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絵空ごと

あることないこと、時事放談から艶話まで・・・

同性愛は・・・・

2006-05-01 | 日記・エッセイ・コラム’06.

『同性愛はいかなる意味でも治療の対象とはならない』と
WHO(世界保健機構)が、同性愛は病気ではないとお墨付きを与えてくれても、
世間一般の偏見が、そう簡単に正せるものではない。
異性愛、つまり「男は女が好きで、女は男を愛する者」を
正常とみなす常識からすれば、同性を愛し、セックスの対象にすることは、
精神的に異常なのであり、それが短絡的にエイズと結びつけられて、
汚らわしくもおぞましい変態を見る目で、遠巻きにしているというのが、
今の日本の現状だろうか。
芸能界で活躍しているゲイ人のことも、
独特な感性を持つ特殊技能者として、見世物的に楽しんでいるだけであって、
隣人として付き合いたいとは思っていないだろう。
まだほとんど人は、同性愛者は病気の人達だと思っている。

同性愛の人の多くは、世間の偏見におびえて、カミングアウトができず、
神経症に陥るといわれるが、一方で世間の偏見こそ、
自分達の存在を際立たせ、誇りに換えてくれる糧と考える人もいるようだ。
正常であることがどういうことか、考えたこともないような、
ユルイ世間の承認など潔しとしない、誇り高き異端者であろうとする人達。
世間との違和感に深く悩んできた、ある種の緊張感が、
彼ら独特な感性を磨いているのかもしれない。

酒場で仲間と議論になった。
”もし自分の息子がゲイであることと、ホストになるのとどっちがイヤかね。”
”ゲイの場合は、反対も嫌もなく、体質的な性向なんだから、認めるしかない。
 ホストはサービス業といえばそうだが、
 男が女に媚を売る、その精神の卑しさがイヤだね。”
”俺は男が男と抱きあうと想像しただけで気持ち悪くなる。
 ホストならホステスと同じだろう?
 精神の卑しさとか上品なんて関係ない。
 セックスは男と女がするものだということ。”
”20歳の男が、金のために50歳の女とスルというのも
 十分気持ち悪いと思うが・・・”
”20歳の女が金のために60歳のジジイとするのと同じだって・・”
”セックスのヴァリエーションが拡がった中での趣味の問題だな。
 同性アリ、年の差アリ、SMアリ、女装アリ・・・
 要は多様な快楽を認めましょうってことかね。”
”認めるのはいいが、キライだね。”
”つまりそれが偏見なんだが、キライなのを好きにもなれないからな”
侃々諤々、結論の出るわけもない。
・・・・・

アメリカの映画界では、
すべての人種を満遍なく使うという取り決めがあるらしいが、
同性愛者も映画の中で、一定の位置と与えられて来ているようだし、
今年のアカデミー賞は、ホモのカウボーイの友情物語だった。
イギリスでは、たまにイイ男!と思うと、大抵ホモで、
女は男を見つけるのが大変なんだとか。
アチラではある程度市民権を得ている様子だが、
日本の実情はどうなんだろう。
悪びれず堂々と生きている人はまだホンの少数だろう。

意外な男がソレだと聞いて、チョッと考えてみた。


「気」が気になる 続き

2006-04-29 | 日記・エッセイ・コラム’06.

『気』について関連する本を引っ張りだして、いろいろ読み直してみたが、
私の能力ではそれを簡単にまとめるなど、できそうもない。

 共鳴・共振そして引き込み(enturainment)
  共鳴   音叉の共鳴・・惑星の運行にも共鳴現象があるらしい
  引き込み 
    振動の違う振り子が、振動数・位相を同期シンクロナイズ)する現象。
     リズムの違う心筋細胞を、同じシャーレに入れると脈拍が揃う現象。

それらすべてを統一する仮説としての《汎リズム論》
  多大なる参考書 中村雄二郎 『かたちのオデッィセイ』 岩波書店

テーマは、超ひも理論などの量子物理から、惑星の運動、
ロボット工学への応用から音響理論、
脳神経医学を筆頭とした細胞レベルの働き、
そして人のコミュミケーション=情報システムにまで及ぶうえに、
超自然・ニューサイエンス・神秘・オカルトといった
きわどく危険な世界と接していて、興味は尽きないのだが
とても手に余る。

ただ《気》を考えると、何らかの波動エネルギーを考えることになり、
オカルトに流されずに考えれば、波をリズムと捉えるのが納得的だ、
と言えるだけだ。

断片的なメモはたくさん引き写したが、その中からひとつだけ引用。

”タントラによれば、宇宙は《オーム》Om という単音節の
 《マントラ》(真言mantra)のような基本音から展開してきたという。
 われわれがこの宇宙でみたり感じたりする物体はすべて、
 震動をそれぞれ凝縮した音なのである。

 ”タントラによれば、生物であれ無生物であれ、
 すべてのものはある特定の周波数をもった振動音だということができる。
 音と形はたがいに関連していて、
 すべての形はある強さをもった振動音であって、
 すべての音には、それぞれ目に見える形が対応している。
 つまり音というのは形の反映であり、形は音から生まれるものである。
 音を根源として、音によってあらわれる動的な力を図形化したのが
 <ヤントラ>である。

    『タントラ 東洋の智慧』アジット・ムケルジー 新潮選書

「音が形であり、形が音だ。」ですぐ連想することがある。
 光は波であり同時に粒子である。
 質量はエネルギーであり、エネルギーは質量である。
 真空とは創成と消滅を繰り返す、振動の場である。
そして思い出すのが般若心経の『色即是空 空即是色』
普通、『空』は虚しいものと解釈されるが、
タントラの思想に重ねれば、色を生み出す場と解釈できる。

『気』からかけ離れたようにみえるが、
ためしに『気』の付く語を、リズムに置き換えて考えると
オモシロイものが見えてくるのです。
消化不良気味で終わりますが、またボチボチ・・

ネットもいろいろ探しましたが、面白いのをひとつ。

ふるえて表れる形
  http://www2s.biglobe.ne.jp/~neko33/document/chladni.htm