江戸前ラノベ支店

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斬竜剣外伝・赤髪のセシカ-第6回。

2016年05月01日 00時03分54秒 | 斬竜剣
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-女 の 園-

 2日後、セシカは戦乙女騎士団の訓練所へと案内された。正式な騎士号授与並びに騎士団長への任官式は後回しにされ、取り敢えずは団員への面通しや実務経験の方が優先された為である。
 それというのもセシカが傭兵を引退してから数年のブランクがあり、しかも騎士としての経験も無いことから、まずは研修期間を設けようということになった訳だ。
(それなら、いっそ一兵卒から始めたかったんな~)
 事実、余所者がいきなり騎士団長では、元からいる騎士達からの風当たりが強い。セシカが最初に騎士団の面々に挨拶した時、騎士団長就任の話は既にシグルーンから聞かされていたのか、団員達には動揺こそ無かったが、これから上司になる筈のセシカに向ける視線は酷く冷たいものであった。
 敵愾心を感じ取ったセシカが即座に古里(くに)へと帰りたくなってしまったのは言うまでもない。
 しかし、セシカの試練はここからである。例えば、彼女が訓練を終えて着替えようとしたら──、
「うぇ~」
 着替えの中に薔薇の刺が無数に仕込まれているということがあった。カエルのような生き物や泥など、衣服を汚す物でないだけまだマシではあるが、セシカは軽く失望を感じる。
「あ~、騎士でもこんな陰湿なことするんやなぁ~」
 他にも陰口を叩かれたり、嘘の予定を教えられて遅刻したり、下着を盗まれたりと、数々の嫌がらせを受け続けた。
 まあ、傭兵時代も帝国軍から捨て駒にされた経験を持つセシカにとってそれは、命に関わらないだけ可愛い攻撃ではある。ただ、最後のだけは何か違うような気もするので、むしろ嫌がらせであって欲しいと彼女は願った。
 いずれにせよ、セシカが帝国の下で働いていた時に戦乙女騎士団員の関係者を傷付けてしまっている可能性も否定できないので、彼女達の反発も理解できる。ならば、ここは赦してやるのが騎士団長(仮)としての度量の広さではないか──。
 そんなある種の事なかれ主義で問題を放置したセシカであったが、それで嫌がらせが収まるかというとそうでもなく、むしろエスカレートする兆候さえ見せている。反撃してくる危険性が無いのなら、遠慮無く嫌がらせすることができると言う訳だ。
「辛い……」
 結果、セシカの心は折れかけた。その時彼女は団員が寄りつきそうにもない城壁の陰に逃げ込み、膝を抱えて蹲っていた。連日の嫌がらせはもしかすると戦場よりも辛い物がある──そんな現実を噛み締めていたところであった。
 せめて鬱屈した想いを吐き出せる相手がいれば、セシカも多少は気が紛れたのであろうが、生憎アースガルに来てから日が浅い彼女にはそのような知人・友人はいない。
 いや──。
「調子はどうですか?」
「……お姫さんスか。……良いように見えます?」
 何処からか目ざとくセシカの姿を見つけたシグルーンは、
「色々と大変そうですねぇ。あの娘(こ)達は姉様の信者ですから、さぞかし後任のあなたのことが気に入らないのでしようねぇ」
 と、シグルーンは苦笑気味に笑う。
「それが分かっているのなら、なんとか──」
「駄目です」
 セシカが口添えすることを求めようとすると、シグルーンはそれを遮るように却下する。
「これはあなたの力で解決しなければ……。その能力も騎士団長としてのあなたに求められているのですから」
「そんな……」
 セシカは軽く絶望して天を仰ぐ。前任者であるベルヒルデと彼女は何もかも違う。そんな彼女が一体何をどうすれば前任者のように認めて貰えるのか──それは皆目見当がつかなかった。
「辛いですよね、偉大な先達と比べられるのは。でも、自身に何が出来て、それが受け入れられるのか、それは試行錯誤してみるしかないのですよ」
(なんでウチは半分以下の歳の娘に諭されているんですかねぇ……)
 セシカはなんだか情けない気持ちになったが、シグルーンの表情の中に僅かな弱々しさを感じ取って気付いたことがある。
(あ……このお姫さん、もしかして今のウチと似たような立場なんかな?)
 考えてみれば、兄と姉を失い、王族として国の命運を一身に背負うシグルーンが周囲から受ける圧力は自分とは桁違いの物だろうことに、セシカは思い至る。
 如何にシグルーンが才覚に溢れる天才児だとしても、こんな幼い少女に国を任せることを不安視し、快く思わない者はそれこそ万単位でいるに違いない。彼女はそんな敵に立ち向かわなければならないのだ。
 しかもだ、今日のシグルーンの服装は黒一色であった。いや、セシカがこれまでに見たシグルーンは全て黒服に統一されていた。
(そうか……まだ喪に服しているんだ……)
 まだ幼い少女であるにも関わらず、兄と姉を亡くした悲しみにも耐えなければならない。
(あ~……本当に情けないっスね~……)
 セシカはあの程度の嫌がらせで音を上げそうになっていた自身を恥じた。
「……じゃあ、自分でなんとかしてみるっスよ……」
「そうですか。でも、一言アドバイスをしますが、ただ耐えて相手が心変わりするのを待つという考え方は捨てるべきです。それではあなたが良くても、問題は無くなりません。あなたを責める者達の意識が劇的に変わった訳ではないのですから。
 それでは今後クラサハードの人間が他にも入団してきた場合、その者もあなたと同じ仕打ちを受けることになりかねませんよ?」
「……そうっスね」
 本当に聡明な少女だとセシカは思う。確かに彼女は自身のことばかりで、後に続く者達のことは考えていなかった。ここは騎士団員の意識に変革を促す為にも、彼女は積極的に動かなければならなかったのだ。
 そもそも、団員達の目的はセシカを団長にさせないことであり、彼女を追い出すか、和解するまでは止まる筈が無いのだから、黙って堪え忍ぶことはなんの解決にもならないのは明白であった。
「取り敢えず一番簡単な方法は、力を見せつけることですけどね。その場は後ほど用意してあげましょう」
 と、不敵な笑みを残してシグルーンは去っていく。力によって相手を押さえつける──それを野蛮と考える者も少なくはないが、この世の中には話し合いのように手ぬるい手段では解決しない事の方が多いのだ。だからこそ武力であれ、権力であれ、何かしらの強制力を伴う物が存在しているのである。セシカが所属する騎士団だってその一つだろう。
 少なくとも「相手は大きな力を持っている」──そう思わせるだけで、争いを避ける者が多いのは事実であった。
 しかしセシカは──、
「……力、ねぇ……」
 その力でベルヒルデに負けた身の上であった。そして大きな力には畏怖の念も伴う。彼女自身、ベルヒルデに対するその想いは抜けてはいないのに、団員達に力を示すことが本当に正しいのかどうか、それがよく分からないのだ。


 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。

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