えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

あなたの横顔6話

2018-10-08 22:23:59 | 書き物
裕子にチケットを渡したと高山さんに聞いたのは、ライブの前日だった。
「確かに渡したわよ。来るかどうかは裕子次第。ほんとはこんなこと、スタッフとしてはやっちゃダメなんだろうけど」
自虐的に笑った後は、サブマネージャーの顔に戻った。
「リハーサルの後に、取材があるのでホールから移動になります。時間が押すとマズイので、迅速にね。もちろん、ちゃんと誘導しますから」
「取材、ですか」
「もう、またって顔しちゃダメ。誰でも取材して貰えるわけじゃないのよ」
「グラビアもあるの?」
「もちろん。今回は有名なカメラマンが撮ってくれます」
「そういうの、苦手だ…」
「それも込みでプロモーションだと思って。それに…」
俺の肩をポンポン、と叩きにっこり笑う。
「ある程度売れたら、西山くんの好きなように出来るよ。稼げる人は大事にして貰えるの。今は折り合いをつけなきゃいけない時期」
「折り合い、か…」
「そうよ、ど真ん中に行くまでの辛抱よ。我慢しろとは言わない。折り合いをつけるのよ」
…なんだか、ストンと腑に落ちた。
好きにやるために、折り合いをつける。
俺にだって、出来るはずだ。



ライブの幕が上がった。
今までの倍のキャパシティーで、ベテランのバンドマンに囲まれて歌う。
プロデューサーに勧められて、変えられたアレンジ。
ギターではなくマイクで歌うスタイルの曲。
100%俺のやりたいようにはやれなかった。
それでも、今の俺の最高のパフォーマンスが出来たと思った。
それは、幕が下りた後でバンドメンバーに次々にハイタッチされて、実感したものだ。
楽屋に戻り汗を拭き、着替えて俺は待った。
上手くいったら、ここへ裕子を連れて来て貰うことになっていた。
一目でも会いたい。
顔を見て、声を聞きたい。
終演後の取材まで、30分ほどしかなかったが、高山さんが他のマネージャーには言わずに、聞き入れてくれた。
「西山くん?入るよ」
いきなり高山さんの声がして、ドキッとする。
ドアが開き、高山さんについて入って来たのは、裕子だった。
4年ぶりの裕子。
長かった髪は肩までになって、ふわっとカールしている。
裕子に、似合ってる。
「西山くん、申し訳ないんだけど5分で切り上げて。時間押してるから」
そう言って高山さんが出て行くと、俺は裕子に近づいた。
「…久しぶりだね。元気だった?」
「うん…今日は呼んでくれてありがとう」
俯いてしまった裕子の肩に、両手を置いた。
「俺を見て」
「私、あんなこと…したのに」
「一方的に連絡してくれなくなったこと?」
俺の手から逃げようと、後ずさる裕子の肩をぐっと掴む。
「そんなの…結局、俺だって会いに行かなかったし、連絡しなくなった…でも」
涙を溜めた裕子の目尻を、そっとぬぐってからようやく裕子を抱き締めた。
「今日はどうしても、聞いて貰いたかった。またこれから、会えなくなるかもしれないから」
「そう…だよね。だって、樹はもう」
「なつきちゃんに聞いた。売れたら、稼いだら、好きなようにやれるようになるって」
「そんなこと…出来るの」
「その言葉を信じて、やるしかない。裕子のことも音楽の仕事のことも、きっと俺のやりたいようにしてみせる。だから、、裕子」
「…なに?」
「そうなれたら。何もかも思うように出来るようになったら。俺のCDのジャケットを…俺の横顔を、描いてくれ」
その時、ドアの向こうから高山さんの声が聞こえた。
「もう時間よ。裕子、出て来て」
驚いた顔で俺を見上げる裕子に、4年ぶりのキスをしてから、ドアまで手を引いた。
「裕子、覚えてて。俺の言ったこと、叶えてくれ…いつになっても」
「…うん。私、やってみるから。待ってて」
小さな声で呟いて顔を上げた裕子が、ドアから出ていく。
俺は大きく息を吐いた。



やりたいようにやると言っても、なかなか一筋縄では行かない。
まずはアルバム製作で、俺に編曲させて貰えるよう、プロデューサーに交渉した。
返事は、まず依頼したアレンジャーに編曲してもらい、俺のは試しに聞いてから、と。
ライブハウス時代にやっていたように、自分のやり方で自分の曲を編曲したい。
バンドアレンジも、ライブハウス時代に覚えた。
自分の曲だからって、型に嵌めたアレンジはしたくない。
試行錯誤しながらも作り上げ、アレンジャーとプロデューサーに聞いてもらう。
結果、5曲分、俺の名前が編曲者としてクレジットされることになった。
MVの製作は、とにかく初めて。
だから、またプロデューサーに交渉した。
好きなミュージシャンのMVの監督に、依頼して欲しいと。
監督の演出や編集を見ながら、先ずはそれぞれを勉強する。
出来れば、セルフプロデュースをしたいと思っていたから。
まずは、自分を知って色々な世界を見て、選択して行かなければ。
…それには、ヒット曲が必要だと思った。



メジャーデビューのシングル1枚目は、CMタイアップが付いて、よく言う『スマッシュヒット』になった。
おかげで、デビュー作から歌番組に出演することが出来た。
…CMタイアップも、歌番組出演も、やっぱり事務所の規模がものを言ったものだ。
でも、1回ヒットしたからって、次も、またその次もヒットするかは分からない。
事務所は、ヒット曲を作れと言うけれど、それを意識したら厳しいと思った。
売れることと、やりたいこと…
上手くバランスを取って曲を作らないと。
後は、今どんな音楽が主流になっているか。
ちょうど今、俺の志向する音が受け入れられているようだ。
好きな洋楽を取り入れたビートの効いた音に、シンプルな日本語を合わせた俺の曲。
流行りの巡り合わせかもしれないが、ラッキーなことだと思った。
だから今は、とにかく好きな音を追及しよう、と決めた。
デビューして2年がたった頃。
4枚目のシングルが、あるゴールデンタイムのドラマの主題歌に採用された。
主役もヒロインも、今1番人気があると言われる2人。
評判の高い脚本家で、ヒット間違いないとの前評判のドラマ。
その主題歌に決まったと言うことで、あっという間に歌番組、雑誌やテレビの取材が決まった。
その頃には、チーフマネージャーになった高山さんが、詰まったスケジュールを捌いていた。
「西山くん、これがヒットしたら、きっとやり易くなるわ。そんな気がする。正念場よ」
俺も同じ気持ちだ。
だから、インタビューもグラビアも積極的に受けて、プロモーションに励んだ。
ドラマのタイアップ曲は、ドラマのヒットに乗って大ヒットした。
CDの売れにくい時代と言われる今、文句の付けようがない枚数。
ダウンロードも伸びて、曲もMVも賞を取れた。
その辺りから、プロデューサーも俺の言うことを、ほぼ認めてくれるようになった。
事務所の上の人からも、ああしろこうしろとは言われることは少なくなった。
自分のやりたい音を分かってくれる、バンドメンバー、スタッフ。
俺の言うことを聞いてくれて、でもアドバイスもくれる。
28歳を過ぎて、俺はようやく『やりたいようにやる自分』に、近づいたんだ。



裕子のことは…
あの再会の半年程後、広告代理店からデザイン事務所に移ったと聞いた。
音楽関係の仕事が多い事務所だと、高山さんが教えてくれた。
広告代理店での仕事が認められて、アシスタントからとは言え、最初から大きい仕事に関わっているそうだ。
「たまには知りたいでしょ、裕子のこと」
「そりゃ。知りたいよ。あんなこと頼んで、プレッシャーになってないかも気になるし。でも、いいの?事務所的に」
「まあ、近況を知るくらい、いいんじゃないの」
2年たつ頃には、製作に彼女の名前が出るようになった。
CDパッケージはもちろん、販促ポスターやグッズの製作まで。
幅広い音楽関係の仕事が、グラフィックデザイナーである岡本裕子の得意分野だと、言われるようになっていた。
彼女は、依頼された仕事をする時、アートディレクターを使うこともあるけれど、彼女自身がイラストを描くこともある。
彼女の名前が更に知れ渡ったのは、あるミュージシャンの大ヒットアルバムの、CDパッケージを手掛けたこと。
アルバムのヒットに加えて、ジャケットも賞を取ったのだ。


そのニュースを耳にした時、俺はやっとその時が来たと思った。
再び、裕子に俺の横顔を描いて貰う時が。














あなたの横顔5話

2018-10-08 22:20:52 | 書き物
ワンマンライブの後、私から連絡を取るのを止めてしまった。
しばらくの間、樹からメールが来たり電話が来たりしたけれど…
1回だけ、電話を取った。
「裕子、聞いてる?」
樹の声が聞こえた途端、樹から離れようと言う気持ちが、鈍りそうになる。
黙っているのがキツくて、涙が溢れた。
「…ごめんね」とだけ言って、切った。
まりちゃんの言ってた通りなんだ。
たぶん、これから樹の環境はどんどん変わって行く。
私がそばにいても、じゃまになるだけ。





それから1年。
就活も無事内定を貰えて終わった。
樹のライブを聞いていて、CDのジャケットのデザインをやりたいと思い、自分なりに勉強してた。
でも…樹と離れてから思い出すとつらくなってしまった。
それでも、どこか樹のいる世界に繋がっていたい。
結局、先輩がいたこともあって、大手の広告代理店を受けて、無事内定を取れた。
広告と言っても色々ある。
色々なパッケージデザインだけじゃなくて、ポスターなんかも。
だから、今まで勉強してきたことが、生かせるかもしれないと思った。
イラストを描くチャンスも、もしかしてあるかもしれない…
けれど、そんな私の甘い期待は、すぐに潰されてしまった。


広告と言っても、ピンからキリまで。
新人の私の仕事は、細かい雑誌の広告を手掛けている、先輩の助手。
先輩の前に準備万端整えておくこと。
手配や調達などの細かいことは、先にやっておくこと等々。
カメラマンの手配、スタジオの予約…
一日中バタバタと動いて、気がつくと電車が終わっていた。
そんな日々の中で、樹がインディーズからCDを出したことを知った。
夢への最初の一歩、か…
樹は確実に前に進んでる。
じゃあ、私は?
私の夢ってなんだっけ?
そんな自問自答を繰り返しても、ただ毎日の仕事をこなすだけで、日々が過ぎて行ってしまった。


仕事も2年目に入り、やや慣れて来たけれど…これでいいのかという気持ちが、なかなか拭えない。
やれることが増えても、まだまだ一人前には遠くて、覚えることだらけ。
樹のインディーズデビューを聞いてから、不安で押し潰されそうな気持ちになった。
どんどん樹が遠く離れて行く。
違う世界の人になって行く。
樹の今を知りたくて、音楽雑誌の樹の記事を探したりもした。
あれから、樹から目を逸らして来たのに。
インタビューを読むと、なりたい自分になるために、やるしかないという樹の言葉が、胸の奥に刺さった。
なりたい自分。
なりたかった自分。
そんなことを考え出した頃からまた、仕事の合間にグラフィックデザインの勉強を始めた。
勉強したからと言って、私にはまだ仕事の依頼なんて来る訳もない。
それでも…
そんな時、樹が事務所に所属したことを知った。
程なくして、メジャーへの移籍も。
25歳になる年だった。

夏に、メジャー移籍後初の樹のライブが行われることが発表された。
中規模のホールだから、今までのライブハウスよりキャパは大きくなる。
大手の事務所だからなのか、音楽雑誌での扱いも大きくなって、グラビアも飾るようになった。
部屋で1人、じっくり読んでみる。
グラビアの樹の目は、私が知ってる穏やかな樹じゃない気がした。
インタビューの内容も、初めから何かミュージシャンの型に当てはめられているようで…
こんなものなのかな、ミュージシャンとして売り出すということって。
樹はどう考えているんだろう。
…相変わらず、綺麗な横顔。
この頬に、この唇に、触れたのは何年前だろう…
樹から離れて初めて願った。
樹に会いたい。
あの歌を歌う樹にまた、会いたいと。



仕事に1日走りまわった日も終わり、帰る支度をしている時だった。
知らないアドレスからメールが来ていた。
誰?
なぜ、私のアドレスを知ってるの。
開いてみると…なつき。
高校の時仲良くしていて、幼なじみでもあつた、高山なつきだった。
大学の時に1、2度会ったけれど、それからは会う機会がなかったのに、会いたいなんて今頃なんだろう…
翌日は特に用事も無かったし、久しぶりに会おうかな。
今、なつきはなんの仕事をしてるんだろう。
翌日、仕事が終わって待ち合わせのカフェに行く。
私もたまに利用する、居心地のいい店。
食事も出来るしお酒も飲める。
女性客が多いから、気楽に長居出来る店だ。
店の中に入って見渡すと、窓際の女性が手を振るのが見えた。
「待たせてごめんね」
「ううん、私もさっき来たとこ」
2人、ビールのグラスを合わせてから、近況を聞きあった。
「裕子、広告代理店なんだってね。ずいぶん忙しいんじゃないの」
「うん、まあね…でも、さすがに最近は終電で帰るのはしなくなったよ。それに、私はそんな花形部署じゃないもの」
「雑誌の広告?」
「うん。新人の頃からだから、慣れはしたけどね。締め切りがあるのが難点かなあ。なつきは?なんの仕事なの?」
「私?今、音楽事務所に勤めてる」
「音楽事務所?」
「そうよ、ミュージシャンのマネジメントが主な仕事」
「ミュージシャン…」
それを聞いたら、樹のことを思い出さずにいられない。
まさか…
「実は、この春から西山樹のサブマネージャーになったの」
「えっ…」
「私もビックリしたわ。まさか、西山くんがうちに入るなんて。インディーズでの噂は聞いてたけどね」
「そうだったの…」
樹が大手の事務所に所属したというのは、ネットニュースで読んだ。
そのとたんに、露出が増えたのは素人の私にだって分かる。
その樹のスタッフに、なつきがいるなんて。
「ねえ、裕子は今、西山くんに全然連絡取ってないの」
「取ってない…だってもう、別の世界の人じゃない。連絡なんて取ったってしょうがないよ」
「そんな風に思ってたんだ」
ボリュームのある美味しそうなサラダを、つつく気にもなれず、ついビールばかりを飲んでしまう。
アルコールがまわったせいもあって、なつきに聞かれるまま樹とのいきさつを、話してしまった。
「そのまりちゃんって人の言ってること、全く間違いでもないかもしれないけどさ」

話すにつれ、なつきもビールを空けるのが早くなった。
「それでも…どうするかは当人同士が決めることよね。余計なお世話だわ」
「でも実際、樹のファンは女性が多いんでしょ」
「そうだけど…だからと言って彼女がいたらダメとか…まあ、今はマズそうだけどねえ」
「そうなんだ」
「樹くんの見た目や雰囲気は、女性に受けちゃうからねえ。どうしても、女性受けのする売り出しかたになっちゃうのよ。彼氏感のあるグラビアとかね」
彼氏感、か…
樹は、すっかり「芸能人」にされてしまうのかな…
「でも、西山くんは言われるままにはなりたくないみたいだよ」
「…そうなの?」
「ここの所、よくそれを口にしてる。でも、新人だからなかなか思うようにはね」
…そうだったんだ。
華々しく見えても、そんな葛藤があるのね。
樹、焦れったいだろうな。
「それでね、話の流れで言っちゃうけど。夏のホールライブ、裕子に来て欲しいって」
「私に?…なんで?」
なつきが差し出したチケットの券面を、じっと見つめた。
「なんでって…裕子に今の姿を見せたいんでしょ」
「でも…私から連絡を切ってしまったのに」
「…そこはまあ、それでも来て欲しいってことよ」



なつきと別れ、無理やり渡された封筒を見つめた。
私だって、樹に会いたい。
樹の歌を聴きたい。
いいの、私が行っても。
速まる胸を押さえながら、夜の街に出た。
また樹に会えたら…一緒にいる頃の私に、戻れるのだろうか。
それとも、もう戻れないと思い知るのだろうか。














あなたの横顔4話

2018-10-08 20:23:37 | 書き物
ワンマンライブの後、裕子から連絡が来なくなった。
俺からメールをしても、既読にならない。
いそうな時間に電話をしても、出ない。
あの時、久しぶりに会えたライブの夜。
取材があるからと、慌ただしく行ってしまったきりだ。
…1度だけ、電話が繋がったけれど。
「裕子、聞いてる?」と話し掛けても無言のまま。
俺、何かしたかな。
ワンマンライブの後、途中で帰ってしまったけど、何か引っ掛かっているのか。
「ごめんね」とだけ聞こえて、切れてしまった。
こんなことで終わりたくなかったから、出来れば直接会いに行きたかった。
でも、そのあとどんどん余裕が無くなってしまった…
今までと規模の大きい方と、ライブハウスを掛け持ちしだしたから。
でも…
無理にでも時間を作って、会いには行けたはずだ。
なのに俺は、裕子は就活中だとか、忙しくて余裕が無いとか、そんな言い訳を並べて行かなかった。
その時の俺の頭の中は、インディーズレーベルからCDを出す話でいっぱいだったからだ。
それは、年を越した頃に持ち上がった話。
規模の大きいライブハウスのマネージャーの紹介で、インディーズレーベルの人に会った。
俺の集客が見込めるから、と言われた。
少し躊躇ったけれど…
やっぱり、CDは出したい。
そのうち、メジャーと契約したいと思ってはいたけれど。
それの第一歩になるなら、気合いを入れて取り組んでみようと思った。



ミュージシャン、スタジオの手配。
ジャケットの依頼、そして枚数をどうするか。
やること、そしてお金がかかることが山ほどあった。
事務所にも所属してないから、やらなきゃいけない雑多なことは多かった。
そこは、ライブハウスのマネージャーに聞いたり、レーベルの担当者と詰めて行った。
インディーズで活動してる人たちは、みんなこれをやってるのか。
曲作りもあるし、いつものライブもこなさなければならない。
俺はCD発売に向けてのあれこれに没頭し、裕子のことを頭から閉め出していた。
忘れたわけじゃないし、時々ふっと思い出すこともある。
そんな時も、敢えて考えないようにした。
そして、俺からも連絡を取ることをしなくなっていった…
ようやくCDの発売日が決まったのは、1年後。
23歳になった年だった…


大学も途中で辞めて音楽活動に本腰を入れ、キャパの大きなライブハウスで、ライブをこなす。
インディーズからCDを出した夏の頃には、『インディーズでの期待の新人』の特集で、音楽雑誌に載ったりもした。
まだまだ、小さなものだったけれど。
CDは、ライブによく来てくれる固定の客が、まず買ってくれた。
ライブをこなしていくうちに、より多くの枚数が売れて行くようになった。
最初のプレス分が売り切れた頃には、より取材が来るようになっていた。
そんなとき、ライブが終わった後に楽屋にマネージャーが訪ねて来た。
「樹、ちょっと話があるんだけど」
「ちょうど着替えたところです。どうぞ」
マネージャーがパイプ椅子に座ると、俺の向かいに座る。
「樹さあ、そろそろ事務所に所属する気はないか」
「事務所、ですか…」
「その方がメジャーとの契約もしやすいよ」
「メジャーですか?まだ、インディーズから出したばかりだし、俺には早いんじゃ」
「そんなことはない。インディーズとは言え、樹の売り上げはかなりいい。メジャーレーベルと契約出来るだけの力はあるよ」
「そう言われると嬉しいけど…事務所ってどうしたら」
「実は、音楽事務所の大手がライブを聞きたいって言って来たんだ」
マネージャーが言った事務所の名前は、誰もが知ってる音楽事務所だった。
そんな所から、俺に?
「言っておくけど、聞いてくれたからって即契約になるわけじゃない。樹次第だからな」
「…分かりました」
大手の音楽事務所に所属したからって、すぐにホールでライブを、メジャーからCDを出せるわけじゃないことは、知ってる。
でも、確実にきっかけにはなるってことは、分かる。
…前に進むしかないんだ。



いつ、音楽事務所の人が来たのかは、教えて貰えなかった。
でも、客席にいて席も立たない客は目立つから、見当はついた。
…いつものライブをすればいい。
そう自分に言い聞かせ、ギターを弾き、歌った。
客を煽り、乗せた。
ライブが終わった瞬間、その客たちはじっとステージを見つめていた。
半年後、インディーズで話題の西山樹、大手音楽事務所と契約、のニュースが音楽雑誌に載り、ネットニュースに流れた。
その半年後に、メジャーレーベルに移籍してメジャーデビュー。
春、4月。
俺は25歳になった。



2月、打ち合わせのために訪れた事務所で、意外な人に会った。
「西山くん、久しぶりだね」
長い髪を束ねて、黒のパンツスーツを着た女性。
…誰だろう。
「あの…お会いしたこと…?」
「あれ、分からない?私、なつき。裕子の友達の」
「あっ…」
俺とは高3の時だけクラスメイトだった、なつき。
高山なつきだ。
「高山さん…?なんでここに?」
「実は、私いま、ここの社員なの。たぶん、これからあなたの…ミュージシャン・西山樹のサブマネージャーになる」
「そうだったのか」
「こんな所で会うなんてね。うちの会社にとってあなたは、これから売り出す大切な人よ」
「それは、どうも」
「じゃ、打ち合わせの時に。私も同席するからよろしくお願いします」
長い打ち合わせを終えて、事務所を出た。
駅まで歩く間、気分転換にウィンドウを覗いてあるく。
自分には関係があるはずもないアクセサリーショップの前で、あるヘアアクセサリーに目が止まった。
何枚かの葉をコラージュした、グリーンのヘアピン。
…裕子がしてたのと似ている。
よくライブハウスに来てた頃。
「これ見て。葉っぱがたくさんついてて、樹って感じじゃない」
そんなことを言いながら、髪に止めていた。



今日は思いもよらず、裕子の友達に会った。
そして、このヘアピン…
こんなデザインのヘアピンは、量産されて出回っているのかもしれない。
でも、それで頭の隅に押し込めていた裕子の記憶が、溢れ出てきてしまった。
裕子…
裕子に会いたい。
連絡も取らず、記憶を押しやって思い出すことも止めていた。
そんな俺には、許されないかもしれないけれど。
メジャーデビューの記念ライブが、夏に中規模のホールで行われることが決まった。
裕子に聴いて欲しい。
裕子にのために、あの曲を歌いたい。








あなたの横顔3話

2018-10-08 20:21:03 | 書き物
『告白されてるみたい』が告白になって、私たちは付き合いだした。
教室の中では今までとそう変わらなかったけど、帰りはいつも一緒で、校門を出ると手を繋いだ。
彼のことは樹と呼んで、彼は私を裕子と呼ぶ。
音楽のこと、私が描く絵のこと…
そして、他愛もないことを話す日々。
好きな人に触れることがこんなに切なくて、それでいて安心出来ることを、初めて知った。
私にとっては、初めて付き合う人。
樹とのことは、すべて初めてのことだった。
ずっとこれが続けばいいのにと、願ったけれど…
嫌でも変わらなければならない時が来る。
卒業と言う日が。
式が終わると、みんなとサイン帳にサインしあった。
写真も撮った。
みんなと騒ぐまでが卒業の儀式。
それが終わったら、樹の待つ軽音の部室に行った。
最後にもう1度、あの曲を聴きたいってお願いしておいたから。
部室で樹が歌ってくれた歌のことは、ずっと耳に残っていた。
その日、手を繋いで駅まで歩いたことも。



いざ、大学生活が始まると、タイミングが合わなくてなかなか会えなくなってしまった。
樹が音楽活動に本腰を入れ始めたからだ。
私は私で、デザイン系の学部だったから、課題が山盛り。
グラフィックデザインを勉強し始めたのは、樹のお願いがきっかけだった。
CDパッケージのデザイン、面白いかもしれないと思い始めて。
やりはじめてみたら面白くて、時間が足りなくなってしまった…
それでも、週に1回は彼のライブに通った。
もともと評判は良かった樹のライブ。
でも、なかなか満員にはならない。
ガラガラな訳じゃないけれど…
樹は口には出さないけど、悔しそうだった。
それでも、地道に曲を作りライブを重ねて行く。
次第に埋まって行く客席を見て、ライブハウスのスタッフも喜んでくれた。
スタッフにおめでとうと言われて、喜んでる樹を見るのが嬉しくて。
思わず涙ぐんでいたら、
「まだまだ、これからなんだから…泣くのは早いよ」
って言いながら、目元を拭ってくれた。



私が樹のライブを見る時は、いつも客席の端。
けれど、埋まり始めるとステージ脇にいるようになった。
そう広くはないそこにいると、ライブハウスのスタッフとも仲良くなる。
そこで、1つ年上の女性と仲良くなった。
みんなが、まりちゃんと呼んでる人。
まりちゃんは、ステージ裏の細かい仕事や、色んな人のお手伝いが仕事。
私が行くと、いつも心良くステージ脇に入れてくれた。
週末、樹のライブに行って、まりちゃんやスタッフさんたちとわちゃわちゃして、独り暮らしの樹の部屋に行く。
そんな日々が過ぎていって2年。
私たちは21になっていた。




私は、大学3年生になると就活も、卒業に向けての勉強も増えた。
就活で、グラフィックデザインを仕事にするなら、デザイン事務所がいいと思ってた。
そんな時に、先輩に広告代理店を勧められて…
あちこち見てまわりながらも、なかなか決められないでいた。
必然的に、ライブハウスにそうそう通えなくなる。
週に1回だったのが、月に1回に。
それも行けない時もあった。
会えない時に連絡するのも、忙しさのあまり、なかなか出来なくて…
元気?私も。
そんな確認みたいなものばかり。
でもそれは、樹も同じ。
頻繁にライブをしながら、バイトもしてる。
疲れて、私にメールを送る余裕がないみたい。
しようがないことだけど…
だから、樹も私も、お互いの近況を知らなかった。
付き合ってるはずの2人なのに。
たまに行けたライブの時には、いつもの樹に見えた。
小さなライブハウスだけど、樹が出る日はいつも満員。
満員だから、樹は嬉しそうではあった。
ただ、どことなく不安そうでもあった…
何か考えてるのって聞いても、私には教えてくれない。
それは、私が樹の音楽活動には積極的に関わっていないからかもしれない。
私が口を出すことじゃないと思っていたけど、何も知らされないのは寂しかった。




大学3年の秋になり、3ヶ月ぶりにライブハウスに顔を出した。
そのとき初めて、大きなライブハウスでの樹のワンマンライブが決まったことを知った。
いつものライブハウスに、珍しく音楽雑誌の取材が入って、そこで彼のライブが紹介されたのだ。
自分のことのように嬉しくて、ライブ終わりの楽屋で、彼におめでとうを言った。
「おめでとう。念願のライブハウスなんでしょう。本当に良かったね」
「ありがとう、裕子、来てくれるよな」
「当たり前じゃない。絶対行くよ」
「ここ何ヵ月かで、色々変えようと思って試行錯誤してた。今度のライブで、裕子にも見せるよ」
樹の曲を、もっと大きなライブハウスで聴ける。
今より更に大きなステージに立つ、彼を見られるんだ。

ワンマンライブ当日。
関係者用の受付で名前を言って、2階のテーブル席に案内された。
1階はスタンディング。
ドリンクを飲みながら開演を待っていたら、時間が来て客席のライトが消える。
ステージに現れたのは、ギターを持った樹と…バンドメンバー。
いつも弾き語りだった樹に加えて、バンドも加わるようになっていた彼のステージ。
樹が言ってたのは、このことだったんだ…
私が知っている曲もあれば、初めて聴く曲もある。
新しい曲は、以前よりポップにアレンジされていた。
相変わらず、綺麗な横顔…
ファルセットも好きだけれど、低音のフレーズも好き。
そんなことを思い浮かべながら聴いていたら、もう最後の曲。
歌い出したのは…あの思い出の曲だった。
一瞬で、初めて聴いた体育館のステージに戻ってしまう。
ノートを見られたあの日に戻れてしまう。
たった3年前のことなのに、ずいぶん時間が過ぎてしまった気がした。



客席が明るくなってザワザワとしてきた。
皆それぞれ出口に向かってる。
樹に会いたかったけれど、このライブハウスで、楽屋やステージ裏には入ったことがない…
どうしよう…
ゆっくりと立ち上がり、バッグを手にしたとき、Tシャツにジーパン姿の女性が近づいて来た。
胸に関係者のパスを下げてる。
まりちゃん。
「裕子ちゃん、久しぶりね」
「うん、ちょっとご無沙汰しちゃって…まりちゃん、ここのスタッフさんをしてるの?」
「ううん、樹くんのスタッフとして来たの」
「樹の…」
「うん、ここの所ずっとやってるの。裕子ちゃんは学校が忙しいから、知らなかったんだね」
「そうだったのね」
何だろう、これ。
私は部外者ってことなの。
「樹くんから裕子ちゃんを呼んで来てって頼まれたの。こちらに来て。楽屋に案内するから」
「…ありがとう」
2階から1階の裏へ抜ける階段を降りて、まりちゃんについて行く。
1階に降りて、楽屋と書かれたドアが見えた時、まりちゃんが立ち止まった。
振り返って、私を見てる。
「裕子ちゃん…お願いがあるの」
「お願い…?」
まりちゃんは私の目をじっと見て、小さな声で言った。
「ここでワンマンが出来たと言うことは、樹くんがかなり有望だって言うことなの」
「まりちゃん、何のこと?」
「実は今日も、音楽雑誌の取材が入ってる」
「…そうなんだ」
「私、樹くんのスタッフをするようになって、そんなにたってない。でも、どうしても、樹くんにはミュージシャンとして成功して欲しいって思うようになったの」
「まりちゃん、何が言いたいの」
「裕子ちゃんは、樹くんの世界の役には立てないよね。どんな世界なのかも知らないし、知ろうとしないもの」
いきなり知らないなんて言われても…
どう答えていいか分からない。
「お願い、今日樹くんと会ったら、もう来ないで。」
「…どうして」
「樹くん、これから、注目されていくんだよ。今もう、女の子のファンがついてるの。そんな時に裕子ちゃんみたいな人がいたら」
「私…いたらダメなの」
「樹くんの邪魔にはならないで」
そう言うと、私に背を向けて行ってしまった。
…今、まりちゃんは何を言ったんだろう。
私は樹の邪魔になるの…
確かに、今日の客席は女の子が多かった。
…だって、そんな…芸能人じゃないんだし。
考え込んでいたら、楽屋のドアがいきなり開いた。


「裕子、ここにいたのか。中々来ないから」
「樹…」
「中にはいって」
楽屋に入ると、目の前に立ってぎゅうっと手を握り合う。
「素敵だったよ。樹の歌、このライブハウスで聞けて嬉しかった。ありがとう」
「俺も。裕子に聴いて欲しかった。それに…久しぶりに会えて嬉しい」
樹の顔が近づく。
彼の手のひらが頬に触れ、そっと唇が触れた。
ずいぶん、久しぶりのキス。
「なかなか会えなくてごめん」
「…いいの。私こそなかなか来られなくてごめん」
樹の唇に触れて指を絡めて、樹の熱を久しぶりに感じた。
触れたかった、ずっと。
なのに、さっき言われたことが思い出されて、素直に嬉しいと思えない。
俯いた私の髪を撫でる、樹の胸にもたれて見上げた時。
ノックの音が聞こえて、関係者のパスを下げた男の人が顔を出した。
「西山くん、もう取材の人来てるよ。お客さんにはそろそろ」
「…分かりました。裕子、ごめん。仕事の時間になったから…また、連絡する」
「分かった。私、帰るね」
その男の人に軽く頭を下げて、外に出た。
なんだか、関係者の人から見たら私みたいのは邪魔なのかな…
樹は、全然変わらないのに。
知らないライブハウス、知らないスタッフ…
急に疎外感が押し寄せてきて、急いで出口に向かった。
音楽雑誌の取材。
ミュージシャンとしての成功…
それは、樹がずっと、なりたかったもの。
私は駅に向かって、揺れる気持ちを抱えたまま歩いた。
どうしていいか分からない。
さっきの樹の熱を感じた唇も指先も、もう冷えてしまった。
…私は部外者…邪魔者?
もう、樹に会わない方がいいの?
気づいたら、涙がポトッと落ちた。
久しぶりに樹の歌が聴けると、喜んでいた気持ちは、ぺしゃんこに潰れてしまった…
こんなはずじゃなかったのに。
ぽっかりと空虚に空いた穴をどうすることも出来ず、ただ歩いた。



























あなたの横顔2話

2018-10-08 12:11:59 | 書き物
横顔の絵を見られてから、西山くんとよく喋るようになった。
西山くんが横を向くと、通路を挟んで横に座ってるのが私。
今までは、よっぽどのことが無い限り、横なんて向いて来なかったのに。
休み時間、お昼休み、放課後。
さっき終わった授業のこと、これから始まる授業のこと。
もちろん、好きな音楽も。
軽音楽部なだけあって、音楽のことにもやたら詳しかったから。
それと、よく喋るけど人の話も聞いてくれる人だった。
私はそこまで話したがりでもないけれど、聞いてくれるからか、よく喋るようになった。
横を向いて話しかけてくるから、今までみたいに横顔をこっそり見られなくなって、そこは少し寂しかったな…
西山くんの横顔、いつまでだって眺めていられたのに。
よく話すようになって、見つけた西山くんの癖。
それは、顔を覗きこみながら、ん?と聞き返すこと。
その癖は、いつも私の胸をぎゅっと掴んだ。
横顔、正面を向いた笑顔、覗きこんでくる切れ長の瞳。
色んな顔を見せられて、好きの気持ちがどんどん膨らんで行く。
西山くんは、私のことをどう思っているんだろう…
気になったけど、確かめる勇気は無くて。
今のまま、西山くんを見ていられるならいいかなって思ってた。




秋が深まると、クラスの中はざわめくことが多くなる。
私は美大志望だけど、2つに絞ったまではいいものの、まだどこを受けるかは決めかねていた。
クラスメイトで幼なじみのなつきは、推薦で早々に決まりそうだ。
「西山くん、もう第一志望決まってるの?」
昼休みに聞いたら、西山くんにしてははっきりしない言い方。
「まあ、決まってはいるよ、一応」
「一応…?」
「親が強く勧めるから受験するんだ。でも、高校出たら音楽活動に本腰入れるから」
「音楽活動…って」
「実は、今もたまに小さなライブハウスでやらせて貰ってるんだ。軽音、早く引退したのもライブハウスでやりたかったから」
「そうだったんだ…もしかして、プロになりたいの」
「そりゃ、なりたいよ。小学生の時から憧れてたんだから」
ギター一本で音楽をやる人には、大学なんてそんな意味がないってことなんだろうな。



実は、まだ西山くんのギターも歌も聞いたことがない。
軽音のステージは、1回も聞いたことなくて。
この間、少しだけ聞こえてきたギターの音を思いだして、聞いてみた。
「軽音部のステージ、文化祭であるけど…さすがにもう出ないよね?」
「…ああ、それなら少しだけ出ることになったよ」
「え、そうなの」
「うん、良かったら聞きに来てよ」
目を細めた笑顔で屈託なく言われて、ドキドキしてきた。
これは、西山くんの歌を聴けるチャンスだ。
「そうだ、いいこと思い付いた」
急に、いたずらっ子みたいな顔になる。
「俺がプロになったら、ジャケットの絵、描いてよ」
「え、CDの?」
「そう。横顔がいいな」
ふふっと笑った顔は、私が弱い顔。
否応なしに私の鼓動を早くする。
思わず胸に手を置きながら、西山くんの希望を叶えたいと思った。
私に出来ることなら。





軽音部は引退していたけど、文化祭のステージで数曲歌うことになった。
ついこの間までは、手持ちの曲をと思ってたけど…
岡本さんが聞きに来てくれるならと、新曲を作る気になった。
あの時の、ノートいっぱいの俺の横顔を見た時の気持ちを、書きたくなったんだ。
俺の中に新しいメロディーをもたらした、岡本さんのことを。
10月の始め。
文化祭2日目の最後のステージ。
ステージに出ると、客席はほぼ埋まってる。
椅子に座って客席を眺めると、真ん中あたりに岡本さんが座っていた。


全部で3曲。
スローなリズムからアップテンポに変わる曲。
ミディアムテンポの身体を揺らしたくなる曲。
そして、3曲目。
スローなテンポで、あの日彼女が教室に現れてから、俺の中に流れたメロディーを歌った。
歌詞には、岡本さんだけに分かるよう、『横顔』というキーワードを入れて。
歌いながら、岡本さんのことを想った。
俺の横顔をあんなに描くのに、どんな風に俺を見ていたのか。
それを思うと、胸の奥をきゅっと掴まれたような気持ちになる。
この曲のメロディーに乗って、俺の気持ちも伝わればいいのに…
目を瞑らず客席を眺め渡して、岡本さんの瞳を見つめながら歌った。
しーんと静まり返った体育館。
ファルセットが消えた瞬間、皆が拍手をしてくれるなか、彼女が微笑んだのが見えた。


ステージを降りると、軽音の後輩たちが駆け寄って来て新曲のことを聞いて来た。
実は、新曲のことは誰にも言っていない。
曲を作るといつも聞いて貰ってる後輩にも、樹さんいつ作ったんですか、と突っ込まれた。
「作ったばかりなんだ…どうだった?」
「ええ~ほやほやなんですか?そんな感じしないですね。樹さんの曲にしては新鮮な感じでしたよ」
「新鮮?」
「恋人を想って歌ってるみたいで」
「そうか…」
…そうだ、彼女はどう思ったのか、知りたい。
「ごめん、ちょっと人を探しに行きたいんだ。後片付けもあるのに、申し訳ない」
「後片付けは、大丈夫です、人もいるんで。彼女ですか?」
「え、いや、そんなんじゃないけど…」
「分かりました、大丈夫ですから行って下さい」
「悪い、後でまた連絡するよ」
ステージの裏にまわり、そこからの出口を抜けると体育館の壁にもたれた彼女を見つけた。
もしかして、待ってくれていたのかな…




「ここにいたんだ」
声を掛けたら、彼女が顔を上げた。
「もう、いいの?ステージの片付けは終わったの?」
「いや。とにかく岡本さんと話がしたくて。後輩にお願いしてきた」
「そうなんだ…私も、西山くんと話したくて待ってたの」
彼女がもたれてる壁に、俺も並んでもたれた。
「聴きにきてくれてありがとう。座ってるとこ、見えたよ」
「あれ、見えてたんだ…なんだか目が合ってる気がして、ちょっと恥ずかしかった」
「俺、案外目がいいんだ」
「うん…そうね、あんな距離で目が合うなんて。でもね、目が合ってるだけじゃなくて、私のために歌ってくれてるみたいに感じて…嬉しかったの。だって」
少し俯いてる顔は、いつもよりもっと『女の子』に見える。
「あの曲、最後に歌った曲…あの時の歌なんでしょ。私のノートを見たときの」
少し赤く染まった顔を上げ、岡本さんは俺を見上げた。
「あのさ、俺の横顔だらけのノートを見た時、どう思ったか分かる?」
「え…」
「まるで告白されてるみたいだなって思ったんだ」
「いやだ、そうだったの」
「すごく、嬉しかった」
「西山くん…」
「だから、岡本さんのために曲作ったの」
「それって…告白、されてるみたい」
「ふたりとも、だね」
ふふっと笑った岡本さんが可愛くて、また俺の中にメロディーを鳴らした。
こうして隣にいてくれたら嬉しい。
そして、ずっといて欲しいと、この時初めて思った。
「もう、帰るの?」
「うん、一緒に帰ろう」


カバンを持って校門を出たら、彼女の空いてる右手に手を伸ばす。
手のひらを掴んだら、一瞬驚いて見開いた瞳を向けたけど、すぐ握りかえす。
ぎゅっと握って歩き出したら、横からふわっと彼女のかおりがした。