えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

あなたの横顔8話

2018-10-09 07:43:35 | 書き物
裕子の様子に違和感を感じたのは、撮影が終った後。
仕事はしっかりやっているけれど、俺の目を見ているようで見て無い。
それが、気になって仕方なかった。
実際、出来上がったものは俺の想像を超えた、素晴らしいものだった。
俺の横顔の絵をベースに加工された、ジャケットの絵やロゴ。
初めて見た時の、ノートいっぱいの俺の横顔を思い出していた。
あの頃の約束が、こうして果たされるなんて。
ただ、慰労会に来ない裕子が心配だった。
プロモーションの渦に放り込まれた俺は、へとへとに疲れてしまって、連絡も出来なくて…
たまに元気かとメールしても、元気よとしか返って来ない。
このままじゃ、同じことの繰り返しだと思うけれど、疲れた心と身体は言うことを聞いてくれない。
そんな頃、裕子の同僚の田中さんが、事務所に挨拶に来てくれた。
俺はいなかったけれど、代わりに高山さんが話を聞いてくれたそうだ。




「西山くん、裕子の様子が変だって気づいてた?」
取材の移動の車の中で、いきなり高山さんが尋ねてきた。
「高山さんも気づいてたの?なんだか、撮影の後から俺の目を見てくれてなくて。なんでだろうって思ってたんだ」
「例の撮られたニュース、裕子は知らなかったらしくて。裕子に言っちゃったスタッフがいたの」
「なんでそんなこと…」
「まりちゃんて人だった」
「まりちゃんが?なんで…裕子とも仲が良かったはずなのに」
「嫉妬でしょ」
「嫉妬…」
まりちゃんがそんな目で俺を見てるなんて、思ってもいなかった。
裕子と俺のことは、よく知ってるはずなのに。
「そんなことを聞いても、裕子は俺のことを信じてくれると思ってる。でも、思ってるだけじゃ…ちゃんと話さなきゃダメだよな」
「連絡、取ってるんでしょ」
「まあね。でも、たまにメールするくらいしか出来てない。メールしても当たり障りのない返事しか来ないんだ。いっそ、裕子から聞いてくれたほうが良かった…裕子はすぐ黙って抱え込むからな…」
しばらく、無言のまま車が走った。
目的地に着く直前、
「私に考えがあるから、任せて。ちょうどいい仕事の依頼があるの。後で教えるから」
「仕事…?」
「そう。きっと気に入るわよ」
ちょっと面白がる顔で言われて、首を傾げる。
仕事って…なんなんだ。



年が明けて、少したった頃。
高山さんから、スケジュールを言い渡された。
「これ…サプライズライブって…」
「私たちの高校よ。あちらから依頼が来たの。テレビ局の企画だけどね。西山樹、卒業した高校でサプライズで歌うってヤツ」
「卒業式の後に、サプライズで俺が歌うの?」
「そういうこと。一部、バラエティー番組で流れるの」
「こういう仕事、引き受けるの初めてじゃないの」
「そうだけど…ちょうどいいじゃない。裕子を呼んだら?ちゃんとお互いに話す、いい機会だと思うけど。こんな企画なら、体育館の隅に裕子がいてもおかしくは無いしね」
「…そういうことか。」



3月。
懐かしい体育館のステージ裏にいた。
今、まさに表では卒業式。
終わったら一旦幕を引き、再び幕が開いたら俺が歌い出すと言う段取りになってる。
そこへ、高山さんが静かに入って来た。
「裕子、来たわよ。後ろの隅にいる。西山くんが出るのは知らない。面白いものを見せるとしか、言ってないから」
「分かった」
幕が開いた。
椅子に座って、ギターを抱えたスタイルで客席を見ると、一斉に悲鳴のような歓声が上がった。
ドラマの主題歌でヒットした曲を歌い出すと、生徒たちが立ち上がり、跳ねてくれた。
裕子はどこだ…いた。
1番後ろの隅で、手で口元を覆っている。
泣いてるのか…
10年近く前、この体育館で裕子のために歌った。
今日もまた、最後に裕子に向けて歌おう。
「最後の曲になります」
あの時と同じ、3曲目。
イントロを弾きだすと、客席は静まりかえった。
この曲は、デビューしてからはバンドアレンジで歌って来た。
弾き語りで歌うのは、久しぶりだ。
シンプルなメロディー、シンプルな歌詞。
あの頃俺の横顔を見つめて、描き出してくれたのは、裕子だった。
俺の横顔は眠っていた。
裕子の手で目覚めたんだ。
そんな裕子のことを、歌った。
愛する人のことを。

大きな拍手に見送られ、袖に入ると高山さんが待っていた。
うっすら、涙を浮かべていて驚いてしまった。
指で溜まった滴を拭い、手のひらを出口に向ける。
「…弾き語り、いいわね。あの時の裕子がいたから、今の西山くんがいるんだって、分かったわ」
「そんな風に言ってくれるなんて、嬉しいよ」
「…あっちで、待ってるから行ったら。裏門に車がいる。この後は、好きにしていいのよ」
「ありがとう。色々と」
ステージ裏からの出口を出ると、あの日のように裕子が壁に寄りかかっていた。
急いで駆け寄って腕を引く。
胸の中の裕子は、あの日の女の子のままだ。
俯いていた顔を上げると、涙を落としながら笑って見せた。
「樹…樹はあの頃と変わらないんだね。私にあの曲を歌ってくれた、あの頃のままなんだね」
「裕子も。あの頃のままだ。俺の横顔を描いて、告白してくれた」
「ふたりとも、だね」
笑ってみせた唇に、ちいさなキスを落とす。
また、目尻から滴が落ちた。
「私、樹が好き。樹のそばにいたくて、樹の世界に近づきたくて…だから頑張れたの。でも…」
「何を、気にしてるの」
頬を撫でると、俯いた。
「…樹のまわりには、綺麗な女性がいっぱいいて…」
「みんな、仕事で一緒の人ばっかりだから」
「私で…いいの?仕事の邪魔になったりしないの?」
「裕子と一緒にいるのが、仕事の邪魔になんかならないよ」
「…私、仕事で余裕が無くなると、きっと樹にキツイ顔を見せてしまう」
「裕子、俺は気にしないよ。だから…」
髪を撫で、唇を撫でて、しっかり届くよう、耳元で言う。
「ずっとそばにいて、裕子の顔を見せて。仕事の顔も、恋人の顔も…俺に見せて欲しいんだ」
「…今の私でいいの」
「いいんだ。どんな裕子も裕子なんだから」
「ありがとう…」
裕子の鼓動を胸に受けながら、考えてたことを裕子に告げた。
「一緒に暮らそう」
「え、…でも、今そんなこと出来ないでしょう。無理だよ」
顔を上げて、俺のシャツの裾をぎゅっと掴む。
「忘れたのか。好きなようにやってみせるって、約束しただろ」
「でも…」
「大丈夫。大事な人と一緒にいることが俺にとって必要なことなんだから。任せて。ほら」
手を差し出すと、躊躇いながらも握って来た。
小さな手をぎゅっと握り、裏門に停めてある車に向かう。
あの日も手を繋いで帰った。
裕子、樹と呼び合うはじまりだった。
今日も同じ。
ようやく恋人に戻れた裕子とのはじまりだ。
「一緒に、帰ろう」
「うん」
後部座席に並んで座って、指を絡めた。












あなたの横顔7話

2018-10-09 07:40:29 | 書き物
樹の事務所から、1年後に出る新曲のパッケージデザインの製作の依頼があった。
所属してるデザイン事務所ではなく、私を名指しで。
それを受けて、営業の田中さんと彼の事務所に向かった。
田中さんは、7歳年上のベテランの営業の人。
今回は、パッケージ全体を手掛ける、私のマネージャーのような形で、同行してくれた。

大手音楽事務所。
そう聞いてはいたけれど、都心にある中規模のビルの3フロアだと聞いて、意外だった。
受付に予定を告げると、プロデューサーとチーフマネージャーである、なつきが迎えに来てくれた。
「今回は、引き受けて下さってありがとうございます」
なつき…いえ、チーフマネージャーからていねいに挨拶され、3階の会議室に案内された。
エレベーターを降りて、案内された会議室に入ろうとした時。
「あ、岡本さんは、ちょっとこちらへ。田中さんはこの会議室で少々お待ち下さい」
なつきに導かれ、『第4会議室』と書かれたドアの前に止まった。
「さ、入って。済んだらまたさっきの会議室に来てね」
さっさと行ってしまったなつきを見送り、ドアを開けた。
そこには、そうだろうと思っていた人が、私を待っていた。
「裕子、久しぶり」
「樹…」
腕を伸ばし、私の腕を掴み、引き寄せられる。
久しぶりのはずなのに、彼の香りに包まれると、一瞬で樹の恋人に戻れた。
「裕子、俺の願いを叶えてくれてありがとう」
「…ううん、私の夢を樹が叶えてくれたの。樹の言葉を信じて、ここまで来られたの」
樹の胸に頬を擦り寄せ、目を瞑る。
このまま、樹にずっと甘えていたい。
でも…
「樹、まだ、これからだよね。これから始めるの、樹の願いが叶うように」
顔を上げてそっと樹の胸から離れた。
「うん、分かった。要望は遠慮無く出しますよ、岡本さん」
「分かりました、何なりとどうぞ、西山さん」
顔を見合わせて笑い合う。
会議室に戻ったら、たぶん、こんな二人ではいられないと思うと、笑っていても胸がきゅっとして苦しい…
「裕子…分かってると思うけど、俺と裕子の関係は高山さんしか知らないんだ。だから…」
「分かってる…私と樹は、ミュージシャンとデザイナー、ってことは。高校の同級生なんて、誰も掘り起こしてないことだし」
「うん…気になることがあるかもしれないけど、気にするなよ」
私の頬と唇にそっと指で触れてからドアを開け、樹が出て行く。
私もついて行き、スタッフが集まる会議室に向かった。




顔合わせ、何回もの打ち合わせ。
樹の要望を聞いてデザインのプランを練る。
CDのパッケージデザインの仕事は、初めてじゃない。
前回手掛けたものは、それなりに評価されたから、樹の事務所も依頼してくれたそうだ。
そうでないと、いくら樹の希望があっても無理だっただろう。
今回は、ベースになる絵を私が描くことになってる。
だから、自分の事務所に持ち帰って、納得行くまで描いた。
樹に見て決めて貰うため、何パターンか準備て。
持参する前に田中さんにも見せた。
田中さんは営業だけれど、今までかなりのアート作品を見てる人。
田中さんは、どんな目で見るんだろう…
「岡本さんは、西山さんとは初対面だったの?」
じっと絵を見ながら、田中さんに聞かれた。
「え…?どうしてそんなこと聞くんですか」
「…質問には、答えてくれないの?仮に違ったとしても、誰かに言うつもりはないよ」
田中さんの穏やかな顔を見て、警戒した言葉を発したことを、後悔した。
田中さんには、事情を話しておいたほうがいいかもしれない…
「初対面じゃないんです…彼は、高校の同級生だった人で」
「それで、恋人だった?いや、今もそうかな。」
「…なんで?そんな…」
「やっぱりね」
出来上がったこの絵から、そんなことが読み取れるんだろうか。
それとも、私の態度が不自然だった?
「そんな、慌てなくていいよ。顔合わせの時の別行動と…この横顔への視線は恋人だと思ったから」
「そうなんですか…」
田中さんには隠しても無駄だと思って、樹とのいきさつを、全て話した。
ライブハウスでの活動、一度遠ざかってまったこと、樹の希望を叶えたくてデザイナーになったこと。
「岡本さん、すごいね。彼の希望を叶える為に大手の広告代理店を飛び出すなんて」
「…私の夢でもあったんです」
「分かった」
「え?」
「俺が出来ることなら、協力するから。なんでも言って。」
「ありがとうございます」
有難い。
一緒に動く田中さんが分かってくれてたら、ずいぶん違う。




それからは、打ち合わせ、持ち帰りの繰り返し。
手を加えると、その都度彼に見せて修正していく。
樹の言葉は的確で、でも押し付けがましくなくて、すごくやり易い。
そのせいか、絵自体はわりと早い段階でOKが出た。
後は他のデザインとのバランスや配色。
裏には樹の画像も入れたいから、撮影もしなければならない。
新曲のリース前だから、樹もパッケージデザインにばかりに関わっていられない。
でも1度も、急かしたりしなかったし、そんな態度も取らなかった。
撮影の時間が短くて、集中して撮らなければならなくても、決して慌てない。
落ち着きはらってポーズをとる樹を見て、私は思わずふーっと大きく息を吐いた。


「岡本さん、どうしたの。おっきなため息ついて」
「あっ田中さん、すみません…つい」
「何か気になることでも?」
「いえ、つくづく彼の集中力ってすごいと思って」
「ああ…分かるよ。時間が無いのに、焦りもせずに要求に応えていってるよね。売れてる人って時間の使い方がうまい人が多いと思うよ」
「そうですね。タイトなスケジュールをこなすには、集中力がないと。でも、そんな忙しいのにいつも穏やかなんです」
「苛立ったりすると、まわりもピリピリするからねえ」
「あ~それを言われると…私、時間が押すとつい現場でイライラしてしまうので…ほんとにすみません」
私がぺこっと頭を下げると、田中さんはニヤッと笑ってみせる。
「そうだね、時々アシスタントに指示する声が、低くなってるよ」
あぁ、やっぱり。
デザインで賞を貰ったりもしたけれど、まだまだ悩むことばっかり。
彼の前でこんなキリキリした顔、見せたくなかったのに…
仕事なんだからぼーっとした顔ではいけないという気持ちと、彼の前ではおっとりした私でいたい気持ち。
こんなことで悩むなんてと、自分の余裕の無さに落ち込んだ。

「岡本さん」
撮影が終わり、衣装のまま彼が近づいて来た。
スッキリとスーツを着こなしていて、一瞬立場を忘れて見とれてしまった。
「…どうしたの?」
田中さんが離れてしまって、私1人だったからかふだんの樹の声。
「…なんでもないの…スーツに見とれてた」
小さな声で言うと、くしゃっと嬉しそうな笑顔になった。
「…照れるな…じゃ、今日はこれで終わり?」
「…終わりです。お疲れさまでした」
その時、スタッフの女性が近づいて来たから、彼に目配せする。
「お疲れさまでした。じゃ、」
彼の指が、私の手に一瞬触れる。
けれどすぐに離れて、スタッフの女性の方へ行ってしまった。
ほんの一瞬、彼の指の熱が私の指に移る。
近くにいるのに触れることが出来ない日々。
だから、こんな風に少しでも触れられたら、嬉しくて顔が緩んでしまう。
スタッフの女性は、樹に近寄って短く言葉を交わすと、私の方に近づいて来た。
「…まりちゃん」
「裕子ちゃん、お久しぶり。もう、裕子ちゃんなんて呼んじゃいけなかったかな」
「そんなこと…まだ、彼のスタッフを?」
「そうね。アシスタントのアシスタントみたいな、雑用ばっかりだけどね」
「そう…」
「樹くんが一緒にやらないかって、誘ってくれたの」
樹くん…
そう言ったまりちゃんの顔は、私を睨んでいるように見えた。
「裕子ちゃん、樹くんの近くに戻って来たのね」
「近くって訳ではないけど…仕事だし」
「彼の邪魔じゃなくて、お仕事してるのってことね。」
まりちゃんの言葉のトゲに、ハッとして彼女を見ると口をきゅっと結んでる。
「まりちゃん、私は…」
「今さら戻って来ても無駄よ。噂になってる人のこと、知らないの」
…まりちゃん、なんでこんなに苛立ってるの。
私、何か悪いことでもした?
まりちゃんの顔を見つめて固まっている私に、
「広告だけ作ってればよかったのに」
そう言って、ぷいと行ってしまった。
…今、何があったの。
まさか、まりちゃんがここにいるなんて。
噂になってる人って、誰なの。



「裕子、どうしたの。もう今日はこれで終わりでしょ」
「…なつき…今、いたスタッフの人」
「あぁ、ライブハウス時代からの人ね。ちょっと西山くんに思い入れが強そうな」
「知ってるの、私。あの人がまりちゃんなの」
「えっ…裕子に余計なこと吹き込んだ、あの?」
「うん…」
「また、余計なこと言ったんじゃないでしょうね」
「言われた。樹と噂になってる人って誰?」
言った途端、なつきが思い当たる顔をした。
「本当なの」
「本当な訳ないじゃない。西山くんと彼女とスタッフ全員が参加した、食事会の時に撮られたのよ。さも二人だけみたいな書き方で」
「そうなの…」
「この世界ではよくあることよ。西山くんと話したでしょ。後ろめたいことなんて、あるわけないじゃない」
「…うん、そうね」
「この仕事終わったら、ちゃんとゆっくり話なさいよ」
「そんな時間、あるのかな」
「…そう言われると…でもきっと、どうにかするわよ」
他のスタッフに呼ばれて、なつきはそこで行ってしまった。
まりちゃんとの再会、噂の人のこと。
モヤモヤを抱えたまま、ノロノロと帰り支度をする。
とにかく、この仕事が終わったら。





1年後、パッケージは出来上がりCDの発売日を迎えた。
参加したスタッフを集めて、樹の事務所で慰労会があったけれど、田中さんに行って貰った。
担当は、私だったのに…
まりちゃんに言われたことが引っ掛かって、きっと樹の顔をちゃんと見られないと思ったから。
これから、樹には怒涛のプロモーションが待っている。
CDが発売された、これからがまた忙しいのだ。
ようやくまた会えたけど、恋人として甘えられる時間は、樹には無い。
私の仕事は終わったから、仕事で会う理由も無い。
お疲れさま、ありがとうのメールが来たっきり。

彼と一緒に仕事をしたことで、思い知らされたことがあった。
彼のまわりには女性が大勢いること。
スタッフ、共演者、歌番組で一緒になる女性のミュージシャンだって。
噂になった人は、CMで共演した女優さんらしい。
彼のファンだと公言していて、撮影終わりに食事会になったとか…
後でなつきが、詳しく知らせてくれた。
…そんな大勢の女性が、樹を囲んでいるような状況で。
私は、樹のそばにいられるのだろうか。
いて、いいのだろうか。
樹は、私でいいの?



慰労会の翌日、田中さんに言われた。
「昨日、なんで来なかったの?西山さん、気にしてたよ。体調でも悪いのかって」
「すみません…心配お掛けして。体調は、悪くありません…ただ、自信が無くて」
「…何の自信?」
「まだ、樹…西山さんの近くに、いていいのかなって」
「え?なんでそんなこと、考えちゃう?何かあった?」
田中さんに、まりちゃんの言ったこと、噂のことを話した。
「そう、そんなこと言われたんだ。正直、その噂とやらは、直接西山さんから聞いた方がいいと思うよ。話題を作りたくてその女優さんサイドが流したとか、よくある話だからね」
「そんなこと、するんですか」
「大丈夫、とにかく西山さんが落ち着いたら、よく話した方がいいよ。今は、プロモーション中でしょ」




新曲は幅広く受け入れられ、プロモーション効果もあって、大ヒットになった。
暮れには紅白に出場。
華やかな世界にいる彼を、テレビの画面越しに1人部屋で見ていた。
私は彼の仕事相手にはなれたけれど、恋人には戻れてない気がする。
テレビ越しに見る彼は、遠い世界の人。
今回の仕事を受けた時は、これで元通りになるって、思えたのに。
私、樹の隣にいられるのかな。
1人でいると、止めどなく涙が溢れてしまう。
本当は、彼の温もりに包まれたい。
彼の胸の中に戻りたい。
目の前にないものに焦がれて、ただ画面を見つめていた。