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draw_or_die

everything will be worthy but cloudy

Wolf's Pain

2010-10-08 07:20:58 | 最近読んだ本
・「惨殺の月夜」/テリル・ランクフォード

 コールダーは、一流の殺し屋だった。スマートな殺し方で、苦痛を与えず、無関係な者を巻きこまない。しかしそんな彼も引退しようと思うようになってきた。もちろん年齢のせいもある。どんなに殺しても「悪」はなくならないと思うようになり、そんな生き方に嫌気がさし始めてきたところだった。
 そんな彼に、雇い主から仕事が入った。バクスターという男、表向きは不動産屋だが収入の大部分は麻薬の流通である。こんな男の雇い主になった覚えはないのだが、ともかく彼は配下のフレドリクソンが仲間たちを殺しまわって反逆しているので、コールダーに彼を止めてほしいと求めてきたのだ。このフレドリクソンという男は、コールダーを殺し屋に仕立て上げた、パートナーとも師匠ともいうべき人物である。
 やむにやまれぬ事情から、コールダーは渋々仕事を受けることにする。実はフレドリクソンこそ、コールダーが殺し屋をやめようと思った原因の一つでもあった。彼は、無頓着に殺しすぎる。この考え方の対立が、いつか二人を敵対させるという予感は昔からあった。こうしてコールダーは、フレドリクソンを始末すべくロサンジェルスの街を徘徊するのであった…。

 巻末の解説を見ると、作者はいわゆるB級映画の脚本を多く手がけたライターで、それが今作にも多く反映されているとのことだけど、う~む特に最初のほうを読んでいる限りではそんなエッセンスは感じられなかったな。殺し屋、という設定こそB級っぽいけど、テンポよく進むストーリーやアクションなど、むしろ一級のハードボイルドアクションなんじゃないの?と思ってしまう。まあ最初はね。
 でもこれが中盤からになると、物語は大きく豹変。コールダーの宿敵・フレドリクソンがどんなに殺しても殺しても死なないのである。え?コレどうなってるの?とわが目を疑うコールダーだが、その正体はなんとびっくり、フレドリクソンは南米の地で呪いにかかり、不死身の狼男に変化していたというオチで…。

 ああそうなのか、やっぱりこの展開こそB級と言われる所以なのか!と思ってしまった。この偉大なる一発ギャグのために、前半の丁寧なハードボイルドパートがあるのだと。でもこういうのは読んでいてスッキリして面白いし、決してB級がダメってことでもないわけだし。何か笑えてしまうんだけど、不思議とカッコいいセンスに、大いに敬意を表したいです。

そういえば最近酒を飲んでない

2010-10-02 02:59:16 | 最近読んだ本
・「ザ・テラー 極北の恐怖」/ダン・シモンズ

 もう1年以上も、<エレバス>と<テラー>の2隻は氷に閉じ込められて身動きが取れないでいた。女王陛下の命を受け、北極航路開拓のために乗り出したこの2隻の艦隊は、当時最新の砕氷外装と蒸気機関のエンジンを積んでいたものの、旗艦<エレバス>はスクリューに修復不可能な損傷を受け、まんじりとも動かなくなってしまった。
 <エレバス>の船長・フランクリン卿はこのまま越冬し、夏季になって氷が溶けるまでここに留まることを決断するが、北極の厳しい寒気は両艦を激しく損耗させ、日に日に氷が船体を押し潰そうとしていた。また隊員たちには壊血病の兆候が現れ始め、士気は大きく下がりつつあった。

 それから、探検隊を恐怖させたものがもう一つあった。それは正体不明の怪物で、その姿はシロクマよりもはるかに大きく、獰猛で、残忍で、姿を見せるやいとも簡単に人間たちを殺していく。この怪物によって、探検隊長のフランクリン卿らが命を落とした。
 そしてとうとう1848年4月、<エレバス>は氷に押し潰され航行不能になってしまう。ここに<テラー>の船長クロウジャーと生き残った探検隊員は艦を廃棄し、わずかな荷物だけを持って徒歩で南へ救助を求めるという、地獄の行進を開始したのだった…。

 …というのが上巻のストーリーで、いよいよ下巻から地獄のようなサバイバルが開始される、といったところ。そんなわけなので、最初の艦の中で酒や缶詰を食べながら、ただじっと氷解けを待つ動かないストーリーはやや重くて退屈。いやそれなら、艦が壊れてしまう前にもっと早く行動しろよ!と思うけど、主人公のクロウジャーは船長であり、そうみすみすと自分の艦を捨てるわけにはいかないのである。

 後半からの息詰まる死の行軍は言わずもがな。やっぱりこの作家ならではの、重厚でいつ終わるともしれない永遠の地獄を堪能してください、と言わんばかりのこのボリュームですよ。ただし、これは「ハイペリオン」の時にも思ったんだけど、この人のアクションシーンっていまいち迫力がないというか、スピード感に欠けるというか…(話自体は面白いんだけどね)。
 それから、行軍中もつかず離れずで探検隊をつけ狙う「謎の怪物」。これも最後のほうで正体が明かされるんだけど、これもあまり存在感ないかな~という。それよりも-50℃以上の氷原や徐々に弱っていく壊血病の隊員、仲間の裏切りなどが恐ろしくて。まあやっぱりこれらに尽きるんでしょうね。

 最後の部分は飢えや苦しさを超えたところにある、ある意味安らかな結び。仲間の裏切りによってただ一人エスキモーの少女に救出されたクロウジャー船長は、うなされる夢の中でエスキモーの神話を知り、その怪物の正体を知る。そしてどちらからともなく、少女とクロウジャーはエスキモーの一族として生きることを選び、そんなある年、氷上で彼方に流された<テラー>の残骸に出くわす…といったもの。まあある意味、陰鬱なアイルランド人の船長らしいエンディングなのかもしれないですね。

まさかの2連、っていうか3連かよ

2010-09-16 04:34:06 | 最近読んだ本
・「死者覚醒」/T.M.ジェンキンズ

 2006年、休日の買い物の午後。医師のネイトは少年の発砲によって命を落とした。人体冷凍保存に傾倒していた彼の妻は、その場で彼の遺体を引き取り、頭部を切断して冷凍保存する。いつか医療の発達によって夫が復活できるように。妻は証拠改ざんという罪状で警察より逮捕されたものの、しばらくもすればその事件も世間から忘れられるようになった。

 それから月日は経って2070年。ナノテクノロジーによって臓器を再生できるようになった時代、アイコー社はネイトたちをはじめとする冷凍保存された頭部・「ヘッド」を復活させる、人体復活プロジェクトを進めていた。死亡率の低いこの世界において移植するボディを探すのは容易ではなく、アイコーは刑務所から死刑囚を極秘に買い取っていた。
 困難な移植手術の末に、死刑囚の身体を借りてネイトは世界で初めて復活に成功する。とはい彼は完全な状態ではなく、感覚や各器官においてまだまだリハビリが必要な状態だった。ようやく身体が動かせてしゃべれるようになった時、ネイトは自分が死亡して復活したことを知り、遠い未来にいることを知る。妻も昔に災害で死んでしまったことを知り、彼は本当は復活など望んでいなかったと、深い悲しみに陥るのだった…。

 現代では治療できない人体を冷凍保存し、後世の復活に託すことをクライオニクスというんですが、これはそんな経緯で未来へとタイムスリップした物語。まあよくあるといえばよくあるかもしれません。ちょっと変わっているのは2070年の世界設定で、ここでは地球温暖化によって海面は上昇し、気温も50℃近くになって、大気は有毒ガスに汚染されている。そんな中でなぜか衛生管理局(EIS)が政府以上に権力を持ち、社内の研究実験によって感染されてないかと、アイコー社にしょっちゅう圧力をかけにくる。

 管理局からの圧力と登場人物の一人の記者の取材により、人体復活プロジェクトは暴露され、ネイトは研究所を追われることになる。たどり着いたのは汚染されたスラムで、ネイトはそこで世界の惨状を知ることになる。それから身体を提供された死刑囚のことも知ることになり、アイコーが騙していたことに再び怒りを感じる。ネイトの身体の中にはまだ死刑囚の意識が残っており、時折不可解な暴走をするのはその「彼」のせいだったのだ、と。

 全体としてみれば未来の世界のあちこちを放浪する物語という、何ともとりとめのない感じ。決してつまらなくはないんだけどね。

またゴチャゴチャしてきた

2010-09-03 22:59:46 | 最近読んだ本
・「悪魔は地下室で歌う」/ジョン・ソール

 その男は「家」に固執していた。その家の雰囲気、住んでいる家族。なかでも少女の部屋は男のお気に入りだった。少女がその部屋でどんなことを考え、どう暮らしているか。男は少女の部屋の中に潜むと興奮した。そうやって男は機会をうかがい、少女たちを自分の地下室へと連れ帰るのだった。
 そんな犠牲者の一人がリンジーだった。あと1学期で卒業なのだが、父親の仕事のため、一家はやむなくニューヨークへ越さなければならない。家の売却のために、リンジーの家はオープンハウスとして一般公開される。その隙に男は少女のベッドの下へ侵入した。そしてリンジーは跡形もなく連れ去られた。

 彼女は暗い地下室で目覚める。ここは一体どこ?手足をダクトテープで縛られている。地下室にはもう一人、衰弱しきった小さな女の子が倒れている。男の顔は見えない。マスクのようなもので顔全体を覆っている。私は一体これからどうなるの?こうして、少女の永遠の悪夢が始まる…。

 …というところで場面は変わって、物語は主に両親の方へシフトする。誰かに誘拐されたと取り乱して東奔西走する母親、妻をなだめながらも、何とか自分の仕事を片付けようとする夫…。
 それからここでもう一人、ある「事故」によって子供と妻を失った男が登場する。屋敷の中でくすぶった生活をしている彼に、彼の姉はボランティアへの参加を促す。そんな交流の中、男はリンジーの誘拐事件を知り、同じ家族を失った者として助けを買って出たいと思うようになる。外部の協力も加わり、果たしてさらわれた少女は無事戻ってくるのだろうか…?

 ホラー小説ということで、やっぱり監禁された少女の心理描写がいいです。エロいというか、うーんやっぱりエロティックな…というありきたりな表現になってしまうんですけど、このじわじわとしみわたってくる恐怖は面白さの一つです。たとえばその中でも、腿にナイフを突き立てられ、「蜂の大群が襲いかかってくるように周辺視野が端から黒く染まっていく」…、ああ、この表現は真に迫っていていいですよね。
 一方で事件のほうはべつに解決とか、そういうのはあまりどうでもよくて、真犯人の心理描写もどことなく自己完結で終わってしまっている感じ(犯人は錯乱して自殺して終わってしまう)。う~む特に読者の側としても、そういうのは気にならなかったけどね。

 あとはリンジーの父親があっさり車で事故って死んじゃうところとか。そのレンタカーがヒュンダイ車っていうんだから、まあアメリカ人のヒュンダイ車の認識もそんなもんなんだろうなあ、って思っちゃう。

休みがない

2010-08-18 13:09:42 | 最近読んだ本
・「イリーガル・エイリアン」/ロバート・J・ソウヤー

 大西洋の真ん中に、小型の宇宙船が着水した。その宇宙船を見守るのはアメリカの空母と、ロシアの潜水艦と、ブラジルからのクルーズ船。第一発見者は我々だと主張するロシア側のいざこざを抑えつつも、未知の宇宙人とのファーストコンタクトは上手くいき、宇宙船は空母に乗せられてニューヨークの国連本部へ向かうことになった。
 身体の前後に腕と脚をもつトソク人。彼らは航行中に母船が故障したため、乗組員の一人であるハスクが小型船に乗って救援を求めに来たのだった。間もなく地球上空の母船から降り立つ、7人のトソク人のクルーたち。本来は8名だったが、母船の爆発事故によってクルーが1名死亡したとのことだった。

 地球の人々は彼らを歓迎し、母船が修理されるまでの間彼らをもてなすことになった。地球上のいろいろな地域・生き物・文化など…。こうして地球人とトソク人との間には、これ以上ないほどの良好な関係が生まれたのだったが、ある日の夜に事件は起こる。トソク人たちが寝泊まりに使っている建物内で、殺人事件が起きたのだ。
 その殺され方は胴体からまっぷたつにされ、内臓はまるで解剖するかのように切り分けられた上に、目や虫垂などの器官が持ち去られている。現場にはトソク人の鱗と足跡が残されていたこと、それに殺害時刻のアリバイが不明瞭だったことから、警察は殺人容疑でトソク人のハスクを逮捕に踏み切る。
 こうして今、地球上の法において宇宙人を裁くという、前代未聞の裁判が執り行われようとしていた…。

 身近なテーマを、SFと融合するという手法。もちろんSF小説にとってはスタンダードなスタイルではあるんだけども、これがなんと宇宙人と裁判とは!…と思わず笑えてしまうけど、この作家は元々こういった破天荒な主題を作るのが得意な作家で。
 そういう意味では、ロバート・J・ソウヤーという作家は↓のオーソン・スコット・カードなんかよりもずっと一般の読者にオススメできるSF作家だと思う。ユーモアがあって、キャラクターも表情豊かで、SF的な設定もスラスラと興味深く読めてしまう。やっぱりSFの面白さってこういうものなんだよな~と、久しぶりに感じてしまった。

 もちろん話の展開も結末も面白いですよ。主軸は宇宙人ハスクの殺人を追及する法廷サスペンスなんだけど、何か法廷モノってどことなく地味な印象があるでしょう。けれども法廷というルールの決められた場で、一つ一つの要素を検証し、少しずつ事件の全貌が明らかにされていくというこのジャンルはひとたび読み始めれば本当に面白いんですよ。なんでSF作家がこんな本格法廷サスペンスを書けてしまうんだ!?というツッコミを抜きにしてもね。
 最後もソウヤーらしい超展開のどんでん返し。実は、これまでに書いたあらすじの中に隠された事実があって、それによってハスクは無罪を勝ち取るのだけれど…、ここらへんのトリックは宇宙人ならではというか、いかにもSFっぽいもの。

 そしてラストになぜか現れる、第2の宇宙人。これによってトソク人の悪行が明らかになり、宇宙連合間でトソク人の裁判が行われようとしている。これを聞くや、引退を撤回して揚々と宇宙へ乗り出していく年老いた黒人弁護士のデイル…、このいい笑顔が忘れられない。

カフェインは摂らない

2010-08-07 00:53:58 | 最近読んだ本
・「奇跡の少年」/オーソン・スコット・カード

 オーソン・スコット・カードという作家の作品を読むのはこれが初めてではないんだけど、やっぱり何よりもこの作家についてキーポイントとなってくるのが、キリスト教の流れをくむ分派(?)である、モルモン教。
 このモルモン教ついてはよく知らないし、あんまり触れる気もないんだけど、じゃあこのモルモン教という考え方が、どのように作品に影響され、どのように作品を面白くしているのか?という点が気になる部分なんですよね。いち読者からしてみればね。

 ある日、荒れ狂う川の上で一人の子供が生まれた。七番目の息子の、七番目の子供。言い伝えによれば、その子供は最強の力を持つ、奇跡の子供。異常な力を持つ子供に恐れてか、姿の見えない「何者か」は、度重なる偶然の事故によってその子を亡き者にしようとしていた。
 自分の持つ最強の力の存在をおぼろげに感じながら、小さなアルヴィン・ジュニアはその力の使い方を覚えていく…。この物語は、そんな子供の成長のお話。

 というわけでこれがシリーズの第1巻らしいんだけど、話としてみればそんなにつまらなくもなくもない普通のストーリー。うーんでもやっぱり読みにくいというか、読んでいてイラつく部分があるというか。文章のテンポや会話のノリについていけなかったかなあ。道中、ずっと説教じみている感じがする。
 後半からは主人公の方向性を決定づける、ある事件が起きる。それまで無傷だったアルヴィンが、落石によって足を骨折してしまう。切断するしかないほどの致命傷なんだけど、彼は旅人・テイルスワッパーからの助言に従い、自分の能力を使って骨折を治療しようと試みるわけで…。

 とここまで読んで、ああ、やっぱり物語にはこういうスリリングな展開が必要だよな!と思ってしまった。そう、これまで読んでいて物足りない退屈な感じだったのは、こういう事件がなかったから。ずっといい子ちゃんで、ずっと幸せなお話でしたっていうのは、やっぱりつまらないものなんだなあ、と。
 それからもうひとつ、この物語の大きなレイヤーになっているのが、こういった奇跡の能力と教会の教えの対立で、キリスト教の教会はこういった能力を魔術として異端扱いし、魔術を使う者やアルヴィンに対して改宗を迫っている、ということ。この対立は2巻以降でまた明らかになっていくのかな。いやまあ、これ以降は読まないと思うけど…。

 というわけで、うん10年ぐらいぶりに読んだオーソン・スコット・カードは「やっぱり自分には合わないな」という結論でした。

飽食

2010-07-17 00:06:02 | 最近読んだ本
・「平原に狼を見たか」/ダン・オブライエン

 その年のブラックヒルズは家畜の被害が特に大きかった。もちろん大自然で放牧している以上、家畜を食い殺されるのは少なからず起こるものである。だが今年は、コヨーテが狙わないような大きな牛も被害にあっていた。そのうち誰かが、これはオオカミのしわざだと言った。もちろん現代にオオカミなどいない。オオカミは人間の敵として、大昔に駆除されたのだ。しかしオオカミの噂は、この田舎町では瞬く間に人々の間で信じられるようになり、町はちょっとしたパニックにざわついていた。
 この事態を収拾するため、森林の管理者は一人のハンターを呼び寄せた。イーガンという名のハンター、プレーリーの自然を愛するこの老ハンターはかつてオオカミ狩りの名士として名を馳せ、今は娘の家族のもとで引退生活をしている。彼に森をざっと調べさせ、オオカミはいないとただ証明してもらえるだけでいい。管理人は何も起こらず、すべて丸く収まってくれることを期待していた。

 そしてこのブラックヒルズに向かう、もう一人の「よそ者」の姿があった。トム・マグヴェイ、麻薬密売人に殺された弟の復讐に燃える男。マグヴェイは密売人がここに潜んでいることを突き止めてやってきただけであり、この町の騒動については初耳であった。マグヴェイはオオカミ騒動につられてやってきた新聞記者と誤解されてしまうが、彼は逆にこの身分をうまく利用して敵に近付くことにした。
 滞在期間中、マグヴェイは自分でも意外にオオカミに対する興味が沸きつつあることに気づく。それから、あの老ハンターに対しても。やがて二人は一緒に行動することが多くなり、彼はイーガンの老練なたたずまいに、ある種の尊敬のようなものを抱くようになった。
 しかし彼らの調査活動の間にも、オオカミのような「何者か」は次々と町の羊や人間を襲っていく。はたして、オオカミは本当に存在するのか。そして、彼の復讐劇は、果たされるのだろうか…。

 絶滅したオオカミを追うという冒険小説風にも読めるし、一人の男が復讐を遂げるといったハードボイルド風にも読める作品。実質的な主人公はマグヴェイのほうなのかな?この、うんざりするような大自然に生きる田舎の人々と、多くを語らない渋い男たちのキャラが魅力。
 マグヴェイも一徹して冷血な復讐鬼といった感じではなく、宿敵を追い詰めていくうちに本当にこれでいいのか?と、自分は本当に復讐したいのか?と、ふと自問自答する場面もある。それは老ハンターと知り合っていくうちに、それから何よりもこの町で出会った女と愛し合っていくうちに、彼の心境に変化が訪れていく。

 それからもう一つの魅力が、絶滅したオオカミという存在。人間は、原始的にオオカミに対する畏怖のようなものが植えつけられていて、それは現代になっても消えることはない…という考え。だから人々はオオカミを特別なものとして扱う。孤高で、霊的なものとして。それを今更ながらに痛感したイーガンは、捕えたオオカミを誰の目にも止まることなく埋葬しようと考える。街中で晒されることなく、尊厳をもって最後のオオカミの霊を送り出そうと。
 最後は山火事という象徴的な締めくくりで終わるんだけど、その前のマグヴェイの銃撃戦とか、何だかいきなりロケット砲で攻撃してきたりなんかして…、この唐突さにちょっと笑ってしまったが。

1

2010-07-08 02:50:13 | 最近読んだ本
「著者略歴」/ジョン・コラピント

 ぼくのルームメイトのスチュワートは法律を学んでいる学生で、いつも部屋に閉じこもって勉強している。それでぼくはといえば、作家になるためにこのニューヨークに上京していて、作品の「インスピレーション」を得るために毎晩女遊びをしていた。双方不可侵という取り決めで始めたこの生活は、案外うまくいっていた。ぼくが話すいろんな女の子のことを、スチュワートは楽しく聞いている。そんな会話が終わると、彼はまた部屋に戻っていくのだった。
 ところでぼくはスランプに悩まされていた。作家になると決めたはいいものの、肝心の作品がまったく書けない。まるっきり一行も…いや、それどころかぼくは生まれてから一文字も文章と呼べるものを書いたことがないのだ!そんなときに、スチュワートはおずおずと自分が書いた小説を持ってきた。それを読むなり、ぼくは確信した…これこそが、スチュワートこそが、本物の作家なのだと。
 彼はその時、もう一つの長編を書いていると言った。気になったぼくは、スチュワートの留守中にその長編を盗み見る。そこでぼくは激怒した。それはぼくを題材にした、ぼく自身の小説だったのだ!しかも、題名もぼくがいつか話していたものと同じだ。スチュワートにこれを突き付けてやろうと思った矢先、警察の連絡が入ってスチュワートは交通事故で死んだと告げられる。茫然としているうちにぼくにある考えが浮かんだ、スチュワートのこの作品は本来ぼくのものだ、彼が死んでしまった今、これはぼくのものとして発表してしまえばいいんじゃないかと…。

 ほんの気持ちで盗作した作品が200万ドルもの価値を生み、ぼくの人生は一転バラ色に。しかしこれが盗作であるという事実がある人間に知られていた。スチュワートとの同棲時代にノートパソコンを盗んだ女の子、レスが動かぬ証拠を突きつけてぼくを脅迫する。ここからいよいよぼくの転落人生が始まる…といった内容なんだけど、まさにこの小さなウソがどんどん大きな事件になっていって、バレるかバレないか…という緊張感がミステリの本質的な部分というか醍醐味を感じさせてくれる。
 特に主人公の「ぼく」の性格が、小さくてみみっちいのが身近に感じられるポイントなんだろうね。作家になりたいという甘い夢を抱いているけど、本当は作品なんて一度も書いたことがない。それなりに気取って書こうと机に向かうんだけど、一行も文章が浮かんでこない。うんうん、これわかるよー。それから、その場のウソで取り繕うのが得意。そうして問題を後回し後回しにしてしまうから、事態はどんどんと深みに入っていく…そんなパターンで。

 作中ではまるっきり悪者の女の子・レスなんだけど、そんなにもここでは邪悪に描かれてはいない。ただ刺激的なことが大好きなだけで、お金さえもらえれば何でもいいやーって感じだし、麻薬の密輸話が出れば、夢中で飛びついて主人公のぼくを誘おうとする。結局それで大怪我したり、前の男に見つかったりして散々な目にあってしまうんだけど。
 まあそんな感じで全体的に悲惨になることもなく、コメディっぽい雰囲気が面白かったですね。

崩壊しない金魚王国

2010-06-28 02:34:15 | 最近読んだ本
・「ずっとお城で暮らしてる」/シャーリィ・ジャクスン

 あたしは週に2回、村に買い物に行く。大きな買い物袋と、母さんの茶色い靴を履いたあたしを、みんなが見ている。ブラックウッドの屋敷の、ブラックウッドの娘さん。村人たちの誰もがあたしのことをからかうけど、お姉ちゃんはそんなことは気にしちゃダメって言う。じろじろとあたしを見ている、悪意に満ちた村人たちなんて、みんな死んじゃえばいいんだ。そんなときあたしはいつも、月の上の楽園のことを考える。
 そもそもの事件の始まりは6年前、おさとうに砒素が入っていて、その料理を食べたあたしの一家全員が死んでしまったこと。屋敷の中で残っているのはあたしと、姉のコンスタンスと、車椅子のジュリアンおじさんだけ。それ以来手の入ってない屋敷の庭園は鬱蒼と草が生い茂り、客人を寄せ付けなかった。

 そんな時、従兄のチャールズが屋敷を訪ねてきた。あたしの家にもたらされた、好まざる変化。チャールズはどうにかして、姉とあたしを事件の悲劇から更生させようとしていた。君たちはまだ若いんだ、街へ出て、ボーイフレンドでも見つければ、きっとやり直せるさ…。あたしは、チャールズがお姉ちゃんと話しているのが嫌い。お姉ちゃんを外に連れ出そうとしているのが嫌い。父さんの家具を使っているのが嫌い。この従兄のチャールズの来訪が、やがて破滅的な第2の事件へとつながっていくことに、今はまだ誰も気づいていなかったのだった…。

 猫と魔法と空想の世界を愛する女の子が、他所からの外的要因によって外へと開いていく、ちょっとトゲトゲしい感じの「秘密の花園」みたいな作品かな…と思っていたら、それどころじゃなかったという。まず主人公のメリキャットこと、メアリ・キャサリン・ブラックウッド。ちょっとひねくれてるけど本当はいい子なんだろうな、と最初は思うけど、度を過ぎたいたずらでしつこくチャールズを排除しようとするその考え方に、読者は次第に「ああ、この子は本当に狂っているんだ」と確信するようになる。
 メリキャットばかりでなく、他のブラックウッドの家族も同様に狂気に侵されている。チャールズと話を合わせたり一見まともなんだけど、どうしても妹を叱れないコンスタンス姉さん。事件のことばかりを思い出していて、それをずっと原稿に書いているジュリアンおじさん。この狂気に満ちた一族は一見いびつだけども、外部からの手を借りずにうまく生存できているのだと。

 ラスト近くで、ブラックウッドのお屋敷はチャールズのパイプの火によって半焼してしまう。そこへ村人たちがやってきて、日ごろの鬱憤に屋敷を破壊し尽くす。このシーンがすごい残酷で、ひさしぶりに脳をやられてしまったシーン。そうして廃墟になってしまってもまだ、ブラックウッドの一族は人目を忍んで屋敷に住んでいる。
 そんな中メリキャットがふともらした告白、実は自分がおさとうの壺に砒素を入れたのだと。それをわかっていたコンスタンス姉さん、それを知っていた上で、姉さんは家族に料理をふるまったこと…。ちなみに火事の原因を作ったのもメリキャットで、彼女がそれを負い目に感じていることもなければ、他の者がその原因を知る由もなくて…。
 この計り知れない狂気の闇にぞっとした作品だったな。

S10-3で書いてる

2010-06-19 06:19:13 | 最近読んだ本
・「竜を駆る種族」/ジャック・ヴァンス

 辺境の惑星エーリス。そこに住む人間たちは、竜を交配させて軍隊を作り上げていた。羅刹・韋駄天・青面夜叉・金剛などと呼ばれる竜たち…彼らは美しく、獰猛な戦士たちだった。この惑星に住む部族の一派、カーコロは特にそれらの竜を育て上げ、竜たちを駆って戦いに出ることを無上の喜びとしていた。
 いっぽうでバンベック平原に住む一族の長、ジョアズ。彼は惑星外からの侵略者を懸念していた。すべての惑星の生物を支配におさめようとする、ベイシックと呼ばれる種族。ベイシックの魔の手は、今やこの辺境にも迫りつつあった。ジョアズは侵略者撃退のためカーコロに同盟を結ぼうとするが、好戦的なカーコロは目先のバンベックの領地にしか頭にないようだ。
 そしてこの惑星に住むもうひとつの種族、波羅門と呼ばれる亜人。彼らは排他的で、無害で、何を考えているのかわからない、謎の種族である。ジョアズは波羅門にも支援を求めるが、我関せずといった態度でまるっきり相手にされない。そうしているうちについに、惑星エーリスにベイシックが襲来してきたのだった…。

 200ページぐらいの短編(中編?)なので展開が早いというか、密度が濃いというか…それだけに、最初の世界設定とかを理解するのにけっこう苦労してしまったり。「う~ん、やっぱりSFだから難解な物語なのかなあ…」とは感じてしまうけど、世界観を理解してからの中盤からはなかなか面白く読めました。中を開けてみればなんてことのない、竜使いの一族が、未知の兵器を持つ侵略者と防衛戦を繰り広げるという話…こういう絵はSFというよりも、ファンタジーっぽい構図だよね。
 キャラたちの会話もセンスがあるというか、童話っぽいシンプルで少ない言葉で語られていて、まあこれもこの作家のカラーというやつなんだろうな。カーコロの、好戦的でわかりやすい性格とか。こういうわかりやすい部分を作るのも、面白い話を作るキーポイントなんでしょうね。

 でもそれだけに、侵略者との戦いが終わってジョアズがカーコロを処刑してしまうのはいまひとつ解せないよなあ…。えーととりあえず解説すると、戦いの大部分はジョアズのバンベック軍によるものなんだけど、ラストの敵の母船に突撃するところはいちおうカーコロさんも加勢していて、結果的に二人で倒した…みたいな印象なんだけど。
 そんなわけだから、敵対していた二人の君主が手を結んで惑星外の新たな旅に出る…という結びを予想していたんだけど、結局ふたつの勢力は交わらない、という。う~んこれが日本的マンガとの感覚の違いというやつなのでしょうか。