えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

ルーズロープ6

2018-05-03 22:13:04 | 書き物
「私、あなたが好きで好きで堪らなかったの」
熱を放出したあとみたいに、渇いた声が出た。
「自分が自分で無くなるみたいに。いつもいつも、あなたのこと考えてた。あなたがいないと、ダメだと思ってた」
駿は、黙って私の目を見つめてる。
「だから、怖くてしようがなかった。あなたより年下の、あなたに寄ってくる子たちが」
「…気にしないでって、言ったのに」
「気にしたく無かったの。でも、あなたを好きになればなるほど、手を離すのが怖くなって」
そのとき、駿の手が伸びてきて私の手を取ろうとした。
とっさに、握ってしまいそうになったけど…
手を引いてしまった。
「あなたを好きなことに変わりはなかったけど…なんだか怖がる自分がイヤになったの。それに、あなたのこと以外、何も考えられなくなって。自分をどんどん見失って行くみたいだった」

駿が、背もたれにトン、と寄りかかる。
「そういうこと、なんで一人でずっと考えてたの?俺にも話して欲しかったよ」
「そう言われても、仕方ないね…」
カップを持ったけれど、私のだってもう1滴も残ってなかった。
しょうがなくて、水を一気に飲んで続けた。
「転勤の話が来て、思ったの。遠距離なんて無理だって。きっと、あなたは…駿は取られてしまうって」
「だから?だから別れようって言ったの?」
「…遠距離になって誰かに取られるくらいなら、いっそ、別れてしまおうって思った。誰かのものになったあなたを、見たくなかったの…」


呼び出して、別れたいと伝えた時。
駿は、一瞬目を見開いて黙った。
目を伏せてしばらくしてから出て来た言葉は、
「まゆみさんがそうしたいなら。」と、一言だけ言ってくれた。
私の気持ちを、感じていたのか驚いたのかも分からなくて。
でも、そんなことは聞けなかった。
駿が背中を見せて行ってしまうのを見て、目尻に溜まっていた滴が、流れ落ちた。
駿が行ってしまうまで、どうにか我慢はしたけれど、もう無理だった。
こんなになるくらいなら、別れを告げなければ良かった。
今の私から駿を取ってしまったら、何も残らないのに。





私が口を閉じると、ふーっと駿が息を吐いた。
「遠距離になるからって、俺に近寄る女の子がいるからって、俺の気持ちが変わるって、どうして決めるんだよ…俺の気持ちを聞いてもくれないで」
怒り口調じゃなくて、淡々と言葉を口にする。
悲しそうな顔を見ると、もう遅いのに胸が痛くなる。
言ってることは、全部もっともなこと。
駿は1つも間違ったことは言ってない。
私は駿の愛情や優しさという沼に、すっかり嵌まってしまった。
だからこそ、それが壊されるのが怖くてたまらなかったのだ。
でも、自分がしっかりしてれば、そんなことにはならなかった筈。
怖くて怖くて、そうなる前に駿の前から逃げ出そうした…
年上だから、7歳お姉さんだから…
きっと私は選んで貰えない。
そんなふうにしか、思えなかったの。
「…そうね、あなたの言う通りだった。自分で思い込んで決めつけて、それでいいと思ってた…ごめんなさい」


「そんな、謝ってくれなくていいから。5年前のことなんだし。責めるみたいな言い方して、ごめん」
椅子に座り直して、携帯を見てる。
「まゆみさん、待ち合わせ相手が来たみたいなんだ、そろそろ行くよ」
「そうなの。分かった…私はもうちょっとここにいようかな」
「そう…」
行くよと言ったのに一向に立ち上がらないで、私を見てるから、聞いた。
「どうしたの?」
「そういえばまゆみさん、いまどの辺りに住んでるの?」
「ああ…実は前いたマンションが空いてたから、またあそこに住んでるの。住み慣れてたし便利だから」
「そうなんだ…そこに彼が待ってるとか?」
「今、そんなこと聞くの?今さら知っても、しようがないじゃない」
「しようがないけど…なんとなく気になるから」
「そう…まあ、彼ならいるわよ。週末だし待ってるかもね。あなただって、これから会うの彼女なんでしょ」
私の答えに、駿がどんな顔をしたかは、分からなかった。
だって、それを見るのが怖かったから…
目を逸らせ、俯いて髪を耳にかけた。
「そうか、分かった。ごめん、よけいなこと聞いて。コーヒー付き合ってくれてありがとう」
顔を上げて後ろ姿を見送って、ため息をついた。
駿は、私から別れた理由を聞きたかったのかな。
何も理由を言わなかったことで、私は駿の時計を止めてしまったのかも…
今頃になって、あの頃の気持ちを思い出すのは、正直きつかった。
でも、駿にとってはスッキリする機会だったとしたら、良かったのか。

そろそろ帰ろう。
外に出て時計を見ると、もう22時を過ぎてる。
ずいぶん長い時間、あの店にいたんだな。
明日は休み。
自分の部屋で、好きなものに囲まれてゆっくり過ごそう。
なぜ前と同じマンションにしたのかは、自分でもはっきりとは分からない。
そりゃ、便利だけど駿とのことが、たくさん思い出されるから…
まだ、駿を感じたいのかもう大丈夫と思ったのか…
あんなこと言ったけど、彼なんていない。
前よりも、一人が好きになってしまった。
駿と別れたあとしばらくは、駿の夢を見た。
夢を見なくなってから、ようやく私は自分を取り戻せたと思った。
自分がいらなくなる心配を、しなくてもいい。
駿に心配しないでとか大丈夫だからと言われ、抱きしめられて身体が重く感じることもない。
少し時間はかかったけど、彼だって出来た。
駿の時ほどのめり込めなくて、結局別れてしまったけれど。
なのに。
久しぶりに会ったら、やっぱり、駿の一言一言に反応してしまう。
駿がいないとやっぱりダメなんだ、と思ってしまう私がいた。
駿の側にいる毎日、いない毎日。
いったい、どっちが幸せなのか。
分からない。
分からないまま、駅に向けて、歩き出した。










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