えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

右腕の記憶③

2018-02-23 00:03:45 | 書き物

飲み会があった翌週。
外回りの途中、定食屋でお昼を食べながらなぜか出身はどこか、の話になった。
二人とも赤身が綺麗な鮪丼を食べながら、いつになく口数が多かった。
高橋くんは、あんまり自分からそういうことは言わない。
でも、その時はなんとなくお互いのことを、聞き合う流れになったのだ。
そこで、なんと私と高橋くんは同郷だと分かった。
「って言っても、小4で引っ越したんだけどね」
「僕は、その頃5歳ですけど」
「え…年長さん?」
「そういうことになりますね」
私が10歳の時、近い場所に5歳の高橋くんがいたのか。
「可愛かっただろうね、5歳の高橋くん。今も可愛いけど」
「可愛いですか?」
「あ、ごめん…嫌だった?その、弟みたいってことよ」
少し高橋くんのトーンが変わったので、慌てて聞いた。
私が慌てたからか、高橋くんはすぐ笑顔を向けてくれた。
心なしかそれが、安心させるような笑顔で、ホッとする。
「嫌じゃないですよ。可愛いとか弟とかあんまり言われないから、そうなのかって思っただけで。気にしないで下さい」
「そう?ありがとう」
「それを言うなら、小山さんはお姉さんみたいですよね」
「あぁ、言われると思ったよ…」
弟って言ったくせに、改めてお姉さんて言われると、それはちょっと嫌かもなんて思ってしまった。
自分勝手だなあ、私。
「…聞いてもいいですか」
「え、急に何?」
「腕の痕がついたのも…そこでなんですか?」
「腕の痕…?」
「すいません…この間、支えて貰った時に見えちゃったんです」
「ああ…あの時ね。見えてたんだ。まあ、結構袖捲れてたからなあ」
「かなり大きかったから…」
「そうね~あれは、高橋くんと近い所に住んでいた時に、火事に巻き込まれて」
「火事…だったんですか」
「そう、それで逃げようとした時に燃えた何かが、腕に当たったらしいの」
「らしい?」
「うん…実はその時のこと、ちゃんと覚えてないの。うっすらとしか。助けられて呆然としてたことは、覚えてるんだけどね」
「そうなんですか…でも、痛かったりショックだったりしたことは、覚えてますよね」
「まあ、子供の頃は覚えていたけど…だんだん薄れて来るものよ。火が怖いのは薄れないけどね」
なんとなく、深刻な雰囲気になっちゃったので、ははっと笑って見せた。
「もう、そんなしんみりしなくていいから。同郷の高橋くん」
「あ、すいません、色々聞いちゃって」
「大丈夫、このぐらいのこと、聞かれれば誰にでも話してることよ」
「そうですか…」
「じゃあ、私も一つ聞いていい?」
「いいですよ。」
「高橋くん、どうしてうちの会社に入ったの?」
「う~ん、文具が好きだったのと後輩がここにいたから、ですね」
「へえ~後輩さん、どこの部署?」
「総務です。後輩にも、うちの会社どうですかって誘われたんです」
「そうだったの。知り合いがいると心強いよね」
高橋くんの後輩…総務はあんまりわからないな~
その後、二人とも黙々と鮪丼を食べ終えた。
「美味しかったです、鮪丼。小山さんのオススメの店、ハズレがないですね」
「わ、高橋くんに褒められた。嬉しい~」
飲み会のあと、こうしてふざけたり軽口を言いあったりするようになった。
すっかり、姉のような気分になっていた。




仕事終わりにデスクで携帯を見たら、久しぶりな人からのメッセージがあった。
彼だ。
一応、彼だ。
全然連絡をくれず、私も面倒になって連絡しないでいたら、3ヶ月たってしまった。
それが、急に会おうだなんてどうしたんだ。
何、この面倒くさい感情は。
一応、付き合ってるはずの彼氏なのに…
椅子を揺らしながら自問自答していたら、高橋くんが申し訳なさそうに、言ってきた。
「小山さん、今日届く予定の荷物なんですけど…」
「え?午後に到着予定のあれ?どうかしたの?」
「数が足らなくてあちこちからかき集めたから、予定より遅れるみたいなんです」
かなり、困った顔してる…
「いったい、何時ごろになりそうなの?」
「12時近く…深夜の」
「ええ~そんな遅いの!?明日持参して納品なのに!?」
「そう、伝えられました…」
「そうか~じゃあしょうがない、待ってて受けとるしかないね。仕分けもやって置いた方がいいし。残りましょう」
しょうがない、彼と会うのは断って伸ばして貰えばいいか。
3ヶ月会わなかったんだし、ちょっと伸びても同じだわ。
頭の中で自分に言い聞かせ、椅子に座り直した。
「小山さん」
高橋くんが、まだ私の脇から動かないで見ている。
「え?まだ何か不測の事態があるの?」
「いえ、今日残るのは僕1人で大丈夫です。小山さん、予定があるんじゃないですか」
思わず、顔を上げて立っている高橋くんを見た。
「どうして、予定があるって分かったの?」
「…だって、さっきから、急だな~とか待ち合わせ、面倒くさい~とか、聞こえたから」
「えっ私口に出してた?」
「出してましたよ。独り言の声、大き過ぎですよね」
突っ込まれてしまった。
「でもほら、仕事の方が大事だから、待ち合わせは延ばせばいいし」
「いや、荷物の量はそこそこだし、仕分けも1人居れば十分です。だから、俺が残りますよ」
「そんな風に言われても…悪いじゃない」
ここで、1人残って貰うのも、気が引けるしなあ。
そこで、高橋くんがふわっと笑った。
「この前の飲み会で、介抱してもらったお礼ってことで。異議は認めませんからね」
あ、やり込められた。
真面目な高橋くんだったのに、何だか今のはお茶目だったな。
少し、雰囲気が変わったように見える。
「…そう、じゃあお言葉に甘えていいかな」
「どうぞ、どうぞ」



そんな訳で、私は定時に職場を出て待ち合わせ場所に向かった。
職場のある場所から近い、おしゃれなビル。
そのビルの前は歩道になっていて、和モダンなビルの雰囲気に合わせて、和風な意匠が彫られた石のベンチが置いてある。
そこで座って待っていると、待ち合わせ時間から10分ほどたった頃、一応彼である健二がやってきた。
「久しぶり、元気だった?」
「あ、久しぶり」
目を伏せると、長い睫毛が影になる。
濃い睫毛に縁取られた、意思の強い瞳。
「この近くに、いい店があるんだ、きっと美樹も気に入るよ」
はっきりとした、強い声。
好きなものがはっきりしていて、いつもこれがいいよって言ってくれる。
私、そんな彼に惹かれたんだった…
赤い格子窓が印象的な、エスニック料理の店に入り、円卓に座った。
スパイスの香りが店内に広がって、食欲が湧いてくる…はずだった。
でも。
彼は忘れてるのかな。
私、クセのあるスパイス苦手なんだよ。
カレーは好きだけど香草は頭痛くなっちゃうの。
よく会ってた頃はエスニックは避けてくれてたのに…
クセが無くて無難な料理を食べ終えて、フレーバーティーをゆっくり飲んだ。
この香りは、好きなんだけどな。
ボーッとお茶を飲んでいる私に、彼が口を開いた。
「美樹に謝らなくちゃいけない事があるんだ」
「謝るって、どういうこと?」
来た。
たぶんそんなことだろうと、思ったそれが。
「この春に入った、職場の後輩とすごく気が合っちゃって」
「その…俺の好きなものみんな好き、とか言われてね」
…彼にしては、歯切れが悪い言い方だな。
「3ヶ月、会って無かったのよ。私からも、連絡しなかったし…そのまま、自然消滅でも良かったのに」
「いや、いくら3ヶ月会ってなかったって言っても、ちゃんと区切りはつけないと」
「私は大丈夫よ。あなたが好きな人が出来たのなら、気にしないで」



店の前で、彼とは別れた。
私が気にしないでと言ったから、気が軽くなったみたいで軽口を叩いて、笑顔で去って行った。
彼とは2年くらい付き合った。
でも、頻繁に会ってたのは最初の1年で、彼の仕事が忙しくなってからは、すっかり間が空いてしまって。
彼から連絡がないと、自分からの連絡がどんどんしづらくなって行く。
その間に、お互いの気持ちは離れた。
彼は職場の子に気持ちが向いて、私は…
彼の事が、どうでも良くなってたことに気づく。
でも、何をするにもリードしてくれて、迷ってるとこっち、と示してくれてた。
それが、以前の私には心地良かったんだ。
そんな気持ちになれる、彼が好きだったことは確かだった。
…考え事をしながら歩いていたら、職場のビルの近くまで戻っていて、思わず立ち止まった。
時計を見たら、22時過ぎ。
高橋くん、残ってるよね。
何か、食べたかな。
携帯を出して、高橋くんを呼び出した。
思っていたより早く、5コールで出てくれた。
「もしもし、高橋くん?小山だけど」
「あれ?どうしたんですか?」
「今、下にいるの。私も一緒に残ろうと思って」
「…でも、小山さん、今日は、あの…
「いいから、いいから!ちょっとしたもの買って持って行くね。じゃ、」
今の私のザワザワとした胸の中。
高橋くんといれば、落ち着くんじゃないか。
この間の、酔って寝ちゃった高橋くんと、一緒にいたように。













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