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2005年09月14日  |  特別寄稿:佐々木俊尚
 

佐々木俊尚 特別寄稿!『ブログは選挙に影響を与えたか (下)』

■壁となった公職選挙法

 なぜか。公職選挙法によって、候補者の側が意図的にインターネットにコミットすることを避けてしまったからだ。公選法は146条で選挙期間中の文書図画の頒布・掲示を禁じており、総務省は「公選法はインターネットを想定していないが、公示後のブログやウェブの更新は146条に抵触する」という判断を示している。この結果、ご存じのように、ほとんどの候補者は公示後はブログやウェブサイトの更新をやめてしまった。ブログの更新という低いレベルの行為でさえ、この状況である。アメリカや韓国のような、ネットでの選挙活動などいまの法律下ではあり得ない。公選法を改正しない限り、候補者が積極的にネットの世界に入り、その中で人々と対話していくことは不可能なのである。

 もちろん、そうした動きがまったくゼロだったわけではない。公示前、ブログを作って意見発信を行った候補者は少なくなかったし、自民党はブロガーを対象にした懇談会を開催し、意見交換を行っている。しかし付け焼き刃の政治家の「ネット化」では、しょせんはダイナミズムを生み出すほどの動きにはならなかった。これらの動きは、「世の中にブログというものが存在する」という認識を永田町にもたらした程度の影響しか与えなかったのである。

■ネット世論が後押しした「加藤の乱」

 過去を振り返ってみれば、たぶん政治家の中でもっともインターネットの世界に積極的にコミットし、そのパワーを採り入れようと試みたのは、加藤紘一元官房長官だろう。加藤氏は2000年、野党の森内閣不信任案に賛成票を投じようと「加藤の乱」を起こした。加藤の乱は結果的には自民党主流派の切り崩しにあって、あえなく潰走してしまう。しかしこの時期に加藤氏が開いていたホームページには、3週間で100万件を越える爆発的なアクセスがあり、「加藤さん、がんばって」「森に負けるな」といった激励が大量に書き込まれたのである。1日に3000通以上のメールが届いた日もあったというから驚かされる。そして加藤氏はこうしたネットの世論に押され、森内閣に勝負を挑み、しかし最終的には永田町の論理に阻まれて敗れ去った。

 この時のマスコミの論調には「実態のないネットの意見に呑み込まれて、世論が自分を支持していると勘違いしてしまった」と加藤氏を批判する声が少なくなかった。だがいまになって振り返ってみれば、この加藤の乱で衝突したのは<ネットの世論>と<永田町の論理>であって、<ネットの世論>と<リアルな世論>の衝突ではなかったのではないだろうか。そもそもマスメディアで発言した有識者たちは、どうして<リアルな世論>が<ネットの世論>と乖離していると考えてしまったのだろう?

■世論はどこにある?

 ネットユーザーは、自分たちの世論が<リアルな世論>とかけ離れているとは考えていない。自分たちの<ネットの世論>が圧倒的なマスであり、リアルな世論とイコールであると考えている。リアルな世論と乖離しているのは、<マスメディアの誘導する世論>や<永田町の論理>の方ではないか――というのが、ネットで意見を発信している多くの人たちの考えではないだろうか。このあたりのさまざまな<世論><論理>の衝突がここ数年ひんぱんに起きており、それが「世論って本当はどこにあるんだ?」という議論にもなっている。

 日経ビジネス誌は投開票直前に作られた号で、ネット世論と選挙との関係について、こんなふうに書いている。

 ネット世論が実際の選挙結果にどの程度影響を及ぼすかは、未知数だ。2004年の参議院選挙でもネット世論は盛り上がった。だがその内容は実際の投票結果と乖離していた。「2ちゃんねるなどに頻繁に意見を書き込む人々は、もともと反民主党の傾向が強い。今回の選挙は新聞やテレビが早くから自民優勢を予見したため、彼らにとって(民主党たたきの書き込みが)絶好の遊び場となった」と北田(暁大・東大大学院)助教授は分析する。

 政治談義が好きな2ちゃんねらーたちは自民党に投票する可能性が高いが、特定の人が複数の名前で書き込んでいるためネット世論は実際より大きく見える。「選挙権を持たない若年層の書き込みも少なくない」(若者の社会文化を研究する国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの鈴木謙介研究員)ため、ネット世論は投票結果に直結しにくいのだ。
 結果的には、日経ビジネス誌のこの読みは誤った。小泉支持のネット世論と、リアルな世論がほぼ合致したのである。これが単なる偶然なのか、あるいはネット世論にリアル世論が追いついたということなのか、それともネット世論がリアル世論に影響を与えた結果なのかは、今のところ検証しようがない。しかしもし仮に次の総選挙、あるいは次の参院選で公選法が改正され、インターネットの選挙運動が本格解禁される事態ともなれば、ネットとリアルのからみあいの本質がついに浮かび上がってくる日がやってくるかもしれない。

■ブログに見る新たな可能性

 ブログは確かに、一次情報をマスメディアに頼り、さらにはセグメント化され、分断された集団に対してしか意見を発信できないかもしれない。しかしブログによって政治に対する意見が交換されていくことによって、旧来の有識者の論壇の枠組みを超えた、あらたなネット上の「論壇」が形成されていく可能性をはらんでいる。新たなパワーの出現である。

 そしてこうした論壇で交わされた意見は、トラックバックやコメントによって凄まじい速度でネット上を波及していく。その増幅器(アンプリファイアー)としての機能は従来のメディアにはないものだ。将来的にネットの世論がリアルな世論と結びつくことになっていけば、このアンプリファイアー機能は破壊的な能力を持つことになるだろう。それがいい方に転ぶのか、それとも悪い方に転ぶのかはまだわからないが――。

(2005年9月14日)

■ PROFILE

佐々木俊尚
(ささき としなお)
1961年生まれ。毎日新聞社で支局、本社社会部を経験。海外テロ、コンピュータ犯罪などを取材。1999年10月アスキーに移籍。月刊アスキー編集部などを経て2003年2月に退社。現在フリージャーナリストとして、週刊誌や月刊誌などで活動中。

佐々木俊尚の「ITジャーナル」
http://blog.goo.ne.jp/hwj-sasaki/

(gooニュース)

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2005年09月14日  |  特別寄稿:佐々木俊尚
 

佐々木俊尚 特別寄稿!『ブログは選挙に影響を与えたか (上)』

衆議院選挙は11日に投・開票され、自民党が296議席を獲得しました。激動の総選挙をブログの視点から伝えてきた「衆議院選挙2005 ブログ選挙ポータル」。最後に、投票日前の選挙期間中にも今回の「ブログ選挙」を展望した佐々木俊尚氏に、もう一度寄稿していただき、今回の選挙結果にブログやネットは影響を与えたのか、あらためて検証します。


「ブログは選挙に影響を与えたか」
特別寄稿 by 佐々木俊尚(フリージャーナリスト)


 総選挙は、自民党の地滑り的圧勝に終わった。果たしてこの圧勝に、インターネット世論の影響はあったのだろうか。今回の選挙は、ネットの世界では「ブログ選挙」とも呼ばれた。ブログで語られたさまざまな言論や意見は、何らかの世論を生み出したのか。そしてそうしたインターネットの世論は、リアルワールドの選挙結果に何らかの影響を与えたのか――その動向に多くの人が注目したのである。

 結論から言えば、インターネット世論のリアル世論への影響力は、目に見えるかたちでは現れてこなかった。

■自民支持した無党派層

 もちろん、「浮動票」「無党派層」と言われる有権者たちがこぞって自民党に票を投じ、それが同党の圧勝という結果になったのは明らかだ。投票率は小選挙区で67%を突破し、前回2003年の衆院選と比べて7ポイント以上アップした。その小泉改革路線は、必ずしも都市部の支持を集めたというだけではなかった。投票率は全国津々浦々で6~10ポイントもアップしているのだ。読売新聞の出口調査によれば、これらの無党派層は投票者全体の19%を占めていて、うち自民党に票を入れた人が32%、民主党が38%だったという。「なんだ、民主党の方が多いじゃないか」と思う人もいるだろう。しかし前回2003年の衆院選では、無党派層のうち自民党に入れたのは21%、民主党は56%だったのである。今回の選挙で自民党は11ポイントも上昇し、民主党は逆に18ポイントも下落したのだ。

 数字に現れてきているこれらの傾向をわかりやすく単純化してしまえば、こういうことだだろう――これまで何となく「反自民」で来て、選挙であまり積極的には投票していなかった人が、今回は小泉改革を熱烈に支持し、民主党から気持ちを離反させただけでなく、さらには積極的に投票所にまで足を運んで、自民党に票を投じた。

■検証できないネット世論の影響

 こうした典型的な無党派層が主にどのぐらいの年齢で、どの程度の年収を持ち、どのあたりに住んでいるのかという分析は、マスメディアの報道を見る限りでは、まだはっきりとは行われていない。「無党派層の多くの部分は20代から30代の若者ではないか」という識者の指摘は少なくないが、それを証明するデータはない。

 同様に、こうした無党派層が投票する際、インターネット上のさまざまな意見に影響を受けたのかどうかについても、それを明確に証明するすべはない。確かにネット上では「小泉改革を支持すべきだ」「郵政民営化反対派を落選させろ」といった意見が目立ったし、選挙結果もそれらの意見の通りになったのだが、しかしそれをもってして「ネットの世論が投票に影響を与えた」と断言するのはあまりにも拙速すぎる。

 結局のところ、ネット世論とリアル世論のからみぐあいが今回の選挙では、あまり明確にはならなかったのである。しかしまあ冷静に考えてみれば、いくらネット上で総選挙についての意見交換が盛り上がったとしても、それはしょせん「ネットの世界の中のできごと」に過ぎないわけで、リアルとの関係性がはっきりしないのは、最初から予想されたことだったのだ。

■分断されたブロゴスフィア

 もちろん、背景事情としてはいくつか指摘できる。日本のブログは相変わらず趣味的な内容や身辺雑記などが主流で、政治的な意見を発信するブログ文化はまだあまり醸成されていない。総務省は今春にブログ利用者の数が335万人に達していたという統計を発表しているが、ブログはそのメディアの特性上、テレビなどのマスメディアとは違ってセグメントがきわめて細かく分けられている。趣味のブログを読んでいる人は、あまり政治的なブログを読まないし、その逆も考えられる。同じブロゴスフィア(ブログ世界)といっても、ブログの内容によってブロガーたちは細かく分断されてしまっている可能性がある。だから政治的な意見を書くブログは存在としては目立つけれども、全体のブログ母集団の中では少数派でしかないのではないか。

 しかしもっと大きな要因がある。それはネットの世論とリアルの世論がからみあう「場所」が存在しなかったということだ。

■リアルムーブメント起きず

 このgooの総選挙特集で、私は投票日前の9月4日、『日本で「ブログ世論」は生まれるか』という記事を書いた。この中で海外の事例として、韓国とアメリカのケースを挙げた。韓国では2002年の大統領選挙の際、オーマイニュースを核にして「ノサモ」と呼ばれる盧武鉉応援団が出現し、選挙運動をネット上で展開して大きな注目を集めた。またアメリカでは2004年の大統領選で、民主党候補にノミネートされていたハワード・ディーンが、ブログやSNSを軸としてボランティアの組織化を行った。

 この2つの事例を見てみると、共通する要素があることに気づかされる。どちらのケースも、候補者(もしくはその支援者)が積極的にインターネットにコミットし、その結果としてネットユーザーやブロガーたちを巻き込んでいき、その結果としてリアルワールドにも影響力を及ぼす広範囲なムーブメントを起こすことになったのだ。

 ところが今回の日本の総選挙では、そうした状況は生まれようもなかった。


(2005年9月14日)

■ PROFILE

佐々木俊尚
(ささき としなお)
1961年生まれ。毎日新聞社で支局、本社社会部を経験。海外テロ、コンピュータ犯罪などを取材。1999年10月アスキーに移籍。月刊アスキー編集部などを経て2003年2月に退社。現在フリージャーナリストとして、週刊誌や月刊誌などで活動中。

佐々木俊尚の「ITジャーナル」
http://blog.goo.ne.jp/hwj-sasaki/

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2005年09月06日  |  特別寄稿:佐々木俊尚
 

佐々木俊尚 特別寄稿!『日本で「ブログ世論」は生まれるか (下)』

■ 皮肉に覆われた日本のネット文化

 ではこうした状況は、日本でも生まれてくるのだろうか。今回の総選挙が、果たしてその天王山となるのだろうか。

 私は従来、日本のネット世論についてはかなり疑わしく感じていた。韓国やアメリカと比べ、日本ではネットの世界とリアルワールドの距離がきわめて遠い――そのような感覚的な印象を持っていたためだ。

 社会学者の北田暁大氏は、匿名掲示板の2ちゃんねるについて「≪巨大な内輪空間≫とでも呼ぶべき奇妙な社会性の磁場が形成された」と説いた(『嗤う日本の「ナショナリズム」』、NHKブックス刊)。また2ちゃんねる管理人の西村博之氏はかつて私の取材に、「2ちゃんねるには熱い人、一生懸命がんばっている人を馬鹿にする文化がある。そして、そもそも2ちゃんねるにいることはとても恥ずかしい、という共通認識もあるんです」と語ったことがある。

 皮肉っぽく冷笑的に世間を見るその文化は、2ちゃんねるのみならず、ブログも含めた日本のインターネット世界を覆っているように見える。ネットによって他のユーザーとつながっていくことの面白さだけを追求したその文化は、つきつめれば壮大な暇つぶしのようでもある。そしてそうした文化からは、リアルワールドを変革しようという強い意志は現れてこないのではないか――私はそう考えたのだ。

 おまけに、日本にはディベートや議論に関する文化的土壌が乏しい。自分が書いた意見についての異論を書き込まれると、「ああ、この人は私のことを嫌いなんだ!」と思ってしまうという人は、日本人には少なくないだろう。冷静な議論にまでなかなか進まないのである。そしていったん議論になると、今度はそのまま感情的なもつれへと突き進んでしまったりする。

 そういう背景があるためか、日本のウェブではみずからの意見を強烈に主張するという文化は、米韓あたりと比べても相対的に少なかった。ブログの世界でも、どちらかといえば身辺雑記的なあたりさわりのない日記を書くケースが昔から多かったし、その状況はいまもあまり変わっていない。そしてそうした文化を持つブログの世界では、政治的な世論形成の場は作られにくいのではないか――私にはそう思えたのだ。

■ 総選挙が導く地殻変動

 ところがここに来て、状況は急激に変わってきているように見える。自民党がブロガー向けの懇談会を開いたのはなかなかいい話だったけれども、それ以上に実態としてのブログ世界は急激に政治性を帯び始めている。郵政民営化や総選挙、政権交代について言及するブロガーは増えているし、トラックバックやコメントによってそれらの意見が有機的に結合し、交換され、さらに地平を拡大していくという状況は生まれつつあるように見える。

 たとえば東京工業大の奥村学助教授らが開発しているブログ検索「blogWatcher」のブログ解析結果によれば、最近1か月間のブログのホットなキーワードランキングで、「民営」「郵政」という単語がそれぞれ2位、3位を占めている。また総選挙に特化したコンテンツを公開してるブログ検索エンジン「テクノラティ」のサイトを見ても、公示から4日を経た9月3日で「郵政民営化」がまだ、「過去12時間で最も検索された話題」の2位に入っている。関心は失われていないのだ。

 小泉首相が衆院を解散した時、ネットでは郵政民営化について最高潮の盛り上がりを見せた。この盛り上がりに対して、永田町では「インターネットや若者の間の突発的なブームでしかなく、投票日ごろにはみんな飽きてしまうに違いない」と冷めた目でネット世論の盛り上がりを見る関係者は少なくなかった。だが事態は、彼らの想定の範囲を超えて進みつつあるように見える。

 しかしもちろん、こうした状況だけをもってして、「ネットに世論が形成されつつある」とみるのはあまりにも時期尚早だ。とはいえ、これが何かの地殻変動の表れであるのは間違いないようにも思える。そしてその地殻変動が何を意味し、そしてネットの世界にどのような影響を与え、さらにはネットとリアルの関係性をどう替えていこうとしているのかについては、さらに注意深く見ていかなければならない。

 総選挙が終わり、その選挙結果が明らかになったとき、ブログの世界がどのような反応を見せ、どのような結論を導き出すのか。また政界をはじめとするリアルワールドの側は、ネットから巻き起こった「何ものか」に対して、どのような総括を行うのか。とりあえずはその成り行きを見極めたうえで、もう一度この「ブログ選挙」の行方をとらえ直してみたいと思う。

(2005年9月4日)

■ PROFILE

佐々木俊尚
(ささき としなお)
1961年生まれ。毎日新聞社で支局、本社社会部を経験。海外テロ、コンピュータ犯罪などを取材。1999年10月アスキーに移籍。月刊アスキー編集部などを経て2003年2月に退社。現在フリージャーナリストとして、週刊誌や月刊誌などで活動中。

佐々木俊尚の「ITジャーナル」
http://blog.goo.ne.jp/hwj-sasaki/

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2005年09月06日  |  特別寄稿:佐々木俊尚
 

佐々木俊尚 特別寄稿!『日本で「ブログ世論」は生まれるか (上)』

特別寄稿第五弾は、フリージャーナリストの佐々木俊尚氏。今回の「ブログ選挙」は、インターネット世論形成への序章なのか、それともブームに過ぎないのでしょうか。

IT分野に精通し、日本のネット文化への造詣も深い佐々木氏に、すでにネット世論が政治を動かしているとされる韓国やアメリカの状況を分析しつつ、ネットとリアルの関係の行く末を展望してもらいました。

佐々木氏には、今後も「ブログ(ネット)選挙」の動きをウォッチしていただき、選挙後にも寄稿していただきます。


日本で「ブログ世論」は生まれるか
特別寄稿 by 佐々木俊尚(フリージャーナリスト)


 「ブログ選挙」とも呼ばれている今回の総選挙。これまで身辺雑記や技術系の話題などに偏っていたブログの世界で、突如として郵政民営化や政権交代についての真面目な議論が巻き起こっている現象は、たしかにインターネットの世界で何かが起きつつあるという印象を与えるものだ。

 その現象は、いったい何を意味しているのだろうか。少し乱暴なまとめかたになってしまうかもしれないが、つまるところ多くの人がもっとも気にかけているのは、次のようなことだろう――ネットで「世論」が形成されようとしているのかどうか。そしてそのバーチャルな世界の「世論」は、リアルワールドを動かすパワーを持っているのかどうか。

 政治とネットの関係について、少しおさらいしてみよう。

■ 韓国ネティズンのパワー

 お隣りの韓国では、インターネットのパワーがすでに政治の世界でも存分に力をふるっている。その中核に存在しているのは、著名なウェブサイト「オーマイニュース」だ。韓国の有力紙が軍事政権時代から政府に報道をコントロールされ、市民にあまり信頼されていなかったのに対し、オーマイニュースは有力紙が報じない政府の腐敗を次々と報道し、一気に知名度を上げた。読者に記事を送ってもらい、『市民記者』という肩書きと署名をつけて掲載するという読者参加型のメディアである。

 そしてオーマイニュースを中心とするインターネットの世論は、2002年の大統領選挙で、盧武鉉氏を当選させる原動力となった。「ノサモ」と呼ばれる盧武鉉氏の応援団がネット上で結成され、インターネット掲示板やメールを使った選挙運動を繰り広げたのだ。韓国ではネットと市民(シティズン)の造語であるネティズンという言葉がよく使われているが、大統領選での盧武鉉氏の勝利は「ネティズンの勝利である」と語られた。そして大統領選でオーマイニュースのページビューは以前の10倍にも増え、世論調査でも「投票行動にはネットの影響が一番大きかった」という回答が最多を占める結果となったのである。そしてこの選挙をきっかけに、政府やマスメディアもインターネットの影響を無視できなくなり、公式発表はまずネットでリリースし、その反応を見てから記者会見を開くといったスタイルが定着するようになった。また従来はネットの報道を無視していた有力紙も「インターネットの情報によると」というクレジットをつけ、ネットで報じられたニュースを二次情報として流すようになった。

■ 大統領選挙キャンペーンの常識を覆したブログとSNS

 アメリカではどうだろうか。アメリカのブログはもともと、政治的な議論の場として発展してきたという歴史的な経緯がある。

 アメリカにはもちろん1990年代からブログという媒体は存在していたが、注目が急に集まるようになったのは、2001年9月11日の同時多発テロがきっかけだった。当初は事件に遭遇した人たちの現場レポートからスタートし、やがて「同時多発テロをどうとらえるべきなのか」「アフガニスタンへの報復的侵攻は是なのか非なのか」といった議論を行う場へとブログは進化していった。そしてこうした意見をさかんに発信するブログは「ウォーブログ(戦争ブログ)」と呼ばれるようになり、一般市民だけでなく著名な評論家や学者、ジャーナリストも先を争ってブログを開設するようになったのである。この結果、ブログの知名度は一般社会の中でも著しく向上し、プロの書き手へとメジャーデビューするブロガーも現れるようになった。

 そしてまだ記憶に新しい、現職のブッシュ大統領とジョン・ケリー民主党候補が戦った昨年の大統領選。この選挙で、ネットの政治への影響力には強い注目が集まった。たとえば民主党大統領候補だったハワード・ディーンは、Blog for Americaというブログを開設。ディーンの考え方や政策などを表明するとともに、参加するブロガーたちがさまざまな意見を書き込む場としても利用された。コメントもトラックバックも開放され、多くの人々が議論や意見交換を行ったのである。開設してみると、1日に1000を越えるコメントが寄せられた日も多かったというから、驚かされる。そしてこのブログは、一般の人々から政治献金を受ける場所としても利用されたほか、ボランティアの募集やポスターの配布なども行われ、選挙キャンペーンのポータルサイトのような様相にさえなっていったのである。さらに、Blog for Americaに集まった選挙ボランティアたちを結びつけるため、SNS(ソーシャルネットワーキング)も活用された。このSNSのディーンコミュニティには、20万人近い人が集まったという。

 この結果、ディーン陣営は若者たちから小口の政治資金を広く浅く集めることに成功し、大口の企業献金やパーティー券が中心だった選挙キャンペーンの常識を、根底からひっくり返してしまうことに成功したのである。ネットの威力が、実際の選挙・政治にも力を及ぼすことが可能であることを、実際に示したのだ。

(2005年9月4日)

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佐々木俊尚
(ささき としなお)
1961年生まれ。毎日新聞社で支局、本社社会部を経験。海外テロ、コンピュータ犯罪などを取材。1999年10月アスキーに移籍。月刊アスキー編集部などを経て2003年2月に退社。現在フリージャーナリストとして、週刊誌や月刊誌などで活動中。

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