東埼玉病院 リハビリテーション科ブログ

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脳卒中後うつ~考え方とその対応~

2019年11月21日 | リハ科勉強会
東埼玉病院のリハビリテーション科では定期的に勉強会を開いています。今回、「回復期脳卒中後うつのリハビリ」をテーマに勉強会を行いました。少しでも皆様の参考になればと考え、内容を抜粋して掲載します。

1.脳卒中後うつ(post stroke depression; PSD)とは
脳卒中後うつ(post stroke depression ; PSD)とは、脳卒中後に見られる器質性(脳の障害によるもの)あるいは心因性(脳卒中を患ったことへの心理的反応)のうつ状態です。心因性うつが、内因性(一般的にいわれるうつ病)のうつに移行するものもあります。発症機序については諸説あり、PSD特有の診断基準として確立されたものはなく、定義も一定のものではありません。
うつ病の症状として、①気分;抑うつ気分、不安・焦燥感、自責感、劣等感、気分の日内変動、②思考;思考制止、うつ病性妄想、希死念慮、③意欲;興味・関心の減退、活動性の低下、④身体;食欲の減退、体重低下、疲労感・倦怠感、⑤睡眠;入眠障害、早朝覚醒、熟眠感の欠如などが挙げられます。



2.脳卒中発症によるストレス
文献によれば、PSDは脳卒中患者の約3割が発症し、ADL能力の改善を阻害するとともに、死亡率の増加に影響するといわれています。罹患率は発症後3ヶ月で最高、1年で最低となり、3年にかけて再び増えます。回復期リハビリテーションの対象となる患者さんはうつ病を併発している方が少なくありません。予後にも関わる重要な要因であり、ケアが必要です。
脳卒中の発症により、健康状態の変化だけでなく仕事・経済状態への影響や生活スタイル、余暇や社会的活動、さらには家族関係などにも変化が生じうることになります。ライフイベントのストレスの強さを得点づけしたHolmes & Raheの社会的再適応評価尺度によれば、健康を害するような非常に強いストレス状況下に置かれていることが理解できます。PSDの発症をしていない方でも、大きなストレスを抱えているということです。



障害受容のモデルにおいても、自身の身体的な変化、家庭内や社会的な役割の変化・喪失に伴い、強い不安や葛藤、苦悩を抱えるといわれています。障害受容の過程やペースは人それぞれですが、怒りや悲しみを強く感じる時期があるといわれるように、抑うつは精神的な疾患によるものだけではなく、誰にでも生じうる反応でもあります。Wrightによれば、障害受容には本人の価値観の変化が必要だとされます。その中では人格など内面的な価値が大切であると言われており、失ったと思っている価値は実は狭い範囲のものであったと気づくことなどが挙げられています。価値観の変化は体験を通してもたらされるものであり、入院期間の体験は病院内の人的・物的環境の影響が大きいです。そのような観点から医療スタッフの関わりの影響について認識しておくことも重要だと考えます。


3.脳卒中後うつのリハビリ
PSDの治療においては、現時点で明らかな治療効果が認められているのは、薬物療法のみです。内因性のうつ病と同様に抗うつ薬による治療効果があるといわれています。うつ症状の改善という観点からはエビデンスは十分ではありませんが、週に3回以上の運動が望まれ、強度は中等度のものを一定時間継続することが推奨されています(日本うつ病学会治療ガイドライン2016より)。また、通常のうつ病では,休息としての安静はうつ病の回復につながります。一方でリハビリテーション医療の対象者には身体障害による機能障害があり、うつによる活動性の低下は体力低下、痛みの増強、身体機能の低下をもたらします。それがさらに活動性の低下、廃用、そしてうつ病の悪化の要因となる悪循環が形成されるため、適度な身体リハビリテーションが必要となります。

4.脳卒中後うつの方への関わり
うつ病の方への関わりについては、支持的精神療法として、孤立を防ぐこと、患者さんに肯定的な関心を示す(気にかけているというメッセージを伝える)ことが挙げられます。また、本人の自尊心が保たれる居場所や立場を確保し、悲観的な発言に対して患者さんの気持ちを理解しつつ、患者さんのつらさを一緒に乗り越えるといったスタンスを取ること、表出を強いることや過度に心配することを避け、ほどよい距離感で見守ることが重要です。
また、環境調整として休息と活動のバランスおよび生活リズムを整えるために、スケジュールの調整やスケジュール表を作成するといった工夫も病棟では行われています。そのほか動機づけを高めるような工夫として本人が関与した目標設定(スモールステップで具体的内容)や目で見て分かる形(数値化など)での記録、目標の振返りを通してできたことは賞賛することなども挙げられます。成功体験を積める機会を増やすことが重要です。
治療対象者と治療者間の信頼関係をラポートもしくはラポール(Rapport)といいます。精神療法の基礎であり治療の根底となるもので、欧米では精神療法に携わる専門職は基本的な教育を受けます。日本ではそれまでの生活歴や個々の特性に左右されるような個人的な資質として扱われることもあるが、ラポールは習得できるテクニックとされます。精神療法を専門とする者のみならず、治療関係を作って援助していく医療職には必要なスキルだと考えます。
ラポートを築くための第一歩は、相手の話をよく聴き、共感を伝えることです。そのために必要なのは①安心して相手が話せるような場や態度、②相手の感情をとらえるための聴く力、③相手に共感を示すための言葉の言い換えや感情の明確化です。問題について対立したりぶつかり合う関係性ではなく、一緒に考える関係性を作ってから、問題解決の方法を考えたり、提案しましょう。

(OT)

参考文献
1) 長田麻衣子、村岡香織、里宇秋元 : 脳卒中後うつ病(Post stroke depression) -その診断と治療-.Jpn J Rehabil Med 2007;44:177-188
2) 先崎章 : リハビリテーション患者のうつにどう対応するか,Jpn J Rehabil Med 2018;55:143-151
3) Salter K, Bhogal S, Teasell R, Foley N, Speechley M :Post-stroke depression. in Evidence-based Review ofStroke Rehabilitation.
Available from URL : http://www.ebrsr.com/modules/module18.pdf
4) 認知行動療法研修2014資料.国立精神・神経医療研究センター 認知行動療法センター

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