『フランス白粉の謎』や『オランダ靴の謎』のような作品と比べると様式美の点でもの足りなさを感じるのはいたしかたないことでしょう。短編謎解き+長編メロドラマという構成は、前作『チャイナ橙の謎』をそのまま踏襲していると思われます。前作の場合謎解きの部分の非凡さと中間のメロドラマ部分の凡庸さのアンバランスが目立ちましたが、今回はほどよく調和がとれていて、謎解き小説としては小粒ではあるものの、物語全体としての完成度は前作よりすぐれていると感じました。私の個人的な印象ですが、雰囲気としては『エジプト十字架の秘密』に近いものがあったように思います。リチャード・クイーン警視が登場せずに地元のモリー警視が捜査の指揮にあたったこと、マクリン判事の役割が『エジプト十字架』のヤードリー教授を思わせたことなどが表面的な理由ですが、もう一つは作者のストリーテリングの技量に負うところが大きいと思います。仮に犯人がすぐわかってしまっても、物語そのものを楽しむことができます。特に被害者ジョン・マーコの人物像がきちんと描かれているところは、「いわゆる現実派」のミステリと比べても遜色ないといえるでしょう。『チャイナ橙』の被害者が、死体の役割を果すためだけに登場した無名氏だったのに比べ、今回の被害者はきちんとドラマ全体の中心にいます。犯行の動機は「復讐」と並ぶお馴染みのもので、ロマンチックであると同時に「現実的」なものでもあります。。
物語性ばかりを評価しているように受け取られるかもしれませんが、犯人のトリックや謎の解明の論理にも破綻がなく、よく出来た作品だと思います。
(yosshy)
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中途の家

2007年06月20日 | 長編ミステリ

『中途の家』(創元推理文庫)
『途中の家』(ハヤカワ文庫HM)

HALFWAY HOUSE (1936)


☆事件

あばらやから女の悲鳴が聞こえ、一台の車が飛び出していった。義弟ジョゼフに会いに来た青年弁護士ビル・エンジェルがその家で見たものは、胸を刺されて死にかけた義弟の無残な姿だった……真相究明を依頼されたビルの友人エラリイ・クイーンは、被害者がニューヨークとフィラデルフィアにそれぞれ妻を持つ重婚者だったことを明らかにする。果たして彼はどちらの人間として殺されたのか?(ハヤカワ文庫カバー紹介文より)


☆登場人物リスト

ジャスパー・ボーデン・・・半身不随の富豪。ニューヨーク在住
グロヴナー・フィンチ・・・ナショナル生命保険会社の重役。ニューヨーク在住
サイモン・フルー・・・元上院議員。ニューヨーク在住
ジェシカ・ボーデン・ギンバル・・・ジャヤスパーの娘。ニューヨーク在住
アンドリア・ギンバル・・・ジェシカと前夫とのあいだの娘。ニューヨーク在住
ジョジフ・ケント・ギンバル・・・ジェシカの夫。ニューヨーク在住
バーク・ジョーンズ・・・アンドリアの婚約者。ニューヨーク在住

エラ・エミティー・・・トレントン・タイムズの読物記者。トレントン在住
アイラ・デ・ジョング・・・警察署長。トレントン在住
ポール・ボリンジャー・・・マーサー郡の検事。トレントン在住

ウィリアム・エンゼル・・・弁護士。フィラデルフィア在住
ルシー・ウィルスン・・・エンゼルの妹で、殺された男の妻。フィラデルフィア在住
ジョジフ・ウィルスン・・・殺された男。フィラデルフィア在住

エラリイ・クイーン…犯罪研究家



☆コメント

HALFWAY HOUSE…町と町の間の旅宿。中継点。二つの世界の接点。
ニューヨークとフィラデルフィアの二つの町の間にあるトレントンという町のあばら家で、死体となって発見された男は、二つの名前をもつ二重生活者だった。そしてトレントンの「中途の家」は男が二つの人格を変換する中継点の役割を果たしていた!

この作品は、とても魅力的な作品だと思われます。『オランダ靴の謎』に匹敵する美しい推理、被害者のフィラデルフィア側の義兄とニュヨーク側の義理の娘が演じる『ロミオとジュリエット』風のメロドラマ。二つの都市の二つのサークルの対立には、キャデラックの上流階級一家とポンティアック&フォードの中産階級兄妹の階級的対立の要素も含まれていて、興味深いものとなっています。しかしなんといってもこの作品の最大の見せ場は法廷闘争シーンでしょう。容疑者として逮捕され裁判にかけられた被害者のフィラデルフィア側の妻ルシーを弁護するのは彼女の兄ビル・エンゼル。彼は窮地に陥った妹を救うため、秘そかに思いを寄せるニューヨーク側の娘アンドリアを「敵意ある証人」として喚問し、容赦なく責めたてることになるのです。ちなみにビルはエラリイの友人です。
クイーンが法廷場面を描くのは初めてですが、すでに1933年にペリー・メイスン・シリーズ第1作の『ビロードの爪』を発表していたガードナーが1935年には第7作『管理人の飼い猫』まで出していますから、1936年に発表された『中途の家』でクイーンがガードナーを意識していることは間違いないと思われます。この法廷場面でのビル・エンゼルの活躍は目覚しく、ルシーの免訴は間違いないと思われました。ペリー・メイスンなら、その場で真犯人を指摘するところでしょうが、さすがにそこまではいきません。エラリイもこの時点では真犯人がわかっていませんし。ところが裁判は意外にも、陪審制度の欠陥をさらけ出すかのように、ルシーの有罪という結果になります。二人の強硬派の陪審員が、他の十人の無罪派の陪審員を説得して逆転させてしまうのですが、その強硬派の一人が、典型的な中産階級の家庭婦人であったことは皮肉です。クイーンという作家の、自らが拠って立つはずのアメリカの大衆デモクラシーに対する微妙な不信感の発露とも読めます。後に『ガラスの村』でマッカーシズムに鋭い批判を投げかけたクイーンのリベラリズム志向がこの作品にすでに見られるのは興味深いことです。また、国名シリーズでは浮ついた知的ボヘミアン的な側面の目立っていた探偵エラリイがこの作品では、二つの階級を意識する中で自らが「中途の家」的存在として動く焦点となって二つのサークルを行き来するダイナミックな運動を展開している点にも注目したいですね。(エラリイが心の故郷ライツヴィルを「発見」するのはもう少し先のことになりますが。)
推理とドラマの融合という点では、『スペイン岬の謎』の路線を踏襲していますが、推理の点では初期国名シリーズの完成したスタイルが戻ってきた感じで破綻のない論理の美しさを誇っており、ドラマ的要素も社会性を内包した奥行きのあるものとなっています。作品全体の完成度などから、私は国名シリーズのどの作品よりも、この『中途の家』を好ましく思います。
(yosshy)


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日本庭園の秘密

2007年06月20日 | 長編ミステリ

*ニッポン樫鳥の謎(創元推理文庫)
*日本庭園の秘密(ハヤカワ文庫)

☆原題
THE DOOR BETWEEN (1936)


☆事件

流行作家カレン・リースのニューヨークの邸内に美しい日本庭園が造られた。だが、結婚を控え、幸せの絶頂にあった彼女が、その庭園をのぞむ一室で怪死を遂げる。窓に鉄格子がはめられ、屋根裏部屋へ通じる扉は開かず、事件現場に出入りした者は誰もいないようにみえた。密室と思われる状況下の悪夢の死。名探偵エラリイ・クイーンの推理はすべての謎を解明できるのか?(ハヤカワ文庫カバーの紹介文より)


☆登場人物

カーレン(カレン)・リース・・・東京帝国大学教授の娘で女流作家
エスター・リース・・・カーレンの姉
ジョン・マクルア博士・・・癌研究の大家で、カーレンの婚約者
エヴァ・マクルア・・・博士の養女
リチャード(ディック)・バー・スコット・・・医師で、エヴァの婚約者
キヌメ・・・カーレン・リースに仕える日本人老女中
ビュッシャー…出版社社長
ジニーヴァ・オマーラ…仏頂面のメイド
テリー(テレンス)・リング・・・私立探偵
エラリイ・クイーン…不可能犯罪を解決する頭脳的探偵
リチャードクイーン…エラリイの父。ニューヨーク警察本部の警視
ギルフォイル…ニューヨーク警察本部の刑事
フリント…同上
ピゴット…同上
ヘイグストローム(ハグストローム)…同上
リッター(リター)…同上
サム・プラウティー…警察医
ジューナ…クイーン家の手伝いの少年
モレル…カーレンの弁護士



☆コメント

『ニッポン樫鳥の謎』『日本庭園の秘密』

はっきり言って、私はこの手の(国名シリーズもどきの)を邦題を好みません。たしかにこの作品は、いわゆる「国名シリーズ」のどの作品よりも「ニッポン」という国名に関係の深い内容になっていますが、皮肉にも、そのことがかえってこの作品を「国名シリーズ」の範疇にいれることをためらわせる要因の一つになっているとすら言えます。「国名シリーズ」の作品群の題名が、表面的な語呂合わせに近い感覚でつけられていたのに対し、前作『中途の家』は作品の内容に大きく関わったシンボリックな題名になっていました。今回の作品も、『間の扉』という題名こそが作品のテーマを象徴するにふさわしいものだろうと私は考えます。また、題名のつけ方の変化は作品のスタイルの変化に連動したものだとも言えるでしょう。
すでに「国名シリーズ」後期から、作品のなかで大きな位置を占めてきたメロドラマ的要素が、前作『中途の家』では謎解き的要素と拮抗するところまできていました。『チャイナ・オレンジの謎』では妙に浮いていて稚拙に感じられたメロドラマ的要素が、『スペイン岬の謎』では不自然さをなくし、『中途の家』では物語の大きな牽引力になっていました。これがクイーンという作家のストリー・テリングの技術の向上を意味することは言うまでもありませんが、同時に新しいライバルたちを視野に入れた、クイーンの新たな路線の模索の過程でもあったとも思われます。
『中途の家』では冤罪を扱い、ガードナーを意識したかのように法廷シーンを取り入れたクイーンですが、今回は冤罪事件への発展を先延ばししながら、一種の「巻き込まれ型サスペンス」のスタイルを打ち出しています。この作品を、女性を主人公にしたサスペンス小説として読むことも可能でしょう。実際かなりの部分を、唯一犯行可能な容疑者であるヒロインのエヴァ・マクルアの視点から語っていて、一部ですが内的独白に近い描写も見られます。この作品を全編エヴァの一人称で語らせるという手もあったのではないかと思いますが、男性作家が女性の一人称で書くというのは相当の冒険で、『Zの悲劇』の轍は踏みたくないという思いが作者クイーンにはあったのかもしれません。
さて、クイーンの新たな試みが成功しているかとなると、残念ながらサスペンスとしては中途半端、謎解きの興味にも不満が残ると言わざるをえません。謎解きについてはネタバレになるのでここでは触れませんが、サスペンスに盛り上がりが欠けるのは敵役がクイーン警視だからではないでしょうか。もう一つは、エヴァ自身が熱血私立探偵テリー・リングに心理的にもたれかかっており、当事者としての緊迫感に欠けるところがあるように見受けられるからです。メロドラマの他の登場人物のキャラクターでは、テリー・リングが『中途の家』のウィリアム・エンゼルの役どころ、リチャード・バー・スコットが同じくバーク・ジョーンズの役どころといった感じで、あまり新味が感じられません。一番印象に残る人物が、死んだカーレン・リースであるというところが、この作品のすべてを語っているようです。
(yosshy)
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