趣味の囲碁

囲碁大会の写真と、雑文です。

カルネアデスの板(コロナ記事)

2020-05-02 18:46:44 | コラム(暮らし)

写真 敦賀市金ケ崎宮 「花換え祭り」。今年は中止。金ケ崎宮は今年の大河ドラマ「麒麟がくる」にも出てくる。
平安朝時代、若い男女が、参道に咲いている桜の小枝を交換しあったことから始まった行事。

R02/05/02 土曜日

 今年は変な年だ。雪こそ降らなかったが、陰気で寒い日が4月いっぱい続いた。5月に入って、急に夏。今日も26℃。

 コロナ、コロナで全ての囲碁イベントは中止。次の囲碁大会まで、つなぎの雑文を投稿。

 このままコロナ騒動が続くと「コロナより暮らしが先だ」と思う人が出てくる。

 松本清張の作品に「カルネアデスの板」と云う短編がある。ギリシャの哲学者カルネアデスが提出した問題。海難事故で1枚の板にしがみついている1人の人間を押しのけて溺死させ、自分を救うのは正しいことか、という仮想のテーマ。松本清張の「カルネアデスの板」はこの理屈を使った推理小説。

 コロナに当てはめると、暮らしのために、ある程度の罹患は仕方ないとするか、暮らしを犠牲にしても感染を防ぐのが大切か、になる。

 カルネアデスの結論:身を殺して他人を助けるのは正しいかも知れないが、自分の命を放置して他人の命にかかずらうのは「おろか」である。

 暮らしを犠牲にして感染を防ぐことは正しいかも知れないが、暮らしを放置してコロナにかかわることは愚(おろか)である。

 ムツカシイ。


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